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終わりと始まり
38.訃報
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カロリーヌ様が亡くなられた、とお義父様は言った。
どうして?
もう彼女を以前のように慕ってはいないけれど、それでも、よく知る人物が亡くなったという衝撃で、わたしは喉が固まったかのように何も言えなかった。
だってまだ若いし、この前の舞踏会で会ったばかりだ。その時は、お元気そうだったのに。一体何が。
ふと、ラファエルの様子が気になって顔を向ける。彼は眉を下げて、悲しそうな顔をしながら唇を動かした。
「そうですか……まだお若いのに、とても残念です」
それを気味悪いと思ってしまうのは、彼女の首を絞めたことを知っているからだろうか。
そうだ、ラファエルはカロリーヌ様のことをとても怒っていた。あの時も彼女を本当に殺すような勢いだったし、その後も彼女のことを疎ましそうにしていて……。
もしかして、ラファエルが?
ラファエルがやった可能性もあることに気付いて身を震わせていると、睨むように彼を見つめるベルナールに気付いた。
彼もわたしに気付いて目が合うと、小さく頷いてお義父様に顔を向ける。
「オベール夫人が……何があったんだ?」
「昨日の十五時頃、オベール伯爵夫妻の乗った馬車が賊に襲われたらしい。オベール伯は怪我をしたものの無事だったが、夫人は……」
お義父様はそう言って首を振った。
その時間ならば、わたしたちが満月にいるラファエルを追って小屋にいた頃だから、彼がやったわけではないのだろう。
そのことについては、少しだけ安堵するけれど……でも、彼女が亡くなられたことに変わりはない。
賊に襲われてだなんて……自分がその立場だったことを想像して、恐怖に心臓がばくばくと嫌な音を立てた。
もちろん、カロリーヌ様のことを許してなんかいない。彼女のやったことに嫌悪感を抱くし、どうしてあんなことをしたのかと思う。ちゃんと謝って欲しかったし、しかるべき報いも受けて欲しいとは思っていた。
けれど、死んでいいわけがない。
あの美しい人がどれだけ怖い思いをして亡くなられたかと思うと、じわじわと涙が滲み出てきた。
「……そういうことだ。明日朝一で出る。喪服を準備しておきなさい」
お義父様がそう言って下がるように手で合図したので、わたしたちは部屋を出た。
廊下を歩きながら、ハンカチで涙を拭く。
やっぱり相手と二人きりにしたくないのか、ラファエルとベルナールも、わたしのあとをついてきた。
「あんなことをした雌のために泣くなんて、やっぱりブリジットは優しいね」
ラファエルはどこか呆れたような、嬉しそうな声色で言った。
顔を上げると彼の口角は上がっていて、先ほどの悲しそうな様子はまったく残っていない。
さっきは気味悪いだなんて思っていたけれど、こうも平然とされると、先ほどの態度がまともだったように感じる。
「こ、こんなときにまで、そんなこと言って……あ、あなたは、何も思わないの? お、幼馴染で……親しく、してたんでしょう?」
声を詰まらせながらも言うと、きょとんとした顔をされる。
「それはそうだったけれど……わたしたちの仲を壊そうとした裏切り者だよ? 当然の報いだ」
「お前っ……!」
ベルナールがラファエルの胸ぐらを掴んだ。
「よくそんなこと言えるな! 人が死んでるんだぞ!?」
「それだけのことをあの雌はしたんだ。罰がくだって当然だよ。……まあ、少し遅かったかな?」
「ベルナール!」
不敵な笑みを浮べるラファエルに、ベルナールが拳を振り上げる。反射的に叫ぶとベルナールはそのまましばらく腕を震わせ、静かに下ろした。
「まさか……やっぱり、お前が……」
「わたしは彼女が死んだ時間満月にいた。君たちが証人になるだろう?」
「……こんなお前に都合良くいくわけねぇだろ。お前と賊が繋がって……」
「滅多なことをいうものじゃないよ、ベルナール。賊に関しては騎士団の皆さんが調査しているだろう。その結果を待つべきじゃないか?」
数多の人々のなかで、カロリーヌ様たちが狙われる確率はかなり低いだろう。突然の訃報にも関わらずラファエルに動揺した様子は一切ないし、彼はカロリーヌ様に見当違いの恨みを持っている。
たしかに彼が直接手を下していなくても、裏で動いていてもおかしくないとは思った。
それでも今の段階では、想像の域を出ないだろう。
ベルナールもそう思ったのか、胸ぐらを掴んでいた手を離す。
「こんなやつが葬儀に出るとか……胸糞悪い……」
「別に欠席してもいいけどね? 家名に泥を塗ることになると思うけれど」
ベルナールは舌打ちをすると、「いくぞ」とわたしの手を掴んだ。引かれるままに歩くけれど、ラファエルは後ろからついてくる。
そのまま衣装室まで送られて侍女に引き渡され、二人がいなくなる。そこでやっと、わたしは思う存分に涙を流した。
翌日の昼過ぎから葬儀が始まり、滞りなく進んだ。
頭に包帯を巻いて、悲痛な面持ちのオベール伯の姿が痛々しい。
ただ、通常は最後のお別れに亡くなった方のお顔に挨拶をして棺の中に花を供えるのだけど、カロリーヌ様のお身体は白い布を被せて隠されていた。
きっと、彼女のためにも参列者に見せない方が良いと判断したのだろう。ご遺体の状態を思うと胸が詰まるようだ。
棺が墓地に運ばれ、土をかけられる。
もう彼女に会うことはないのだなと思うと、胸にぽっかりと穴が空いたようだった。
今となっては好きではなかったし、生きていたとしても、親しくすることもなかっただろう。
それでも彼女との思い出がたくさんあったし、良い感情ばかりじゃなくとも、これからも彼女から何かしらを感じたり、言い合うことがあるのだろうと思っていた。
わたしの中にいる彼女はこれから変化することはないんだと思って……わたしは初めて、死の恐怖を実感した。
一気に、人の死を身近に感じる。
もし、ベルナールがいなくなってしまったら……わたしは、それに耐えられそうにない。
どうして?
もう彼女を以前のように慕ってはいないけれど、それでも、よく知る人物が亡くなったという衝撃で、わたしは喉が固まったかのように何も言えなかった。
だってまだ若いし、この前の舞踏会で会ったばかりだ。その時は、お元気そうだったのに。一体何が。
ふと、ラファエルの様子が気になって顔を向ける。彼は眉を下げて、悲しそうな顔をしながら唇を動かした。
「そうですか……まだお若いのに、とても残念です」
それを気味悪いと思ってしまうのは、彼女の首を絞めたことを知っているからだろうか。
そうだ、ラファエルはカロリーヌ様のことをとても怒っていた。あの時も彼女を本当に殺すような勢いだったし、その後も彼女のことを疎ましそうにしていて……。
もしかして、ラファエルが?
ラファエルがやった可能性もあることに気付いて身を震わせていると、睨むように彼を見つめるベルナールに気付いた。
彼もわたしに気付いて目が合うと、小さく頷いてお義父様に顔を向ける。
「オベール夫人が……何があったんだ?」
「昨日の十五時頃、オベール伯爵夫妻の乗った馬車が賊に襲われたらしい。オベール伯は怪我をしたものの無事だったが、夫人は……」
お義父様はそう言って首を振った。
その時間ならば、わたしたちが満月にいるラファエルを追って小屋にいた頃だから、彼がやったわけではないのだろう。
そのことについては、少しだけ安堵するけれど……でも、彼女が亡くなられたことに変わりはない。
賊に襲われてだなんて……自分がその立場だったことを想像して、恐怖に心臓がばくばくと嫌な音を立てた。
もちろん、カロリーヌ様のことを許してなんかいない。彼女のやったことに嫌悪感を抱くし、どうしてあんなことをしたのかと思う。ちゃんと謝って欲しかったし、しかるべき報いも受けて欲しいとは思っていた。
けれど、死んでいいわけがない。
あの美しい人がどれだけ怖い思いをして亡くなられたかと思うと、じわじわと涙が滲み出てきた。
「……そういうことだ。明日朝一で出る。喪服を準備しておきなさい」
お義父様がそう言って下がるように手で合図したので、わたしたちは部屋を出た。
廊下を歩きながら、ハンカチで涙を拭く。
やっぱり相手と二人きりにしたくないのか、ラファエルとベルナールも、わたしのあとをついてきた。
「あんなことをした雌のために泣くなんて、やっぱりブリジットは優しいね」
ラファエルはどこか呆れたような、嬉しそうな声色で言った。
顔を上げると彼の口角は上がっていて、先ほどの悲しそうな様子はまったく残っていない。
さっきは気味悪いだなんて思っていたけれど、こうも平然とされると、先ほどの態度がまともだったように感じる。
「こ、こんなときにまで、そんなこと言って……あ、あなたは、何も思わないの? お、幼馴染で……親しく、してたんでしょう?」
声を詰まらせながらも言うと、きょとんとした顔をされる。
「それはそうだったけれど……わたしたちの仲を壊そうとした裏切り者だよ? 当然の報いだ」
「お前っ……!」
ベルナールがラファエルの胸ぐらを掴んだ。
「よくそんなこと言えるな! 人が死んでるんだぞ!?」
「それだけのことをあの雌はしたんだ。罰がくだって当然だよ。……まあ、少し遅かったかな?」
「ベルナール!」
不敵な笑みを浮べるラファエルに、ベルナールが拳を振り上げる。反射的に叫ぶとベルナールはそのまましばらく腕を震わせ、静かに下ろした。
「まさか……やっぱり、お前が……」
「わたしは彼女が死んだ時間満月にいた。君たちが証人になるだろう?」
「……こんなお前に都合良くいくわけねぇだろ。お前と賊が繋がって……」
「滅多なことをいうものじゃないよ、ベルナール。賊に関しては騎士団の皆さんが調査しているだろう。その結果を待つべきじゃないか?」
数多の人々のなかで、カロリーヌ様たちが狙われる確率はかなり低いだろう。突然の訃報にも関わらずラファエルに動揺した様子は一切ないし、彼はカロリーヌ様に見当違いの恨みを持っている。
たしかに彼が直接手を下していなくても、裏で動いていてもおかしくないとは思った。
それでも今の段階では、想像の域を出ないだろう。
ベルナールもそう思ったのか、胸ぐらを掴んでいた手を離す。
「こんなやつが葬儀に出るとか……胸糞悪い……」
「別に欠席してもいいけどね? 家名に泥を塗ることになると思うけれど」
ベルナールは舌打ちをすると、「いくぞ」とわたしの手を掴んだ。引かれるままに歩くけれど、ラファエルは後ろからついてくる。
そのまま衣装室まで送られて侍女に引き渡され、二人がいなくなる。そこでやっと、わたしは思う存分に涙を流した。
翌日の昼過ぎから葬儀が始まり、滞りなく進んだ。
頭に包帯を巻いて、悲痛な面持ちのオベール伯の姿が痛々しい。
ただ、通常は最後のお別れに亡くなった方のお顔に挨拶をして棺の中に花を供えるのだけど、カロリーヌ様のお身体は白い布を被せて隠されていた。
きっと、彼女のためにも参列者に見せない方が良いと判断したのだろう。ご遺体の状態を思うと胸が詰まるようだ。
棺が墓地に運ばれ、土をかけられる。
もう彼女に会うことはないのだなと思うと、胸にぽっかりと穴が空いたようだった。
今となっては好きではなかったし、生きていたとしても、親しくすることもなかっただろう。
それでも彼女との思い出がたくさんあったし、良い感情ばかりじゃなくとも、これからも彼女から何かしらを感じたり、言い合うことがあるのだろうと思っていた。
わたしの中にいる彼女はこれから変化することはないんだと思って……わたしは初めて、死の恐怖を実感した。
一気に、人の死を身近に感じる。
もし、ベルナールがいなくなってしまったら……わたしは、それに耐えられそうにない。
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