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第二章
第十九話 学園祭
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学園祭の演奏が終わった。最後の曲が『ツィゴイネルワイゼン』だったせいか、会場は熱狂していた。立ち上がって拍手をしてくれる人が多数。その中には、よくファルファッラに来てくれているゲストもいた。お店にフライヤーを貼らせてもらったことが、功を奏したのだろうか。
しばらく拍手は続いたが、二人が礼をして会場から出て行くと、さすがに収まった。廊下に出ると、ワタルと和寿は手を打ち合わせた。和寿は、弾けるような笑顔で、
「予定通りだな」
「上手くいったね。みんな、楽しんでくれてたみたい」
「みんな、よりさ。オレが一番楽しんでたから」
「いや。僕です」
「オレだよ」
「僕だよ」
言い合って、笑った。二人とも気分が高揚していた。
と、その時、誰かが二人のそばで立ち止まった。二人してそちらを見て、思わず「あ」と言ってしまった。きれいに声が揃ったが、笑うどころではない。
そこにいたのは南由紀だった。彼女は、いつもの通り面白くなさそうな顔をしていた。
「今、演奏、聞いてたんだ」
由紀が言った。ワタルは何も言えずに由紀を見ていた。和寿は彼女を見ながら、髪をかき上げて、
「どうだった?」
急に自信なさそうになって、訊いた。彼女は、いっさい表情を変えずに、ぼそりと、
「良かったよ」
それだけ言うと彼女は背を向け、「じゃあね」と言って去って行った。
ワタルは、彼女が見えなくなってからようやく、
「ねえ、和寿。僕たち、今、褒められたよね。聞き間違い? 都合よく聞き間違えてるかな?」
「間違えてない。褒めてくれたよ、あの人」
和寿が、真顔で答えた。
「褒めた。それでさ、たぶん、オレたちを認めてくれた」
ワタルはびっくりして、
「え? 何を認めてくれたって?」
「オレたちが組んで演奏をすること」
変な想像をしてしまった自分を、心で恥じる。
それにしても、和寿は、さっきまであんなに喜びに溢れていたのに、今はもう別人のように、シンとしている。
「あの人ね、相手が誰であろうと、たとえ大嫌いな相手でも、いい物はいいって言えるんだよ。なかなか出来ないだろう、そういうの。本当にさ、これは誉め言葉になるか微妙だけど、彼女、かっこいいんだよな、そういうとこ」
「かっこいい……?」
「オレもね、それは見習いたい」
彼女が歩いて行った方をいつまでも見ている和寿。
「和寿。南さんが好きなんだね、本当に」
ワタルの言葉に、和寿は首を傾げた。そして、愁いを帯びた声で、「どうだろう。わからない」と言った。ワタルは思わず、
「わからない?」
言ってから、よけいなことを言ってしまったと思ったが、言葉は取り消せない。和寿は頷くと、
「はい。わかりません。そして、彼女がオレを好きかどうかも、今となってはわかりません。ていうか、またオレにそういうこと言わせて。オレは、自分のことが、全然わかんないんだよ」
和寿が、大きな溜息をついた。ワタルが和寿を少し見上げて、「ごめん」と言うと、和寿は首を振って、
「あやまることじゃない。オレ、おまえにはつい、いろいろ言っちゃうんだよ。何でだろうな。ま、いいか。深く考えるの、やめとこ。その内、考えることにします。それはともかく。ワタル。今日はありがとう。楽しかった」
そこでようやく、和寿に笑顔が戻ってきた。つられてワタルも微笑み、
「うん。楽しかった。また、こういうことしたいな」
「ああ。またやろう」
和寿が、ワタルの背中を軽く叩いた。
「楽器片付けなきゃ。控室に戻ろう」
歩き出す和寿を追って、ワタルも歩き出した。
しばらく拍手は続いたが、二人が礼をして会場から出て行くと、さすがに収まった。廊下に出ると、ワタルと和寿は手を打ち合わせた。和寿は、弾けるような笑顔で、
「予定通りだな」
「上手くいったね。みんな、楽しんでくれてたみたい」
「みんな、よりさ。オレが一番楽しんでたから」
「いや。僕です」
「オレだよ」
「僕だよ」
言い合って、笑った。二人とも気分が高揚していた。
と、その時、誰かが二人のそばで立ち止まった。二人してそちらを見て、思わず「あ」と言ってしまった。きれいに声が揃ったが、笑うどころではない。
そこにいたのは南由紀だった。彼女は、いつもの通り面白くなさそうな顔をしていた。
「今、演奏、聞いてたんだ」
由紀が言った。ワタルは何も言えずに由紀を見ていた。和寿は彼女を見ながら、髪をかき上げて、
「どうだった?」
急に自信なさそうになって、訊いた。彼女は、いっさい表情を変えずに、ぼそりと、
「良かったよ」
それだけ言うと彼女は背を向け、「じゃあね」と言って去って行った。
ワタルは、彼女が見えなくなってからようやく、
「ねえ、和寿。僕たち、今、褒められたよね。聞き間違い? 都合よく聞き間違えてるかな?」
「間違えてない。褒めてくれたよ、あの人」
和寿が、真顔で答えた。
「褒めた。それでさ、たぶん、オレたちを認めてくれた」
ワタルはびっくりして、
「え? 何を認めてくれたって?」
「オレたちが組んで演奏をすること」
変な想像をしてしまった自分を、心で恥じる。
それにしても、和寿は、さっきまであんなに喜びに溢れていたのに、今はもう別人のように、シンとしている。
「あの人ね、相手が誰であろうと、たとえ大嫌いな相手でも、いい物はいいって言えるんだよ。なかなか出来ないだろう、そういうの。本当にさ、これは誉め言葉になるか微妙だけど、彼女、かっこいいんだよな、そういうとこ」
「かっこいい……?」
「オレもね、それは見習いたい」
彼女が歩いて行った方をいつまでも見ている和寿。
「和寿。南さんが好きなんだね、本当に」
ワタルの言葉に、和寿は首を傾げた。そして、愁いを帯びた声で、「どうだろう。わからない」と言った。ワタルは思わず、
「わからない?」
言ってから、よけいなことを言ってしまったと思ったが、言葉は取り消せない。和寿は頷くと、
「はい。わかりません。そして、彼女がオレを好きかどうかも、今となってはわかりません。ていうか、またオレにそういうこと言わせて。オレは、自分のことが、全然わかんないんだよ」
和寿が、大きな溜息をついた。ワタルが和寿を少し見上げて、「ごめん」と言うと、和寿は首を振って、
「あやまることじゃない。オレ、おまえにはつい、いろいろ言っちゃうんだよ。何でだろうな。ま、いいか。深く考えるの、やめとこ。その内、考えることにします。それはともかく。ワタル。今日はありがとう。楽しかった」
そこでようやく、和寿に笑顔が戻ってきた。つられてワタルも微笑み、
「うん。楽しかった。また、こういうことしたいな」
「ああ。またやろう」
和寿が、ワタルの背中を軽く叩いた。
「楽器片付けなきゃ。控室に戻ろう」
歩き出す和寿を追って、ワタルも歩き出した。
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