光の中へ

ヤン

文字の大きさ
上 下
26 / 33
初恋編

第6話 賛辞

しおりを挟む
 かよ子は、静流しずるの言葉の意味をどこまで理解したのか、静流と恭一きょういちを交互に見ると、

「私と静流は付き合ってないわよ。だって、女の子同士だし。あ。そうか。女の子が女の子を好きになる場合もあるわよね。えっと、でも、私は静流と親友だけど、恋人じゃないわよ」

 静流が小さく溜息をついたのがわかった。恭一は、納得した。静流がかよ子のことを、全然わかってない、と言った意味がよくわかった。その、女の子を好きになる女の子が、この隣の人なのに。

 、と心の中で言ってから、唐突に気が付いた。

「あ。あの、しずるさん。失礼なこと訊きますけど…」

 静流が恭一を見た。が、その一瞬後、静流が口許を押さえて、笑い出した。

「気にするな。よくある間違いだから。大抵初対面ではそう思われるんだ。おまえが思った通りだよ。確認させるわけにもいかないけど、私は女なんだ。女子高に通う男子はいないだろう。あの学校は、最近まで女子高だったんだよ。今は共学になったけど。
 ずっとかよと演劇やってて、私が男役をやって、かよが娘役。そのせいだけじゃなくて、元々の性格もあるけど、誤解されやすいんだよ。おまえだけじゃないから、気にしなくていい」

 言われた意味を理解して、恭一は頭を下げた。そして、

「すみませんでした」

 やや大きな声で言った。そして、それを聞きつけたのか、さいがこちらにやってきた。二人の女性にお辞儀をすると、

「キョウちゃんが、何かやらかしましたか? すみませんでした。お詫びに、これを」

 テーブルに何かを置いて、自分の席に戻って行った。置かれた物は、次のライヴのチケットだった。そして、この日はアスピリンにとって、大事な日だ。

「へー。すごいじゃん。そこで、ワンマンライヴやるんだ。ま、最近アスピリン、来てるもんな。きっとおまえたち、プロになる。私はそう思ってるんだ」
「プロ…」

 もちろん、そこを目指して頑張ってきた。が、同じようにバンドをやっている人からそう言われると、現実味を帯びてくる。その気持ちが伝わってしまったのか、静流は口許だけで笑うと、

「ま、わかるけど。でもさ、本当にそう思うから言うんだ。私は、こういう時に嘘は言わない。お世辞なんて言える柄じゃない。だから、本当の気持ちで言ってる。
 さっき、ミハラの名前出したけど。ま、あいつはあいつで、良いとこもあるんだけどさ。何か、すごいパワフルじゃん。
 だけど、勝手に思ってるんだけど、津久見つくみの曲は、おまえの方が上手く表現できてると思うよ。津久見のやりたいことが、結局『』なんだよ。わかりにくいか?」
「わかります……」

 ちょっと泣きそうになった。最高の賛辞だ、と思った。

「そう言えば、名乗ってなかったね。私は、一ノ瀬いちのせ静流しずるっていうんだ」

 芸名のような響き。

「素敵な名前なんですね」
「そりゃ、どうも。さ、食べちゃおう。すっっかり冷めちゃったけどな」
「はい」

 食べ物は冷めていても、心は温かかった。
しおりを挟む

処理中です...