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第二章 新たな道
第5話 焼き餅
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八時頃、大矢さんが帰って来た。いつものように、「今日は、何してた?」と訊く。僕は、にっこり笑って、
「大矢さん。今日、僕、コンビニまで行ったんですよ」
大矢さんが僕を見て、驚いたような顔をする。
「コンビニ? 駅前の?」
「そうです。そのコンビニです」
「そうか。行けたのか」
少し、しんみりした感じで言った。僕もそれにつられて、しんみりとしながらも、
「はい。行けました」
「そうか……」
洗面所でうがいと手洗いを終えた大矢さんが、リビングのソファに腰を下ろした。僕もその隣に座った。大矢さんは僕の肩を抱き寄せながら、
「すごいな、聖矢。公園の先まで行けたなんて」
「はい。すごいです。自分で驚いています」
僕は、大矢さんの肩に頭をもたせ掛けた。大矢さんが、優しく僕の髪を撫でてくれる。すごく、心地いい。が、急に思い出した。
「あ。大矢さん。夕食は?」
「まだだよ。聖矢は?」
「まだです。大矢さんと一緒に食べたくて」
つい本音が出てしまった。
テーブルを挟んで、向かい合って座る。同じ物を食べる。それは、何て幸せなことだろう。
大矢さんは、フッと笑って、
「オレもそう思ってた。じゃあ、何か作るよ」
「あの、僕が作ります。スマホのおかげで、随分料理の仕方、覚えたんですよ。本当にありがとうございます」
僕の言葉に、大矢さんは首を振る。
「オレが安心したいが為に、おまえにスマホを持たせたんだ。感謝されるのは、何だか違う気がするぞ」
僕は立ち上がって、キッチンに向かった。大矢さんも後から来て、シャツの袖をまくった。
「じゃあ、聖矢先生。何を作りましょう?」
ふざけ気味の口調で、大矢さんが言った。僕は、小さく笑って、「では……」と言ってから、今日のメニューを説明し始めた。
料理が全てテーブルに揃い、椅子に腰掛けて食べ始めた。少ししてから、
「大矢さん。そう言えば、コンビニの店員の谷晃一さんって知ってますか?」
僕の問いに、大矢さんは頷き、
「もちろん知ってるよ。でも、下の名前は、今初めて聞いたな。ネームプレートに『谷』って書いてあるから、谷っていう名字なんだろうな、とは思ってたけど」
「谷さん、ここに来たばかりの僕の会計をしてくれた人です」
「そうだろうな。谷が言ってたから。『大矢さん好みの可愛い男の子がここに来た』って」
大矢さんの発言に、僕は胸がズキッと痛んだ。何に反応したのか考えてみて、わかった。僕は、つい俯いてしまった。
「どうした、聖矢。オレ、何か言っちゃいけないこと、言ったか?」
僕は、何度も首を振り、「違います」と言った。本当は、違わない、と思っていても、それは口に出来ない。
「聖矢。思ったことを言っていいって、オレ言ったよな」
「でも……」
「怒らせるようなこと言ったなら謝るから」
僕は、決心して、思いを吐き出した。
「『大矢さん好みの可愛い男の子』って何ですか? 今までも、こんなことがあったって言うことですか?」
大矢さんは、口を半開きにしたまま僕を見ていたが、やがて笑い出した。僕は顔を少し上げて、唇を噛んだ。それを見た大矢さんが、笑うのをやめた。急に真面目な表情になって、
「ごめん。おまえを傷つけようとしたんじゃないんだ。ただ、嬉しくて」
「嬉しい?」
どういう意味だかわからず、つい訊き返した。大矢さんは頷き、
「そう。嬉しかった。だからつい、笑ったんだ。おまえは、オレの過去に焼き餅を焼いてくれたんだろう?」
僕は返答せずに、大矢さんをただ見ていた。大矢さんは、口元に笑みを浮かべて、
「おまえに心配されるような過去、オレにはないよ。オレは、芸能事務所の社長だから、うちのタレントになってくれる子がいないかな、と思って可愛い男の子……男の子だけじゃないけどな。そういう子たちを探しているだけだ。谷の言い方がおかしいんだ」
「違ったんですか」
僕は、ハーっと息を吐き出した。憂いが消えて、しばらく食事に集中していたが、また質問をしたくなってしまった。僕は、箸を置くと、
「あの、大矢さん。谷さんが言ってたんですけど……『あの人さ、芸能事務所の社長さんだからね。もしかしたら君のこと、アイドルにでもしようとしてるのかな?』って。大矢さんは、僕のこと、アイドルにする気ですか?」
「え? それは、考えてなかったな。聖矢。アイドルになりたいのか?」
「違うならいいんです」
ちょっと気が抜けた。アイドルになりたいなんていう身の程知らずなこと、考えたこともない。自分がそういう仕事に就けると思うはずがない。あの僕が。
そうして自分を半ば責めていたら、夕食の味が全然わからなくなってしまった。
「大矢さん。今日、僕、コンビニまで行ったんですよ」
大矢さんが僕を見て、驚いたような顔をする。
「コンビニ? 駅前の?」
「そうです。そのコンビニです」
「そうか。行けたのか」
少し、しんみりした感じで言った。僕もそれにつられて、しんみりとしながらも、
「はい。行けました」
「そうか……」
洗面所でうがいと手洗いを終えた大矢さんが、リビングのソファに腰を下ろした。僕もその隣に座った。大矢さんは僕の肩を抱き寄せながら、
「すごいな、聖矢。公園の先まで行けたなんて」
「はい。すごいです。自分で驚いています」
僕は、大矢さんの肩に頭をもたせ掛けた。大矢さんが、優しく僕の髪を撫でてくれる。すごく、心地いい。が、急に思い出した。
「あ。大矢さん。夕食は?」
「まだだよ。聖矢は?」
「まだです。大矢さんと一緒に食べたくて」
つい本音が出てしまった。
テーブルを挟んで、向かい合って座る。同じ物を食べる。それは、何て幸せなことだろう。
大矢さんは、フッと笑って、
「オレもそう思ってた。じゃあ、何か作るよ」
「あの、僕が作ります。スマホのおかげで、随分料理の仕方、覚えたんですよ。本当にありがとうございます」
僕の言葉に、大矢さんは首を振る。
「オレが安心したいが為に、おまえにスマホを持たせたんだ。感謝されるのは、何だか違う気がするぞ」
僕は立ち上がって、キッチンに向かった。大矢さんも後から来て、シャツの袖をまくった。
「じゃあ、聖矢先生。何を作りましょう?」
ふざけ気味の口調で、大矢さんが言った。僕は、小さく笑って、「では……」と言ってから、今日のメニューを説明し始めた。
料理が全てテーブルに揃い、椅子に腰掛けて食べ始めた。少ししてから、
「大矢さん。そう言えば、コンビニの店員の谷晃一さんって知ってますか?」
僕の問いに、大矢さんは頷き、
「もちろん知ってるよ。でも、下の名前は、今初めて聞いたな。ネームプレートに『谷』って書いてあるから、谷っていう名字なんだろうな、とは思ってたけど」
「谷さん、ここに来たばかりの僕の会計をしてくれた人です」
「そうだろうな。谷が言ってたから。『大矢さん好みの可愛い男の子がここに来た』って」
大矢さんの発言に、僕は胸がズキッと痛んだ。何に反応したのか考えてみて、わかった。僕は、つい俯いてしまった。
「どうした、聖矢。オレ、何か言っちゃいけないこと、言ったか?」
僕は、何度も首を振り、「違います」と言った。本当は、違わない、と思っていても、それは口に出来ない。
「聖矢。思ったことを言っていいって、オレ言ったよな」
「でも……」
「怒らせるようなこと言ったなら謝るから」
僕は、決心して、思いを吐き出した。
「『大矢さん好みの可愛い男の子』って何ですか? 今までも、こんなことがあったって言うことですか?」
大矢さんは、口を半開きにしたまま僕を見ていたが、やがて笑い出した。僕は顔を少し上げて、唇を噛んだ。それを見た大矢さんが、笑うのをやめた。急に真面目な表情になって、
「ごめん。おまえを傷つけようとしたんじゃないんだ。ただ、嬉しくて」
「嬉しい?」
どういう意味だかわからず、つい訊き返した。大矢さんは頷き、
「そう。嬉しかった。だからつい、笑ったんだ。おまえは、オレの過去に焼き餅を焼いてくれたんだろう?」
僕は返答せずに、大矢さんをただ見ていた。大矢さんは、口元に笑みを浮かべて、
「おまえに心配されるような過去、オレにはないよ。オレは、芸能事務所の社長だから、うちのタレントになってくれる子がいないかな、と思って可愛い男の子……男の子だけじゃないけどな。そういう子たちを探しているだけだ。谷の言い方がおかしいんだ」
「違ったんですか」
僕は、ハーっと息を吐き出した。憂いが消えて、しばらく食事に集中していたが、また質問をしたくなってしまった。僕は、箸を置くと、
「あの、大矢さん。谷さんが言ってたんですけど……『あの人さ、芸能事務所の社長さんだからね。もしかしたら君のこと、アイドルにでもしようとしてるのかな?』って。大矢さんは、僕のこと、アイドルにする気ですか?」
「え? それは、考えてなかったな。聖矢。アイドルになりたいのか?」
「違うならいいんです」
ちょっと気が抜けた。アイドルになりたいなんていう身の程知らずなこと、考えたこともない。自分がそういう仕事に就けると思うはずがない。あの僕が。
そうして自分を半ば責めていたら、夕食の味が全然わからなくなってしまった。
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