わたしを抱いたことのない夫が他の女性を抱いていました、もう夫婦ではいられません

天草つづみ

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再度の裏切り

26.限りなく黒

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 満月のロビーに入る。
 冒険者も使うから広々としていて、ソファやテーブルもたくさんあった。
 待ち合わせをしていそうなひとりの人も、話し合う貴族らしい装いの人も、テーブルの上に雑多に物を広げた冒険者らしき人々の姿もある。

「あのカウンターの奥から、寝泊まりする小屋がある敷地に入れるの」
「へえ。おもしろい宿だな」

 わたしたちは出入口から受付までの動線が見える位置に座って、ベルナールは満月と外を隔てる扉を、わたしは敷地内へと通じる扉を見ることにした。
 今の時間はだいたい十四時くらいで、ラファエルは夜までかかると言っていた。
 だからこれからここに入ってくる可能性も、もうすでに中に入っている可能性もどちらもある。

 わたしたちは黙ったまま、ラファエルの姿を見逃さないように目を光らせていた。
 女性がひとりで出入りする姿を見るだけで、心臓が止まりそうになる。
 だってもしかしたら、中で落ち合う約束をしているラファエルの相手かもしれない。
 手が震えて、別にそれは寒さの所為じゃないのに、ごしごしと両手を擦り合わせた。

「……飲み物でも頼むか? なんか、俺ら浮いてる気がしてきた」
「…………そうね、その方がいいかも」

 よくよく考えれば、微動だにせず扉を見つめる、顔が見え難い二人組は大分怪しい。

「無難に紅茶でいいか?」

 紅茶だと、お手洗いが近くなってしまう。

「……ジュースで。なんでもいいわ」
「分かった」

 ベルナールがカウンターに行って、飲み物を注文してくれているときだった。
 彼は注文していて扉を見られないからと、出入口と敷地内の扉の両方をさりげなく見ていると、外からひとりの男が入って来る。

 その男が着ていた外套はあの日、ラファエルに肩にかけられたものと同じように見えた。
 息を呑みそうになって、不自然にならないように普通の呼吸をこころがける。
 フードを被っていて顔は見えないけれど、その背丈や体の厚みは、ラファエルと瓜二つだ。
 ラファエルに違いないと思って、自分の指先を見つめながらも視界の端に男の姿を映す。

 宿の受付のカウンターと飲み物を頼むカウンターは並んでいて、ベルナールは注文し終わって近くで受け渡しを待っていた。
 もし注文の声を聞かれていたら弟だと気付かれたかもしれないから、良いタイミングだったと胸を撫で下ろす。
 いや、ラファエルらしき人が来た時点で、なにも良くはないのだけれど。

 男は受付で鍵を受け取って、敷地の中に入って行った。
 それからベルナールが飲み物を受け取って、テーブルに戻ってくる。
 そして、こそこそと話しかけてきた。

「おい。あの男、受付と話す声が聞こえたんだが、兄上だと思う」
「や、やっぱり? 背丈とか雰囲気とか、それっぽいと思ったの」
「……待ち合わせをしていて、これからもうひとり来るって言う話をしてたぞ」
「…………」

 心臓が、ぎゅうっと握り潰されるようだった。
 やっぱりカロリーヌ様の手紙どおり、ラファエルは、もうしないと約束したあとも、こうして女の人と会っていたんだ。
 だってお仕事だったら、こんなところにくる必要がないもの。……ないわよね?

「あのさ。打ち合わせとか取引でこういう場所使ったりとかって、あるものなの?」
「普通ないと思うが……」
「そう、だよね……」

 あれだけ怒っていたし、本当にこの場に現れるようならそれで終わりだと思っていた。
 なのにここに来てわたしは、何かの間違いであって欲しいとも思っている。

 頭ではもうラファエルは黒だって分かっているし、まともな人じゃないって分かっている。失望や、怒りの気持ちもある。
 けれどその中でほんの少し、顔は見てないから本当にラファエルかは分からないじゃないとか、相手は女の人じゃないかもしれないとか、そんなことを考えてしまうのだ。
 どうしてなのか、自分でも分からない。
 こんなことになっても、まだわたしの中にラファエルを好きな気持ちがあるのだろうか?
 それとも、ただの情? また、現実を信じられないだけ?

 わたしがこんな迷うようじゃ、ラファエルに言ったって、また言いくるめられてしまうだけだ。
 証拠はないでしょう、勘違いだよって。
 ……だったら、現実を知ればいい。

「……部屋の番号は聞こえた?」
「…………三って言ってた」

 また三なのか。カロリーヌ様と会っていた場所もそこだった。
 やるせない気持ちもあるけれど、幸運でもあった。
 三の小屋を見つけようとあのあたりの部屋の看板は確認していたから、近くの小屋を覚えている。

「……わたしも、中に入ろうと思う」
「…………」
「ベルナールは、ここにいていいよ。まだ、確信は持てないわ。もう少し、確認したい」

 わたしがジュースを一気に飲むと、ベルナールも持っていた飲み物をぐいっと飲み干した。

「ここまで来たんだ。俺も行く。お前、何しでかすか分からないしな」
「…………ありがとう」

 正直、助かる。
 ベルナールがいなかったらとっくに失敗していただろうし、仲間がいるのは単純に心強い。

 わたしたちは二人並んで、受付のカウンターに行った。
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