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真 実

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「うそつき!」
 カーロは涙を流しながらレグルス……フミトをなじった。

「よくも僕たちをだましたな! 僕は見たんだ。お前が……。お前がベスキオ様の角を折ったのを!」

 ベスキオの角を? 確かに、あの時カーロは『獅子のチェロクス』にやられたと訴えていた。
 今のフミトの姿をチェロクスと見間違えても無理はない。

 だが、フミトはそのことを一言も口にしなかった。
「黙っていたことは謝る。すまない」
 フミトは真摯な口調で謝罪を口にする。「だが、それには」
「うるさい! お前の言うことなんか知るもんか!」

 カーロは聞く耳を持たない。数十人ものチェロクスの兵士を圧倒したフミトが困惑している。
「なんだ、仲間割れか。あのファーリのガキ……そうか!」

 はた、とテツヤが何かに気づいた。目に残虐な輝きを取り戻すと、フミトの腕を振り払い、大きく跳躍した。巨体に似合わぬ身軽さでカーロ……の頭上を飛び越し、着地地点の近くにいたホーネンを背後から締め上げる。

「貴様!」
「おっと、動くなよ! 動いたらこいつの首をへし折るぜ!」

 飛びかかろうとしたフミトとサリアナに見せつけるように、テツヤの腕がホーネンの首に食い込む。

「た、たすけて……」ホーネンは苦しげに呻きながら腕を伸ばす。集落でも長老格だが、多々高いには不向きな男だ。
「人質とはどこまでも卑劣な男だ」
 サリアナは吐き捨てるように言った。
「だが、それで逃げ切れると思っているのか?」

 チェロクスとの戦いを見る限り、変身したフミトの俊敏さはテツヤを上回っている。もしホーネンを盾にして戦ったところでかえって邪魔になるだけだ。もしその間にギンジが襲ってくるならば不利は避けられないが、どういうわけか未だ動く様子はなかった。それどころか、もし逃走を図ればギンジは容赦なくテツヤを殺すだろう。

 奇妙な話だが、サリアナはそう確信していた。あのギンジという男は身内の恥を許さない。そんな雰囲気をまとっている。

「思っちゃいねえさ」
 追い詰められての狂乱かと思っていたが、意外にもテツヤの声は落ち着いていた。
「こいつは……こうするのさ」

 テツヤがホーマンに顔を近づける。そのまま顔を食いちぎるかと思い身構えたが、耳元で囁いただけだった。すると次の瞬間、ホーマンが頷きながら唇を動かした。その唇の動きはサリアナも良く知っていた。
 まさか、と嫌な予感が背筋を駆け抜けた途端、苦しげな呻き声が聞こえた。

 言葉にならぬ声を発しながら喉を押さえ苦しんでいるのはフミトだった。

 勝ち誇ったテツヤの哄笑が夜闇に沈む集落を駆け抜けていく。

「思った通りだぜ。こっちとらファーリのことは調べ尽くしてあるのよ。テメエがしてた首輪、それ尋問用のやつだろ。いくらスーツが丈夫でもその下から直接絞められたらたまんねえよなあ!」

 仮面で覆われ表情こそ見えないものの、膝を折り、かきむしるように喉元を抑えているその姿に彼の苦悶がサリアナには容易に想像出来た。

 まずい。いかに強靱な肉体を持っていても呼吸が出来なければ死ぬ。それに、あの首輪は『』でもある。全力ならば首そのものを引きちぎることだって出来るのだ。
「ざまあ、ねえなオイ!」

 テツヤが勝ち誇った顔で文人を蹴り飛ばす。かろうじて片腕で防いだものの勢いを殺しきれずに地面を転げ回る。

「オラ、どうした! ちょうしくれてんじゃねえぞジジイ!」
 地に伏せたフミトを何度も踏みつける。金色の鎧といえど、何度もダメージを受け続ければいつか限界が来るだろう。いや、その前にフミトの首が絞まるのが先か。

「やめろ。ホーネン、詠唱を止めろ!」
 首輪さえ止まれば勝機はある。だが、ホーネンの唇は動き続けている。その首にはいまだ大猿の腕が掛かっている。

「やめろと言っているだろう!」
 何度呼びかけてもホーネンは詠唱を止めようとしなかった。恐怖で声が届いていないのか。

 どうする? このままではフミトの命に関わる。あの男を死なせるわけにはいかない。いざとなれば、ホーネンの命を奪ってでも……。




 這いつくばりながら大猿のチェロクスに踏みつけられるフミトの姿を、カーロは冷ややかに見つめていた。
 いい気味だ。

 ベスキオ様の角を奪った神罰が下ったんだ。あいつもやっぱり、欲深いノーマの仲間だ。僕達に近付いてきたのも、神獣の角が目当てだったんだ。

 オリ・ペッカ様を連れて来ようとしたのも、イ・ディドプス様を連れてきたのも角を手に入れるためだ。

 チェロクスを追い払ったら隙を見て角を奪うつもりだったんだ。
 僕たちに優しくしてきたのも全部全部ウソだったんだ。ちくしょう。

「あんな奴……あのままやられちゃえばいいんだ」
「違うの、お兄ちゃん!」

 ティニが泣きそうな顔で服の袖を引っ張ってきた。
「何も違うもんか」カーロはうざったくなってその手を振り払う。

「僕は見たんだ。絶対にアイツだ。フミトだ。その証拠にアイツは否定しなかったじゃないか」
「だから違うの、お兄ちゃん」
 ティニがかぶりを振った。

「フミトが角を取ったのは……わたしのせいなの!」
 カーロは耳を疑った。

「何を言っているんだ、あれは」
「あの夜わたしが大ケガをして……死にそうになっていたのをフミトが助けてくれたの! その、ベスキオ様の角で……」

 カーロの脳裏にあの夜のことが鮮明に浮かび上がる。背中の辺りに大きな穴が空いていたのに、ティニの体には傷一つ無かった。

 もしかして、それをフミトが見つけて……。チェロクスたちと出会う前に、神獣の角がどんなケガでも治すと言ったから。

「ウソだ」カーロは首を振った。「お前は騙されているんだ! 気絶したお前を見つけてそれで」
「ウソじゃないよ、ほら」
 人形の中から取りだしたのは、小さな白い角だった。儀式の時に何度も見た、あの角だ。

「だったら、どうしてフミトは隠していたんだ? 言えば良かったじゃないか」
 理由はわかったけれど納得は出来ない。ここで認めてしまったら負けたようで悔しかった。

「それは、その」ティニはうつむいた。口の中で何かを噛んで含めるように言い淀んでいたが、一瞬フミトをちらりと見ると意を決したように顔を上げた。

「私にケガをさせたのは……ベスキオ様なの」

 カーロは頭が真っ白になった。
「お前、何を言って……」
「違うのお兄ちゃん」

 ティニが更に強くしがみついてきた。
「あの時のベスキオ様。おかしくって、フミトが言うには、チェロクスたちに変なものでも食べさせられたんじゃないかって」

 変なもの? そこでカーロははっとなった。
 チェロクスと戦っていた時のベスキオ様の瞳は赤かった。いつもは金色なのに。

 もしかしてあの時のベスキオ様は正気を失っていたのか? 神獣であるベスキオ様がチェロクスたちに操られ、ファーリを傷つけたなんて知られたら、集落にとっての衝撃も計り知れない。だからフミトはひた隠しにしたのか。

「……なんだよ、それ」

 カーロの中に湧き上がったのは罪悪感でも悲しみでもなく、腹に響くような怒りだった。見抜けなかった自分への嫌悪感、何も言ってくれなかったフミトへのよそよそしさへの腹立たしさ、申し訳なさ、全てがカーロを突き動かす原動力となった。

 彼がなすべき事への。

「ゲハハハ、どうした。もうくたばったのか」

 テツヤがフミトを踏みつける。頭を踏みつけられても、うつ伏せに倒れたままぴくりともしない。必死に首を押さえていた片腕も地面にだらりとのびている。すでに反応がないにも関わらず、ホーマンの詠唱は止まる気配がない。

 サリアナは決意した。最早時間が無い。これ以上、待っていてはフミトは今度こそ死んでしまう。サリアナは短剣を構える。先程フミトとの戦いでチェロクスが落としたものだ。近付くことはかなわなくても、サリアナの腕前ならば一撃で仕留められる。

「まさか、この私がファーリよりノーマの命を優先する日が来るとはな」

 誰にも聞こえない声で自嘲する。だが、これしかない。フミトを助けないと、この場にいる全員の命がない。フミトは反対するだろうが、大勢を生かすための犠牲だ。せめて苦しまないよう、一発で決めるのがせめてもの手向けだろう。

 すまん、ボーマン。
 心の中で謝りながら短剣を構えた瞬間、わめき声が聞こえた。

「わああああああああああああっ!」

 悲鳴にも似た雄叫びを上げながらカーロがテツヤに駆け寄るといっきにその腕にしがみついた。
「この、離せ!」

 テツヤの体に足の裏を乗せてぐい、と体ごとその腕を引っ張る。ボーマンを救い出そうとしているのだろう。
「よせ、無茶だ!」

 子供の腕力程度でどうにかなる相手ではない。案の定、ボーマンの首に食い込んだ腕は毛筋ほどにも離れる気配はない。それでもカーロは止めなかった。

「おーおー、がんばるねえ。ボウズ」
 テツヤがせせら笑う。
「だが、そいつは無駄な努力だ」

「ボウズじゃない」
 引き離されまいとカーロは顔を真っ赤にしながら言った。
「僕は、ディレニとルメの子にしてファーリの戦士・カーロだ!」

 カーロは腕を放した。宙に浮いた右腕を弓のようにしならせると一気に伸ばし、ボーマンの口を塞いだ。
「もがっふがっ」

 無理矢理口を塞がれて、詠唱が止まる。
「このっ、テメエ!」

 意図に気づいたテツヤが空いた左拳で殴りかかる。まともに喰らえば命はない。カーロは手を離し、今度はテツヤの体に抱きついた。拳は空振りして、大猿の体が前のめりになる。体勢が崩れたテツヤが踏みとどまろうとする。前に伸ばした足が地を踏む寸前、払い飛ばされ、宙に浮いた。

「お返しだ」
 それがサリアナの足払いだと気づかれた時には、テツヤの体はその場で一回転して尻餅をついていた。
 どん、と重々しい音とともに苦悶の声が上がる。

 尻を押さえながら立ち上がった時には、ボーマンとカーロは既にサリアナの側にいた。
「まったく無茶をしてくれる」

 サリアナは苦笑しながらカーロの頭を撫でた。ボーマンは緊張の糸が解けたのか、膝を曲げて座り込んでいだ。
「テメエら……ぶっ殺してやる!」

 テツヤが怒りに身を震わせながら突進しようとした時、背後から誰かがその腕を掴むのが見えた。
「そうあわてるなよ、テツヤ君」

 テツヤがぎょっと青ざめる。わずかに咳き込んだ後でフミト……アークセイバー・レグルスはそう言った。
「さて続きと行こうか」
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