【完結】癒しの村

酒酔拳

文字の大きさ
32 / 34

31.プレハブの中の世界

しおりを挟む
 扉を開けた瞬間、不思議な匂いが鼻を突いた。フルーツのような甘い匂いと、ドクダミのような魚の腐った臭いが、入り混ざった不思議な匂い。不思議と嫌な匂いではない。

「なんだ、この臭いは!?」

 アキヲにとっては、生理的に受け付けない臭いのようだった。

 プレハブの中には、辺り一面に釣鐘方の赤い花が咲き誇っていた。花々から不思議な匂いが運ばれてくる。

「リサさん、アキヲさん、待っていましたよ」

 紗羅さんの声がする方へ顔を振り向くと、山田さんと弟子の2人が私たちを迎えるように立っていた。

「話は聞いたよ!あんたたち、誘拐犯だ!信仰宗教より太刀が悪い。誘拐してきた人たちを洗脳して、原始のような生活をさせている。社会の悪だ。一体この花はなんだ?麻薬の一種なのか?!」

 アキヲは、咲き誇る花々を見渡し、勝ち誇ったように言った。

 プレハブの中は、かなりの空間が広がっていた。赤い花々は列を作り、凛と美しく咲いていた。

「この花は、ジギタリスです。」

「ジギタリス?」

「そうです、このジギタリスの葉を陰干しした葉末が強心剤として、心不全を改善する薬です」

 紗羅さんたちは、私とアキヲに向かって近づいてくる。紗羅さんや山田さんたちには、全てのことを話そうという、真剣な空気に包まれていた。

「ジギタリス。聞いたことがあるような。でも、現場では、補助剤のようなもので、完全な効果があるとは聞いたことがない」

 アキヲは、ジギタリスの花についての知識を脳から絞るように思い出そうとしていた。私は、ジギタリスのことについては、無知識であった。

「ここに咲くジギタリスは、霊山の水と土、そしてある特殊な肥料を混ぜることで、品種改良したものです。継続的な内服することで、かなりの確率で心不全を治すことができます」

 紗羅さんは、緊張感をもちながら、ゆっくりと説明する。

「癒しの村にも医療が必要だとわかり、金が必要になった。全てが原始に回帰することは、現代では不可能だった。救える命をみすみす見殺しにはできない。このプレハブを建て、今までの薬草の知識を紗羅さんと共有し、ジキタリスを品種改良していったんだ」

 山田さんが、紗羅さんの言葉を繋ぐように、話を進めていく。山田さんの声は渋く、低いトーンだった。

「このジギタリスを病院に売ると、かなりの多額な金になります。病院の医師と個人的に草原の家の医療物品を取引することもできています。私たちが病院の周囲で目撃されているのは、取引が理由です」

 紗羅さんは、ジギタリスの花々を悲しそうに見渡し言った。

「時には資産家で、心臓病を患う方から個人的な取り引きがあるときもあります。ジギタリスは私たちしか作れないので、とても価値があるのです」

 紗羅さんの話は、一旦途切れて、沈黙がしばらく続いた。アキヲも予想しなかったことであるようで、混乱の色を顔に浮かべている。

 麻薬ではなかったことに、心底安堵したと同時に、ジギタリスが素晴らしい薬であったとしても、認可されない薬を秘密裏に売買していることは、反社会的であることは間違いなかった。

「あなたちは、良いことをしていると思い込んでいる。あなたたちの正義や救いはただの偽善だ。社会に反して薬を売買し、原始回帰の思想を、弱い人間に押しつけているだけだ。素晴らしい薬があるなら、国の認可をとり、全ての人たちに平等に使用できるようにするべきだ!」

 アキヲは、全てを知った上で反対と批判の立場を変えなかった。いや、むしろより強固に自分の意見が確立したようだった。

「アキヲさんの意見は、確かに正当です。でも、全てを公にしてしまえば、この村の人々に必ず危害が加わるでしょう。偽善かもしれませんが、私たちは、世界の多数の人々ではなく、この村にいる少数の人たちを救いたいのです」

 紗羅さんは、溜め息をついて言った。アキヲを説得する風ではなく、ただ事実のみを話しているように聞こえた。

「原始回帰の理念は、押し付けているわけではないと思っている。心の病の人には、自然とより距離を近け、心の安らかさを得なければ良くなりはしない。平和と安らかさは、自然との調和にある。もちろん、全てがそうではなく、科学の恩恵も必要だと、この村にきてよくわかった。共存しながらも、科学に依存しない生き方を模索していきたいんだ」

 山田さんは、幾分か口調を熱くしながら、アキヲと私に向けて語った。

「俺は、騙されない!綺麗事を言っても、あなたたちは、反社会的なテロリストのようだ。エゴの塊だよ。俺は今すぐこの村から下りて、警察に行くことに決めたよ」

 アキヲは、両手で拳を握りしめて、怒りを込めた口調で言い放った。









しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

【完結】東京・金沢 恋慕情 ~サレ妻は御曹司に愛されて~

安里海
恋愛
佐藤沙羅(35歳)は結婚して13年になる専業主婦。 愛する夫の政志(38歳)と、12歳になる可愛い娘の美幸、家族3人で、小さな幸せを積み上げていく暮らしを専業主婦である紗羅は大切にしていた。 その幸せが来訪者に寄って壊される。 夫の政志が不倫をしていたのだ。 不安を持ちながら、自分の道を沙羅は歩み出す。 里帰りの最中、高校時代に付き合って居た高良慶太(35歳)と偶然再会する。再燃する恋心を止められず、沙羅は慶太と結ばれる。 バツイチになった沙羅とTAKARAグループの後継ぎの慶太の恋の行方は? 表紙は、自作です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

恋は、やさしく

美凪ましろ
恋愛
失恋したばかりの彼女はひょんなことから新橋の街中で上司にお姫様抱っこされ……!? ――俺様な美形上司と彼女とのじんわりとした恋物語。 性描写の入る章には*マークをつけています。

結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~

馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」 入社した会社の社長に 息子と結婚するように言われて 「ま、なぶくん……」 指示された家で出迎えてくれたのは ずっとずっと好きだった初恋相手だった。 ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ ちょっぴり照れ屋な新人保険師 鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno- × 俺様なイケメン副社長 遊佐 学 -Manabu Yusa- ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 「これからよろくね、ちとせ」 ずっと人生を諦めてたちとせにとって これは好きな人と幸せになれる 大大大チャンス到来! 「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」 この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。 「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」 自分の立場しか考えてなくて いつだってそこに愛はないんだと 覚悟して臨んだ結婚生活 「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」 「あいつと仲良くするのはやめろ」 「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」 好きじゃないって言うくせに いつだって、強引で、惑わせてくる。 「かわいい、ちとせ」 溺れる日はすぐそこかもしれない ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 俺様なイケメン副社長と そんな彼がずっとすきなウブな女の子 愛が本物になる日は……

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

処理中です...