大矢さんと僕

ヤン

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第四章 家族

第3話 花火、再び

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 朝から何となく落ち着かず、そわそわして過ごした。お母さんに言うべき言葉を、頭の中で何度も復唱した。アイドル時代、あれだけの曲数の歌詞を間違えなかったんだから、お母さんに伝える言葉を間違えるとは考えにくい。でも、やはり心配だ。自分がお母さんの立場だったら、どう感じるだろう?

 とにかく心を込めて謝罪して、感謝を伝えよう。

 夕方にもならない内から、出掛ける準備をし始めていた。

 大矢おおやさんは、仕事が終わったら直接、たにさんの家に行くことになっている。時間の三十分前にはすっかり支度が整っていた。早いとわかっていたが、僕は動き出すことにした。ここでじっとしているのは、そろそろ無理そうだ。

 もう夜だというのに、普通に暑い。花火を入れたバッグを肩から下げて家を出ると、中学生くらいの子たちが友達とはしゃぎながら歩いていた。以前なら逃げ出していたが、今はそこまではしない。ただ、不安な気持ちになるのは変わらない。僕は、俯きながら急ぎ足で通り過ぎた。

 公園を抜けて駅前に来た時、着信音が鳴った。確認すると大矢さんからメッセージが来ていた。もうすぐ、この駅に着くらしい。僕は、あえて、「先に行ってます」と返信した。大矢さんが来る前にお母さんと話をしたい、という気持ちになったのだ。

 駅から五分。谷さんの家の前に到着した。呼び鈴を押そうとしてためらったが、思い切って押した。「どちら様ですか」と訊かれて名乗ると、すぐに玄関の戸が開いた。お母さんは僕に微笑み、

「いらっしゃい、聖矢せいやくん」
「こんばんは。お邪魔します」

 居間に通されて、僕は勧められた場所に正座する。お母さんが、グラスに入ったお茶を持ってきてくれた。「どうぞ」と言われたが、僕は首を振った。お母さんが首を傾げる。僕は、頭の中で復唱してから、

「お母さん。すみませんでした。謝って済むことではないとわかっています。でも、ちゃんと謝りたくって。それから、僕を助けてくれたことに感謝しています。いつも谷さんは、僕に優しくしてくれました。本当に、いい人で……」

 ダメだ。やっぱり涙が出てしまった。その先は、もう何を言ってるんだか、になってしまった。お母さんは、僕のそのよくわからない言動を、一生懸命聞こうとしてくれているようだった。あの谷さんのお母さんだから、同じように優しいんだな、としみじみ思った。

 お母さんは僕のそばへ膝をつくと、僕を優しく抱き締め、「ありがとう」と言ってくれた。僕は何も言えず、ただ首を振った。お母さんが小さく笑った。

「聖矢くん。晃一こういちはね、あなたのことばっかり話してたわよ。それで、『オレが聖矢を守るんだ』って。『オレ、マネージャーだし、そうじゃなくてもオレは聖矢が大好きだからさ』って、笑って言ってたわ。そして、本当にあなたを守って死んでしまった。もちろん、あなたたちを恨んだわ。どうして、晃一を事件に巻き込んだのかって。でも、違うわね。晃一は、それを望んだのね。あなたを見捨てて、自分だけ助かろうなんて出来なかった。あの子ね、親の私が言うのも何だけど、すごく良い子なのよ」

 お母さんの温かい表情を見て、僕は何度も頷いた。そうだ。すごくいい人だ。そう思っていた。

「晃一と知り合って、お友達になってくれてありがとう。きっと、あの子は幸せでしたよ」

 お母さんは僕から離れると、「お夕飯の支度、してくるわね」と言って、台所に行ってしまった。それから間もなく、大矢さんが来た。居間に入ってきた大矢さんが、僕の顔をじっと見て、

「終わったか?」

 全てお見通しらしい。僕はゆっくり頷くと、「はい」とだけ言った。大矢さんは僕のすぐそばへ来ると、強く抱き締めてきた。そして、「よく頑張ったな。聖矢は偉いな」と言ってくれた。

「僕……頑張りました。でも、お母さんが優しくて……谷さんのお母さんだから当然ですよね」
「ああ。いい人だな」

 お母さんが準備してくれた夕飯を三人で食べた後、三人で花火をした。お母さんは、「ちょっと、やってみようかしら」と言って花火を束で手にすると、火を点けた。僕は心の中で、「え?」と言ってしまった。さすが谷さんのお母さんだ。興が乗って来たのか、お母さんは花火を振り回し始めた。大矢さんがびっくりして、

「あ、あの、危ないですよ」

 谷さんには強く注意していたけれど、さすがにお母さんには控えめに注意をしていた。ちょっと面白くて、笑ってしまった。そんな僕の頭を軽く叩くと、大矢さんはしかめっ面になって、

「聖矢。笑ったな」
「はい。だって、面白かったから」

 僕の言葉に、大矢さんは表情を柔らかくして、

「まあ、いいか」

 今度は、頭を撫でてくれた。僕は、大矢さんに寄りかかり、

「何か、親子っていいですね。僕、初めてそう思いました。羨ましいです」
「そうだな」

 僕たちは、それぞれの花火に火を点けて、「きれいですね」「きれいだな」と言い合いながら楽しんだ。

 帰る間際、お母さんが僕たちに、「また来てくださいね」と言ってくれた。僕は強く頷いて、「きっと来ます」と笑顔で言った。
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