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第三章 別れ
第15話 夢の中
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大きな川の向こうに、誰かが立っている。誰だかはわからない。その人は僕に向かって、手を振っている。何となく、笑顔のような感じがする。姿がぼやけて見えているその人は、「聖矢」と僕を呼ぶ。遠くにいるはずなのに、その声はすぐそばで聞こえたような気がした。聞き覚えのある呼び掛けに、僕は返事をして、その人をじっと見る。
あれ? もしかして……。
よく目を凝らして見てみると、やっぱりそうだ。僕は川岸に駆け寄ろうとしたが、いくらそうしても距離は縮まらなかった。繰り返しそんな状態になって、僕はその人に呼び掛ける。
「谷さん」
聞こえないのか、返事はない。僕は、必死でその名前を呼び続ける。でも、谷さんらしいその人は、ただ微笑んでいるだけだ。
「返事して、谷さん。遠くに行かないで」
涙を流しながら目覚めると、遠藤さんが僕を見ていた。「聖矢。大丈夫か?」と声を掛けてくれながら、後ろにいる人に、「こんな感じです」と伝えている。後ろの人は頷いて一歩前に出た。それで、その人が大矢さんだとわかった。ということは、起きたと思ったけれど、まだ夢の中と言うことだ。ここに大矢さんがいるはずはないのだから。大矢さんは、東京にいるはずなのだから。
「大矢さん。僕、もうダメかもしれません」
現実に会っているなら言えないことだけれど、夢の中ならいいか、と思い、言ってしまった。
「聞きましたか? 昨日、僕失敗してしまいました。スタッフさんに迷惑を掛けて。段取り、何度も確認したのに、どうして曲順を間違えたりしたんでしょうね。今までこんなことはなかったのに。それに、自分の意思と関係なく泣き出したり。僕、心が不安定みたいです」
「聖矢。仕事、少し休んだらどうだ?」
何故、夢の中でそんな現実的な話をしているのだろう。わからなかったが、僕は普通に、
「いえ。そうはいきません。だって、ツアーの途中ですから。わかってるんです。休んだらどうなるのか。昨日よりももっと多くの人に迷惑を掛けます。僕、そんなの嫌です」
そんな風に答えた。大矢さんが、僕に近付いてくる。そして、僕を強く抱き締めた。
「いいから休みなさい。もう、いいから」
「そんなわけにはいきませんってば。そんなことしたら、迷惑をかける人がたくさん。お金だって、大変なことになるでしょう」
僕の生意気な発言に怒るでもなく、大矢さんは、
「金なんかどうでもいい。オレは、おまえの命が大事なんだ。生きてほしいんだ。おまえはな、今、おかしいんだ」
「おかしい?」
「まともじゃない」
重ねて言われても、自分のことを言われている実感がない。そうか、これは夢だった、と思ったが、どうも違うような気がしてきた。胸が、ドキッとする。
「あの……これは、夢ではないんですか?」
「夢? 何の話だ? これは、現実だ。夢の中の話なんかじゃない。オレは、昨日遅くに遠藤から電話をもらって、さっきここに来たんだ。オレの体温、わからないのか? 夢の中で体温は感じないだろ?」
どうだかわからない。色のついた夢もあると言うし、もしかしたら体温を感じる夢だってあるかもしれない。大矢さんの腕の中で、そんなよくわからないことを考えていた。やっぱり僕は、まともじゃないらしい、とわかってきた。
「大矢さん。僕、もうダメなんですね?」
大矢さんが息を吐き出し、
「そう。今は、ダメなんだ。休息が必要だ。それから、受診すること、それも必要だ。今から東京に帰って、病院に行くからな」
逆らうことを許さない、そんな口調で大矢さんが言った。僕は、小さく頷き、「わかりました」と言った。
あれ? もしかして……。
よく目を凝らして見てみると、やっぱりそうだ。僕は川岸に駆け寄ろうとしたが、いくらそうしても距離は縮まらなかった。繰り返しそんな状態になって、僕はその人に呼び掛ける。
「谷さん」
聞こえないのか、返事はない。僕は、必死でその名前を呼び続ける。でも、谷さんらしいその人は、ただ微笑んでいるだけだ。
「返事して、谷さん。遠くに行かないで」
涙を流しながら目覚めると、遠藤さんが僕を見ていた。「聖矢。大丈夫か?」と声を掛けてくれながら、後ろにいる人に、「こんな感じです」と伝えている。後ろの人は頷いて一歩前に出た。それで、その人が大矢さんだとわかった。ということは、起きたと思ったけれど、まだ夢の中と言うことだ。ここに大矢さんがいるはずはないのだから。大矢さんは、東京にいるはずなのだから。
「大矢さん。僕、もうダメかもしれません」
現実に会っているなら言えないことだけれど、夢の中ならいいか、と思い、言ってしまった。
「聞きましたか? 昨日、僕失敗してしまいました。スタッフさんに迷惑を掛けて。段取り、何度も確認したのに、どうして曲順を間違えたりしたんでしょうね。今までこんなことはなかったのに。それに、自分の意思と関係なく泣き出したり。僕、心が不安定みたいです」
「聖矢。仕事、少し休んだらどうだ?」
何故、夢の中でそんな現実的な話をしているのだろう。わからなかったが、僕は普通に、
「いえ。そうはいきません。だって、ツアーの途中ですから。わかってるんです。休んだらどうなるのか。昨日よりももっと多くの人に迷惑を掛けます。僕、そんなの嫌です」
そんな風に答えた。大矢さんが、僕に近付いてくる。そして、僕を強く抱き締めた。
「いいから休みなさい。もう、いいから」
「そんなわけにはいきませんってば。そんなことしたら、迷惑をかける人がたくさん。お金だって、大変なことになるでしょう」
僕の生意気な発言に怒るでもなく、大矢さんは、
「金なんかどうでもいい。オレは、おまえの命が大事なんだ。生きてほしいんだ。おまえはな、今、おかしいんだ」
「おかしい?」
「まともじゃない」
重ねて言われても、自分のことを言われている実感がない。そうか、これは夢だった、と思ったが、どうも違うような気がしてきた。胸が、ドキッとする。
「あの……これは、夢ではないんですか?」
「夢? 何の話だ? これは、現実だ。夢の中の話なんかじゃない。オレは、昨日遅くに遠藤から電話をもらって、さっきここに来たんだ。オレの体温、わからないのか? 夢の中で体温は感じないだろ?」
どうだかわからない。色のついた夢もあると言うし、もしかしたら体温を感じる夢だってあるかもしれない。大矢さんの腕の中で、そんなよくわからないことを考えていた。やっぱり僕は、まともじゃないらしい、とわかってきた。
「大矢さん。僕、もうダメなんですね?」
大矢さんが息を吐き出し、
「そう。今は、ダメなんだ。休息が必要だ。それから、受診すること、それも必要だ。今から東京に帰って、病院に行くからな」
逆らうことを許さない、そんな口調で大矢さんが言った。僕は、小さく頷き、「わかりました」と言った。
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