癒しの村

Yuri1980

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22.私はどうしたいの?

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 その日から、何日、何週間たったのだろうか。月日の感覚がなかった。ただ時間が過ぎていくだけであったが、その日々は、穏やかな日々だった。

 草原の家の仕事に慣れていくと、ヨウコさんやミサトは、吸引のやり方や、人工呼吸器の扱い方などを教えてくれるようになった。

 医療のことは今まで全く知らなかったので、仕事を覚えていくことは、単純に楽しく感じられた。

「どうしてここだけ、電気が通っているの?」

 ヨウコさんが人工呼吸器の回路の構造を教えてくれたとき、ちょうどヨウコさんと二人きりになった。タイミングを逃さないよう、いつも疑問に思っていたことを口にだしてみた。

「それはね、電気がなければ、ケイジさんやミクちゃんたちは、死んでしまうからよ」

 ヨウコさんは、私の質問に驚く気配なく、さらりと質問に答えた。

「電気がないと、死んでしまうの?」

「そう、ミクちゃんやケイジさんは、呼吸がうまくできない病気だから、吸引で痰を引かないと窒息してしまうの。人工呼吸器もとまれば、呼吸ができなくなるから死んでしまう。生きるためには、電気が必要なのよ」

 ヨウコさんは医師なので、医師から言われると説得力は増した。

「脳性麻痺はね、治らない病気なの。その点は、私たちうつ病と同じね。だけど、呼吸、をしたり、食事や排泄、移動、すべては誰かの手をかりないと生きられない。電気がなくなれば、すぐに死んでしまうわ」

 ヨウコさんの眼鏡が、きらりと光に反射する。

「どうやって、電気をとおしてるの?薬も、どうやって入手してるの?お金も技術も社会とのつながりもないこの村で、、」

 アキヲも同じことを疑っていた。私は、アキヲのように、癒しの村のすべてを否定するわけではないが、現実的に不思議なことだった。

「それはね、きっといずれわかるわ。それしか、今は言えない。この村は、基本的には原始回帰をして、電気やガスなど科学の力を使わず、自然とともに自給自足をしているからね。何のために原始回帰をしているのか、何のために、この草原の家は電気を通しているのか。目的は、同じ道なのよ」

 ヨウコさんはそう言うと、人工呼吸器の回路を交換し始めた。私も後に続き、ヨウコさんの手伝いをした。

 ヨウコさんは、それ以上は言わずに、口を閉ざして黙々と手を動かしていく。

 ヨウコさんから聞いた話を、アキヲにも夜に話した。最近のアキヲは、夜遅くに帰ってくると、食事もしないで、布団に入る。

 私は、アキヲが、布団に入ってから眠るまでの僅かな時間を見計らい、草原の家の話をする。

 アキヲは何も言わずに、私の話に耳を傾ける。何度か生あくびをする気配は伝わってくる。

「君は、どうしたいの?」

 私が話し終えると、アキヲは少し苛立ちを見せて聞いてくる。

 アキヲは苛々すると、言葉が少なくなる。最近わかったアキヲの癖だった。

「特に何かしたいとかは、ないけど。なんで、そんなこと聞くの?」

 不意に突かれた問いに、戸惑いが生じる。

「リサは、周りの人の意見に流される。もっと言えば、それが君の意見になってきている。紗羅さんやヨウコさんが言うことを鵜呑みにしてないか?」

 アキヲの声は静かに闇夜に溶けていくようだった。

「そんなことない。私だって、自分の意見があるわ!」

「それは、なにさ?」

「それは、私は、どうしたいのかってことよね?」

「まあ、行動につながっていく」

 私は、焦りを感じた。

 私は、どうしたいの?

 何度か心に自問自答してみる。
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