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第1章
第10話 発表会
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日曜日になり、才は約束の時間に楽器屋前に行った。創と高矢は、すでに来ており、何か話していたが、才に気が付くと手を振ってきた。二人のそばへ行くと、高矢が、
「まだ、ミハラの奴、来てないんだ。ま、これが普通か」
「ミハラくん、遅刻魔だからな。よく学校、遅刻しないよね。サイちゃん。心配しなくていいよ。これが、普通」
「そうなんだ」
そんな話をしていると、三原が悠々と歩いてきた。才たちに気が付くと、いつものように軽く手を上げて、「よー」と言った。そして、謝るでもなく、店のドアを指差し、「入ろうぜ」と言った。誰も三原に謝罪は求めず、彼の後について、店に入った。
「おお、正司。久し振りだな。何か買ってくれるのか?」
いつもミハラくん、と呼んでいるが、そう言えば三原の名前は正司だったと、才は、変に感心した。
「いや。オレじゃなくって、この二人が。ギターとベース、見てやってください」
敬語も使えるらしい、と才は思った。いろいろ学ぶことがあって、才は何だか楽しい気持ちになってきた。
「バンドでも始めるのか? じゃあ、こっちにおいでよ」
そして、お勧めされた楽器を素直に購入した。ベースの入門書や必要な物も揃えてもらい、買い物は終了した。創は、お勧めされた楽器の他にも見てみていたが、結局は店員のお勧めを買っていた。創は、嬉しそうに、「やった」と言うと、ガッツポーズをした。前向きで羨ましい、と才は思った。
買い物の後、ファミレスに行こうと誘われたが、断った。
「これ以上は、無理。ピアノの練習しないと。あ。発表会、来るよね?」
「当たり前だろ。行くぞ。スギとタカヤも、わかってるな?」
二人が頷くのを見て、三原は、「よし」と満足そうに笑みを浮かべた。そもそも発表会の話は創が持ち掛けたはずなのに、三原が中心になってしまっている。仕切りたがりの三原を、困った人だ、と思いつつも、そこが彼らしい、と受容し、好もしく思ってしまっている自分に、才は戸惑っていた。
発表会当日になった。今までは、当日になってもこれといって感慨もなかったが、この日は違っていた。初めて友人が聞きに来てくれるのだ。緊張ではなく、わくわくと胸を弾ませていた。
会場に入ると、先生が才を見つけて声を掛けてくる。
「大丈夫だから、いつもの通り、頑張ってね」
「はい。ありがとうございます」
ピアノを始めた十年ほど前から、ずっと教えてもらっている先生だ。音大を出たばかりの人だったが、教え方が上手く、ピアノをより好きになった。今では、才は難しい曲も弾けるようになったが、それもこの先生のおかげだ、と才は心の中で感謝した。
発表会は、小さい生徒から順番に弾いて行く。最後から二番目が、才の順番だ。先は長い。友人たちは、来てくれているだろうか。眠らないで聞いてくれるだろうか、と思案していた。
順番が来た。才の名前と曲がアナウンスされて、ステージに出て行く。ピアノのそばに立ち、礼をする。顔を上げて客席を見ると、真ん中辺りに知った顔が見えた。それを確認して、ピアノの前に座った。リハーサルなしで、初めての楽器に触れる。上手く鳴らせるかは、賭けだった。
鍵盤に手を置いて、音をバンと鳴らす。そこからは、余計なことは一切考えず、最後まで弾き切った。
立ち上がって礼をすると、会場が拍手に包まれた。そして、顔を上げると、客席で立ち上がって、いわゆるスタンディングオベーションをしている二人を発見した。一人は、三原正司。もう一人は誰だろう、と才は思いながら、ステージを去った。
「津久見くん。良かったよ」
一つ年上の生徒が、笑みを浮かべながら言った。彼女は、才に軽く手を振ると、ステージに出て行った。才は肩をすくめて、その場で彼女の演奏を聞いていた。
「まだ、ミハラの奴、来てないんだ。ま、これが普通か」
「ミハラくん、遅刻魔だからな。よく学校、遅刻しないよね。サイちゃん。心配しなくていいよ。これが、普通」
「そうなんだ」
そんな話をしていると、三原が悠々と歩いてきた。才たちに気が付くと、いつものように軽く手を上げて、「よー」と言った。そして、謝るでもなく、店のドアを指差し、「入ろうぜ」と言った。誰も三原に謝罪は求めず、彼の後について、店に入った。
「おお、正司。久し振りだな。何か買ってくれるのか?」
いつもミハラくん、と呼んでいるが、そう言えば三原の名前は正司だったと、才は、変に感心した。
「いや。オレじゃなくって、この二人が。ギターとベース、見てやってください」
敬語も使えるらしい、と才は思った。いろいろ学ぶことがあって、才は何だか楽しい気持ちになってきた。
「バンドでも始めるのか? じゃあ、こっちにおいでよ」
そして、お勧めされた楽器を素直に購入した。ベースの入門書や必要な物も揃えてもらい、買い物は終了した。創は、お勧めされた楽器の他にも見てみていたが、結局は店員のお勧めを買っていた。創は、嬉しそうに、「やった」と言うと、ガッツポーズをした。前向きで羨ましい、と才は思った。
買い物の後、ファミレスに行こうと誘われたが、断った。
「これ以上は、無理。ピアノの練習しないと。あ。発表会、来るよね?」
「当たり前だろ。行くぞ。スギとタカヤも、わかってるな?」
二人が頷くのを見て、三原は、「よし」と満足そうに笑みを浮かべた。そもそも発表会の話は創が持ち掛けたはずなのに、三原が中心になってしまっている。仕切りたがりの三原を、困った人だ、と思いつつも、そこが彼らしい、と受容し、好もしく思ってしまっている自分に、才は戸惑っていた。
発表会当日になった。今までは、当日になってもこれといって感慨もなかったが、この日は違っていた。初めて友人が聞きに来てくれるのだ。緊張ではなく、わくわくと胸を弾ませていた。
会場に入ると、先生が才を見つけて声を掛けてくる。
「大丈夫だから、いつもの通り、頑張ってね」
「はい。ありがとうございます」
ピアノを始めた十年ほど前から、ずっと教えてもらっている先生だ。音大を出たばかりの人だったが、教え方が上手く、ピアノをより好きになった。今では、才は難しい曲も弾けるようになったが、それもこの先生のおかげだ、と才は心の中で感謝した。
発表会は、小さい生徒から順番に弾いて行く。最後から二番目が、才の順番だ。先は長い。友人たちは、来てくれているだろうか。眠らないで聞いてくれるだろうか、と思案していた。
順番が来た。才の名前と曲がアナウンスされて、ステージに出て行く。ピアノのそばに立ち、礼をする。顔を上げて客席を見ると、真ん中辺りに知った顔が見えた。それを確認して、ピアノの前に座った。リハーサルなしで、初めての楽器に触れる。上手く鳴らせるかは、賭けだった。
鍵盤に手を置いて、音をバンと鳴らす。そこからは、余計なことは一切考えず、最後まで弾き切った。
立ち上がって礼をすると、会場が拍手に包まれた。そして、顔を上げると、客席で立ち上がって、いわゆるスタンディングオベーションをしている二人を発見した。一人は、三原正司。もう一人は誰だろう、と才は思いながら、ステージを去った。
「津久見くん。良かったよ」
一つ年上の生徒が、笑みを浮かべながら言った。彼女は、才に軽く手を振ると、ステージに出て行った。才は肩をすくめて、その場で彼女の演奏を聞いていた。
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