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ミコ編
第2話 コンサート
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学校の帰りにいつもの喫茶店の前を通ると、私に気が付いたマスターと娘のミッコさんが、手を振ってきた。ドアを開けて中に入ると、
「ミコ。いらっしゃい。今、帰り?」
ミッコさんが、笑顔で訊く。私は頷き、
「そうです。さっき、クラブ活動が終わって」
「ご苦労様。演劇部の練習、大変なんでしょう。運動部に負けないくらい、なんだか体力づくりしてるでしょう」
「そうなんです」
もう閉店が近い。お客さんは二組だけだ。
「お茶飲んでいけば? 準備するよ。っていうか、学校で何かあった? 暗いけど」
私は、ただ首を振って、カウンター席に腰を下ろした。ミッコさんは、注文していないのに、イチゴのタルトをお皿に取ってくれている。マスターもお茶の準備を始めていた。
私は、二人のその様子を黙って見ていたが、ふと壁に目をやると、チラシが張り付けてあることに気が付いた。ピアノ協奏曲の演奏会のようで、ソリストは……。
私がじっとチラシを見ていると、ミッコさんがそばに来て、微笑んだ。そして、チラシを指差しながら、
「これ、興味ある? 東京だけど、もしかして行きたい? 訊いてみてあげようか」
ミッコさんは私の肩に手をのせて、私の目を覗き込むようにした。私もまっすぐミッコさんを見て、疑問を口にした。
「えっと、このソリストさんと知り合いなんですか?」
「知り合いっていうか、元同級生だから。この前東京から帰って来た時に、ここに寄ってくれて、チラシを貼らせてくださいって言われたから貼ったんだけど。
おとなしい子だったのに、こんなに有名なオーケストラと演奏するようになっちゃって。本当にびっくりした。相変わらず、線が細くて可愛かったけど」
もう一度チラシを見ると、今度こそソリストの名前を確認した。
吉隅ワタル。
聞いたことはなかった。どんな演奏をする人なんだろう。今まで、クラシックのコンサートにあまり行ったことはなかったが、何故だか興味を持った。
「チラシを持ってきた時にね、連絡先を聞いたから、電話してみてあげる。チケット、都合してくれるといいな」
そう言いながら、ミッコさんは店の奥に入って行った。何か話している声が微かに聞こえてきた後、戻ってきたミッコさんは、私を見て微笑むと、右手の親指を立てた。
「大丈夫だって。一枚ここに送ってもらうことにした。良かったね」
「本当ですか? ありがとうございます。何だかすごく嬉しいです」
さっきまでの沈み切った気持ちは、どこかへ行ってしまっていた。どうしてこんなにどきどきしているのだろう。自分でもよくわからなかった。が、どうしても行ってみたい、という気持ちになっていた。
「そうだ。ミッコさん。私、吉隅さんの演奏を全然聞いたことないし、そんな私が行ってもいいのかしら。失礼かな、とも思うんですけど」
行くなと言われたらやめるのか、と言われたら、そうではない。でも、確認せずにはいられなかったのだ。
ミッコさんはポスターを見ながら、
「行きたいと思えば、行けばいいわよ。たとえ聞いたことがない人でも、来てほしいと思うんじゃないかな。わかんないけど。
あ、そうだ。高校生の頃に吉隅くんのピアノの発表会に行った時、内緒で録音したんだけど、あれ、残ってるかな。ちょっと探してくる」
再び店の奥に入って行った。しばらく経ってから、「あった」とミッコさんが言って戻ってきた。手にしていたのは、ラジカセとカセットテープだった。
「これ。ちょっと再生してみよう」
テープを私に見せるとラジカセにセットし、プレイボタンを押した。少しの間の後拍手が聞こえ、それが終わるとピアノの音が鳴った。
一音目を聞いた瞬間、身動き出来なくなった。そして、最後まで他のことはいっさい考えることもなく聞いた。
こんなに集中して音楽を聞いたことが今まであっただろうか。音楽の授業の時だって、そんなに真面目ではなかった。それが、これはどういうことなんだろう。
演奏が終わると、ミッコさんはストップボタンを押した。そして、私の方を見て、
「どうだった? えっと、この曲のタイトルは……。ベートーヴェンのソナタで、『熱情』だって」
タイトルを言われてもわからない。が、ただただ圧倒されて、口もきけずにいた。
「ミコ。いらっしゃい。今、帰り?」
ミッコさんが、笑顔で訊く。私は頷き、
「そうです。さっき、クラブ活動が終わって」
「ご苦労様。演劇部の練習、大変なんでしょう。運動部に負けないくらい、なんだか体力づくりしてるでしょう」
「そうなんです」
もう閉店が近い。お客さんは二組だけだ。
「お茶飲んでいけば? 準備するよ。っていうか、学校で何かあった? 暗いけど」
私は、ただ首を振って、カウンター席に腰を下ろした。ミッコさんは、注文していないのに、イチゴのタルトをお皿に取ってくれている。マスターもお茶の準備を始めていた。
私は、二人のその様子を黙って見ていたが、ふと壁に目をやると、チラシが張り付けてあることに気が付いた。ピアノ協奏曲の演奏会のようで、ソリストは……。
私がじっとチラシを見ていると、ミッコさんがそばに来て、微笑んだ。そして、チラシを指差しながら、
「これ、興味ある? 東京だけど、もしかして行きたい? 訊いてみてあげようか」
ミッコさんは私の肩に手をのせて、私の目を覗き込むようにした。私もまっすぐミッコさんを見て、疑問を口にした。
「えっと、このソリストさんと知り合いなんですか?」
「知り合いっていうか、元同級生だから。この前東京から帰って来た時に、ここに寄ってくれて、チラシを貼らせてくださいって言われたから貼ったんだけど。
おとなしい子だったのに、こんなに有名なオーケストラと演奏するようになっちゃって。本当にびっくりした。相変わらず、線が細くて可愛かったけど」
もう一度チラシを見ると、今度こそソリストの名前を確認した。
吉隅ワタル。
聞いたことはなかった。どんな演奏をする人なんだろう。今まで、クラシックのコンサートにあまり行ったことはなかったが、何故だか興味を持った。
「チラシを持ってきた時にね、連絡先を聞いたから、電話してみてあげる。チケット、都合してくれるといいな」
そう言いながら、ミッコさんは店の奥に入って行った。何か話している声が微かに聞こえてきた後、戻ってきたミッコさんは、私を見て微笑むと、右手の親指を立てた。
「大丈夫だって。一枚ここに送ってもらうことにした。良かったね」
「本当ですか? ありがとうございます。何だかすごく嬉しいです」
さっきまでの沈み切った気持ちは、どこかへ行ってしまっていた。どうしてこんなにどきどきしているのだろう。自分でもよくわからなかった。が、どうしても行ってみたい、という気持ちになっていた。
「そうだ。ミッコさん。私、吉隅さんの演奏を全然聞いたことないし、そんな私が行ってもいいのかしら。失礼かな、とも思うんですけど」
行くなと言われたらやめるのか、と言われたら、そうではない。でも、確認せずにはいられなかったのだ。
ミッコさんはポスターを見ながら、
「行きたいと思えば、行けばいいわよ。たとえ聞いたことがない人でも、来てほしいと思うんじゃないかな。わかんないけど。
あ、そうだ。高校生の頃に吉隅くんのピアノの発表会に行った時、内緒で録音したんだけど、あれ、残ってるかな。ちょっと探してくる」
再び店の奥に入って行った。しばらく経ってから、「あった」とミッコさんが言って戻ってきた。手にしていたのは、ラジカセとカセットテープだった。
「これ。ちょっと再生してみよう」
テープを私に見せるとラジカセにセットし、プレイボタンを押した。少しの間の後拍手が聞こえ、それが終わるとピアノの音が鳴った。
一音目を聞いた瞬間、身動き出来なくなった。そして、最後まで他のことはいっさい考えることもなく聞いた。
こんなに集中して音楽を聞いたことが今まであっただろうか。音楽の授業の時だって、そんなに真面目ではなかった。それが、これはどういうことなんだろう。
演奏が終わると、ミッコさんはストップボタンを押した。そして、私の方を見て、
「どうだった? えっと、この曲のタイトルは……。ベートーヴェンのソナタで、『熱情』だって」
タイトルを言われてもわからない。が、ただただ圧倒されて、口もきけずにいた。
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