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第二章 新たな道
第11話 憂鬱
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朝食の途中で、ふと、明日から九月だ、ということに気が付いた。その途端、鼓動が速くなり、食欲が消え失せてしまった。
食べかけのパンをお皿に置くと、僕は短い呼吸を繰り返した。思い出したくもないことが、頭の中で再現されている。
「明日から、また学校だ」
兄が笑顔で言うと、義理の母も微笑みながら、
「夏休みの宿題は、全部終わったの?」
「うん。夏休みになって、すぐにやっちゃったよ」
「稜ちゃんは、偉いね」
仲のいい二人のやりとりを、部屋に入らずに聞いていた。僕は、そっとその場を離れて自分の部屋に戻る。ベッドに上がると、タオルケットを頭まで引き上げる。自分の姿を隠す為に。
新学期が嬉しい兄。憂鬱な僕。何て対象的なんだろう。
新学期が始まれば、例のあいつと毎日顔を会わせなければならない。毎日傷つけられなければいけない。
新学期が始まる前日は、目が覚めた瞬間から溜息が出る。そして、落ち着かない一日を過ごす。去年まで、それは恒例行事みたいなものだった。
あの場所から逃げてきたから、今年は大丈夫かもしれないと思っていたのに、結局同じだった。
そんなことを考えて、僕はますます気分が沈んでいった。つい俯いてしまう僕に大矢さんは、「どうした?」と声を掛けてくれる。そう訊きながらも、何だか本当は、僕の感情が何故揺れているのかわかっているような、そんな感じがした。
大矢さんの言葉に、僕は首を振るだけで何も答えなかった。大矢さんは、小さく息を吐き出した後、
「ちょっと散歩に行かないか?」
「……わかりました。準備します」
一瞬迷ったものの、僕はそう返事をして椅子から立ち上がると、着替える為に寝室に行った。大矢さんが食器を片付けてくれている音が、微かに聞こえた。
準備が出来て寝室を出ると、ソファに座った大矢さんが僕の方に振り向いた。大矢さんは僕をじっと見てから、「行こうか」と低く言った。僕は頷き、「はい」と答えた。その声は、どうしても小さくなってしまう。僕は下を向いたまま、大矢さんの後について行った。
外に出るのは、二日ぶりだ。八月下旬とは言え、外はまだまだ暑く、出る気にならなかったのだ。
どこに行くという目的もなく、僕と大矢さんは公園を並んで歩いていた。思わず溜息を吐いてしまった僕に、大矢さんが、「疲れたか?」と訊いてくる。僕は、「いいえ」と答えて首を振った。大矢さんは、「そうか」と言うと、また黙って歩き出した。
その時、公園に楽しそうな親子連れが入ってきた。僕はその人たちを見ると、胸がざわざわし始めた。あの人たちに罪はない。ただ、あの親子連れと僕の幼い頃を比べてしまい、勝手に傷ついているだけだ。
僕の人生には、ああいうことはなかった。が、彼らと僕は違うのだから仕方ない。そう自分に言い聞かせても、冷静ではいられない。僕は、いつかのように大矢さんの影に隠れると、
「大矢さん……」
か細い声で、やっとその名前を呼んだ。大矢さんは、僕の行動の意味を察してくれたらしく、僕の肩を軽く叩くと、「行こう」と言った。僕を気遣ってくれているようなその眼差しに、心が温かくなった。
公園の出口まで来ると、例のコンビニが目に入った。大矢さんは、僕に視線を向けると、
「聖矢。ちょっと寄っていこうか」
「はい」
二人並んで横断歩道を渡り、店の前で頷き合った。
食べかけのパンをお皿に置くと、僕は短い呼吸を繰り返した。思い出したくもないことが、頭の中で再現されている。
「明日から、また学校だ」
兄が笑顔で言うと、義理の母も微笑みながら、
「夏休みの宿題は、全部終わったの?」
「うん。夏休みになって、すぐにやっちゃったよ」
「稜ちゃんは、偉いね」
仲のいい二人のやりとりを、部屋に入らずに聞いていた。僕は、そっとその場を離れて自分の部屋に戻る。ベッドに上がると、タオルケットを頭まで引き上げる。自分の姿を隠す為に。
新学期が嬉しい兄。憂鬱な僕。何て対象的なんだろう。
新学期が始まれば、例のあいつと毎日顔を会わせなければならない。毎日傷つけられなければいけない。
新学期が始まる前日は、目が覚めた瞬間から溜息が出る。そして、落ち着かない一日を過ごす。去年まで、それは恒例行事みたいなものだった。
あの場所から逃げてきたから、今年は大丈夫かもしれないと思っていたのに、結局同じだった。
そんなことを考えて、僕はますます気分が沈んでいった。つい俯いてしまう僕に大矢さんは、「どうした?」と声を掛けてくれる。そう訊きながらも、何だか本当は、僕の感情が何故揺れているのかわかっているような、そんな感じがした。
大矢さんの言葉に、僕は首を振るだけで何も答えなかった。大矢さんは、小さく息を吐き出した後、
「ちょっと散歩に行かないか?」
「……わかりました。準備します」
一瞬迷ったものの、僕はそう返事をして椅子から立ち上がると、着替える為に寝室に行った。大矢さんが食器を片付けてくれている音が、微かに聞こえた。
準備が出来て寝室を出ると、ソファに座った大矢さんが僕の方に振り向いた。大矢さんは僕をじっと見てから、「行こうか」と低く言った。僕は頷き、「はい」と答えた。その声は、どうしても小さくなってしまう。僕は下を向いたまま、大矢さんの後について行った。
外に出るのは、二日ぶりだ。八月下旬とは言え、外はまだまだ暑く、出る気にならなかったのだ。
どこに行くという目的もなく、僕と大矢さんは公園を並んで歩いていた。思わず溜息を吐いてしまった僕に、大矢さんが、「疲れたか?」と訊いてくる。僕は、「いいえ」と答えて首を振った。大矢さんは、「そうか」と言うと、また黙って歩き出した。
その時、公園に楽しそうな親子連れが入ってきた。僕はその人たちを見ると、胸がざわざわし始めた。あの人たちに罪はない。ただ、あの親子連れと僕の幼い頃を比べてしまい、勝手に傷ついているだけだ。
僕の人生には、ああいうことはなかった。が、彼らと僕は違うのだから仕方ない。そう自分に言い聞かせても、冷静ではいられない。僕は、いつかのように大矢さんの影に隠れると、
「大矢さん……」
か細い声で、やっとその名前を呼んだ。大矢さんは、僕の行動の意味を察してくれたらしく、僕の肩を軽く叩くと、「行こう」と言った。僕を気遣ってくれているようなその眼差しに、心が温かくなった。
公園の出口まで来ると、例のコンビニが目に入った。大矢さんは、僕に視線を向けると、
「聖矢。ちょっと寄っていこうか」
「はい」
二人並んで横断歩道を渡り、店の前で頷き合った。
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