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出会い編
第10話 優しさ
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練習は終わった。恭一は、かなり落ち込んでいた。
(どうして、ただ歌うだけなのに、思うようにいかないんだろう)
そんな思いが頭の中をぐるぐるしていた。
階段を上がりきった所で、高矢が、「じゃあ、またな」と手を振って歩き出した。創も同様に手を振って去って行った。
「あの二人は、これからバイトに行くんだ」
「津久見さんは?」
「キョウちゃん。オレのこと、サイちゃんって呼びなよ。いつまで『津久見さん』なんて呼んでるんだよ?」
恭一は俯いて、「いや、でも……」と、歯切れの悪い返事をした。
が、津久見は気にした様子もなく、「ねえ、キョウちゃん。お茶でも飲まない?」と話題を転換してきた。恭一は首を振り、
「いえ。あの、すぐに帰らないと」
「そんなに急いで帰って、家で何するの?」
「家事」
「家事……。そうか。君、偉いね」
心底感心したように言った。
「あの……うちは母と二人暮らしなので、助け合わないといけないんです。というか、僕がそうしたくてしてるんですけど。でも、そうすると母が喜んでくれるので」
そこまで言って、恭一はハッとして、
「そうだ。津……サイちゃん。母が、サイちゃんの名字を聞いて驚いていたんですけど、母のことなんか知らないですよね」
「うん。知らない」
「そうですよね」
「それより、お茶飲みに行こう」
恭一の返事を待たずに歩き出した。そうされて、ついて行かざるを得なくなる恭一だった。
店に入って注文を終えると、恭一は先程までの落ち込みが復活してしまった。津久見が、恭一の顔を覗き込むようにして見てくる。
「キョウちゃん。どうした? 元気ない」
これで元気があったら嘘だ、と思ったが言わなかった。
「あの……サイちゃん。僕は……」
核心に行く前にウエイトレスが注文した品を持ってきた。津久見は微笑して、
「さ、飲みなよ」
促されてカップに口をつけ、一口飲んだ。が、味がよくわからない。知らないうちに涙が流れ出ていた。
「キョウちゃん。泣くことないさ」
「だって、全然思うようにいかなくて、迷惑かけて……」
思わず本音を言ってしまった。津久見は頬杖をついた姿勢で片手を伸ばすと、頭を撫でてくれた。子供扱いされていると思いながらも、何故かほっとしていた。
「オレたちは、もう何年も一緒にやってきたんだ。お互いの呼吸とか、わかってる。だからできる。でも、キョウちゃんは、今日が初めてなんだよ。声が出なくて当たり前だし、急に納得できる歌なんか歌えるはずがない。オレだってさ、今はベース弾けてるけど、楽器を初めて持ったその日から弾けたわけじゃないんだよ。誰だってそうさ。だから、気にし過ぎない方がいい。君はいい声を持ってる。表現しようって気持ちもすごく伝わってきた。だから、君を切る気は全くない。オレの見立ては間違ってない」
話している間中ずっと、恭一の頭を撫でてくれていた。恭一は、徐々に落ち着きを取り戻していった。
紅茶を一口飲んでから津久見は、
「そうだ。さっきお母さんのこと言ってたよね。お母さん、親父の会社の人なのかな」
恭一が母の勤務先の名称を伝えたが、「違うか……」と言われた。
「驚いていたっていうのが、何となく気になって。親父に訊いてみようかな」
それでその話は終わった。店を出て別れる時、津久見に見つめられた。恭一は頷いて見せ、
「サイちゃん。僕、頑張ってみます」
全然自信はないが、逃げたくないという気持ちが溢れていた。津久見は、ふっと笑って、
「そう言ってくれると思った。ありがとう、キョウちゃん」
肩をポンポンと叩く津久見を見つめ返していた。
(どうして、ただ歌うだけなのに、思うようにいかないんだろう)
そんな思いが頭の中をぐるぐるしていた。
階段を上がりきった所で、高矢が、「じゃあ、またな」と手を振って歩き出した。創も同様に手を振って去って行った。
「あの二人は、これからバイトに行くんだ」
「津久見さんは?」
「キョウちゃん。オレのこと、サイちゃんって呼びなよ。いつまで『津久見さん』なんて呼んでるんだよ?」
恭一は俯いて、「いや、でも……」と、歯切れの悪い返事をした。
が、津久見は気にした様子もなく、「ねえ、キョウちゃん。お茶でも飲まない?」と話題を転換してきた。恭一は首を振り、
「いえ。あの、すぐに帰らないと」
「そんなに急いで帰って、家で何するの?」
「家事」
「家事……。そうか。君、偉いね」
心底感心したように言った。
「あの……うちは母と二人暮らしなので、助け合わないといけないんです。というか、僕がそうしたくてしてるんですけど。でも、そうすると母が喜んでくれるので」
そこまで言って、恭一はハッとして、
「そうだ。津……サイちゃん。母が、サイちゃんの名字を聞いて驚いていたんですけど、母のことなんか知らないですよね」
「うん。知らない」
「そうですよね」
「それより、お茶飲みに行こう」
恭一の返事を待たずに歩き出した。そうされて、ついて行かざるを得なくなる恭一だった。
店に入って注文を終えると、恭一は先程までの落ち込みが復活してしまった。津久見が、恭一の顔を覗き込むようにして見てくる。
「キョウちゃん。どうした? 元気ない」
これで元気があったら嘘だ、と思ったが言わなかった。
「あの……サイちゃん。僕は……」
核心に行く前にウエイトレスが注文した品を持ってきた。津久見は微笑して、
「さ、飲みなよ」
促されてカップに口をつけ、一口飲んだ。が、味がよくわからない。知らないうちに涙が流れ出ていた。
「キョウちゃん。泣くことないさ」
「だって、全然思うようにいかなくて、迷惑かけて……」
思わず本音を言ってしまった。津久見は頬杖をついた姿勢で片手を伸ばすと、頭を撫でてくれた。子供扱いされていると思いながらも、何故かほっとしていた。
「オレたちは、もう何年も一緒にやってきたんだ。お互いの呼吸とか、わかってる。だからできる。でも、キョウちゃんは、今日が初めてなんだよ。声が出なくて当たり前だし、急に納得できる歌なんか歌えるはずがない。オレだってさ、今はベース弾けてるけど、楽器を初めて持ったその日から弾けたわけじゃないんだよ。誰だってそうさ。だから、気にし過ぎない方がいい。君はいい声を持ってる。表現しようって気持ちもすごく伝わってきた。だから、君を切る気は全くない。オレの見立ては間違ってない」
話している間中ずっと、恭一の頭を撫でてくれていた。恭一は、徐々に落ち着きを取り戻していった。
紅茶を一口飲んでから津久見は、
「そうだ。さっきお母さんのこと言ってたよね。お母さん、親父の会社の人なのかな」
恭一が母の勤務先の名称を伝えたが、「違うか……」と言われた。
「驚いていたっていうのが、何となく気になって。親父に訊いてみようかな」
それでその話は終わった。店を出て別れる時、津久見に見つめられた。恭一は頷いて見せ、
「サイちゃん。僕、頑張ってみます」
全然自信はないが、逃げたくないという気持ちが溢れていた。津久見は、ふっと笑って、
「そう言ってくれると思った。ありがとう、キョウちゃん」
肩をポンポンと叩く津久見を見つめ返していた。
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