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再度の裏切り
25.再び満月へ
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馬車の外を見つめる。
当然、わたしの昂った感情は景色に癒されてはくれない。
気を抜けば髪を掻きむしり、ドレスの装飾を破り取ってしまいそうだった。
さっきも今も、ベルナールがいなければやっていただろう。
そうだ、ベルナールにはどう説明しよう。
彼の様子を窺うと、足を組んで、その膝に肘をついて口を押さえるようにしていた。
つま先がぷらぷらと揺れ、目が泳いでいる。
きっと何があったのか気になって、けれど気を使って聞けないんだろうなというのが想像ついた。
頭が働かないからかどう誤魔化せば良いのかも思いつかないし、ここまで来てくれたのに嘘をつくのも申し訳ない。
勢いのまま、カロリーヌ様からの手紙を差し出した。
ベルナールはいいのか? というように上目遣いで見てくる。
手紙を見せるのも、人の秘密を誰かに教えるのも良くないのでは、と一瞬思ったけれど、どうしてわたしを裏切った人たちに配慮しなければならないのだろうと馬鹿馬鹿しくなって、むしゃくしゃした気持ちのまま手紙を押し付けた。
「……読むぞ」
ベルナールは一度深く息をしてから、手紙を開いた。
視線が下がっていくほどに、眉間に皺が寄っていく。
そこには困惑と怒りが見えて、ベルナールには悪いけれど、この重い事実を共有した仲間ができたようで少しだけ心が軽くなった。
「これ……兄上、のことなんだよな……?」
「そうよ」
頷いて、もうここまで来たら何も隠すことはないと、全てを話した。
「カロリーヌ様に誘われて宿屋に行ったら、ちょうど彼女とラファエルがしてる最中だったの。でもラファエルはあくまでそういう欲の発散で、わたしのことを愛してるって……だから、もうそういうことはしないって約束して、やり直そうとしてた。そこに来た手紙がこれ」
「……兄上が……そんな……」
ショックを受けた様子が以前のわたしのようで、気付けば涙が一筋流れていた。
やっぱりラファエルは、弟のベルナールから見てもとてもそんなことをする人じゃなかったんだと思うと、不思議な切なさがあった。
本当に、どうしてこんなことになったのだろう。
「あ、ち、違う! ブリジットのことを信じてないとか、そういうわけじゃなくて……」
わたしの涙を勘違いしたようで、ベルナールは慌てて首を振った。
「うん、大丈夫。本当のことだって分かってても信じられない気持ち、わたしも分かるもの。……わたしも、最初は意味わからなかった。夢見てるのかなって思ったし……わたしが知らないだけで世の中そういうものなのかなって、思いかけたりしたもの」
ベルナールははっと息を呑んだ。
「もしかして、この前言ってたやつ……」
「ええ、ラファエルのことよ」
「あいつ……」
拳を握って震えるベルナールに、わたしは救われるようだった。
ひとりで悩みながらなんとか生きていたようなものだったから、同じように怒ってくれる人の存在が、どれだけありがたいことか。
「……待て、じゃあこれから、その、あいつと女がいるところを……証拠を見に行くってことだろう?」
「ええ。満月っていう宿屋なんだけれど……出入口で待っていれば、入るところなり出るところなり、見れるんじゃないかって。仕事しているはずなのに宿屋に出入りしてるだけ、黒と思っていいわよね?」
「…………まあ、そうだな。正直、オベール夫人が本当のことを書いてるとも限らない。もちろん、本当かもしれないが……。俺らをはめようとしてる可能性もあると思う。俺経由で手紙を渡して、もしかしたらこうなることが分かっていたのかもしれない」
「なるほど……」
たしかに、わたしとベルナールが二人で宿屋に入るところを誰かに見られたら、それだけであらぬ疑いを持たれそうだ。
彼女の台詞もあって最近の治安の悪さに便乗して襲われる心配をしていたけれど、たしかにそういう可能性もあるだろう。
「でも、確認しない選択肢はないんだろう?」
「うん。このまま何もしないで家に戻るなんてできないわ。それに疑われたって、本当にやましいことはないし……」
「……分かった。何にせよ、この格好のままは駄目だろう。兄上にもすぐ俺たちだってばれる」
「あ、たしかに……」
あのまま家を出て来たから、わたしは部屋着のドレスのままだし、顔や服を隠す外套もない。
感情的になりすぎたな、と反省する。
「先にどこかで服を調達しよう。それで、満月を張る。それでいいな?」
「うん」
いつの間にか体を震わすような怒りも落ち着いていて、ベルナールがいてくれてよかったと思った。
そして御者に、満月の方向にある服屋にも寄ってもらうよう頼んだ。
何も考えていなかったけれど、彼はエルランジェの御者なわけで……わたしたちふたりを乗せて満月に向かっていた時点で、普通に誤解されていそうだなと気付く。
まあ、彼もお仕事だから誰かに言いふらすこともないだろうし……わたしたちには本当にやましいことはないのだから、いいけれど。
もしわたしたちに不利な噂が流れたところで、実際にそういうことをしていたのはラファエルたちなのだから、もうそれを明るみにしてしまえばいいだけだ。手紙だってある。
わたしたちは平民が使うような服屋に入って、違和感のない服装を店員に選んでもらった。
それから深いフードがついた外套も買って、満月まで歩いて行ける距離だったので、顔を隠してそのまま行く。
馬車には、このあたりで待機してもらうことにした。
満月の近くに止めると、ラファエルにエルランジェのものだとすぐにばれてしまうだろうから。
誰かに襲われたら、とか考えて周囲を警戒しながら歩いていたけれど、そういうことはなく――思っていたよりもあっけなく、満月に辿り着いてしまった。
当然、わたしの昂った感情は景色に癒されてはくれない。
気を抜けば髪を掻きむしり、ドレスの装飾を破り取ってしまいそうだった。
さっきも今も、ベルナールがいなければやっていただろう。
そうだ、ベルナールにはどう説明しよう。
彼の様子を窺うと、足を組んで、その膝に肘をついて口を押さえるようにしていた。
つま先がぷらぷらと揺れ、目が泳いでいる。
きっと何があったのか気になって、けれど気を使って聞けないんだろうなというのが想像ついた。
頭が働かないからかどう誤魔化せば良いのかも思いつかないし、ここまで来てくれたのに嘘をつくのも申し訳ない。
勢いのまま、カロリーヌ様からの手紙を差し出した。
ベルナールはいいのか? というように上目遣いで見てくる。
手紙を見せるのも、人の秘密を誰かに教えるのも良くないのでは、と一瞬思ったけれど、どうしてわたしを裏切った人たちに配慮しなければならないのだろうと馬鹿馬鹿しくなって、むしゃくしゃした気持ちのまま手紙を押し付けた。
「……読むぞ」
ベルナールは一度深く息をしてから、手紙を開いた。
視線が下がっていくほどに、眉間に皺が寄っていく。
そこには困惑と怒りが見えて、ベルナールには悪いけれど、この重い事実を共有した仲間ができたようで少しだけ心が軽くなった。
「これ……兄上、のことなんだよな……?」
「そうよ」
頷いて、もうここまで来たら何も隠すことはないと、全てを話した。
「カロリーヌ様に誘われて宿屋に行ったら、ちょうど彼女とラファエルがしてる最中だったの。でもラファエルはあくまでそういう欲の発散で、わたしのことを愛してるって……だから、もうそういうことはしないって約束して、やり直そうとしてた。そこに来た手紙がこれ」
「……兄上が……そんな……」
ショックを受けた様子が以前のわたしのようで、気付けば涙が一筋流れていた。
やっぱりラファエルは、弟のベルナールから見てもとてもそんなことをする人じゃなかったんだと思うと、不思議な切なさがあった。
本当に、どうしてこんなことになったのだろう。
「あ、ち、違う! ブリジットのことを信じてないとか、そういうわけじゃなくて……」
わたしの涙を勘違いしたようで、ベルナールは慌てて首を振った。
「うん、大丈夫。本当のことだって分かってても信じられない気持ち、わたしも分かるもの。……わたしも、最初は意味わからなかった。夢見てるのかなって思ったし……わたしが知らないだけで世の中そういうものなのかなって、思いかけたりしたもの」
ベルナールははっと息を呑んだ。
「もしかして、この前言ってたやつ……」
「ええ、ラファエルのことよ」
「あいつ……」
拳を握って震えるベルナールに、わたしは救われるようだった。
ひとりで悩みながらなんとか生きていたようなものだったから、同じように怒ってくれる人の存在が、どれだけありがたいことか。
「……待て、じゃあこれから、その、あいつと女がいるところを……証拠を見に行くってことだろう?」
「ええ。満月っていう宿屋なんだけれど……出入口で待っていれば、入るところなり出るところなり、見れるんじゃないかって。仕事しているはずなのに宿屋に出入りしてるだけ、黒と思っていいわよね?」
「…………まあ、そうだな。正直、オベール夫人が本当のことを書いてるとも限らない。もちろん、本当かもしれないが……。俺らをはめようとしてる可能性もあると思う。俺経由で手紙を渡して、もしかしたらこうなることが分かっていたのかもしれない」
「なるほど……」
たしかに、わたしとベルナールが二人で宿屋に入るところを誰かに見られたら、それだけであらぬ疑いを持たれそうだ。
彼女の台詞もあって最近の治安の悪さに便乗して襲われる心配をしていたけれど、たしかにそういう可能性もあるだろう。
「でも、確認しない選択肢はないんだろう?」
「うん。このまま何もしないで家に戻るなんてできないわ。それに疑われたって、本当にやましいことはないし……」
「……分かった。何にせよ、この格好のままは駄目だろう。兄上にもすぐ俺たちだってばれる」
「あ、たしかに……」
あのまま家を出て来たから、わたしは部屋着のドレスのままだし、顔や服を隠す外套もない。
感情的になりすぎたな、と反省する。
「先にどこかで服を調達しよう。それで、満月を張る。それでいいな?」
「うん」
いつの間にか体を震わすような怒りも落ち着いていて、ベルナールがいてくれてよかったと思った。
そして御者に、満月の方向にある服屋にも寄ってもらうよう頼んだ。
何も考えていなかったけれど、彼はエルランジェの御者なわけで……わたしたちふたりを乗せて満月に向かっていた時点で、普通に誤解されていそうだなと気付く。
まあ、彼もお仕事だから誰かに言いふらすこともないだろうし……わたしたちには本当にやましいことはないのだから、いいけれど。
もしわたしたちに不利な噂が流れたところで、実際にそういうことをしていたのはラファエルたちなのだから、もうそれを明るみにしてしまえばいいだけだ。手紙だってある。
わたしたちは平民が使うような服屋に入って、違和感のない服装を店員に選んでもらった。
それから深いフードがついた外套も買って、満月まで歩いて行ける距離だったので、顔を隠してそのまま行く。
馬車には、このあたりで待機してもらうことにした。
満月の近くに止めると、ラファエルにエルランジェのものだとすぐにばれてしまうだろうから。
誰かに襲われたら、とか考えて周囲を警戒しながら歩いていたけれど、そういうことはなく――思っていたよりもあっけなく、満月に辿り着いてしまった。
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