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1、深夜のお客様
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深夜のマグノリア亭は薄暗く、静かだった。
お店の一階は広い酒場になっていて、カウンター席と複数のテーブルが並ぶ。奥には演劇や音楽を楽しめる、小さな舞台があった。建物の二階と三階は宿になっていて、長旅で疲れた旅人が眠るための客室があった。
先程までは賑やかだった酒場も、飲み客は全員が帰ってしまっていた。今や、広いホールに人影は一つしかない。
10代中頃に見える小柄な少女だった。 淡い黄色の長髪に、白色の肌をしている。カウンター席に座って、ぼんやりと頬杖をついていた。
そこへ、入り口の扉が開く、軋んだ小さな音がした。
少女がそちらに顔を向ける。すると、一人の男性が酒場の中に入ってきた。
暗い緑色の髪を後ろで束ねた、壮年の男だった。動きやすそうな格好で、肩をなでらせている。僅かに赤らんだ頬は骨ばっていて、どこか陰のある印象を見た者に与えていた。
彼は酒場を見渡して、最後に少女に目を向けた。
「もう閉店かな……?」
少女が応対する。
「ええ。でも、ラストオーダーでしたら受け付けます。一杯程度なら」
どこか安心したように男は口元を緩め、歩みを進めた。すでに別のお店でお酒を入れてきたらしい顔色だったが、足取りはしっかりしている。
少女は座っていた席から立ち、カウンターの中に入って準備を始めた。ずらりと横に並んだ椅子の、左端から2番目の席に座った男に訊ねる。
「ご注文は何にしますか?」
「麦酒を頼む」
それを受けて少女が、用意した木製のジョッキに樽から麦酒を注いだ。
やわらかく白い泡の出来た黄色いそのお酒を男性の前に置く。
「どうぞ」
「ありがとう」
受け取った男性が、ジョッキを口に運んだ。
この国ではあまり見かけない、彼の黄色みのある肌色や顔立ちを眺めた少女が言う。
「旅人さんですか」
「ああ」
「どちらの国から?」
男は自嘲のような笑みを浮かべた。
「名前を言ってもピンとこないような、遠い国だよ。ここからずっと西にある」
「そんなに遠くから」
「ああ。そこから各国を転々と、あてもなく放浪の旅さ」
「どうして故郷を離れたのです?」
男は麦酒を口に含み、苦い表情になった。
「あまり愉快な話じゃないぞ」
「構いません」
少女は淡く笑んだ。
「こういうお店をしていると、いろんな旅人さんがいらっしゃいます。そういう方々から、外のお話を聴くのが好きなんです。私」
「……まあ、これを飲んでいる間だけならいいだろう。話そうか」
そう言って男は、また一口お酒を飲み進めた。
ジョッキにはまだ、半分ほどが残っていた。
お店の一階は広い酒場になっていて、カウンター席と複数のテーブルが並ぶ。奥には演劇や音楽を楽しめる、小さな舞台があった。建物の二階と三階は宿になっていて、長旅で疲れた旅人が眠るための客室があった。
先程までは賑やかだった酒場も、飲み客は全員が帰ってしまっていた。今や、広いホールに人影は一つしかない。
10代中頃に見える小柄な少女だった。 淡い黄色の長髪に、白色の肌をしている。カウンター席に座って、ぼんやりと頬杖をついていた。
そこへ、入り口の扉が開く、軋んだ小さな音がした。
少女がそちらに顔を向ける。すると、一人の男性が酒場の中に入ってきた。
暗い緑色の髪を後ろで束ねた、壮年の男だった。動きやすそうな格好で、肩をなでらせている。僅かに赤らんだ頬は骨ばっていて、どこか陰のある印象を見た者に与えていた。
彼は酒場を見渡して、最後に少女に目を向けた。
「もう閉店かな……?」
少女が応対する。
「ええ。でも、ラストオーダーでしたら受け付けます。一杯程度なら」
どこか安心したように男は口元を緩め、歩みを進めた。すでに別のお店でお酒を入れてきたらしい顔色だったが、足取りはしっかりしている。
少女は座っていた席から立ち、カウンターの中に入って準備を始めた。ずらりと横に並んだ椅子の、左端から2番目の席に座った男に訊ねる。
「ご注文は何にしますか?」
「麦酒を頼む」
それを受けて少女が、用意した木製のジョッキに樽から麦酒を注いだ。
やわらかく白い泡の出来た黄色いそのお酒を男性の前に置く。
「どうぞ」
「ありがとう」
受け取った男性が、ジョッキを口に運んだ。
この国ではあまり見かけない、彼の黄色みのある肌色や顔立ちを眺めた少女が言う。
「旅人さんですか」
「ああ」
「どちらの国から?」
男は自嘲のような笑みを浮かべた。
「名前を言ってもピンとこないような、遠い国だよ。ここからずっと西にある」
「そんなに遠くから」
「ああ。そこから各国を転々と、あてもなく放浪の旅さ」
「どうして故郷を離れたのです?」
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「あまり愉快な話じゃないぞ」
「構いません」
少女は淡く笑んだ。
「こういうお店をしていると、いろんな旅人さんがいらっしゃいます。そういう方々から、外のお話を聴くのが好きなんです。私」
「……まあ、これを飲んでいる間だけならいいだろう。話そうか」
そう言って男は、また一口お酒を飲み進めた。
ジョッキにはまだ、半分ほどが残っていた。
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