洋館の記憶

ヤン

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第27話 私は、死なない

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 祖母が、顔を上げた。まだ、涙が流れている。目元を拭っても、後から後からこぼれ落ちていく。祖母は、深呼吸の後、

「あの日も、良子よしこは、いつも通りだったわ。いつもみたいに、私たちが出かけるのを玄関で見送ってくれて、いってらっしゃーい、って手を振った。それが、私たちの見た、元気な良子の最後の姿。私たちは、良子に手を振り返してから、観劇の為に出かけた。
 その日は、例年よりも寒くって、夜遅くなるにつれて、どんどん気温が下がっていったわ。
 観劇を終えて帰宅したら、家に明かりがなくて、何だか胸騒ぎがして……。家の中に入って、良子を呼んだけれど、返事はない。部屋にもどこにもいない。嫌な予感がして、庭に出たら、あの子……」

 祖母が、俯いて黙った。祖父が、祖母の肩を抱き寄せた。祖母は、小さくしゃくり上げながら泣いた。祖父は、祖母の横顔を見た後、私の方に向き、

「さっき、良子が言ってただろう。あの子が好きだった大きな木。あそこに、この人と一緒に走って行ったよ。もう、そこしかないって、確信していた。こんな寒い日に、何してるんだと叱るつもりだった。だけどね、かおるちゃん。もう、叱ることも出来なかったよ。だってね、呼吸していなかったから」

 その後、救急車を呼んだり、自死か事件かいろいろ調べられたりと、大変だったようだ。そして、そのおまけで、よっちゃんの体が、どういう状態だったか知ることになったそうだ。

「言ってくれれば良かったのに。でも、言えなかったのよね。私が言わせない空気を出していたのかしら。私、駄目な母親ね」

 祖母が、哀し気な声で言った。

「薫ちゃんが、あの木のそばに立っていた時、良子が帰って来たのかと思ったわ。だから、驚いてたのよ。本当によく似てる。良子じゃないってわかってるわ。でも、あなたを見ていると、良子を見ているような気がして……」
「私は、よっちゃんの代わりにはなれないけど……。私は、死んだりしないよ」

 いつかは死ぬだろうけど、それは今ではない。まだ十五で、これからいっぱい楽しいことをするんだ、と思っている。東京の仲間たちと縁が切れたとしても、今、もう、仲間が出来てるじゃないか。芽衣子めえこ悠花ゆか。それから、変な先生の桜内さくらうち俊也としや

「私の友達がさ、私はよっちゃんに、ここに呼ばれたんじゃないかって言ってたけど。それが本当なら、感謝しなきゃなって思ってる」

 椅子から立ち上がると、お膳を持って台所に向かった。流しに食器を置きながら、心の中で、「よっちゃん、ありがとう」と言った。それに答えてくれたのか、私が手にしていたお箸が、勝手に転がり落ちた。私は、溜息をついて、

「ちょっと、よっちゃん」

 小さい声で言うと、お箸を拾って洗い始めた。よっちゃんの笑い声を聞いたような気がした。
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