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裏切っていた夫

16.普通の反応

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 ベルナールの部屋の前に来て、ノックした。

「あの……ブリジットです」

 声をかけて、二歩ほど後ろに下がる。
 そしてしばらくすると、ゆっくりと扉が開いた。
 少しだけ開けた隙間からベルナールが廊下に出て、扉を閉める。

「どうした?」

 そしてわたしに向き合うと、じっと見下ろしてきた。

 ベルナールはラファエルと似ているけど、細かいところはやっぱり違う。
 同じ黒髪と灰色の目だけど、ラファエルはお義母さま似で垂れ目で、ベルナールはお義父さまに似て釣り目がち。
 ラファエルは穏やかで優しそうな印象だけれど、ベルナールは黙って立っているとちょっと冷たそうな雰囲気がある。
 けれど動作はきびきびしていたり表情が豊かなので、一度話せば全然第一印象と違うのが分かる。

 すっと通った鼻筋は兄弟でほとんど同じだけれど、全体的にベルナールの方がパーツの配置なのか幼い印象があって、背もラファエルより頭半分ほど低い。
 まあこれはベルナールが十七歳だからで、まだ成長するだろうからどうなるか分からないけれど。
 実際、こうしてふたりで至近距離に立つのは久しぶりで、前より背が伸びているような気がする。

 緊張して、両手の指先をもじもじとすり合わせながら見上げる。

「あのね……相談っていうか……ちょっと教えて欲しいことがあるんだけど……」
「ああ」

 そのままここで聞く姿勢になったベルナールに、わたしはちらちらと廊下に視線を走らせた。
 別に今は誰もいないけれど侍従や家族が通りかかることはあるだろう。
 これからする話は、人に聞かれたくない。

「あの……長くなるんだけど……中に入れてくれる?」
「……じゃあ、侍女呼ぶから待ってろ。どっか部屋空いてるだろ」

 そう言って歩いて行こうとするので、慌てて腕を掴んだ。
 驚かせてしまったようで、ベルナールの体がびくりと跳ねる。
 わたしもそれに驚いて、すぐに手を離した。

「あ、ご、ごめん。あの、お茶は大丈夫。その、誰にも聞かれたくなくて……」

 貴族に仕える侍従たちは、仕事で得た情報を些細なことでも漏らさないように厳しく教育を受ける。
 だからよほど機密性の高い話じゃない限り、普通はお世話のために控えてくれるし、彼らを気にしないで話している。
 でも今回のことは、彼らにも知られたくなかった。

 ベルナールは溜息をついて、少し考えているようだった。
 そして、口を開く。

「……じゃあ、庭にでも行くか」
「え? でも……」
「聞かれなきゃいいんだろ? 見晴らしの良いところで、近くに誰か来てないか見ててやるから。それでいいだろ」

 でもなんだか、そんな環境で話すのは落ち着かない。
 そう思って頷くのを躊躇っていると、ベルナールはわしゃわしゃと自分の髪を掻き混ぜた。

「あのな。前も言ったような気がするんだが、もうお前は既婚者で、俺もお前も、大人だ。密室でふたりきりなんて、不貞を疑われても文句言えないぞ」

 不貞、という言葉にドキリとした。

「あ、う、うん。そうだね。ごめん……じゃあ、お庭で……」

 頷くと、ベルナールが歩き出したので慌ててそのあとをついていく。
 なんとなく隣を歩くのも気が引けて、一歩ほど後ろを歩いた。

 なんだかベルナールが相手だと、子どもの時と変わらない感覚になってしまう。
 もし他の男性とふたりきりで、なんてなったら駄目なことは分かるのに、ベルナールに言われるまでまったく気付けなかった。

 わたしも駄目だなあ、と落ち込む。

「お前ほんと、気を付けた方がいいぞ。勘違いされるだけならまだいい。その調子だと、誰かに目を着けられて無理矢理……とか、あるかもしれないんだからな」

 歩きながら心配そうに言うベルナールに、申し訳なく思う。
 でもわたしが誰にでもホイホイついていくような言い方をされたので、流石に訂正しなければと思った。

「ごめん……本当に反省してる。でもその、今のは、ベルナールを信頼してるからで……他の人とふたりきりなんて、絶対ならないよ。だから大丈夫」

 ベルナールは歩きながらちらりとわたしの方を見ると、笑っているんだか顔を顰めているんだかよく分からない不思議な表情をした。

「……それはどうも」



 結局ベルナールと庭園に戻って来て、生垣や背の高い花のないあたりにあるガゼボに入る。
 人が近づいてきたらどちらかが気付けるように、テーブルを挟んで向かい合うように座った。

「で? なんだよ、話って」
「うん……」

 なんて言おうか悩む。
 異性とはしづらい話だけれど、でもやっぱり話せる友達はベルナールしかいないし、男性の意見を知れるっていうのも良いことだと思う。

 ただ、わたしとラファエルの話っていうのはやっぱり伏せたい。
 彼の家族に悪口を吹き込むみたいで気が進まないからだ。
 それに兄のそんなことを知らされたって、ベルナールも困るだろうし……あくまでこれは、わたしとラファエルの問題だ。

 しばらく考えて、意を決して口を開いた。

「あのさ……その……結婚してても他の人とそういうことするのって……よくあることなの?」
「は? そういうこと?」
「えっと……男女のことっていうか……」

 ベルナールは何を言われたのか分からなかったようでしばらく呆気にとられたような顔をした後、理解したのか思いっきり眉を寄せた。

「なんだそれ。んなわけねぇだろ。なんでそんなこと聞くんだよ」
「そ、そうだよね!? ないよね!?」

 わたしが求めていた答えを聞けて、つい声が大きくなってしまった。
 慌てて口を押さえてから、こそこそと話す。

「その……ある人に、そういうものだよって言われたから、え? そんなことないよね? って、不安になっちゃって……」

 ベルナールはまた何をいっているんだこいつ? みたいな顔で固まったと思ったら、顔を真っ赤にして立ち上がった。

「誰だお前にそんなこと言ったやつ!!」

 怒りからかぶるぶる震えるベルナールに、もちろんあなたのお兄さんです、とは言えなかった。
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