56 / 80
第三章 別れ
第16話 寝言
しおりを挟む
ホテルを出て、車に乗った。シートに腰を下ろすと、大矢さんが息を吐き出した。僕は、大矢さんの方に顔を向けると、「ごめんなさい」と小さく言った。大矢さんが、僕の頭を優しく撫でてくれる。
「なあ、聖矢。さっき言ったこと、覚えてるか?」
唐突に訊かれて、いつ言ったことだろう、と思って考えていると、
「おまえが目を覚ます寸前に言ったことだよ」
「えっと……何か言ったと思うんですけど……覚えていません」
「そうか。おまえは……」
大矢さんが説明しようとすると、運転してくれている遠藤さんが、「大矢さん」と強い口調で制した。大矢さんは、
「でもさ、伝えた方がいいかと思ったんだよ」
「今、聖矢はまともじゃないって言ったのは、大矢さんです。その聖矢に……」
二人が静かに言い合いしているのを聞きながら、僕は、「言ってください」と言っていた。僕の頭を撫でてくれていた、大矢さんの手が止まった。
「聞かせてください。どうせ、おかしなことを言ったんですよね」
このままでは、気になって仕方ない。遠藤さんが、バックミラー越しに僕を見て、「じゃあ、オレが」と言った。
「聖矢は、『返事して、谷さん。遠くに行かないで』って言ったんだよ。それから、ついでに言うけど、少し前の東京でのコンサートの後、車の中でオレが聖矢をじっと見ていたのを覚えてるか? あれは、聖矢が、『ごめんね、谷さん。もうすぐそこに行くから待ってて』って言ったからだよ。谷さんの所に行っちゃダメだろって思ったけど、何だか口にするのもおっかなくて。だから、聖矢に、何か隠してるって言われても、答えられなかったんだよ。念の為言うけど、これは聞き間違いじゃない。本当にそう言ったんだ」
遠藤さんが話し終えると、大矢さんが僕を見た。何だか疲れているような表情に見えた。
「聖矢。谷の所に行きたいのか? 死にたいのか?」
「……わかりません」
違う、とはっきり否定するのは無理だった。でも、積極的に死にたいと思っているのかと言うと、そうではなかった。ただ、消えたいと思っていた。
大矢さんが息を吐き出し、「そうか」と低く言った。僕は大矢さんの肩に、頭をもたせ掛けた。
「もう、いい。しばらく難しいことは考えないで、静かに過ごしたらいい」
それきり大矢さんは、目を閉じて沈黙した。僕も目を閉じたものの、またおかしなことを喋ったら大変だと思い、無理に目を開けた。眠らないように、小さな声で歌い始めた。自分の歌ではなく、懐かしい曲。『La vie en rose』だ。フランス語は相変わらずわからないが、何度も聞いたので何となく歌詞らしい感じで歌えるようになった。あれから、もう三年も経つのか、と思い、ただ驚くばかりだった。
『バラ色の人生』。それは、一体どんなものなんだろう。今もやっぱりわからない。いつかわかる日が来るのだろうか。思わず溜息を吐いてしまった。
それから何時間か経って、背の高い建物が多い所へ戻ってきた。これからしなければならないことを思って、憂鬱な気分に拍車がかかった。
「なあ、聖矢。さっき言ったこと、覚えてるか?」
唐突に訊かれて、いつ言ったことだろう、と思って考えていると、
「おまえが目を覚ます寸前に言ったことだよ」
「えっと……何か言ったと思うんですけど……覚えていません」
「そうか。おまえは……」
大矢さんが説明しようとすると、運転してくれている遠藤さんが、「大矢さん」と強い口調で制した。大矢さんは、
「でもさ、伝えた方がいいかと思ったんだよ」
「今、聖矢はまともじゃないって言ったのは、大矢さんです。その聖矢に……」
二人が静かに言い合いしているのを聞きながら、僕は、「言ってください」と言っていた。僕の頭を撫でてくれていた、大矢さんの手が止まった。
「聞かせてください。どうせ、おかしなことを言ったんですよね」
このままでは、気になって仕方ない。遠藤さんが、バックミラー越しに僕を見て、「じゃあ、オレが」と言った。
「聖矢は、『返事して、谷さん。遠くに行かないで』って言ったんだよ。それから、ついでに言うけど、少し前の東京でのコンサートの後、車の中でオレが聖矢をじっと見ていたのを覚えてるか? あれは、聖矢が、『ごめんね、谷さん。もうすぐそこに行くから待ってて』って言ったからだよ。谷さんの所に行っちゃダメだろって思ったけど、何だか口にするのもおっかなくて。だから、聖矢に、何か隠してるって言われても、答えられなかったんだよ。念の為言うけど、これは聞き間違いじゃない。本当にそう言ったんだ」
遠藤さんが話し終えると、大矢さんが僕を見た。何だか疲れているような表情に見えた。
「聖矢。谷の所に行きたいのか? 死にたいのか?」
「……わかりません」
違う、とはっきり否定するのは無理だった。でも、積極的に死にたいと思っているのかと言うと、そうではなかった。ただ、消えたいと思っていた。
大矢さんが息を吐き出し、「そうか」と低く言った。僕は大矢さんの肩に、頭をもたせ掛けた。
「もう、いい。しばらく難しいことは考えないで、静かに過ごしたらいい」
それきり大矢さんは、目を閉じて沈黙した。僕も目を閉じたものの、またおかしなことを喋ったら大変だと思い、無理に目を開けた。眠らないように、小さな声で歌い始めた。自分の歌ではなく、懐かしい曲。『La vie en rose』だ。フランス語は相変わらずわからないが、何度も聞いたので何となく歌詞らしい感じで歌えるようになった。あれから、もう三年も経つのか、と思い、ただ驚くばかりだった。
『バラ色の人生』。それは、一体どんなものなんだろう。今もやっぱりわからない。いつかわかる日が来るのだろうか。思わず溜息を吐いてしまった。
それから何時間か経って、背の高い建物が多い所へ戻ってきた。これからしなければならないことを思って、憂鬱な気分に拍車がかかった。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる