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第三章
第十二話 プライド
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「話って何?」
由紀が訊いた。和寿は彼女の視線をとらえながら、
「別れて下さい」
単刀直入に言った。彼女は小さく息を吐き出すと、
「やっぱりその話なんだ。それで、何故?」
わかっているだろうに、あえて訊いてきた。和寿は、彼女を見つめたまま、はっきりと、
「他に好きな人が出来た」
ストレートに伝えた。彼女は唇を噛んだ。
「それは、誰?」
絶対わかっているだろうに、言わせようとしている、と和寿は思ったが、
「吉隅ワタルくん」
彼女はさらに訊く。
「何で、吉隅くん?」
「わからない。だけど、好きなんだ。最初はさ、音楽上のパートナーとして、好きなのかと思ってた。だけど、そうじゃなかった。由紀を好きになった時と同じような感情が、あいつに対して沸きあがってきた。この想いを、何度も否定しようとしたんだけど、全然無理だった。それで、オレはあいつを好きなんだって、認めることにした。だから、由紀と付き合っていけない。だから、別れてほしい」
一気に説明した。彼女は何も言わずに和寿を見ていた。ただ、彼女が組み合わせている両手が、微かに震えていた。
「お待たせいたしました」
ウェイトレスが、笑顔で料理を置いて行く。和寿は料理に目をやった後、由紀に視線を戻し、
「とりあえず、食べよう」
声をかけたが、彼女は料理には目もくれず、コップを手にして立ち上がり、和寿の顔をめがけて水を掛けてきた。こんなことをされたのは、人生で初めてだった。驚いて由紀を見ると、彼女はコップをテーブルに置き、
「私はプライドが高いのよ。別れたくない、とか言うのは、私のその高いプライドが許さない。だから、別れてあげるわよ。さよなら」
バッグを手にすると、一度も振り返らずに店を出て行った。和寿は、しばし呆然としていたが、その後、びしょ濡れになっている自分の滑稽さに、笑い出してしまった。
「て、いう感じなんだ。彼女は、プライドが高いからこそ、オレと別れてくれた」
和寿は固い表情のまま、言った。ワタルは、「そうだったんだ」としんみりした口調で言った。あの時、彼女はそんな風に言っていたのか。自分がその立場だったら、いったいどうしただろう。考えたくない、と思った。
和寿は、遠くを見ていた視線をワタルに向けると、
「なあ、ワタル。一応、由紀のことは決着したと言っていいと思うんだ。だから言うんだけど」
「何だい?」
「付き合ってください」
ずっとその言葉を聞きたかった。涙がこぼれてきた。
和寿は、優しくワタルの髪を撫でると、もう一度言った。
「付き合ってくれるか」
涙が止まらず、言葉に出来なかったので、何度も頷いた。和寿は、「そうか」と言って、微笑んだ。それは、ワタルを包み込んでくれるような、優しい笑顔だった。
「良かった。オレは、今、すごく嬉しい」
ワタルも頷いて同意を示した。涙が後から後から流れ出て来て困った。
「後はさ、おまえがプロのピアニストを目指しますって言ってくれたら、最高なんだけどな」
ワタルが返事出来ないでいると、和寿は、「ま、いっか」と言った。
「今日は、本当にいい日になったな。今夜はいい夢が見られそうな気がする」
ワタルの髪を何度も撫でながらそう言った。
「涙は止まったか? よし。じゃあ、今日はこれで解散だ」
和寿は、ワタルの頬に軽くキスした。
「おやすみ」
手を振って去って行った。
ワタルは彼の唇の感触が残っている頬に触れた後、帰路に着いた。胸の高鳴りは、いつまでも落ち着かなかった。
由紀が訊いた。和寿は彼女の視線をとらえながら、
「別れて下さい」
単刀直入に言った。彼女は小さく息を吐き出すと、
「やっぱりその話なんだ。それで、何故?」
わかっているだろうに、あえて訊いてきた。和寿は、彼女を見つめたまま、はっきりと、
「他に好きな人が出来た」
ストレートに伝えた。彼女は唇を噛んだ。
「それは、誰?」
絶対わかっているだろうに、言わせようとしている、と和寿は思ったが、
「吉隅ワタルくん」
彼女はさらに訊く。
「何で、吉隅くん?」
「わからない。だけど、好きなんだ。最初はさ、音楽上のパートナーとして、好きなのかと思ってた。だけど、そうじゃなかった。由紀を好きになった時と同じような感情が、あいつに対して沸きあがってきた。この想いを、何度も否定しようとしたんだけど、全然無理だった。それで、オレはあいつを好きなんだって、認めることにした。だから、由紀と付き合っていけない。だから、別れてほしい」
一気に説明した。彼女は何も言わずに和寿を見ていた。ただ、彼女が組み合わせている両手が、微かに震えていた。
「お待たせいたしました」
ウェイトレスが、笑顔で料理を置いて行く。和寿は料理に目をやった後、由紀に視線を戻し、
「とりあえず、食べよう」
声をかけたが、彼女は料理には目もくれず、コップを手にして立ち上がり、和寿の顔をめがけて水を掛けてきた。こんなことをされたのは、人生で初めてだった。驚いて由紀を見ると、彼女はコップをテーブルに置き、
「私はプライドが高いのよ。別れたくない、とか言うのは、私のその高いプライドが許さない。だから、別れてあげるわよ。さよなら」
バッグを手にすると、一度も振り返らずに店を出て行った。和寿は、しばし呆然としていたが、その後、びしょ濡れになっている自分の滑稽さに、笑い出してしまった。
「て、いう感じなんだ。彼女は、プライドが高いからこそ、オレと別れてくれた」
和寿は固い表情のまま、言った。ワタルは、「そうだったんだ」としんみりした口調で言った。あの時、彼女はそんな風に言っていたのか。自分がその立場だったら、いったいどうしただろう。考えたくない、と思った。
和寿は、遠くを見ていた視線をワタルに向けると、
「なあ、ワタル。一応、由紀のことは決着したと言っていいと思うんだ。だから言うんだけど」
「何だい?」
「付き合ってください」
ずっとその言葉を聞きたかった。涙がこぼれてきた。
和寿は、優しくワタルの髪を撫でると、もう一度言った。
「付き合ってくれるか」
涙が止まらず、言葉に出来なかったので、何度も頷いた。和寿は、「そうか」と言って、微笑んだ。それは、ワタルを包み込んでくれるような、優しい笑顔だった。
「良かった。オレは、今、すごく嬉しい」
ワタルも頷いて同意を示した。涙が後から後から流れ出て来て困った。
「後はさ、おまえがプロのピアニストを目指しますって言ってくれたら、最高なんだけどな」
ワタルが返事出来ないでいると、和寿は、「ま、いっか」と言った。
「今日は、本当にいい日になったな。今夜はいい夢が見られそうな気がする」
ワタルの髪を何度も撫でながらそう言った。
「涙は止まったか? よし。じゃあ、今日はこれで解散だ」
和寿は、ワタルの頬に軽くキスした。
「おやすみ」
手を振って去って行った。
ワタルは彼の唇の感触が残っている頬に触れた後、帰路に着いた。胸の高鳴りは、いつまでも落ち着かなかった。
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