ずっと、一緒に

ヤン

文字の大きさ
上 下
34 / 37
第三章

第十二話 プライド

しおりを挟む
「話って何?」

 由紀ゆきが訊いた。和寿かずとしは彼女の視線をとらえながら、

「別れて下さい」

 単刀直入に言った。彼女は小さく息を吐き出すと、

「やっぱりその話なんだ。それで、何故?」

 わかっているだろうに、あえて訊いてきた。和寿は、彼女を見つめたまま、はっきりと、

「他に好きな人が出来た」

 ストレートに伝えた。彼女は唇を噛んだ。

「それは、誰?」

 絶対わかっているだろうに、言わせようとしている、と和寿は思ったが、

吉隅よしずみワタルくん」

 彼女はさらに訊く。

「何で、吉隅くん?」
「わからない。だけど、好きなんだ。最初はさ、音楽上のパートナーとして、好きなのかと思ってた。だけど、そうじゃなかった。由紀を好きになった時と同じような感情が、あいつに対して沸きあがってきた。この想いを、何度も否定しようとしたんだけど、全然無理だった。それで、オレはあいつを好きなんだって、認めることにした。だから、由紀と付き合っていけない。だから、別れてほしい」

 一気に説明した。彼女は何も言わずに和寿を見ていた。ただ、彼女が組み合わせている両手が、微かに震えていた。

「お待たせいたしました」

 ウェイトレスが、笑顔で料理を置いて行く。和寿は料理に目をやった後、由紀に視線を戻し、

「とりあえず、食べよう」

 声をかけたが、彼女は料理には目もくれず、コップを手にして立ち上がり、和寿の顔をめがけて水を掛けてきた。こんなことをされたのは、人生で初めてだった。驚いて由紀を見ると、彼女はコップをテーブルに置き、

「私はプライドが高いのよ。別れたくない、とか言うのは、私のその高いプライドが許さない。だから、別れてあげるわよ。さよなら」

 バッグを手にすると、一度も振り返らずに店を出て行った。和寿は、しばし呆然としていたが、その後、びしょ濡れになっている自分の滑稽さに、笑い出してしまった。


「て、いう感じなんだ。彼女は、プライドが高いからこそ、オレと別れてくれた」

 和寿は固い表情のまま、言った。ワタルは、「そうだったんだ」としんみりした口調で言った。あの時、彼女はそんな風に言っていたのか。自分がその立場だったら、いったいどうしただろう。考えたくない、と思った。

 和寿は、遠くを見ていた視線をワタルに向けると、

「なあ、ワタル。一応、由紀のことは決着したと言っていいと思うんだ。だから言うんだけど」
「何だい?」
「付き合ってください」

 ずっとその言葉を聞きたかった。涙がこぼれてきた。

 和寿は、優しくワタルの髪を撫でると、もう一度言った。

「付き合ってくれるか」

 涙が止まらず、言葉に出来なかったので、何度も頷いた。和寿は、「そうか」と言って、微笑んだ。それは、ワタルを包み込んでくれるような、優しい笑顔だった。

「良かった。オレは、今、すごく嬉しい」

 ワタルも頷いて同意を示した。涙が後から後から流れ出て来て困った。

「後はさ、おまえがプロのピアニストを目指しますって言ってくれたら、最高なんだけどな」

 ワタルが返事出来ないでいると、和寿は、「ま、いっか」と言った。

「今日は、本当にいい日になったな。今夜はいい夢が見られそうな気がする」

 ワタルの髪を何度も撫でながらそう言った。

「涙は止まったか? よし。じゃあ、今日はこれで解散だ」

 和寿は、ワタルの頬に軽くキスした。

「おやすみ」

 手を振って去って行った。

 ワタルは彼の唇の感触が残っている頬に触れた後、帰路に着いた。胸の高鳴りは、いつまでも落ち着かなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ハルとアキ

花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』 双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。 しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!? 「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。 だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。 〝俺〟を愛してーー どうか気づいて。お願い、気づかないで」 ---------------------------------------- 【目次】 ・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉 ・各キャラクターの今後について ・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉 ・リクエスト編 ・番外編 ・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉 ・番外編 ---------------------------------------- *表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) * ※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。 ※心理描写を大切に書いてます。 ※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

運命の人

ヤン
BL
帰宅する為公園を歩いていた大矢湘太郎は、ベンチに座る少年の顔を見て驚く。かつて知っていた人にそっくりだったからだ。少年は家出してきたようで、大矢は迷った末に自分の家に連れて行く。傷ついた心を持つ二人が出会い、癒されていく物語です。

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

処理中です...