君のいない場所

ヤン

文字の大きさ
上 下
37 / 41
第3章

第7話 最低

しおりを挟む
 夕方五時を過ぎた頃から、さいは部屋の窓から外を、何度も窺っていた。人影がないことを確かめると、椅子に座るが、またすぐに立ち上がって、窓のそばに立った。

 六時を何分か回った頃だった。玄関に向かって歩いてくる人が目に入った。才は、すぐに部屋を飛び出した。普段は、廊下を優雅とも言えるような様子で歩くが、今はほとんど本気で走っていた。

 呼び鈴が鳴ると同時に、才自らドアを開けた。そこに、待っていた人が立っていた。

「よー」

 以前と変わらず、片手を軽く上げ、笑みを浮かべている。それを見ただけで、才は変に鼓動が速くなって困った。

(落ち着け、オレ)

 心の中で、自分に言い聞かせる。そっと息を吐き出した後、

「いらっしゃい。バイト、お疲れさまでした」

 なるべく冷静に言葉を発した。が、上手く出来ていたかは、わからない。

「中に入ってよ」

 才が促すと、三原みはらは才の後についてきた。廊下を歩いている途中で、ばあやが現れた。ばあやは、三原に深々と頭を下げると、

「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。こちらへどうぞ」

 言って、食事の席まで案内してくれる。ばあやは、三原の方をそっと見ると、微笑み、

「ようやく、約束を果たして頂けましたね。随分時間が経ちました」

 ばあやの言葉に、才は、中学一年の、あの雨の日のことを思い出した。


「今度誘った時は、絶対家の中に入ってよ?」
「ああ。約束する」


 あれから、4年も過ぎたというのか、と才は感慨深かった。あれから起きた様々なことが、急に頭の中によみがえってきて、才はフッと息を吐き出すと、小さく笑った。

 二人が席に着いて少しすると、料理が運ばれてきた。三原は、新しい料理を口にする度に、「うまいな」と言っていた。三原の生き生きとした顔を見れば、その言葉が真実であることが伝わってくる。才は、ひたすら黙って食べていた。

 デザートのプリンアラモードが来た。これでもう何も運ばれてこない。才は、嬉しそうにスプーンを手にした三原へ、

「ミハラくん。ごめん。話をきいてくれるかい?」

 才がそう言うと、三原は急に表情を改めて、スプーンを置いた。そして、才に視線を向け、

「聞くよ。その為にここに来たんだから」
「ありがとう」

 話そう。そう思いながら、ためらう。三原は、相変わらず才を見ており、才の言葉を待っている様子だ。才は、三原をしっかりと見ながら、

「オレね、クラシックピアノ、習うのやめた」

 一気に言う。三原はしばらく思考をめぐらせている様子だったが、やがて、「は?」と目を見開いて言った。

「サイ。おまえ、何言ってんだよ。嘘だろ。変な冗談言うの、やめろ」

 強い口調で、そう言った。才は俯き、首を振った。

「いや。今言ったこと、本当だから。オレ、やめたんだ。で、もうクラシックを弾かないことにしたんだ」
「だから。冗談はやめろ」
「冗談じゃないんだ。オレ、自分が許せなくて、そうするしかなかったんだ。これからも、弾かない」

 三原が席を立ち、才のそばへ来た。その表情には、怒りや混乱が見て取れた。

「ミハラくん。オレは、メンバーを裏切ろうとした。君のこと、バンドから切り捨てておいて、オレ、何て身勝手なんだろう」

 才の言葉は、三原をより混乱させたようだった。三原は首を傾げると、「わかんねー」と呟いた。才は、三原を少し見上げながら、

「オレは、最低なんだ」

 吐き出すように、言ったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

手切れ金

のらねことすていぬ
BL
貧乏貴族の息子、ジゼルはある日恋人であるアルバートに振られてしまう。手切れ金を渡されて完全に捨てられたと思っていたが、なぜかアルバートは彼のもとを再び訪れてきて……。 貴族×貧乏貴族

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

恋をしたから終わりにしよう

夏目流羽
BL
【BL】年下イケメン×年上美人 毎日をテキトーに過ごしている大学生・相川悠と年上で社会人の佐倉湊人はセフレ関係 身体の相性が良いだけ 都合が良いだけ ただそれだけ……の、はず。 * * * * * 完結しました! 読んでくださった皆様、本当にありがとうございます^ ^ Twitter↓ @rurunovel

竜王妃は家出中につき

ゴルゴンゾーラ安井
BL
竜人の国、アルディオンの王ジークハルトの后リディエールは、か弱い人族として生まれながら王の唯一の番として150年竜王妃としての努めを果たしてきた。 2人の息子も王子として立派に育てたし、娘も3人嫁がせた。 これからは夫婦水入らずの生活も視野に隠居を考えていたリディエールだったが、ジークハルトに浮気疑惑が持ち上がる。 帰れる実家は既にない。 ならば、選択肢は一つ。 家出させていただきます! 元冒険者のリディが王宮を飛び出して好き勝手大暴れします。 本編完結しました。

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

ハッピーエンド

藤美りゅう
BL
恋心を抱いた人には、彼女がいましたーー。 レンタルショップ『MIMIYA』でアルバイトをする三上凛は、週末の夜に来るカップルの彼氏、堺智樹に恋心を抱いていた。 ある日、凛はそのカップルが雨の中喧嘩をするのを偶然目撃してしまい、雨が降りしきる中、帰れず立ち尽くしている智樹に自分の傘を貸してやる。 それから二人の距離は縮まろうとしていたが、一本のある映画が、凛の心にブレーキをかけてしまう。 ※ 他サイトでコンテスト用に執筆した作品です。

処理中です...