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第三章 別れ
第8話 声
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それから一か月程が過ぎたが、相変わらず声は出ない。声を出す機能としてはどこも異常はなくストレスが原因だとの診断だったが、だとすると、一体いつになったら声が出るようになるのだろうか。ただ、不安だった。
津久見さんからアルバム一枚分の曲を書いてもらったので、時々事務所に行っては、大矢さんのそばで詞を書いていた。津久見さんの書く曲は、本当に素晴らしい。詞を付けるまでもなく、曲だけで充分なんじゃないかとさえ思う。が、詞を書くことが約束だ。しかも、変だったらダメ出しするとは。上手く出来るだろうか。
そんなことを考えながら、難問を解くような気持ちで作詞に取り組んでいると、大矢さんが手を止めて僕を見た。「何ですか?」という気持ちを込めて大矢さんを見ると、
「昼飯、食べに行くか」
そういえば、少しお腹が空いていた。僕が頷くと、大矢さんは立ち上がり、「行こう」と言った。僕も立ち上がって大矢さんの後に続いたが、部屋を出て数歩進んだ時、大矢さんの体が大きく揺らいで、そのまま倒れていってしまった。僕は目を見開き、心の中で「危ない」と叫んだ後、大矢さんを支えようとしたが、力及ばず、一緒に倒れてしまった。すごい音がした。その音に、近くにいた人たちが振り返る。
僕は体勢を立て直してから、大矢さんを見た。青い顔をしていて、意識がないみたいだ。僕は大矢さんを揺さぶりながら、
「大矢さん」
声が出た。そのことに驚いて、手が止まってしまった。嬉しくて、うっかり泣きそうになったが、我慢した。
少し離れた所にいた受付の高田さんが走ってそばまで来てくれて、
「聖矢くん。大矢さん、どうしちゃったの? 意識ないの? 救急車。救急車呼ばなきゃ」
走って行こうとする高田さんの背中に、僕は出来るだけ大きな声で、
「さっきまで普通だったんです。でも、立ち上がって少し歩いたら、いきなり倒れちゃって。顔色もすごく悪くって」
必死で伝えると彼女は頷き、「わかったわ」と言って、今度こそ走り出した。
僕は大矢さんに視線を戻した。呼吸はしているのに、返事をしてくれない。気を失うとはこういうことか、と、人が実際その状態になるのを見て初めて知った。が、今はそんなことを考えている場合ではなかったと気付き、呼び掛けを再開した。
「大矢さん。大矢さん」
とにかく何度も大矢さんを呼んだ。そして、しばらく続けていると、ようやく大矢さんがうっすらと目を開けた。顔色は相変わらず青白い。僕は、思わず大矢さんに頬を寄せて、
「良かった……」
僕が呟くように言うと、大矢さんは微笑み、
「声、出たな」
その声は掠れていて、苦しそうだった。それを聞いて、僕も苦しいような気になったが、
「出ましたよ。大矢さんのおかげです」
泣きそうになりながら、そう言った。大矢さんは、ふっと笑って、
「そうか。役に立てたなら、良かった」
いつも絶対的な力で僕を守ってくれる人が、今は弱り切っている感じだ。その力ない声を聞いて、僕はやはり涙を流さないわけにはいかなかった。
津久見さんからアルバム一枚分の曲を書いてもらったので、時々事務所に行っては、大矢さんのそばで詞を書いていた。津久見さんの書く曲は、本当に素晴らしい。詞を付けるまでもなく、曲だけで充分なんじゃないかとさえ思う。が、詞を書くことが約束だ。しかも、変だったらダメ出しするとは。上手く出来るだろうか。
そんなことを考えながら、難問を解くような気持ちで作詞に取り組んでいると、大矢さんが手を止めて僕を見た。「何ですか?」という気持ちを込めて大矢さんを見ると、
「昼飯、食べに行くか」
そういえば、少しお腹が空いていた。僕が頷くと、大矢さんは立ち上がり、「行こう」と言った。僕も立ち上がって大矢さんの後に続いたが、部屋を出て数歩進んだ時、大矢さんの体が大きく揺らいで、そのまま倒れていってしまった。僕は目を見開き、心の中で「危ない」と叫んだ後、大矢さんを支えようとしたが、力及ばず、一緒に倒れてしまった。すごい音がした。その音に、近くにいた人たちが振り返る。
僕は体勢を立て直してから、大矢さんを見た。青い顔をしていて、意識がないみたいだ。僕は大矢さんを揺さぶりながら、
「大矢さん」
声が出た。そのことに驚いて、手が止まってしまった。嬉しくて、うっかり泣きそうになったが、我慢した。
少し離れた所にいた受付の高田さんが走ってそばまで来てくれて、
「聖矢くん。大矢さん、どうしちゃったの? 意識ないの? 救急車。救急車呼ばなきゃ」
走って行こうとする高田さんの背中に、僕は出来るだけ大きな声で、
「さっきまで普通だったんです。でも、立ち上がって少し歩いたら、いきなり倒れちゃって。顔色もすごく悪くって」
必死で伝えると彼女は頷き、「わかったわ」と言って、今度こそ走り出した。
僕は大矢さんに視線を戻した。呼吸はしているのに、返事をしてくれない。気を失うとはこういうことか、と、人が実際その状態になるのを見て初めて知った。が、今はそんなことを考えている場合ではなかったと気付き、呼び掛けを再開した。
「大矢さん。大矢さん」
とにかく何度も大矢さんを呼んだ。そして、しばらく続けていると、ようやく大矢さんがうっすらと目を開けた。顔色は相変わらず青白い。僕は、思わず大矢さんに頬を寄せて、
「良かった……」
僕が呟くように言うと、大矢さんは微笑み、
「声、出たな」
その声は掠れていて、苦しそうだった。それを聞いて、僕も苦しいような気になったが、
「出ましたよ。大矢さんのおかげです」
泣きそうになりながら、そう言った。大矢さんは、ふっと笑って、
「そうか。役に立てたなら、良かった」
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