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第二章 新たな道
第17話 病院
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九月も終わりに近いある日のことだった。目を開けると、僕は見たことのない場所に横たわっていた。どうやらベッドに寝かされているらしい、とわかったものの、頭がボーッとしていて、何だか靄がかかったみたいだ。
何気なく腕を見ると、左腕に針が刺さっていて、その先の方に棒に掛けられた袋があり、その袋から液体がぽたぽたと落ちているのがわかった。点滴というものだと思う。
僕がそれを見るともなしに見ていると、人の動く気配がして、僕の傍らに大矢さんが来たのがわかった。大矢さんは青い顔をしていて、大矢さんの方が点滴をしてもらったらいいんじゃないかと思うくらいだった。
大矢さんは、僕の頬を優しく撫でながら、
「聖矢。大丈夫か?」
「えっと……大丈夫というか……頭がボーッとしています。僕はいったい、どうしたんですか?」
僕の言葉に、大矢さんが目を見開いた。
「覚えてないのか?」
「そうみたいです」
大矢さんは、僕から視線を外して横を向いたが、すぐにまた僕の方を向き、
「聖矢。おまえは、信号待ちをしてて、急に倒れたんだ。辺りが騒然として、コンビニにいた谷がそれに気が付いて見に来たら、おまえが倒れてた。救急車を呼んだりオレに連絡くれたり、あいつには随分助けてもらったよ」
「谷さんが?」
「そう。ただ、オレはおまえに謝らなきゃならないんだ」
大矢さんが神妙な顔になって何か言おうとした時に、看護師さんが部屋に入ってきた。僕が目を覚ましたことを確認すると、
「気分はどうですか? もうすぐ点滴終わりますからね」
「はい」
看護師さんは、部屋を出て行った。また僕と大矢さんの二人きりになった。僕は大矢さんを見ながら、
「僕に、何を謝るんですか?」
何を言われるのかわからず、胸がざわついていた。大矢さんは、ちょっと困ったような顔で肩をすくめると、
「オレとおまえの関係を聞かれたから、うちに所属しているタレントですって答えた。それが一番信用されやすいかと思って。でも、嘘をついたから謝るよ。ごめん」
「所属タレント、ですか?」
大矢さんの謝罪の言葉より、そちらの方に反応してしまった。
「それで、よく騙されてくれましたね。病院の人って、素直なんですね、きっと。僕じゃタレントなんかになれませんよね」
笑おうとしたのに、大矢さんは真面目な顔で首を振る。
「なりたいなら、なれる。おまえは可愛いし、歌も上手い。なろうと思うなら、アイドル歌手になれるかもしれない」
「なれるんですか?」
そこまで話した時、医者と看護師が一緒に病室へ入ってきた。二人とも、にこやかだ。医者は僕の傍らに立つと具合を訊き、あれこれチェックしてから点滴の針を抜いた。そして、僕に帰宅の許可を出すと、二人で連れ立って出て行ってしまった。
「あの……大矢さん……」
「なりたければ、何にだってなれる。何にだって……」
「はい」
僕が頷くと、大矢さんはようやく笑顔になり、僕の頭を撫でた。
「さ、ゆっくり起き上がって」
大矢さんに支えてもらいながら、ゆっくり体を起こした。相変わらず靄がかかったような感じだが、どこも痛いところはない。
「大矢さん。僕、谷さんにお礼を言いに行きたいです」
「そうだな。家に帰る前に、ちょっと寄って行こう。あいつ、まだ仕事してるかな」
大矢さんが腕時計に目をやった。僕は大矢さんの腕に掴まり、
「仕事が終わってたら、家に押しかけましょう。どうしても、今日中にお礼が言いたいんです」
「わかったよ」
病院を出ると、少しひんやりした風が吹いていた。出会った時から確実に季節が進んでいるのを感じた。
タクシーが来て、僕たちはそれに乗り込んだ。
何気なく腕を見ると、左腕に針が刺さっていて、その先の方に棒に掛けられた袋があり、その袋から液体がぽたぽたと落ちているのがわかった。点滴というものだと思う。
僕がそれを見るともなしに見ていると、人の動く気配がして、僕の傍らに大矢さんが来たのがわかった。大矢さんは青い顔をしていて、大矢さんの方が点滴をしてもらったらいいんじゃないかと思うくらいだった。
大矢さんは、僕の頬を優しく撫でながら、
「聖矢。大丈夫か?」
「えっと……大丈夫というか……頭がボーッとしています。僕はいったい、どうしたんですか?」
僕の言葉に、大矢さんが目を見開いた。
「覚えてないのか?」
「そうみたいです」
大矢さんは、僕から視線を外して横を向いたが、すぐにまた僕の方を向き、
「聖矢。おまえは、信号待ちをしてて、急に倒れたんだ。辺りが騒然として、コンビニにいた谷がそれに気が付いて見に来たら、おまえが倒れてた。救急車を呼んだりオレに連絡くれたり、あいつには随分助けてもらったよ」
「谷さんが?」
「そう。ただ、オレはおまえに謝らなきゃならないんだ」
大矢さんが神妙な顔になって何か言おうとした時に、看護師さんが部屋に入ってきた。僕が目を覚ましたことを確認すると、
「気分はどうですか? もうすぐ点滴終わりますからね」
「はい」
看護師さんは、部屋を出て行った。また僕と大矢さんの二人きりになった。僕は大矢さんを見ながら、
「僕に、何を謝るんですか?」
何を言われるのかわからず、胸がざわついていた。大矢さんは、ちょっと困ったような顔で肩をすくめると、
「オレとおまえの関係を聞かれたから、うちに所属しているタレントですって答えた。それが一番信用されやすいかと思って。でも、嘘をついたから謝るよ。ごめん」
「所属タレント、ですか?」
大矢さんの謝罪の言葉より、そちらの方に反応してしまった。
「それで、よく騙されてくれましたね。病院の人って、素直なんですね、きっと。僕じゃタレントなんかになれませんよね」
笑おうとしたのに、大矢さんは真面目な顔で首を振る。
「なりたいなら、なれる。おまえは可愛いし、歌も上手い。なろうと思うなら、アイドル歌手になれるかもしれない」
「なれるんですか?」
そこまで話した時、医者と看護師が一緒に病室へ入ってきた。二人とも、にこやかだ。医者は僕の傍らに立つと具合を訊き、あれこれチェックしてから点滴の針を抜いた。そして、僕に帰宅の許可を出すと、二人で連れ立って出て行ってしまった。
「あの……大矢さん……」
「なりたければ、何にだってなれる。何にだって……」
「はい」
僕が頷くと、大矢さんはようやく笑顔になり、僕の頭を撫でた。
「さ、ゆっくり起き上がって」
大矢さんに支えてもらいながら、ゆっくり体を起こした。相変わらず靄がかかったような感じだが、どこも痛いところはない。
「大矢さん。僕、谷さんにお礼を言いに行きたいです」
「そうだな。家に帰る前に、ちょっと寄って行こう。あいつ、まだ仕事してるかな」
大矢さんが腕時計に目をやった。僕は大矢さんの腕に掴まり、
「仕事が終わってたら、家に押しかけましょう。どうしても、今日中にお礼が言いたいんです」
「わかったよ」
病院を出ると、少しひんやりした風が吹いていた。出会った時から確実に季節が進んでいるのを感じた。
タクシーが来て、僕たちはそれに乗り込んだ。
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