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第二章
第十五話 試験
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試験の当日になった。ワタルは、控室で和寿と向かい合って座っていた。隣の部屋では他の学生が試験中だ。和寿の試験は今日の最後。したがって、この部屋は今二人が占領しているようなものだった。
「この前はごめんね。何か調子が出なかったから、弾きにくかったんじゃない? 試験直前に、本当にごめん。その代わり、今日は集中して弾くから」
隣は防音室なので、こちらの声が聞こえることはないが、なんとなく声をひそめてしまう。ワタルの言葉に、和寿は小さく笑って、
「今日はきっと、最高の演奏が出来る。絶対上手くいくから。オレ、そう思ってる」
「そうなるように……頑張ります」
敬語になってしまった。その、やや自信なさげなワタルに、和寿は右手をすっと出し、
「今日はよろしく」
笑顔付きで言う。ワタルはその手を握り、「はい」と返事をした。
その時ドアがノックされ、試験の順番が来たことを告げられた。二人は目を合わせ頷き合うと、試験会場に向かった。
和寿の演奏は、本当に素晴らしかった。発表会の時のような集中力。その最高とも思われる演奏を台無しにしてはいけないとの思いで、ワタルは必死に伴奏を続けた。
終了後、先生たちに一礼してから、二人揃って部屋を出た。出て行くまでが試験だと聞かされているので、感情を押さえつけていた。が、走り出したい、そんな高揚した気持ちでいた。控室に戻ると、和寿は楽器をケースにしまった。そして、それを背負うとワタルの肩を叩き、
「食堂行こう。何か飲まないと、のど、からからだ」
それはワタルも同じだった。集中し過ぎて、体から水分が抜けてしまった感じがしていた。
広い食堂に、人はまばらだった。和寿は、椅子にバイオリンケースを置くと、ワタルを抱きしめてしてきた。
「やったな。オレたち、今までで一番いい演奏が出来たよな。オレ、そう思ってる。ありがとう、ワタル。オレは、めちゃめちゃ嬉しい」
「嬉しいのはわかった。わかったけど……」
こんな距離感は、心臓に良くない。こんなことが普通に出来ると言うのは、やはり友人と思われているからだろう、と感じた。
「あの……、近過ぎだから。えっと、恥ずかしいんだけど。ここ、人もいるし、あの……」
本当は、このままでいたい、とは絶対に言ってはいけないとワタルは知っている。だから、自分の気持ちに反したことを言わなければならない。
ワタルに言われて和寿は、「あ」と言った後、ワタルから離れた。気のせいか、顔が少し赤いように見えた。和寿は、やや俯きながら、
「ごめん。やっと大きい声出してもいいと思ったら、つい……。オレ、テンション高過ぎでした」
和寿は、いきなり背を向けると、
「飲み物買ってくるから、ちょっとその子を見てて」
その子とは、和寿の大事なバイオリンのことだ。余程のことがない限り、彼は常にバイオリンを持ち歩く。ファルファッラに来るときも、必ず持っている。弾かなくても持ち歩く。それが彼だ。
「大丈夫。ちゃんと見てるよ。僕はミルクティーを飲みたい気分です」
「了解。待っててください」
和寿はブラックコーヒー、ワタルはミルクティーをそれぞれ飲みながら黙り合っていた。時々和寿の方を見ると、彼は何だか微笑んでいるみたいだった。写真に撮りたい、と、つい思ってしまう自分を戒めた。
コーヒーを飲み終えた和寿が、目を上げてワタルを見た。思わず姿勢を正してから、「何?」と訊いてみる。
「今日の試験、結果はどうだかわからないけどさ。今のオレが持てる力は出し切れたと思う。おまえのおかげだよ。本当にありがとう」
幸せそうに微笑しながら言う。ワタルは顔が赤くなるのを感じ、それを隠そうと俯いた。
「この前はごめんね。何か調子が出なかったから、弾きにくかったんじゃない? 試験直前に、本当にごめん。その代わり、今日は集中して弾くから」
隣は防音室なので、こちらの声が聞こえることはないが、なんとなく声をひそめてしまう。ワタルの言葉に、和寿は小さく笑って、
「今日はきっと、最高の演奏が出来る。絶対上手くいくから。オレ、そう思ってる」
「そうなるように……頑張ります」
敬語になってしまった。その、やや自信なさげなワタルに、和寿は右手をすっと出し、
「今日はよろしく」
笑顔付きで言う。ワタルはその手を握り、「はい」と返事をした。
その時ドアがノックされ、試験の順番が来たことを告げられた。二人は目を合わせ頷き合うと、試験会場に向かった。
和寿の演奏は、本当に素晴らしかった。発表会の時のような集中力。その最高とも思われる演奏を台無しにしてはいけないとの思いで、ワタルは必死に伴奏を続けた。
終了後、先生たちに一礼してから、二人揃って部屋を出た。出て行くまでが試験だと聞かされているので、感情を押さえつけていた。が、走り出したい、そんな高揚した気持ちでいた。控室に戻ると、和寿は楽器をケースにしまった。そして、それを背負うとワタルの肩を叩き、
「食堂行こう。何か飲まないと、のど、からからだ」
それはワタルも同じだった。集中し過ぎて、体から水分が抜けてしまった感じがしていた。
広い食堂に、人はまばらだった。和寿は、椅子にバイオリンケースを置くと、ワタルを抱きしめてしてきた。
「やったな。オレたち、今までで一番いい演奏が出来たよな。オレ、そう思ってる。ありがとう、ワタル。オレは、めちゃめちゃ嬉しい」
「嬉しいのはわかった。わかったけど……」
こんな距離感は、心臓に良くない。こんなことが普通に出来ると言うのは、やはり友人と思われているからだろう、と感じた。
「あの……、近過ぎだから。えっと、恥ずかしいんだけど。ここ、人もいるし、あの……」
本当は、このままでいたい、とは絶対に言ってはいけないとワタルは知っている。だから、自分の気持ちに反したことを言わなければならない。
ワタルに言われて和寿は、「あ」と言った後、ワタルから離れた。気のせいか、顔が少し赤いように見えた。和寿は、やや俯きながら、
「ごめん。やっと大きい声出してもいいと思ったら、つい……。オレ、テンション高過ぎでした」
和寿は、いきなり背を向けると、
「飲み物買ってくるから、ちょっとその子を見てて」
その子とは、和寿の大事なバイオリンのことだ。余程のことがない限り、彼は常にバイオリンを持ち歩く。ファルファッラに来るときも、必ず持っている。弾かなくても持ち歩く。それが彼だ。
「大丈夫。ちゃんと見てるよ。僕はミルクティーを飲みたい気分です」
「了解。待っててください」
和寿はブラックコーヒー、ワタルはミルクティーをそれぞれ飲みながら黙り合っていた。時々和寿の方を見ると、彼は何だか微笑んでいるみたいだった。写真に撮りたい、と、つい思ってしまう自分を戒めた。
コーヒーを飲み終えた和寿が、目を上げてワタルを見た。思わず姿勢を正してから、「何?」と訊いてみる。
「今日の試験、結果はどうだかわからないけどさ。今のオレが持てる力は出し切れたと思う。おまえのおかげだよ。本当にありがとう」
幸せそうに微笑しながら言う。ワタルは顔が赤くなるのを感じ、それを隠そうと俯いた。
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