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異世界の友人(1)
しおりを挟む「セレスタン様、起きてください!」
サクラは屋敷の主人であるセレスタンの部屋に入り、カーテンを開けながら言った。
勝手に人の部屋に入るのはいけないことではあるが、これは自分に言いつけられた仕事なので、しょうがないのである。
「セレスタン様!」
セレスタンが起きないので、彼が寝ている天蓋付きのベッドに近づいた。そして、思いっきり布団をめくる。
彼は「うううん……」と唸りながら、枕に顔を擦り付けた。
黒髪がふわふわと揺れていて可愛らしい。
つい頬が緩んでしまうが、サクラは努めて、きりっと眉を吊り上げた。
「起きてください! もう九時ですよ! 朝ごはん食べましょうよ!」
「うん……うん……」
彼は朝が苦手なようで、返事だけして体は起こさない。
「もうっ、先に食べちゃいますよ!」
「だ、だめ! 起きる!」
セレスタンががばりと起き上がった。
もちろん彼を差し置いてご飯を食べるつもりなどないのだが、こう言うと起きてくれるのだ。
体を起こしたセレスタンの目元は、薄い紫色の布に覆われていた。
「支度するから……食堂で待ってて」
「はい」
サクラは返事をして、部屋を出て行った。
サクラは、異世界人だ。
そして彼――セレスタンは、モワティエ辺境伯、というものらしい。
サクラは爵位とは縁遠い生活を送っていたので辺境伯とやらがどんなものなのか知らないが、たぶん、結構偉いのだと思う。
何しろこの洋風なお屋敷はお城かというほど広いし、使用人もたくさんいる。
それに……セレスタンは、自分と気軽に接してくれる人がいない、という悩みを持っているのだ。
両親を亡くし兄弟もいない彼は、周りには自分に仕える人しかいなくて、気軽な友人がいないのだ、と言った。
そして、異世界に来て行く当てのないサクラに、生活を保障する代わりに、自分の友人になって欲しいと。
「そんな、同じ世界の人間でもないわたしが、貴族様のお友達だなんて!」
そう叫んだサクラだったが、セレスタンは優しい声色で言った。
「だからだよ。異世界人の君は、こっちの世界の身分なんて、関係ないだろう」
「でも、その、恩人ですのに……」
「恩人だと思ってくれているのなら、そんな僕の願いを叶えてくれないかい?」
そう言われてしまい、サクラは頷くしかなかった。
ここに住まわせてもらう代わりにサクラがやることは、朝はセレスタンを起こし、朝昼晩ご飯と、十五時のティータイムを一緒に楽しむことだけだ。
あとは自由に過ごして良いと言われているが、特にやることもないので、結局セレスタンと散歩をしたり、本を読み聞かせてもらったりしている。
こっちの世界では不思議と言葉は通じるのだが、文字は違うのだ。
ただもちろんセレスタンの仕事を邪魔してはいけないので、一人のときは子供用の絵本などで文字を覚えようと勉強中だ。
使用人の誰かに教えてもらったりお屋敷の掃除の手伝いでもしたかったのだが、セレスタンの友人として屋敷に滞在しているサクラにそんなことはさせられないと強く断られてしまったのだ。
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