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再度の裏切り

34.帰宅して

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 とりあえず話はまとまって、帰ることになった。
 硝子をそこら辺に落としたら迷惑なのでラファエルが外套や髪に残った硝子片を落とすのを待って、宿屋の受付に向かう。

 宿屋に窓を壊したことを謝って、あとで修繕費を支払うことと、窓が直るまでの間あの小屋で稼げない分のお金を支払う契約を交わすことになった。
 初め、壊したのは自分だから、とベルナールがサインすると言ってくれた。
 けれど元々わたしが彼を巻き込んだのだからわたしが、と言うと、今度はラファエルが夫として代わりに負担する、とサインしようとしたので、少し揉めた。

 そもそもラファエルがわたしを襲わなければベルナールが窓を壊す必要はなかったわけだし、もっと言えば不倫しなければこうならなかったのだから彼で良いのでは……と一瞬思ったけれど、借りを作るみたいで嫌なのでわたしがサインした。
 二人とも反対したけれど、とりあえずわたしがサインを書くから、もし困ったら勝った方が支えてね、で押し通した。
 それで一応引いてくれるのだから、扱い易いのか難しいのかよく分からない。


 そして、待たせていたエルランジェの馬車に三人で戻った。
 ラファエルもベルナールも、わたしをひとりにすることも、相手と二人きりにすることも嫌がったからだ。

 先に乗ったラファエルが手を差し出してきたけれど、首を振ると困ったように手を下げた。
 彼の隣にも向かいにも座りたくなくて、対角線上に座る。
 ベルナールはわたしの隣――つまり、ラファエルの向かいに座った。
 ラファエルからの視線を痛いほど感じるけれど、知らないふりをする。

 これだけ離婚をしたいと言われて、それでも認めない気持ちが分からなかった。
 だってそれで無理に夫婦でいたって、そこに以前のような情は存在しないのに。
 まあ、彼の中で、わたしの気持ちはさして重要ではないのかもしれない。だからきっと、不貞を続けたわけだし。


 無言のまま馬車が走り、家に着いた。
 平民の服を着るわたしとベルナール、服にまだ取り切れなかった細かい硝子片が少しついているラファエルという異色の三人だったけれど、侍従たちは一瞬驚く様子が見えただけですぐに普段どおりに迎えてくれたので、流石だなと思う。一番長い人にいたっては顔色ひとつ変わっていなかった。

 ラファエルが着替えている間に、ベルナールとこそこそと話す。
 本当の二人きりになると何か言われそうなので、近くに侍従が控えたままだ。
 決闘を行うとなると家の中で話が広まるだろうし、もういいだろう。

「ごめんね、ベルナール。こんなことになって。……やっぱり、今日言うべきじゃなかった」
「いいって。なんつーか……兄上って、あんな奴だったんだな。今でもちょっと夢見てるみたいだ」
「ほんとにね……」

 本当に……一体、何が彼をああしているのだろうか。
 女性関係にだらしないのもそうだし、どうしてあれ以来わたしに関すること? になると、普段の調子から外れてしまうのだろう。
 わたしが特別だって言っていたけれど……それだけ、彼の中でわたしの存在は大きいのだろうか。
 だったら、浮気さえしないでくれれば……。
 結局、そこに辿り着いてしまう。

「まあ、あの感じだと一年後に逃げたところで追っかけてきそうだし、いいんじゃねぇか? これではっきりさせれば」

 あっけからんと言ってくれたベルナールに、少しだけ心が救われる。
 決闘――特に争いを解決するものに関しては、その勝敗は神の思し召しと考えられている。
 だからその結果を受け止め、遵守するものなのだ。
 流石のラファエルも、負ければそれを受け止めるはず……。

「あの……絶対に、死なないでね」
「もちろんだ。これでお前を悲しませたら、意味がないどころか損するだけだからな」

 そう冗談めかして笑う。
 やっぱり、彼には幸せになって欲しい。ううん、わたしが幸せにしたい。


 改めてそう思っていると、着替えたラファエルが出て来たので、三人でお義父様の執務室へ行った。
 息子達が命をかけて戦うことになって、申し訳なく思った……のだけれど。

「ラファエル……結婚前の遊びだと思っていたのに、まだ続けていたのか」

 ラファエルの不貞が原因で離婚したいことを知ったお義父様の反応は、それだけだった。
 婚約時代にやっていることを知っていて、見て見ぬふりをしていたのだ。
 そして今も呆れたように言うだけで、叱ることはなかった。

 お義父様を介添人にするということは当然そのあたりの事情も知られることになるけれど良いのだろうか? とは思ったけれど、ラファエルは彼がこういう反応に止まることを分かっていたのかもしれない。

「ブリジット。わたしからももう一度言い聞かせておくから、考え直してくれないか」

 介添人は決闘をしないで解決する道を模索する役割もあるからそう言われることは当然なんだけど、その態度で言われても、ラファエルを抑えることはできなそうに思えた。

「いいえ。先ほどもお話しましたが、やらないと約束してからの再度の不貞なのです。もうやり直すことは不可能です」
「しかし、エルランジェとシュヴァリエの縁もあるだろう」

 眉を寄せるお義父様に、ベルナールが言った。

「離婚が成立すれば、俺がブリジットと再婚するつもりだ。できれば、婿にいくつもりだが……それを認めてくれれば、遺言については問題ない」

 お義父様は、目を瞑って唸る。

「ふむ……まあ、継ぐのはラファエルだし……シュヴァリエ伯爵にも申し訳ないしな……。ブリジットは頑なだ。離婚せず済んだところで、夫婦関係は冷えたものになりそうだが……それでもラファエル、お前は離婚を認めないのか?」
「ええ。彼女はわたしの妻です。今は混乱して感情的になっていますが、時間と心を尽くせばまた分かり合えると信じています」

 本気で言っているのだろうか……言っているのだろうな、と体を震わせる。
 お義父様は溜め息をつくと、書類を出した。

「確かに、これでは埒が明かないな。決闘することを認めるが、ルールについては……真剣で良いが、どちらかが相手の剣で負傷した時点で、勝負がついたこととする。勝負がついているのに追撃した方は負けになる。いいな」
「ええ、分かりました」
「ああ」

 かすり傷で終われば良いけれど、その一撃で死ぬこともあるのだ。そしてラファエルは、それをやりそうな気がしている。
 どこからやり直せばこの事態を回避できたのだろうと考えたくなるけれど、今はそんなことをしてもしょうがない。
 ここまで来てしまった以上、ベルナールの無事と勝利を祈るだけだ。

 全員が同意するサインを書いて、もう夜も遅かったので、決闘は明日行われることになった。



 軽食をとって、もちろん夫婦の寝室ではなく自室で眠る。
 明日で、全てが決まる。
 とにかく、ベルナールが無事でありますように。
 そう願って、翌朝を迎えたのだけれど――――

 わたしたち三人を集めたお義父様が言った。

「オベール夫人が昨日亡くなられたそうだ。葬儀は明日。今日はその準備に使うから、決闘は早くても明後日とする。いいな」

 カロリーヌ様が、亡くなられたのだ。
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