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第一章 出会い
第13話 心の叫び
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僕をベッドに横にならせると、大矢さんは僕の髪を梳いてから、僕の冷え切った右手を握った。さっきまで大矢さんの右手と僕の左手がつながっていたのに、そうされて一瞬、その手を払おうとしてしまった。でも、すぐに気が付いた。この人は、僕を傷つけてきた誰かではなくて、出会ったばかりの僕を大切にしてくれる、優しい人なのだと。
大矢さんは、僕をじっと見たまま真剣な表情で、
「聖矢。さっきは悪かったな。オレは、自分に対していらいらしてただけなんだ。おまえをいたわる言葉の一つも思いつけなくて、嫌になった。つい、舌打ちなんかした。でも、おまえに対して怒ってるんじゃない。信じてくれ」
僕は、強張った顔のまま、大矢さんをじっと見ていた。そうしているうちに、少しずつ僕の緊張は解けて来て、ハーっと息を吐き出した。
大矢さんは、空いている方の手で自分の髪をかき上げると、
「聖矢。具合が良くないのに悪いけど、先生と話さなきゃならないんだ。おまえは、ここで横になっていればいい。オレが先生と話すから。だけど、おまえがこの先どうしたいのかは聞かせてくれ。家に帰るか? それとも、ここにいるか?」
大矢さんの問いに、僕は胸がざわついてきた。家に帰るのは、絶対に嫌だ。学校にも、二度と行きたくない。でも、ここにいたいと、そんなことを言ってもいいのだろうか。
僕は唇を噛んで、しばらく逡巡していた。でも、答えはそれしかない、とわかっている。僕は大矢さんから視線を外すと、相変わらずの小さな声で、
「……です」
大矢さんは首を傾げて、少し考えるような顔をした。それから、僕の頭を撫でると、
「ごめん。聞こえなかったんだ。もう一度、言ってもらえるか?」
大矢さんの言葉に、僕はベッドから勢いよく体を起こして、大矢さんに抱きついた。そして、涙を流しながら訴えた。
「家には帰りません。二度と帰りません。学校もやめたい。行きたくない。大矢さんと一緒に、ここにいたいです」
こんなに自分の気持ちを吐き出したことが、今まであっただろうか。たぶん、そんなことは一度もなかったと思う。僕が何かを言ったとしても、きっと誰も聞いてくれなかっただろう。彼らには、僕が見えていなかったみたいだから。
父がいて、義理とはいえ母がいて、二歳年上の兄がいて、四歳下の妹がいる。それでも僕は、大抵彼らの目には見えていなかった。まるで、透明人間みたいだ。
大矢さんは、そんな僕の言葉を確かに聞いてくれていた。僕の存在を認めて、ここにいるとわかってくれていて、僕の話を、意見を、聞こうとしてくれた。
存在していることをわかってもらえるというのは、こんなに嬉しいことなのだとわかった。
大矢さんは、僕の背中に手を回すと、低く言った。
「わかった。先生に言うから。おまえはここで休んでいればいいから」
大矢さんが僕から体を離したので、ベッドに横になってタオルケットを頭まで被った。涙は全然止まりそうもなく、しゃくり上げる度に体が震えた。
大矢さんは、タオルケットにくるまった僕をそっと撫でる。その指先から、慈しみを感じた。それが、僕をよけいに泣かせた。
しばらく僕のそばにいてくれた大矢さんは、「行ってくる」と囁くように言った。大矢さんの足音が遠ざかって行った。
大矢さんは、僕をじっと見たまま真剣な表情で、
「聖矢。さっきは悪かったな。オレは、自分に対していらいらしてただけなんだ。おまえをいたわる言葉の一つも思いつけなくて、嫌になった。つい、舌打ちなんかした。でも、おまえに対して怒ってるんじゃない。信じてくれ」
僕は、強張った顔のまま、大矢さんをじっと見ていた。そうしているうちに、少しずつ僕の緊張は解けて来て、ハーっと息を吐き出した。
大矢さんは、空いている方の手で自分の髪をかき上げると、
「聖矢。具合が良くないのに悪いけど、先生と話さなきゃならないんだ。おまえは、ここで横になっていればいい。オレが先生と話すから。だけど、おまえがこの先どうしたいのかは聞かせてくれ。家に帰るか? それとも、ここにいるか?」
大矢さんの問いに、僕は胸がざわついてきた。家に帰るのは、絶対に嫌だ。学校にも、二度と行きたくない。でも、ここにいたいと、そんなことを言ってもいいのだろうか。
僕は唇を噛んで、しばらく逡巡していた。でも、答えはそれしかない、とわかっている。僕は大矢さんから視線を外すと、相変わらずの小さな声で、
「……です」
大矢さんは首を傾げて、少し考えるような顔をした。それから、僕の頭を撫でると、
「ごめん。聞こえなかったんだ。もう一度、言ってもらえるか?」
大矢さんの言葉に、僕はベッドから勢いよく体を起こして、大矢さんに抱きついた。そして、涙を流しながら訴えた。
「家には帰りません。二度と帰りません。学校もやめたい。行きたくない。大矢さんと一緒に、ここにいたいです」
こんなに自分の気持ちを吐き出したことが、今まであっただろうか。たぶん、そんなことは一度もなかったと思う。僕が何かを言ったとしても、きっと誰も聞いてくれなかっただろう。彼らには、僕が見えていなかったみたいだから。
父がいて、義理とはいえ母がいて、二歳年上の兄がいて、四歳下の妹がいる。それでも僕は、大抵彼らの目には見えていなかった。まるで、透明人間みたいだ。
大矢さんは、そんな僕の言葉を確かに聞いてくれていた。僕の存在を認めて、ここにいるとわかってくれていて、僕の話を、意見を、聞こうとしてくれた。
存在していることをわかってもらえるというのは、こんなに嬉しいことなのだとわかった。
大矢さんは、僕の背中に手を回すと、低く言った。
「わかった。先生に言うから。おまえはここで休んでいればいいから」
大矢さんが僕から体を離したので、ベッドに横になってタオルケットを頭まで被った。涙は全然止まりそうもなく、しゃくり上げる度に体が震えた。
大矢さんは、タオルケットにくるまった僕をそっと撫でる。その指先から、慈しみを感じた。それが、僕をよけいに泣かせた。
しばらく僕のそばにいてくれた大矢さんは、「行ってくる」と囁くように言った。大矢さんの足音が遠ざかって行った。
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