ずっと、一緒に

ヤン

文字の大きさ
上 下
8 / 37
第二章

第六話 ソナチネ第一番

しおりを挟む
 渡された楽譜。それは、シューベルトのソナチネ第一番だった。勉強不足で、どんな曲かわからない。楽譜を見ていると、和寿かずとしがワタルの方を見て、

初見しょけんは、得意?」

 訊かれてワタルは頷く。和寿は、「そうか」と言い、

「じゃあ、第一楽章だけでいいから、最後まで見て。大丈夫そうなら声掛けて」
「わかりました」

 ワタルは、楽譜を真剣に目で追った。実際に聞いたわけではないが、今、頭の中で音楽が鳴っている。わくわくしてきて、楽譜から目を離すと、

油利木ゆりきくん。始めましょう」

 催促するような口調で言っていた。和寿は楽器を構えると、

「じゃあ、悪いんだけど、Аアーください」
「А? ああ。はい」

 言われた意味を理解し、ラの音を鳴らす。それを聞いて、和寿はペグを回して音を決めていく。器用なものだ、と感心した。

「テンポはこのくらい」

 言って、ピアノの側面をコンコンと叩く。ワタルが頷くと、

「オレが息を大きく吸ったら、それが合図だから。じゃ、始めようか」
「はい」

 合図が来て、演奏を始めた。ワタルは今までバイオリンの伴奏をしたことはなかったが、音楽が進むにつれて楽譜に目を通した時の感情が沸き上がってくる。

 楽しい。

 和寿が楽器から弓を離すと、スタッフと二人の先生たちが大きな拍手をくれた。「ブラボー」という声さえ聞かれた。和寿は、バイオリンを持ったまま左手を突き上げた。中村なかむらが和寿のそばに駆け寄ると、

「何だか君、急に上手くなったんじゃないか? 今、何かが起きたよ」

 喜んでいると言うよりは、むしろちょっと恐れているような顔に見えた。そんな中村の表情など全く気にしていない様子の和寿は、満面の笑みで、

「やっぱりそうですか。オレもそう思ったところです。今、吉隅よしずみくんのピアノに引っ張られて、弓の使い方が急に良くなったと感じていたんです。先生がそう言うなら、本当にそうなんですね。やったね」
「レッスンでも、今の感覚を忘れないでくれるといいんだけど」
「忘れませんよ。今日帰ったら、すぐに練習します」
「本当だね? 明日のレッスン、楽しみにしてるからね」
「はい。オレもすごく楽しみです」

 二人のやりとりを聞いていると、宝生ほうしょうがワタルのそばにゆっくりと歩いてきた。

「先生。どうでしたか、今の演奏」
「良かったですよ。君たち、相性が良さそうですね。でも、油利木くんには伴奏者がいるんでしたね」

 高揚していた気持ちが、一気に沈んでしまった。今日だけ、と言い出したのは自分だったと思い出した。

「あ、はい。そうですね」

 それしか言えなかった。宝生はワタルを横目で見ながら、

「あれ? 僕、何か悪いこと言いましたか?」
「いえ、別に言ってません」
「それなら良かったです」

 微笑する宝生。本当に愛弟子と思ってくれているのだろうか、とワタルは疑いの気持ちを持たずにはいられなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ハルとアキ

花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』 双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。 しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!? 「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。 だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。 〝俺〟を愛してーー どうか気づいて。お願い、気づかないで」 ---------------------------------------- 【目次】 ・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉 ・各キャラクターの今後について ・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉 ・リクエスト編 ・番外編 ・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉 ・番外編 ---------------------------------------- *表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) * ※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。 ※心理描写を大切に書いてます。 ※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

処理中です...