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第二章 新たな道
第16話 幸せの尾長鳥
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「大矢さん。この雑誌に、面白い記事がありますよ」
九月半ばの午後三時。大矢さんと二人でソファに座ってお茶を飲みながら、ゆったりと時間を過ごしていた。隣に座っている大矢さんが僕の方に少し体を寄せると、「どれ?」と雑誌を覗いてくる。僕は雑誌の記事の見出しを指差しながら、「これです」と言って読み上げた。
「『幸せの尾長鳥』。この鳥の長い尾を撫でると、誰でも幸せになれます? ですって。本当でしょうか」
僕が首を傾げると、大矢さんは息を吐き出し、
「嘘だろう。そんなことで、簡単に幸せになれるとは思えないな」
雑誌から目を離して、大矢さんはお茶を飲み始めた。僕はその記事が何故か気になって、さらに読み進めて大矢さんに伝える。
「喫茶店に置いてある、木彫りの鳥らしいです」
今までその鳥の尾に触った人の体験談すら、興味深く読んだ。僕があまりに真剣な様子でその記事を読んでいたからか、大矢さんは再び雑誌を覗き込み、「で? どこだ?」と訊いてくれた。
大矢さんの家から二十分ほどの所に、その喫茶店はあった。大矢さんがドアを開けると店員が振り向き、「いらっしゃいませ」と声を掛けてきた。何気なくレジ横を見ると、雑誌に載っていた鳥がそこにいた。僕がその鳥をじっと見ていると、店長らしき人が笑顔で、
「最近、ちょっと有名なんですよ、この子は」
「『幸せの尾長鳥』でしたっけ? 本当に幸せになれるんですかね?」
大矢さんの問いに、店長らしき人は、
「そう言って下さる方もいます。でもね、私が言い始めたわけではないので何とも……」
「じゃあ、やっぱり、いい加減な噂ですか?」
大矢さんが、尚も訊く。店長さんらしき人は首を傾げ、
「それが、そうとも言えなくて。この子の尾を撫でた人が、急に結婚が決まったとか、宝くじで高額当選したとか、そんな話があって。まあ、正直な所、よくわかりません」
「そうですか。ありがとうございます」
軽く会釈をすると、僕を促して店の奥の方へと歩き出した。
席に着いて、二人で一緒にメニュー表を見た。冷房がよく効いていたので、温かい紅茶を飲むことにした。大矢さんもホットコーヒーを注文をした。店員が去って行くと、大矢さんはお冷のグラスを手にしてそれを見つめながら、静かな声で言った。
「オレはさ、おまえに幸せになってもらいたいんだ。だからここに来ようと思ったんだ」
「はい。ありがとうございます。あの記事が、何だか気になってしょうがなくて。でも、そうだ。僕は今幸せなんだった、って歩いてる時に思い出しました」
この前そう思ったばかりだったのをもう忘れているとは、自分ながら呆れた。
「大矢さん。僕、大矢さんに見つけてもらえて、本当に良かったです。あの空間は、僕のセイフティーゾーンです。安心出来る、唯一の場所です」
「聖矢……」
グラスから僕に視線を移した大矢さんが、僕を労わるような優しい表情で言った。僕は、大矢さんに微笑むと、
「でも僕、もっと幸せになろうと思ってますから、運試しのつもりであの鳥の尾を撫でてみます」
僕の言葉に大矢さんは、
「わかった。そうしなさい」
「はい。そうします」
ちょうどその時、注文した物が来た。僕たちは微笑み合った後、それぞれの飲み物に口をつけた。
一時間近くゆっくりとした後、席を立った。大矢さんが会計をしてくれている間中、ずっと、鳥の尾を撫でていた。
きっと幸せにしてね。
ドアを開けて出て行く前、「また来るね」と言って、鳥に手を振った。
九月半ばの午後三時。大矢さんと二人でソファに座ってお茶を飲みながら、ゆったりと時間を過ごしていた。隣に座っている大矢さんが僕の方に少し体を寄せると、「どれ?」と雑誌を覗いてくる。僕は雑誌の記事の見出しを指差しながら、「これです」と言って読み上げた。
「『幸せの尾長鳥』。この鳥の長い尾を撫でると、誰でも幸せになれます? ですって。本当でしょうか」
僕が首を傾げると、大矢さんは息を吐き出し、
「嘘だろう。そんなことで、簡単に幸せになれるとは思えないな」
雑誌から目を離して、大矢さんはお茶を飲み始めた。僕はその記事が何故か気になって、さらに読み進めて大矢さんに伝える。
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大矢さんの家から二十分ほどの所に、その喫茶店はあった。大矢さんがドアを開けると店員が振り向き、「いらっしゃいませ」と声を掛けてきた。何気なくレジ横を見ると、雑誌に載っていた鳥がそこにいた。僕がその鳥をじっと見ていると、店長らしき人が笑顔で、
「最近、ちょっと有名なんですよ、この子は」
「『幸せの尾長鳥』でしたっけ? 本当に幸せになれるんですかね?」
大矢さんの問いに、店長らしき人は、
「そう言って下さる方もいます。でもね、私が言い始めたわけではないので何とも……」
「じゃあ、やっぱり、いい加減な噂ですか?」
大矢さんが、尚も訊く。店長さんらしき人は首を傾げ、
「それが、そうとも言えなくて。この子の尾を撫でた人が、急に結婚が決まったとか、宝くじで高額当選したとか、そんな話があって。まあ、正直な所、よくわかりません」
「そうですか。ありがとうございます」
軽く会釈をすると、僕を促して店の奥の方へと歩き出した。
席に着いて、二人で一緒にメニュー表を見た。冷房がよく効いていたので、温かい紅茶を飲むことにした。大矢さんもホットコーヒーを注文をした。店員が去って行くと、大矢さんはお冷のグラスを手にしてそれを見つめながら、静かな声で言った。
「オレはさ、おまえに幸せになってもらいたいんだ。だからここに来ようと思ったんだ」
「はい。ありがとうございます。あの記事が、何だか気になってしょうがなくて。でも、そうだ。僕は今幸せなんだった、って歩いてる時に思い出しました」
この前そう思ったばかりだったのをもう忘れているとは、自分ながら呆れた。
「大矢さん。僕、大矢さんに見つけてもらえて、本当に良かったです。あの空間は、僕のセイフティーゾーンです。安心出来る、唯一の場所です」
「聖矢……」
グラスから僕に視線を移した大矢さんが、僕を労わるような優しい表情で言った。僕は、大矢さんに微笑むと、
「でも僕、もっと幸せになろうと思ってますから、運試しのつもりであの鳥の尾を撫でてみます」
僕の言葉に大矢さんは、
「わかった。そうしなさい」
「はい。そうします」
ちょうどその時、注文した物が来た。僕たちは微笑み合った後、それぞれの飲み物に口をつけた。
一時間近くゆっくりとした後、席を立った。大矢さんが会計をしてくれている間中、ずっと、鳥の尾を撫でていた。
きっと幸せにしてね。
ドアを開けて出て行く前、「また来るね」と言って、鳥に手を振った。
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