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第四章 家族
第1話 再会
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夕食の後、ソファに座ってお茶を飲んでいる時だった。大矢さんが顔を上げて、「あ」と言った。
「そうだ。退院のことで忘れてた、ごめん。オレたち、出会ってから三年が過ぎたんだな」
「忘れますよね。僕は忘れてませんでしたけど」
ちょっと意地悪を言ってみると、大矢さんは湯飲みをテーブルに置いて、僕の頬に口づけた。
「怒ったのか?」
「怒ってないです」
大矢さんが、僕にさらに近付く。ドキドキして、つい目をそらした。
「ほら、やっぱり。怒ってるんだな。ごめん。許してくれ」
そう言いながら、今度は僕の首筋に唇を寄せる。そして、わざと音を立てる。ゾクッとして、思わず身をよじる。
「あの……もう勘弁してください。そんなことされると……」
「勘弁してほしいのは、オレの方なんだけどな」
悪戯っぽく笑う。僕は大矢さんから無理矢理離れると、寝室へ逃げた。でも、すぐに思った。
寝室に来ちゃったら、してくださいって言ってるのと同じなのでは?
自分の行動に思わず溜息を吐いた。少し遅れて寝室に入ってきた大矢さんは、微笑みを浮かべながら僕に近付いてきて、
「聖矢。可愛すぎるぞ」
左手を握ってきた。ただそうされただけなのに、それ以上を期待している自分がいることに気が付いてしまい、ちょっと恥ずかしい。逃げて来たはずなのに、この矛盾した気持ちは何だろう。僕は俯き、「あの……」と囁き声で言った。大矢さんは、僕を腕の中に抱き寄せると、
「愛してる」
口づけられながらベッドに倒された僕は、大矢さんに身を任せることにした。
夜中に目が覚めた。隣で大矢さんが寝息を立てている。口元が笑んでいるのを見て、心が凪いでいく。死ななくて良かった、と心の底から思った。
眠りを妨げないような小さな声で、「大矢さん」と呼んでみたが、大矢さんは気付かずに眠っている。僕は、大矢さんにぴったりと体を近付けると、微笑みながら目を閉じた。
朝食を終えて食器を洗っていると、大矢さんが僕のすぐそばに立って、腰を引き寄せた。
「あの……洗い物の途中なんですけど……」
「わかってるよ」
頬に口づけられて、鼓動が速くなる。
「あの、大矢さん」
「聖矢。夏が終わる前に、花火やろうか」
突然の言葉に、三年前の夏の終わりを思い出した。あの時は、谷さんが楽しそうに花火の束を振り回していたっけ、と懐かしく思った。そして、それと同時に胸が痛んだ。
「谷の家でやったよな。何か、急にその時のことを思い出したんだ。まだ、夏は始まったばっかりだけど、終わるまでに一緒にやろう」
「やりましょう。公園ですか?」
「そうなるのかな」
大矢さんは、左手首につけた腕時計に目をやり時間を確かめると、「じゃあ、行ってくる」と言って、玄関に向かった。僕は水を止めると、すぐに大矢さんを追った。そして、玄関で靴をはこうとしている大矢さんの背中に抱きついた。大矢さんが驚いたように、背筋を伸ばす。振り返って僕を見ると、微笑んだ。
「だから、聖矢。可愛すぎるって言ってるだろう」
「だって……」
大矢さんは、向きを変えると僕を強く抱き締めて、
「花火、近い内にやるからな」
「はい」
笑顔で返事すると、大矢さんは僕の頬にキスをした。
「大矢さん……」
その名前を口にするだけで、鼓動が速くなる。大矢さんは僕の髪を梳くと、「行ってくる」と言って玄関を出て行ってしまった。部屋の中は、急に静まり返ってしまった。
「さあ、洗おう」
わざと声に出して言うと、僕はキッチンに向かった。
一人になると、不安になる。以前ほどではなくても、何となくざわざわしてしまう。僕は、思い切って買い物に出掛けることにした。財布と鍵をバッグに入れると、玄関に向かった。外に出ると、ムッとした熱気が押し寄せてくるようだ。早くどこかのお店に入ろうという気になってしまう。
駅の向こうのスーパーマーケットに入ると、クーラーが効いていて心地よかった。野菜から順番に見て行き、必要な物をカゴに入れて行く。レジ近くに行った時、花火のセットが目に入った。買おうかどうしようかと考えた末に、やはり買って帰ることにした。
レジ待ちの列に並んで、順番が来てからカゴを店員さんに差し出した。何だか、じっと見られているような気がする。元・アイドル星野聖矢とばれてしまったのだろうか。
そっと顔を上げてその人を見た瞬間、「あ」と声が出そうになった。その人も、驚いたように目を見開くと、「やっぱり聖矢くん?」と言った。
そこにいたのは、谷さんのお母さんだった。
「そうだ。退院のことで忘れてた、ごめん。オレたち、出会ってから三年が過ぎたんだな」
「忘れますよね。僕は忘れてませんでしたけど」
ちょっと意地悪を言ってみると、大矢さんは湯飲みをテーブルに置いて、僕の頬に口づけた。
「怒ったのか?」
「怒ってないです」
大矢さんが、僕にさらに近付く。ドキドキして、つい目をそらした。
「ほら、やっぱり。怒ってるんだな。ごめん。許してくれ」
そう言いながら、今度は僕の首筋に唇を寄せる。そして、わざと音を立てる。ゾクッとして、思わず身をよじる。
「あの……もう勘弁してください。そんなことされると……」
「勘弁してほしいのは、オレの方なんだけどな」
悪戯っぽく笑う。僕は大矢さんから無理矢理離れると、寝室へ逃げた。でも、すぐに思った。
寝室に来ちゃったら、してくださいって言ってるのと同じなのでは?
自分の行動に思わず溜息を吐いた。少し遅れて寝室に入ってきた大矢さんは、微笑みを浮かべながら僕に近付いてきて、
「聖矢。可愛すぎるぞ」
左手を握ってきた。ただそうされただけなのに、それ以上を期待している自分がいることに気が付いてしまい、ちょっと恥ずかしい。逃げて来たはずなのに、この矛盾した気持ちは何だろう。僕は俯き、「あの……」と囁き声で言った。大矢さんは、僕を腕の中に抱き寄せると、
「愛してる」
口づけられながらベッドに倒された僕は、大矢さんに身を任せることにした。
夜中に目が覚めた。隣で大矢さんが寝息を立てている。口元が笑んでいるのを見て、心が凪いでいく。死ななくて良かった、と心の底から思った。
眠りを妨げないような小さな声で、「大矢さん」と呼んでみたが、大矢さんは気付かずに眠っている。僕は、大矢さんにぴったりと体を近付けると、微笑みながら目を閉じた。
朝食を終えて食器を洗っていると、大矢さんが僕のすぐそばに立って、腰を引き寄せた。
「あの……洗い物の途中なんですけど……」
「わかってるよ」
頬に口づけられて、鼓動が速くなる。
「あの、大矢さん」
「聖矢。夏が終わる前に、花火やろうか」
突然の言葉に、三年前の夏の終わりを思い出した。あの時は、谷さんが楽しそうに花火の束を振り回していたっけ、と懐かしく思った。そして、それと同時に胸が痛んだ。
「谷の家でやったよな。何か、急にその時のことを思い出したんだ。まだ、夏は始まったばっかりだけど、終わるまでに一緒にやろう」
「やりましょう。公園ですか?」
「そうなるのかな」
大矢さんは、左手首につけた腕時計に目をやり時間を確かめると、「じゃあ、行ってくる」と言って、玄関に向かった。僕は水を止めると、すぐに大矢さんを追った。そして、玄関で靴をはこうとしている大矢さんの背中に抱きついた。大矢さんが驚いたように、背筋を伸ばす。振り返って僕を見ると、微笑んだ。
「だから、聖矢。可愛すぎるって言ってるだろう」
「だって……」
大矢さんは、向きを変えると僕を強く抱き締めて、
「花火、近い内にやるからな」
「はい」
笑顔で返事すると、大矢さんは僕の頬にキスをした。
「大矢さん……」
その名前を口にするだけで、鼓動が速くなる。大矢さんは僕の髪を梳くと、「行ってくる」と言って玄関を出て行ってしまった。部屋の中は、急に静まり返ってしまった。
「さあ、洗おう」
わざと声に出して言うと、僕はキッチンに向かった。
一人になると、不安になる。以前ほどではなくても、何となくざわざわしてしまう。僕は、思い切って買い物に出掛けることにした。財布と鍵をバッグに入れると、玄関に向かった。外に出ると、ムッとした熱気が押し寄せてくるようだ。早くどこかのお店に入ろうという気になってしまう。
駅の向こうのスーパーマーケットに入ると、クーラーが効いていて心地よかった。野菜から順番に見て行き、必要な物をカゴに入れて行く。レジ近くに行った時、花火のセットが目に入った。買おうかどうしようかと考えた末に、やはり買って帰ることにした。
レジ待ちの列に並んで、順番が来てからカゴを店員さんに差し出した。何だか、じっと見られているような気がする。元・アイドル星野聖矢とばれてしまったのだろうか。
そっと顔を上げてその人を見た瞬間、「あ」と声が出そうになった。その人も、驚いたように目を見開くと、「やっぱり聖矢くん?」と言った。
そこにいたのは、谷さんのお母さんだった。
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