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第3章
第4話 仲直り
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家に帰るとすぐにピアノ室に向かう。音階練習をざっとして、レッスンで見てもらっている曲を弾く。最後まで通して弾いた後、細かく区切って弾く。何度も何度も。それが、長年やってきたことだ。
今まで弾かない日は、ほとんどなかった。よほど体調が悪い時以外、それを自分に課していた。それなのに、と才は溜息を吐く。
「どうしてこうなったんだっけ」
思わず声に出して言った。言わずにはいられなかったのだ。
才は、ピアノの前に座り、蓋も開けずにじっとピアノを見つめた。ヨーロッパから来た、古い楽器。温かく、優しい音がする。祖父が、母の為に買い与えたと聞いている。母は、才が小さい時に亡くなった為、それからは、ずっと才のものだった。
そのピアノを前にして、蓋を開けることすら、ためらっている。
そのままピアノを弾くことなく、ピアノ室を後にした。
翌日、授業を終えて学校の門を出ると、恭一が人待ち顔で立っていた。才が声を掛けると、驚いたように、「あ」と言った後、
「サイちゃん」
「もしかして、オレを待ってた?」
そう言ったが、才はすぐに首を振り、
「違った。言い直すよ。キョウちゃん。もしかして、オレを待っていてくれた?」
恭一は、才をじっと見つめた後、小さく頷いた。
「昨日は、ごめんね」
「キョウちゃんは、悪くない」
「でも……勝手に怒って、みんなの気分を悪くさせたよね」
恭一の表情が歪んだ。才は、昨日怒られたので、子供扱いに見える行動を取れずにいた。
「僕も、サイちゃんのこと、大好きだから。大事だから。だから、何でも言ってほしいなって、思って。大樹さんみたいに大人じゃないけど、でも……」
「わかったよ。キョウちゃんは、すごく優しい。オレは、やっぱり君のこと、大好きだ。あ。恋愛感情じゃないから、安心してね。そうじゃなくて」
恭一が、俯いた。と同時に、鼻をすするような音が聞こえた。目を片手で拭いながら、
「無理に話さなくていいんだ。それでいい」
「きっと、オレ、この件に関しては、誰にも話せないかも。だって、オレ、ひどいことしたから」
「え?」
「ごめん。これ以上は、話せない」
前を向いて歩き始めると、恭一もすぐについてきた。才は、恭一を見ながら微笑み、
「そうやって泣いてると、オレがいじめたみたいなんだけど」
少しふざけたような口調で言うと、恭一は、「そうだよね」と言い、顔を上げた。涙を手の甲で拭うと、
「もう、大丈夫」
無理に作った笑顔を見せてきた。才は、恭一の頭を、つい撫でてしまった。慌てて、「あ。ごめん」と言い、撫でるのをやめたが、恭一は、「いいよ」と静かに言った。
「本当は、サイちゃんにそうされるの、嫌いじゃないんだけど。昨日は、僕、すごく怒っちゃってたから。サイちゃん。ごめんね」
また泣きそうな顔になる。
「キョウちゃん。ファンが泣くよ。そんな顔してたら」
才の言葉に、恭一は、はっとしたような表情をして、
「あ。そうだね。僕がアスピリンだもんね」
「そう。キョウちゃんがアスピリンだよ」
才は、いつも恭一に、「君がアスピリンだからね」と、言い聞かせている。アスピリンというバンドは、ヴォーカルを大事にしている。恭一がかっこよくないと、バンドは成り立たない。それをわからせる為に、あえて度々口にしている。
「僕が、アスピリンだね。かっこよくいないとね。泣いてたら、ダメだね」
「泣いてもいいけど。でも、やっぱり泣かない方がいいかな。ま、いいか。どっちでも」
本当は、泣いてたって恭一はかっこいいんだ、と才は思っている。才は、恭一の背中を軽く叩いた。
「どっちでもいいけど、とにかく、キョウちゃんがアスピリンだから、かっこよくいてよね」
「わかった」
二人顔を見合わせると、笑い出してしまった。
今まで弾かない日は、ほとんどなかった。よほど体調が悪い時以外、それを自分に課していた。それなのに、と才は溜息を吐く。
「どうしてこうなったんだっけ」
思わず声に出して言った。言わずにはいられなかったのだ。
才は、ピアノの前に座り、蓋も開けずにじっとピアノを見つめた。ヨーロッパから来た、古い楽器。温かく、優しい音がする。祖父が、母の為に買い与えたと聞いている。母は、才が小さい時に亡くなった為、それからは、ずっと才のものだった。
そのピアノを前にして、蓋を開けることすら、ためらっている。
そのままピアノを弾くことなく、ピアノ室を後にした。
翌日、授業を終えて学校の門を出ると、恭一が人待ち顔で立っていた。才が声を掛けると、驚いたように、「あ」と言った後、
「サイちゃん」
「もしかして、オレを待ってた?」
そう言ったが、才はすぐに首を振り、
「違った。言い直すよ。キョウちゃん。もしかして、オレを待っていてくれた?」
恭一は、才をじっと見つめた後、小さく頷いた。
「昨日は、ごめんね」
「キョウちゃんは、悪くない」
「でも……勝手に怒って、みんなの気分を悪くさせたよね」
恭一の表情が歪んだ。才は、昨日怒られたので、子供扱いに見える行動を取れずにいた。
「僕も、サイちゃんのこと、大好きだから。大事だから。だから、何でも言ってほしいなって、思って。大樹さんみたいに大人じゃないけど、でも……」
「わかったよ。キョウちゃんは、すごく優しい。オレは、やっぱり君のこと、大好きだ。あ。恋愛感情じゃないから、安心してね。そうじゃなくて」
恭一が、俯いた。と同時に、鼻をすするような音が聞こえた。目を片手で拭いながら、
「無理に話さなくていいんだ。それでいい」
「きっと、オレ、この件に関しては、誰にも話せないかも。だって、オレ、ひどいことしたから」
「え?」
「ごめん。これ以上は、話せない」
前を向いて歩き始めると、恭一もすぐについてきた。才は、恭一を見ながら微笑み、
「そうやって泣いてると、オレがいじめたみたいなんだけど」
少しふざけたような口調で言うと、恭一は、「そうだよね」と言い、顔を上げた。涙を手の甲で拭うと、
「もう、大丈夫」
無理に作った笑顔を見せてきた。才は、恭一の頭を、つい撫でてしまった。慌てて、「あ。ごめん」と言い、撫でるのをやめたが、恭一は、「いいよ」と静かに言った。
「本当は、サイちゃんにそうされるの、嫌いじゃないんだけど。昨日は、僕、すごく怒っちゃってたから。サイちゃん。ごめんね」
また泣きそうな顔になる。
「キョウちゃん。ファンが泣くよ。そんな顔してたら」
才の言葉に、恭一は、はっとしたような表情をして、
「あ。そうだね。僕がアスピリンだもんね」
「そう。キョウちゃんがアスピリンだよ」
才は、いつも恭一に、「君がアスピリンだからね」と、言い聞かせている。アスピリンというバンドは、ヴォーカルを大事にしている。恭一がかっこよくないと、バンドは成り立たない。それをわからせる為に、あえて度々口にしている。
「僕が、アスピリンだね。かっこよくいないとね。泣いてたら、ダメだね」
「泣いてもいいけど。でも、やっぱり泣かない方がいいかな。ま、いいか。どっちでも」
本当は、泣いてたって恭一はかっこいいんだ、と才は思っている。才は、恭一の背中を軽く叩いた。
「どっちでもいいけど、とにかく、キョウちゃんがアスピリンだから、かっこよくいてよね」
「わかった」
二人顔を見合わせると、笑い出してしまった。
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