どうして元の世界に帰りたかったんだっけ?

天草つづみ

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愛しいひと(1)

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 サクラは、セレスタンのことが大好きだ。愛している。
 だからこの世界に来て良かったと思うし、セレスタンと出会えて本当に幸せだ。
 それにサクラがいなければ、セレスタンはずっとひとりぼっちだっただろう。
 今の生活が幸せだし、これからもセレスタンのそばにいたい。

 そう思うけれど、いつまでもこのままでいいのだろうか、とは思っていた。
 サクラは、急にこちらの世界に転移してしまった。
 両親からしたら、サクラが……大切な家族が行方不明になったということになる。
 セレスタンを残して元の世界で生活したいとは思わないけれど、遠い場所で自分が元気にやっていることくらいは知らせたかった。
 でないと、親はずっとサクラを探し続けることになってしまう。彼らのこれから先の人生に、娘がいなくなったという暗い影を落としてしまう。

――それに……もうひとり、会わなきゃいけない人がいたような……。

 不思議な焦燥感に駆られるが、しかしいくら思い出そうとしても、その相手は分からなかった。
 忘れるくらいだから、きっと大したことないのかもしれないけれど。


「あの……セレスタン様」

 サクラは、セレスタンに相談することにした。
 この屋敷にはセレスタンの他には使用人たちしかいない。そして使用人は、主人の妻であるサクラと仕事以外で話してくれない。
 思い悩むことを吐き出す相手は、セレスタンしかいなかった。

 セレスタンと愛し合う前、サクラは元の世界に帰りたいと思っていたし、その方法を調べてもらっていた。
 けれど結婚してから、それは中断している。
 もう、こちらの世界でセレスタンと生きていく覚悟を決めたからだ。
 けれど、ほんとうに少しだけあちらに戻って、家族が心配しないようにしてあげたい。
 そんなことができるのかは分からないけれど、その方法を探したい。

 この話をすれば、セレスタンを不安にさせてしまうだろう。
 けれどサクラは必ずセレスタンの元に戻るし、きっと彼も分かってくれるはずだ。優しい人だから。

「なあに? サクラ」

 風呂上がり、ベッドの上で、サクラはセレスタンに髪を梳かしてもらっていた。
 背後に座る彼に話しかけると、甘い声が返ってくる。

「あの…………わたし、少しだけ、元の世界に戻りたいんです」
「なんで?」

 間髪入れずに、硬い声で聞かれた。
 サクラは焦って口を動かす。

「あの、戻らなくてもいいんですけど、家族に、もう心配しなくていいよって伝えたいんです。ほら、わたしは急にこちらに来てしまったから……」
「それは、本当に? そういって、本当は僕を捨てて向こうに帰ろうとしてるんじゃないの? もしかして、婚約者のこと思い出した?」
「え? 婚約者……?」

 その言葉に、サクラは思い出した。
 結婚を約束した、大学時代からの彼氏のことを。
 どうして今まで忘れていたんだろう。どうして彼ではなく、セレスタンに愛を捧げていたのだろう。

 サクラの顔が白くなり、冷や汗が流れる。
 そうだ。そもそも、サクラはセレスタンのことを好きじゃなかった。
 彼の身の上に同情していたし、人として好感は持っていた。
 望まれたとおりに友人として生活していたけれど、異性として愛していたわけではない。だって、自分には愛する婚約者がいたから。
 なのにどうしてセレスタンと結婚して、毎日あんなことを……。

「あっ……」

 気づけば、目の前に綺麗な瞳があった。

 セレスタンの目だ。
 それを見ていると、先ほどまで感じていた恐怖が消え去っていく。
 何を怖がっていたんだっけ?

「ねえサクラ、今日は僕を気持ち良くしてくれる?」
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