想いは巡り、花は咲く

柚槙ゆみ

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第三章 忘れる悲しさ

07

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 誰かのために夕食を作る、それはどこか胸の中がこそばゆいような感じになる。そして歩き出した藤崎は、真宮に言った言葉をふと思い出した。

(ああ、行ってきますって、言ったんだ)

 あの部屋を出るときに「行ってきます」と口にしたのも随分と昔の話だ。それが自然に出てきたことに少しの違和感と、切ない痛みを連れてきた。
 奥村が元気だった頃は何でもない言葉だった。それを言わなくなったことにも気が付かなかった。藤崎は寂しい気持ちに目を伏せる。そして忘れるということの怖さにブルッと背筋が震えた。

 あの店には奥村のすべてが残っているから、目を閉じるだけでいろいろなことを思い出せた。辛いことや悲しい気持ちはそぎ落とされ、ふるいにかけるように奥村との楽しかった記憶だけが深く留まる。

 都合よく考えているのかもしれない。それでも時間とともに消えていくものもあるだろう。そう思うと怖くなる。奥村が生きていた証が消えていくのが怖くて仕方がない。七年のうちに消えてしまった奥村がいるのかと思えば、やりきれない気持ちになった。

(時間が解決するって、こういうこと、なのかな)

 友人の言葉が頭に残っている。自分はそんなことはない、と思っていた。濃くなる記憶なんて理解してもらえない。それでも時間は、奥村の影をゆっくりと薄めていっているのだ。

「忘れる……。忘れていくのか」

 見上げる夜空は晴れ渡っていた。都心の空は夜でも星があまり見えない。奥村とふたりで行った鳥取の空を思い出せば、うっすらと瞳に熱い幕が張る。ああ、と藤崎は胸の中で呟いた。少し考えただけでもこんなに鮮明で、体中が奥村でいっぱいになる。三年経っても五年経っても、七年目に入っても、それは変わらない。だからこの先もきっと変わらない。

 なのに……その中にポツンとひとつだけ違う色で光る欠片がある。真宮というそれは、静寂な感情に波紋を描く。奥村に似ているから、と初めは気になった。毎日一緒に仕事をしていると、ハサミの持ち方、花を見るときの目、声も体温も匂いも、すべて奥村とは違う。なのに気になって気になって仕方がない。

(浩輔以外の誰かを想うこと……許してくれるかな)

 一人で買い物をしながら、そしてその道を歩いて帰りながら、藤崎は表情をなくした顔のままだった。両手にずっしりと重い袋を持って歩き、瞬きをして頬を伝うものに気付くまで時間がかかった。

(涙……? 何で涙なんか――)

 さんざしのシャッターの前で足を止め、両手に持った袋を足元に置いた。慌ててハンカチを探したが、エプロンのポケットに入れたまま外したのを思い出した。仕方がないので子供のように袖口で目元を拭った。コートの金具ボタンがこすれて痛い。けれど真っ赤な目で帰れば、きっと真宮は心配するだろう。
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