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再度の裏切り

31.離婚の申し込み

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 ベルナールといた小屋を出て、ラファエルたちのいる三番の小屋の扉の前に立つ。
 この中でまた彼が女性と絡み合っていると思うと、また裏切られた怒りや失望はあっても、悲しくはなかった。
 もうわたしの中に、彼への情はまったくないんだなと苦笑する。

 当然だ。二度も裏切られたのだから。
 彼の中ではわたしへの愛があったとしても、わたしを人として尊重してくれないそれを、わたしは愛だとは思えない。
 言葉がどうであれ、行動としてわたしを蔑ろにする人を好きでい続けられるほど、懐の広い人間ではないのだ。

 もう、前のように惑わされない。
 わたしはわたしを大事にしてこれからを生きていくし、ベルナールだっている。


 緊張に高鳴る胸を押さえて、どれほど経っただろうか。
 ガチャリとドアノブが回されて、全身が強張る。

 扉を開けて出てきたのは、フードを被ったラファエルだった。

「っ……!」

 ラファエルが息を呑んだのを見て、わたしは被っていたフードを下ろした。
 わたしの顔を見た彼は目を見開くと、数歩空いていた距離を一気に縮めてきた。
 それと同時に彼のフードも落ち、肩を掴んでくる。

「ブリジット、どうして……!」
「ラファエル。わたし……」
「どうしてひとりで出歩いているんだ! 危ないだろう!」

 続けようとした言葉を、大声に遮られた。

「最近は物騒だから、家で大人しくしようって言ったじゃないか!」

 早速意表を突かれて、わたしの口は間抜けにぽかんと開いたまま動かなくなってしまった。
 いや、ラファエルのペースに呑まれてはいけない。
 わたしは、必死に口を動かした。

「そ、そんなことはいいの。それより、あなたこそこんなところで、」
「どうでもいいわけないだろう! 君の身に何かあったら、わたしは……!」

 そう縋るように言うラファエルの表情は、心配と悲痛に染まっているように見えた。
 その姿は全身でわたしが大切だと訴えていて、けれどわたしを平気で裏切っているという、ちぐはぐさが不気味だった。

 もし以前のわたしだったら、何よりもわたしの身を案じてくれたことに、戸惑いと同時に嬉しさも感じていたかもしれない。
 でも、今は違う。
 この人は間違いなく、わたしと何かが違う。
 言動の不一致さが恐ろしくて、早く離縁しなければ、という思いが強くなった。

「ラファエル。わたしたち、離婚しましょう」

 もう、彼のずれた主張に付き合う必要もない。
 わたしは端的に、伝えたいことを言った。

「え…………?」

 ラファエルは、唖然とわたしを見つめた。
 信じられない、といわんばかりの表情をしていて、それを冷めた目で見つめ返した。
 不貞の現場を見られた場所にまた女といておいて、そんな反応をできる方が信じられない。
 わたしが動かないでいると、焦ったように喋り出した。

「ど、どうしたんだいブリジット。どうして、突然そんなことを……」
「わたしたち、やり直そうって話をしたわよね。それで、もう他の人としないでって言って、あなたも頷いた。でも、その約束を破ったのよね。じゃあ、もうやり直すことはできないもの。別れましょう」
「約束を破ったって、何を根拠に……」
「女の人がここに入るのを迎えるあなたを、見たのよ。キスもしてたわよね。それだけでもう、破ったって言えるでしょう?」

 そう言うと、ラファエルは暫く黙り込んだあと、真顔になった。

「キスなんてしてないよ。見間違いだ」
「えっ……? しらばっくれる気……?」
「しらばっくれるも何も……本当のことだよ。彼女は仕事上の知り合いで、情報が漏れないようにここで話し合いをしていただけだ」

 そう言うラファエルの顔は真剣で、一切の迷いがなかった。
 キスをしたあの決定的な瞬間を見ていなければ……もうひとりの目撃者であるベルナールがいなかったら、迷ってしまいそうなほどだ。
 でもわたしはあの光景を覚えているし、彼が平気な顔で嘘をつける人間だって、もう分かっている。

「そんなわけないわ。わたしはここであの女の人を迎えたあなたを覚えているし、ここは、カロリーヌ様とあなたがいた場所よね。そんなところで商談をするなんて、おかしいじゃない」
「…………ブリジットは、わたしを信じていないのかい?」

 そう責めるような声色で言われて、プツン、とわたしの何かが切れた。
 せきを切るように涙が溢れ出る。

「しっ……信じられるわけないじゃない!! 散々浮気して、もうしないって言って、それでまたこれよ!? 信じたかったわよ! あなたがここに来ないことを願ってた! なんでわたしがそんなこと言われなきゃいけないのよ。あなたがやらなければよかっただけじゃない!」
「ブリジット……落ち着いて……」
「は、はあ!?」

 宥めるように言われて、余計に感情が高ぶっていく。

「カロリーヌのことは確かにあったことだけれど、今回のことについては誤解だよ。本当に、彼女とは何もない」
「あっそう! じゃあ、あの人にも聞いてみるわね!」

 ラファエルの横を通って、中に入ろうとする。
 すると、慌てたラファエルに腕を掴まれた。

「いたっ」
「っ、ごめんっ」

 けれど痛みに声を上げると、すぐに手を離された。
 そのまま、わたしは走って小屋の中に入る。

「ブリジット!」

 後ろからラファエルが追いかけて来たけれど、追いつかれるよりも、わたしがベッドのある部屋を開ける方が早かった。

 思いっきり扉を開けたけれど、中に人はいなかった。
 けれどベッドのシーツはぐしゃぐしゃで、どうしてかなんて分かりたくもないけれど、ところどころ湿っている。

「ブリジット、落ち着いて話し合おう。君は混乱しているんだ」
「…………」

 部屋中を見回して、クローゼットが目についた。
 止めようとしたラファエルの手をすり抜け、その扉を開ける。

「ひっ……!」

 中には、しゃがみこんでいる裸の女がいた。
 見覚えがある。この前の舞踏会で、ラファエルと踊っていた令嬢だ。
 外での話が聞こえて、慌てて身を隠していたのだろう。
 彼女はわたしを見上げて、ガタガタと震えていた。

「どこに裸になってクローゼットに入る仕事相手がいるのよ!!」

 ラファエルへと振り返って叫ぶ。
 言ってから、笑いそうになった。そんな人、いるわけがない。
 もう怒りすらも消えて、呆れるしかなかった。
 なんだか、どっと疲れたような気分だ。

「ブリジット……」

 ラファエルはもう言い訳ができないと思ったのか、跪いて、わたしの手を取った。
 触られるのも嫌で振り解こうとしたけれど、強い力で掴まれて敵わない。

「本当に、君を悲しませてごめん。君の優しさに甘えてしまったんだ……。申し訳なく思っている。でも誓って、わたしが愛しているのは君だけだよ。わたしは、君がいないと生きていけないんだ。だからどうか、もう一度チャンスをくれないかい?」

 そう涙を流すラファエルを、わたしはじっと見下ろしていた。
 なんて意味のない言葉と涙なんだろう。
 わたしにはもう、彼が前回と同じ場面を演じているようにしか見えなかった。

 浮気相手の令嬢が、わたしたちの様子を窺いながらクローゼットを出る。
 わたしはもう離婚さえできれば良いから、彼女のことはどうでもいい。
 ラファエルも、わたしを見上げるばかりで一切視線を逸さなかった。
 令嬢は止められないと分かると、そそくさと部屋を出て行った。
 あの時逃げて行ったカロリーヌ様を思い出して、はは、と乾いた笑いが漏れる。

「ラファエル。それは、前にも聞いたことよ。そうして約束して、あなたは破ったの。もう、あなたがわたしにできることは、離婚を認めることだけよ。わたしはもう、あなたとやり直す気持ちはこれっぽっちもない」
「…………そう」

 ラファエルの涙がぴたりと止まり、表情が消え去った。
 そして次の瞬間、腕を強く引かれて、体勢が崩れる。
 倒れる身体を抱き止められたかと思うと、頭を支えられたまま床に押し倒された。
 頭部こそ守られたけれど、強く打ち付けた背中に痛みが走る。

 ラファエルは馬乗りになってわたしの外套を掴むと、力任せに前を開けた。
 ブチブチと糸の切れる音と共に、飛ばされたボタンが周囲を転がっていく。

「や、やめてっ! なにをっ……!」
「離婚なんて、絶対にしないから」

 抵抗しようとした腕を掴まれて、両方の手首を片手でまとめられる。
 そしてもう一方の手がワンピースを捲ってきたので、がむしゃらに足をばたつかせた。
 けれどあまり効果はないようで、秘部を包む下着を撫でられてぞわりと鳥肌が立つ。

「や、やだ、やめてっ……!」

 その動きと台詞で、彼が何をしようとしているのか想像がついてしまった。
 じわりと涙が滲む。

 けれど、すぐに手が離れていった。
 安心と戸惑いの中見上げると、なぜだかラファエルの方が苦しそうな顔をしている。

「やっぱり……君だけは……」

 急な変わりように困惑していると、ガシャン! と窓硝子が割れる音がした。
 破片が降り注ぎ、ラファエルが覆い被さってくる。

「ブリジット!」

 窓の方に顔を向けると、ベルナールが窓枠を越えて部屋に入ってきた。
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