ずっと、一緒に

ヤン

文字の大きさ
上 下
14 / 37
第二章

第十二話 感涙

しおりを挟む
 和寿かずとしに手を引かれてロビーへ行くと、ワタルはソファに座らされた。和寿はワタルの隣に座ると、バイオリンと弓をソファの座面にそっと置いた。ワタルは、和寿はバイオリンをものすごく大事にしてるんだな、と、泣きながらも、感心していた。

 彼はワタルに、何で泣いているのか訊かない。ただ、さっきまでバイオリンの顎あてに置いていたハンカチを、裏返しにしてから渡してきた。

「ごめん。これしかないんだ。拭きなよ」
「でも……」
「いいから、気にするな」

 ワタルは頷き、ハンカチを受け取ると、遠慮なく拭かせてもらった。あっという間に絞れるくらいになってしまい、一体、どれだけ涙は出てくるのだろう、と呆れていた。

 数分で落ち着くと、急に恥ずかしくなって、「ごめん」と小さな声で言った。和寿は、ワタルの肩に手を回し、軽く叩いた。

「何、あやまってるんだ? オレさ、今、感動してるんだけど。さっきのおまえの涙はさ、オレの音楽を聞いて、何か感じてくれたから、だろ?」

 ワタルは頷き、

「何だかわからないんだけど、すごく、すごく感動して、鳥肌立っちゃって。最初から最後まで。上手く言えないけど。そしたら、涙が止まらなくなっちゃって。すごく恥ずかしい」

 和寿は、ワタルの頭を撫でながら、優しく微笑んだ。

「ありがとう。オレは、本当に嬉しい。なあ、ワタル。音楽ってすごいよな。オレ、やっぱりプロになる。絶対なる。それで、世の中にこんな素敵な音楽があるんだって教えてあげたい。何だかわからないのに出る涙って、本当の、心の奥から出てきた涙だろう。オレは、その力を信じる」

 和寿は正面を向いたままワタルの頭を撫で続け、熱く語った。が、急に声の調子を変えて、

「おまえがプロのピアニストになってくれないなら、いいよ、それでも。オレは、無伴奏の曲ばっかり弾くから」
「え?」

 驚くワタルに和寿は笑い、「冗談だよ」と言った。

「今日は来てくれてありがとう。本当にありがとう。嬉しかった」

 和寿は立ち上がり、「ここで待っててくれ。楽器をケースにしまわないと」と言って去って行った。触れられた肩と髪に、彼の感触が残っていた。
しおりを挟む

処理中です...