ずっと、一緒に

ヤン

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第三章

第五話 佐野工房

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 大学を出ると、ワタルは駅に急いだ。切符を買って、プラットフォームに立つと間もなく、電車が入ってきた。空いている席を探して腰を下ろしたが、心の中はざわついていた。

和寿かずとし……)

 一刻も早く、彼の姿を見て安心したい、と強く思った。

 しばらくの停車時間を経て、電車は走り出した。窓の外の風景を楽しむことなど、到底出来なかった。

   宝生ほうしょうと別れてから三時間後、ワタルはようやく懐かしい場所に辿り着いた。澄んだ空気に、思わず深呼吸をしてしまった。

 ワタルは、大学に入学してから今日まで、一度もここには帰って来ていなかった。実家に帰ることをためらう何かが吉隅よしずみ家にあるわけではない。むしろ、仲のいい家族だと思っている。

 帰ればきっと、笑顔とともに、「お帰り」と言ってくれるだろう。大学に行くまでと同じように、お互い接するだろう。だから、帰らなかった理由は別にないのだが、ただ、なんとなく、帰らなかったのだ。が、ふと思い当たった。そして、何だかそれが正解のような気がしてきた。

(もしかしたら、和寿がいる所にいたかったのかな)

 和寿のそばにいたい。

 逸る気持ちが、ワタルを早足にさせていた。


 在来線に乗り換えてしばらく行くと、目的の駅に着いた。ここで降りたことはなかったので、勝手がわからず戸惑った。周りを見回しながら歩き、タクシー乗り場があったので、乗って行くことにした。

 住所を伝えると、すぐに走り出した。十分ほどで、その工房兼自宅に行き着いた。工房を覗くと男性が一人いて、木を削っていた。集中して作業を行なっている様子に、声を掛けるのがためらわれた。が、思いきって、「あの」と、か細い声で言うと、男性がこちらに気が付いてくれた。ワタルは、深々とお辞儀をしてから、

「初めまして。吉隅ワタルと申します。弦楽器工房の佐野さのさんですか?」
「もしかして、和ちゃんのお友達ですか?」

 。和寿は、親戚の間で和ちゃんと呼ばれているらしいと、この前の電話でもわかっていたが、ここで再認識した。

「はい、そうです。和寿くんの具合はいかがですか?」

 彼は首を振ると、

「なかなか良くならなくてね。薬を飲んで、吸入とかもして体を休めてるけど、何かダメだね。どうぞ、見舞ってやって下さい。きっと喜びます。たぶん、君のことだと思うんですけどね、来た日に嬉しそうに話していましたよ。いいパートナーに出会えたって」

 自分の知らない所で噂されているのは、何だか気恥ずかしい。

 和寿の伯父の後について、家の方へ向かう。玄関のドアを開けると、彼は大きな声で、

「和ちゃん。お客さんが見えたぞ。吉隅くん」

 奥の方から咳が聞こえた。ワタルは咳の聞こえた部屋を指差し、「あそこですか?」と訊いた。彼が頷いたのを確認してからお辞儀をし、その部屋に向かった。ノックをして、そっと引き戸を開けた。
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