わたしを抱いたことのない夫が他の女性を抱いていました、もう夫婦ではいられません

天草つづみ

文字の大きさ
上 下
25 / 48
再度の裏切り

25.再び満月へ

しおりを挟む
 馬車の外を見つめる。
 当然、わたしの昂った感情は景色に癒されてはくれない。
 気を抜けば髪を掻きむしり、ドレスの装飾を破り取ってしまいそうだった。
 さっきも今も、ベルナールがいなければやっていただろう。

 そうだ、ベルナールにはどう説明しよう。
 彼の様子を窺うと、足を組んで、その膝に肘をついて口を押さえるようにしていた。
 つま先がぷらぷらと揺れ、目が泳いでいる。
 きっと何があったのか気になって、けれど気を使って聞けないんだろうなというのが想像ついた。
 頭が働かないからかどう誤魔化せば良いのかも思いつかないし、ここまで来てくれたのに嘘をつくのも申し訳ない。

 勢いのまま、カロリーヌ様からの手紙を差し出した。
 ベルナールはいいのか? というように上目遣いで見てくる。
 手紙を見せるのも、人の秘密を誰かに教えるのも良くないのでは、と一瞬思ったけれど、どうしてわたしを裏切った人たちに配慮しなければならないのだろうと馬鹿馬鹿しくなって、むしゃくしゃした気持ちのまま手紙を押し付けた。

「……読むぞ」

 ベルナールは一度深く息をしてから、手紙を開いた。
 視線が下がっていくほどに、眉間に皺が寄っていく。
 そこには困惑と怒りが見えて、ベルナールには悪いけれど、この重い事実を共有した仲間ができたようで少しだけ心が軽くなった。

「これ……兄上、のことなんだよな……?」
「そうよ」

 頷いて、もうここまで来たら何も隠すことはないと、全てを話した。

「カロリーヌ様に誘われて宿屋に行ったら、ちょうど彼女とラファエルがしてる最中だったの。でもラファエルはあくまでそういう欲の発散で、わたしのことを愛してるって……だから、もうそういうことはしないって約束して、やり直そうとしてた。そこに来た手紙がこれ」
「……兄上が……そんな……」

 ショックを受けた様子が以前のわたしのようで、気付けば涙が一筋流れていた。
 やっぱりラファエルは、弟のベルナールから見てもとてもそんなことをする人じゃなかったんだと思うと、不思議な切なさがあった。
 本当に、どうしてこんなことになったのだろう。

「あ、ち、違う! ブリジットのことを信じてないとか、そういうわけじゃなくて……」

 わたしの涙を勘違いしたようで、ベルナールは慌てて首を振った。

「うん、大丈夫。本当のことだって分かってても信じられない気持ち、わたしも分かるもの。……わたしも、最初は意味わからなかった。夢見てるのかなって思ったし……わたしが知らないだけで世の中そういうものなのかなって、思いかけたりしたもの」

 ベルナールははっと息を呑んだ。

「もしかして、この前言ってたやつ……」
「ええ、ラファエルのことよ」
「あいつ……」

 拳を握って震えるベルナールに、わたしは救われるようだった。
 ひとりで悩みながらなんとか生きていたようなものだったから、同じように怒ってくれる人の存在が、どれだけありがたいことか。

「……待て、じゃあこれから、その、あいつと女がいるところを……証拠を見に行くってことだろう?」
「ええ。満月っていう宿屋なんだけれど……出入口で待っていれば、入るところなり出るところなり、見れるんじゃないかって。仕事しているはずなのに宿屋に出入りしてるだけ、黒と思っていいわよね?」
「…………まあ、そうだな。正直、オベール夫人が本当のことを書いてるとも限らない。もちろん、本当かもしれないが……。俺らをはめようとしてる可能性もあると思う。俺経由で手紙を渡して、もしかしたらこうなることが分かっていたのかもしれない」
「なるほど……」

 たしかに、わたしとベルナールが二人で宿屋に入るところを誰かに見られたら、それだけであらぬ疑いを持たれそうだ。
 彼女の台詞もあって最近の治安の悪さに便乗して襲われる心配をしていたけれど、たしかにそういう可能性もあるだろう。

「でも、確認しない選択肢はないんだろう?」
「うん。このまま何もしないで家に戻るなんてできないわ。それに疑われたって、本当にやましいことはないし……」
「……分かった。何にせよ、この格好のままは駄目だろう。兄上にもすぐ俺たちだってばれる」
「あ、たしかに……」

 あのまま家を出て来たから、わたしは部屋着のドレスのままだし、顔や服を隠す外套もない。
 感情的になりすぎたな、と反省する。

「先にどこかで服を調達しよう。それで、満月を張る。それでいいな?」
「うん」

 いつの間にか体を震わすような怒りも落ち着いていて、ベルナールがいてくれてよかったと思った。

 そして御者に、満月の方向にある服屋にも寄ってもらうよう頼んだ。
 何も考えていなかったけれど、彼はエルランジェの御者なわけで……わたしたちふたりを乗せて満月に向かっていた時点で、普通に誤解されていそうだなと気付く。

 まあ、彼もお仕事だから誰かに言いふらすこともないだろうし……わたしたちには本当にやましいことはないのだから、いいけれど。
 もしわたしたちに不利な噂が流れたところで、実際にそういうことをしていたのはラファエルたちなのだから、もうそれを明るみにしてしまえばいいだけだ。手紙だってある。


 わたしたちは平民が使うような服屋に入って、違和感のない服装を店員に選んでもらった。
 それから深いフードがついた外套も買って、満月まで歩いて行ける距離だったので、顔を隠してそのまま行く。
 馬車には、このあたりで待機してもらうことにした。
 満月の近くに止めると、ラファエルにエルランジェのものだとすぐにばれてしまうだろうから。

 誰かに襲われたら、とか考えて周囲を警戒しながら歩いていたけれど、そういうことはなく――思っていたよりもあっけなく、満月に辿り着いてしまった。
しおりを挟む
感想 53

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】夫は私に精霊の泉に身を投げろと言った

冬馬亮
恋愛
クロイセフ王国の王ジョーセフは、妻である正妃アリアドネに「精霊の泉に身を投げろ」と言った。 「そこまで頑なに無実を主張するのなら、精霊王の裁きに身を委ね、己の無実を証明してみせよ」と。 ※精霊の泉での罪の判定方法は、魔女狩りで行われていた水審『水に沈めて生きていたら魔女として処刑、死んだら普通の人間とみなす』という逸話をモチーフにしています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。

桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。 戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。 『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。 ※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。 時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。 一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。 番外編の方が本編よりも長いです。 気がついたら10万文字を超えていました。 随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!

何年も相手にしてくれなかったのに…今更迫られても困ります

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のアンジュは、子供の頃から大好きだった幼馴染のデイビッドに5度目の婚約を申し込むものの、断られてしまう。さすがに5度目という事もあり、父親からも諦める様言われてしまった。 自分でも分かっている、もう潮時なのだと。そんな中父親から、留学の話を持ち掛けられた。環境を変えれば、気持ちも落ち着くのではないかと。 彼のいない場所に行けば、彼を忘れられるかもしれない。でも、王都から出た事のない自分が、誰も知らない異国でうまくやっていけるのか…そんな不安から、返事をする事が出来なかった。 そんな中、侯爵令嬢のラミネスから、自分とデイビッドは愛し合っている。彼が騎士団長になる事が決まった暁には、自分と婚約をする事が決まっていると聞かされたのだ。 大きなショックを受けたアンジュは、ついに留学をする事を決意。専属メイドのカリアを連れ、1人留学の先のミラージュ王国に向かったのだが…

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

私は既にフラれましたので。

椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…? ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

口は禍の元・・・後悔する王様は王妃様を口説く

ひとみん
恋愛
王命で王太子アルヴィンとの結婚が決まってしまった美しいフィオナ。 逃走すら許さない周囲の鉄壁の護りに諦めた彼女は、偶然王太子の会話を聞いてしまう。 「跡継ぎができれば離縁してもかまわないだろう」「互いの不貞でも理由にすればいい」 誰がこんな奴とやってけるかっ!と怒り炸裂のフィオナ。子供が出来たら即離婚を胸に王太子に言い放った。 「必要最低限の夫婦生活で済ませたいと思います」 だが一目見てフィオナに惚れてしまったアルヴィン。 妻が初恋で絶対に別れたくない夫と、こんなクズ夫とすぐに別れたい妻とのすれ違いラブストーリー。 ご都合主義満載です!

処理中です...