運命の人

ヤン

文字の大きさ
上 下
7 / 18

第7話 母

しおりを挟む
 少し落ち着いてから、大矢おおや聖矢せいやを寝室に連れて行った。

「ここで寝ていいから」

 ベッドはもちろん一台しかない。聖矢は大矢を見て、

「大矢さんは?」
「オレは、ソファで眠る」
「ダメです。僕が、ソファに行きます」
「いいから」

 聖矢がベッドに入ると、大矢は彼の頭を撫でた。もう、触られても嫌がる様子は見られない。

「おまえが寝付くまで、手、握ってるから。安心して眠りなさい」
「僕、寝つきが悪いですよ。ずっと眠れないかもしれません」
「それならそれでいいさ。どうせ、明日は会社を休むつもりだから。気にしなくていい」

 聖矢は、体を横たえた。大矢は、彼の右手を握った。

「こうしてるから。大丈夫だからな」
「大矢さん。どうして優しくしてくれるんですか?」

 聖矢の問いに、大矢は首を傾げて、

「何でかな。わからない。でも、しないでいられないんだ。そうだな。自己満足、とでも言えばいいのかな。ま、いいじゃないか。目を閉じなさい」

 言われるままに、聖矢は目を閉じた。そして、言った。

「大矢さんの手、あったかいです」

 クーラーが効いているとはいえ、夏だ。あったかい、は、不快ということだろうか。
 大矢が戸惑っていると、聖矢は、

「何だか、安心します」

 そう言って、すぐに付け足すように、「おやすみなさい」と言った。


しょうちゃん。湘ちゃん」

 どこからか、声が聞こえる。あれは、母の声だ。随分前に家を出て行って、それ以来会っていない。今は、どこで何をしているのだろう。

「湘ちゃん。湘ちゃん」

 周りを見回すが、どこにいるのかわからない。胸がざわついた。

「湘ちゃん。ここにいるわよ」

 母の声がすぐそばで聞こえて、その方に目をやると、母はすぐ隣に立っていた。さっきはそこにいなかったのに、と驚き、目を見開いた。

「母さん。久し振りだね。何年振りかな」

 母は微笑み、

「二十五年かしら。湘ちゃんが、十歳の頃だから」
「もう、そんなに経つのか。早いな」

 大矢も微笑んだ。が、母は急に顔を曇らせ、

「あの時は、ごめんね。でも、お母さん、ああするしかなかったの」
「親父が、会社人間だから、仕方なかったんだよな」

 同意を示したものの、そのそばから、何か押さえられない感情が沸き上がってきた。大矢は、気が付くと泣いていた。

「母さんはそれでいいかもしれないけど、オレは……。自分だけ良ければいいのかよ」

 言いたくないのに、後から後から母を詰る言葉が溢れ出てしまう。母は、大矢とともに涙を流しながら、「ごめんね。ごめんね」と、何度も言った。

 大矢は、それでも彼女にきつい言葉をぶつけていた。すると、彼女は大矢を強く抱きしめて、

「ごめんね、湘ちゃん」

 小さい子にするように、頭を撫でながら、繰り返し謝罪した後、

「湘ちゃん。大好きだからね」

 抱き締められた温かさと大好きという言葉に、大矢は、傷ついた心が少しずつ癒されていくのを感じていた。


「大矢さん、大矢さん」

 聖矢に呼ばれて、大矢は、自分が眠っていたことに気が付いた。大矢は、夢の中と同じように泣いていた。頬が涙で濡れている。慌てて手の甲で拭うと、笑顔を作り、

「ごめん。眠ってたな。ソファに行こうと思ってたのに」

 窓から日が差し込んでいる。時計は、七時を指していた。

「大矢さん、あの……」

 きっと、涙に気が付いたのに違いない、と大矢は思ったが、

「聖矢。朝ごはんにしよう。悪いけど、朝はいつも、トーストと牛乳とハムエッグだからな」

 わざと明るい口調で言った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ずっと、一緒に

ヤン
BL
音楽大学に通う吉隅ワタル。バイオリン科の油利木和寿の伴奏をするようになって一年。彼と演奏することで、音楽することの楽しさをより実感していた。と同時に、彼の存在が気になって仕方なくなる。が、彼にはワタルと同じピアノ科に彼女がいて…。

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

電車で始まる恋

切島すえ彦
BL

大矢さんと僕

ヤン
BL
それまでの全てが嫌になって家出をしてきた「僕」は、大矢湘太郎という男性と出会い、一緒に暮らすことになった。心に深い傷を負っている「僕」が、大矢や周りの人たちと接していく内に、少しずつ癒されていく物語です。 ※拙作『運命の人』の裏表の作品になります。

愛おしいほど狂う愛

ゆうな
BL
ある二人が愛し合うお話。

寡黙な剣道部の幼馴染

Gemini
BL
【完結】恩師の訃報に八年ぶりに帰郷した智(さとし)は幼馴染の有馬(ありま)と再会する。相変わらず寡黙て静かな有馬が智の勤める大学の学生だと知り、だんだんとその距離は縮まっていき……

処理中です...