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第一章 出会い
第8話 朝ごはん
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僕は、大矢さんを見つめながら頷いた。ある考えが頭の中に浮かんだが、それはきっと受け入れてもらえないだろうな、と思うと口に出すことが出来ず、目を伏せた。
朝ごはんを一緒に作らせてほしい、なんて言ったら……。
そこまで考えた時、義理の母の顔が浮かんだ。僕を見る時の、冷たい目。
嫌われたくないから、彼女をこれ以上怒らせたくないから、僕は彼女の心を読む努力をした。上手くいったかわからないけれど。
憂鬱な気分になりかけて、それでも無理に顔を上げると、大矢さんが僕を見ていた。何も言わなかったけれど、何だか僕を心配してくれているように感じた。
この優しそうな人も、僕を怒るのかな。そんなことを考えなくもなかったが、それでも言わずにはいられなかった。僕は意を決して、
「あの、大矢さん。手伝ってもいいですか?」
不安になって、少し声が揺れてしまった。恥ずかしい。でも、これでも僕は精一杯頑張った、と思った。自分の思いを伝えるなんて、今までは出来なかったのだから。
大矢さんは、優しく微笑むと、
「ああ、いいよ。家でも手伝ってるのか?」
僕は首を振って、
「いいえ。台所に入ると、叱られます」
「そうか」
大矢さんは、それだけ言うと、寝室を出てキッチンへ向かって行った。僕もすぐ、彼の後を追った。大矢さんは、流しで手を洗うように僕に言って、それから手順を教えてくれた。言われる通りにやってみると、初めてなのに案外上手く出来ていた。自分でびっくりした。
大矢さんは、僕の作った物を見ながら、
「聖矢。ありがとう。おいしそうだな」
笑顔とともに言われて、何だか胸がドキドキしていた。これは一体何だろう。今まで経験したことのないような、そんな感情に、僕は戸惑っていた。
考えても答えが出そうもなかったので、一旦その気持ちは置いておくことにした。僕は手を合わせると、小さな声で、「いただきます」と言ってから食べ始めた。
いつもの通り、ゆっくりゆっくり、少しずつ少しずつ口に運んだ。食事は、僕にとって楽しいことではない。ただ、なるべく残さないように。考えるのは、そんなことばかりだった。料理の味は、いつもよくわからなかった。
僕が家でのことを思い出しながら必死で食べ物を口に運んでいると、大矢さんが僕を見つめながら言った。
「聖矢。無理に全部食べようと思わなくていいから。今、食べられるだけ食べればいい」
その言葉が、僕の気持ちをどれだけ軽くしてくれただろう。僕は、目を伏せると箸を置き、
「すみません。これが限界です」
正直に伝えた。大矢さんの顔が、何だか哀しそうに見えた。それは、どういうことに対する感情だろう。僕が食べなかったから? それとも、あまり食べられないらしい僕に同情してくれたから? それは、大矢さんにしかわからない。考えても仕方ない。そう思いながらも、気になってしまう。
大矢さんは僕の言葉に怒るでもなく、やはり口元に笑みを浮かべて、
「いいさ。無理しちゃだめだ。ここでは、自分の思う通りにやればいい」
「自分の……思う通り……」
聞きなれない言葉を耳にして、つい大矢さんの言葉を繰り返してしまった。大矢さんは頷き、「そうだ」と言ってから、
「オレは、おまえを怒ったりしない。約束する」
胸の奥がギュッとなった。大矢さんの優しさに泣きそうになって顔を歪めたが、泣くのは必死でこらえていた。
大矢さんは椅子から立ち上がると、急須にお茶っ葉を入れ、ポットのお湯を注いだ。少しして湯飲みにお茶を注ぐと、「どうぞ」と言って僕の前に湯飲みを置いた。僕は湯飲みを手にすると、大矢さんに少し頭を下げて飲み始めた。お茶が、僕の不思議に揺れる心を、少しだけ落ち着かせてくれた。
お茶を飲み終わると、僕は椅子から立ち上がり、「洗ってもいいですか?」と訊いてみた。大矢さんは、眉を寄せると、
「洗うのも許されてなかったんだな」
「はい。台所の出入りが禁止でしたから」
僕がそう伝えると、大矢さんは苦しそうな表情のまま、
「洗ってくれたり、料理を手伝ってくれれば、オレはすごく助かる」
大矢さんの言葉は、僕の沈みそうになる心を救ってくれる。僕は笑顔で大矢さんを見た。すると、大矢さんは目を見開いた後、僕のことを強く抱き締めてきた。
「大矢……さん?」
驚いて大矢さんをそっと見上げると、何とも言えない顔をしていた。大矢さんは小さく息を吐き出すと、
「ごめん。おかしいよな。だけど、こうしないではいられなかったんだ」
言われて僕は、よけいに混乱した。「こうしないではいられなかったっていうのは、どういうことでしょうか」と訊いてみたかったが、もちろんそんなことは出来なかった。
大矢さんはしばらく僕を抱き締めていたが、離れるともう一度、「ごめん」と言った。僕は、何が起きているのかわからないものの、笑顔で「いいえ」と言った。
大矢さんは一体どうしちゃったんだろう、と心の中で考えていた。
朝ごはんを一緒に作らせてほしい、なんて言ったら……。
そこまで考えた時、義理の母の顔が浮かんだ。僕を見る時の、冷たい目。
嫌われたくないから、彼女をこれ以上怒らせたくないから、僕は彼女の心を読む努力をした。上手くいったかわからないけれど。
憂鬱な気分になりかけて、それでも無理に顔を上げると、大矢さんが僕を見ていた。何も言わなかったけれど、何だか僕を心配してくれているように感じた。
この優しそうな人も、僕を怒るのかな。そんなことを考えなくもなかったが、それでも言わずにはいられなかった。僕は意を決して、
「あの、大矢さん。手伝ってもいいですか?」
不安になって、少し声が揺れてしまった。恥ずかしい。でも、これでも僕は精一杯頑張った、と思った。自分の思いを伝えるなんて、今までは出来なかったのだから。
大矢さんは、優しく微笑むと、
「ああ、いいよ。家でも手伝ってるのか?」
僕は首を振って、
「いいえ。台所に入ると、叱られます」
「そうか」
大矢さんは、それだけ言うと、寝室を出てキッチンへ向かって行った。僕もすぐ、彼の後を追った。大矢さんは、流しで手を洗うように僕に言って、それから手順を教えてくれた。言われる通りにやってみると、初めてなのに案外上手く出来ていた。自分でびっくりした。
大矢さんは、僕の作った物を見ながら、
「聖矢。ありがとう。おいしそうだな」
笑顔とともに言われて、何だか胸がドキドキしていた。これは一体何だろう。今まで経験したことのないような、そんな感情に、僕は戸惑っていた。
考えても答えが出そうもなかったので、一旦その気持ちは置いておくことにした。僕は手を合わせると、小さな声で、「いただきます」と言ってから食べ始めた。
いつもの通り、ゆっくりゆっくり、少しずつ少しずつ口に運んだ。食事は、僕にとって楽しいことではない。ただ、なるべく残さないように。考えるのは、そんなことばかりだった。料理の味は、いつもよくわからなかった。
僕が家でのことを思い出しながら必死で食べ物を口に運んでいると、大矢さんが僕を見つめながら言った。
「聖矢。無理に全部食べようと思わなくていいから。今、食べられるだけ食べればいい」
その言葉が、僕の気持ちをどれだけ軽くしてくれただろう。僕は、目を伏せると箸を置き、
「すみません。これが限界です」
正直に伝えた。大矢さんの顔が、何だか哀しそうに見えた。それは、どういうことに対する感情だろう。僕が食べなかったから? それとも、あまり食べられないらしい僕に同情してくれたから? それは、大矢さんにしかわからない。考えても仕方ない。そう思いながらも、気になってしまう。
大矢さんは僕の言葉に怒るでもなく、やはり口元に笑みを浮かべて、
「いいさ。無理しちゃだめだ。ここでは、自分の思う通りにやればいい」
「自分の……思う通り……」
聞きなれない言葉を耳にして、つい大矢さんの言葉を繰り返してしまった。大矢さんは頷き、「そうだ」と言ってから、
「オレは、おまえを怒ったりしない。約束する」
胸の奥がギュッとなった。大矢さんの優しさに泣きそうになって顔を歪めたが、泣くのは必死でこらえていた。
大矢さんは椅子から立ち上がると、急須にお茶っ葉を入れ、ポットのお湯を注いだ。少しして湯飲みにお茶を注ぐと、「どうぞ」と言って僕の前に湯飲みを置いた。僕は湯飲みを手にすると、大矢さんに少し頭を下げて飲み始めた。お茶が、僕の不思議に揺れる心を、少しだけ落ち着かせてくれた。
お茶を飲み終わると、僕は椅子から立ち上がり、「洗ってもいいですか?」と訊いてみた。大矢さんは、眉を寄せると、
「洗うのも許されてなかったんだな」
「はい。台所の出入りが禁止でしたから」
僕がそう伝えると、大矢さんは苦しそうな表情のまま、
「洗ってくれたり、料理を手伝ってくれれば、オレはすごく助かる」
大矢さんの言葉は、僕の沈みそうになる心を救ってくれる。僕は笑顔で大矢さんを見た。すると、大矢さんは目を見開いた後、僕のことを強く抱き締めてきた。
「大矢……さん?」
驚いて大矢さんをそっと見上げると、何とも言えない顔をしていた。大矢さんは小さく息を吐き出すと、
「ごめん。おかしいよな。だけど、こうしないではいられなかったんだ」
言われて僕は、よけいに混乱した。「こうしないではいられなかったっていうのは、どういうことでしょうか」と訊いてみたかったが、もちろんそんなことは出来なかった。
大矢さんはしばらく僕を抱き締めていたが、離れるともう一度、「ごめん」と言った。僕は、何が起きているのかわからないものの、笑顔で「いいえ」と言った。
大矢さんは一体どうしちゃったんだろう、と心の中で考えていた。
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