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生 贄

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 腹部に感じた激痛でサリアナは目を覚ました。薄暗い闇の中に見慣れた顔が段々と形をなしていく。
「気が付いた?」

 カーロとティニが不安げにのぞき込んでいる。
「ここは……?」

「わかんない」
「多分、チェロクスのアジトだと思う」
 ティニの代わりにカーロが答えた。

 どうやら岩の洞窟のようだ。目の前には鉄の格子が岩に嵌められている。天然の岩穴を牢屋に利用しているのだろう。サリアナは体を起こそうとして違和感を感じた。見れば、腕には後ろ手に手鎖が嵌められている。カーロとティニには何も付けられてはいないが、これでは二人を連れて脱出するのは無理だろう。

 牢の前にはネズミ頭のチェロクスが見張っている。煌々と燃えるたいまつの明かりでかろうじて互いの顔も判別がつく。

「よう」
 振り向くと、格子の向こう側に太ったノーマが立っていた。顔の前に丸い玻璃の飾りを付け、頬は詰め物をしたように膨らみ、蓄えた腹の贅肉は睾丸の辺りまで垂れ下がっていた。

 見覚えのないノーマだが、声には聞き覚えがあった。
「貴様、さっきの大猿か?」
「ピンポーン」

 またも奇妙な返事をした。チェロクスなど腹立たしい連中だが、中でもコイツは格別苛つかせてくれる。桁外れの腕力とは裏腹に戦士としての覚悟も誇りも矜持も持ち合わせてはいない。幼稚な子供がそのまま図体を大きくなったような男だ。

「俺、テツヤ。よろしく、ちゃん」
「サリアナだ」サリアナは顔をしかめた。テツヤの言葉には嘲るような響きがあった。意味はわからないが、どうせまた下劣な侮辱なのだろう。

「どこの部族かは知らないが、貴様のような男がいるのだ。始祖はさぞおぞましくも品性のない能無しなのだろうな」

 反撃とばかりにこちらも侮辱の言葉を投げかけたが、テツヤは何処吹く風だった。

 サリアナは眉をひそめた。チェロクスにとって部族への、特に始祖への侮辱など最大級の侮辱のはずなのに。普通なら即殺し合いになっているはずだ。やはりこいつはどこかおかしい。

 テツヤは牢の鍵を開けるとサリアナを外へ引っ張り出した。ティニとカーロも固い縄で縛られた。縄の先はテツヤが握っている。
「尋問でもするつもりか?」

 森の奥に逃げた族長たちの行方を聞き出すつもりなのだろう。
「ムダだ。私は行き先など知らないからな」
 正確な隠れ先は族長しか知らない。女子供を逃がす役目を族長にお願いした。

 そうでもしなければ、族長は自身を犠牲にしてチェロクスどもに捕まっていただろう。
「ああ、もういいんだよ。そういうの」
 テツヤは面倒臭そうに手を振った。

「お前らの役割は別にあるからな」
 洞窟を出ると、太陽が山の向こうに沈もうとしていた。捕まったのが深夜だったからどうやら半日以上も眠っていたらしい。
 森の中の洞窟から木立生い茂る道を進む。

 歩きながら振り返ると、カーロが落ち着きなくあちこち見回している。ティニもだ。
「どうした?」
 呼びかけると、カーロは悔しそうに顔を上げた。
「ここは、僕たちの集落だ」

 ティニも真剣な顔でうなずく。言われてみれば、この辺りの木立の生え具合には見覚えがある。
「今は俺たちの集落だな」
 テツヤが忌々しい声音で訂正する。

 やがて視界が開け、カーロたちの集落が目の前に広がる。
 サリアナは息をのんだ。
 予想はしていたが、やはり集落は壊滅していた。

 住処となっていたはずの洞樹ほらぎは焼き払われ、神聖樹も根元から切り倒されている。
 剥き出しの土の上には砂を撒いているようだが、そばの草むらには赤い血のこびり付いた草が風に吹かれていた。
「お兄ちゃん、あれ」

 ティニがカーロの袖を引っ張りながら聞いた。
 兄妹の視線の先には広場だった場所に置かれた奇妙な大鍋に注がれていた。
 百人は集まれるはずの広場の中心部を占領している。赤く煮えたぎったドロドロの液体が泡立っていた。

 大鍋の下ではかまどが組まれ、チェロクスたちがしきりに薪をくべていた。
 そして、鍋の周りには縛られたファーリの生き残りが座らされているのが見えた。

「お兄ちゃん、あそこにいるの! トリナだよ。ウスコもいる!」
 友達を見つけたティニが興奮した様子でカーロの袖を引っ張る。駆け出そうとしたところでテツヤの握っている縄がぴんと伸びて盛大に尻餅をついた。

「いきなり走り出したら危ないってパパとママに教わらなかったのか?」
 テツヤがゆっくりとティニに近付くと頭を撫でる。ティニは体を震わせ、仔犬のように目を潤ませる。

「ティニから離れろ!」
 カーロが割って入る。

「おーこわ」テツヤは大げさに身震いして見せた。
「そう、慌てなくてもいいだろ。どうせ、帰る場所なんてねえんだからよ。ほら」

 テツヤが指さしたのは大鍋の下、かまどの部分だ。チェロクスたちが絶えることなく薪をくべている。
 サリアナは気づいた。薪に使われているのは、彼らの住処であった洞樹ほらぎだ。

「薪にだけは不自由しねえよな、ここはよ」
 テツヤは悪びれもせずに言った。

「この外道が」サリアナが吐き捨ててもテツヤは平然としている。
「褒め言葉と受け取っておくぜ、エロフちゃん」

 大鍋の側に来た。かまどの熱が頬を刺激する。近くまで来ると見上げるほど大きい。二フート(約三・二メートル)はあるだろう。大鍋の縁には木製の階段が据え付けてある。
 テツヤはサリアナの背中を押して階段を登らせ、大鍋の縁に立たせる。

 むせかえるような熱気がサリアナの顔を包んだ。見下ろすと、大鍋の中は鉄を溶かしたかのような粘りと灼熱が渦巻いていた。反対側では熊のチェロクスが巨大な木べらでかき混ぜている。もうもうと立ち上る熱い空気にサリアナは顔をしかめた。異臭がした。

 テツヤは階段を登り、サリアナの背後に立った。階段下のチェロクスからウサギを受け取る。まだ生きていた。テツヤに耳を掴まれ、苦しいのか打ち上げられた魚のように必死にもがいている。

「何をするつもりだ?」
「簡単だよ」

 テツヤはウサギを大鍋の中に放り投げた。短い悲鳴を上げてウサギの体は一瞬で炎に包まれ、溶岩のような液体の中に沈んでいった。

「今からお前らには、アーノルド・シュワルツェネッガーになってもらう」
 そう言いながら親指を高々と掲げた。



「こいつはいわゆる溶鉱炉でな。お前たちをどろどろに溶かして魔力エネルギーに変換するんだってよ」
 サリアナは理解した。
「これがお前たちの食事というわけか」

 最期はバケモノのエサか。戦士である以上、死に場所は選べないと思っていたが、まさかバケモノの腹の中とは。

「半分正解で、半分外れってところだな」
 テツヤはぐい、と肩を掴む。

「こいつをたらふく食うのは、俺たちじゃない。【総督】だ」
「……そいつが貴様らの親玉か?」

「うんにゃ。正確に言えばこれから、そうなるらしい」

 らしい、という物言いにサリアナは訝しむ。テツヤの言葉を信じるなら、こいつらは親玉に会った事すらないようだ。だが、正体もわからない相手に従うような殊勝な輩には見えない。

「正直に言うと、俺たちはまだ、そいつの顔すら拝んじゃいねえ。けど、魔王とか魔神とかそういう類の奴だろうさ。よみがえっただけで地球滅んでしまう系の」

 べらべらと口の回る男だ。親切心ではないだろう。これから死に行くサリアナだからこそ、日頃から抱えている秘密を安心して喋れるのかもしれない。

「あとは【総督】の器となる『神鉄鋼オリハルコン』さえありゃあ完璧らしいが、そっちはもう手は打ってあるらしいからな。だから俺たちの役目は大きく分けて二つ。【総督】の復活と、元の世界への【帰還】だ。で、今やっているのが復活の方。【総督】ってのを蘇らせるにはすんげえエネルギーがいるらしくてな。神聖樹でもぶちこまねえと生み出せねえんだと」

 それで、あちこちの集落を襲い、ファーリを殺し、偉大な神聖樹を切り倒したというのか。このおぞましく煮えたぎった鍋に神聖樹を溶かしたのか。

「罰当たりどもめ」
 やはりテツヤはどこ吹く風だった。

「けど、ほかにも必要な条件があってな。それがファーリの命が必要だって話なんだが、どうもうまくいかなくってな。何人ぶち込んでも【総督】とやらは復活する気配がねえ。どうも特別なファーリの力が必要みたいなんだが、それが何なのかは全然わかんねえんだよ」

 サリアナの脳裏に族長の姿が浮かんだ。族長こそファーリの上位種族とも言うべき『ロードファーリ』だ。もし、こいつらのという【総督】とやらの復活に族長が必要なのだとしたら。絶対に守らねばならない。

「それでだ、見たところお前も結構特別っぽいよな。肌の色とか。もしかして、お前を入れたらどうにかなるんじゃないのかって思ったんだが」

「ならば好きにするといい」サリアナは毅然として言った。
「【総督】とやらが復活するかどうかはわからないが、今更死など恐れない。喜んで始祖の元に魂を返そう」

 自分の命で族長たちが助かるなら安いものだ。
「ダメだよ、サリアナ」
「ダメ!」

 階段の下ではカーロとティニが縛られたままもがいている。だが今は猪のチェロクスに掴まれて近付くことすら出来ないようだ。

「さっさとしろ」
「そう慌てんなよ。こっちにも色々事情ってもんが……」
 テツヤのつぶやきは尾を引くような雄叫びによって遮られた。

 サリアナは目を疑った。額から長い角の生えた獣が、巨大な爪を振り上げ、天に向かって吠えていた。まさか、あれは……。

「あいつは、この前の神獣か? まさか、こいつらを助けに来たのか」
 テツヤがせせら笑う。

「おもしれえ、あいつも大鍋にぶち込めば復活も早まるかも知れねえな。おい、お前ら、あいつを捕まえろ!」

 テツヤの指示でチェロクスが駆けていく。猪や蛇や山羊の頭を持った者たちは思い思いに声を上げながら神獣へと殺到し、剣や槍を突き立てる。
 固い音がした。

 ノーマの職人に作らせたであろう武器も分厚いに阻まれ、傷一つ付いていない。太い腕も足も球のように丸まった甲羅の中に引っ込んでチェロクスどもの武器を、爪や牙を、拳や蹴りを、全て防いでいる。

 チェロクスが攻めあぐねていると、神獣が動いた。丸まった体を動かし、距離を取ると体がぴんと伸びる。鎧を纏ったような甲殻の下から巨大な爪が伸びてチェロクスたちを屠っていく。その勇姿はフミトが言うには『あるまじろ』なる動物に似ているという。

「イ・ディドプス様だ! 生きていたんだ!」
 かつて神聖樹を護っていたイ・ディドプスはカーロとティニの前で高らかに吠えた。
「ちっ、おいお前らも行ってこい」

 形勢不利と悟ったか、テツヤの命令でチェロクスたちが援護に向かう。
 それと見てイ・ディドプスは背を丸め、逃走を始める。

「逃げるな!」
「今度こそそのはらわたを引きずり出してやる!」

 チャロクスたちが勢いを増して追いかける。イ・ディドプスに続いて森の中へと消えていく。
 その背中を見送りながらテツヤがしまった、と舌打ちする。
「こいつは罠だ。おい、お前ら。人質を……」

 残った兵士に呼びかけた途端、縛られ、座らされていたファーリたちが次々と消えていく。いや、消えたのではない。地面に出来た穴に吸い込まれていくのだ。
「オリ・ペッカ様だ!」
 カーロが嬉しそうに叫んだ。

 大地の中に潜む神獣がファーリに救いの手を差し伸べてくださっているのだ。
「おいお前ら戻れ! 敵は地面の中だ! このままだと逃げられんぞ!」

 ここに来てテツヤの顔に動揺が走った。予想外の事態に平静さを失っているようだ。
「させっかよ!」テツヤが走り出した。一人でも阻止しようと腕を伸ばすが、滑稽なほど鈍重な動きでは間に合うはずもなく。テツヤの目の前で大鍋の反対側にいた人質の姿が全員、大地の中に消えた。
「こんの……、ゴミ共がああああっ!」

 咆哮を上げながらテツヤの姿が変わっていく。全身から黒い毛が伸び、たるんだ肉体が引き締まると同時に何倍にも筋肉が膨れ上がっている。服を引きちぎり、大猿の姿になったテツヤは大声を上げると大地に向かい、巨大な拳を杭のように打ち付けた。

 大地を揺るがす震動にサリアナはよろめきながらも踏みとどまる。
 振動が収まると、カーロたちの近くの地面が盛り上がり、土を割って巨大なモグラ……オリ・ペッカが飛び出して来た。
「なめたマネしやがって! このクソモグラが」

 テツヤは大猿の腕でオリ・ペッカを地面から完全に引きずり出すと、その横っ面を殴りつけた。
「チュチュ!」

 強烈な一撃にオリ・ペッカは目を回し、のびてしまった。やはりダメか、とサリアナは呻いた。
 オリ・ペッカの名前を与えられたとはいえ、元々ファットモールは温厚で弱い魔物だ。神聖樹の加護も消えた状態では、この結果は目に見えていた。

「ただで死ねると思うなよ」
 背中を見せるオリ・ペッカにテツヤは巨大な足で何度も踏みつける。つるつるとした肌に大猿の足形が刻まれる。

「やめろ!」カーロがテツヤの足に取り縋るがあっという間に引き剥がされて地面に転がる。
「やめるわけねえだろ! 馬鹿かテメエは」

「まったくだ」

 その声はテツヤでもサリアナでもなかった。
 薄闇にまばゆい閃光が瞬いた。急に強い光を浴びせられて、テツヤが眩しそうに目を覆った。
 その隙にオリ・ペッカは逃げだし、地面の底へと逃げていく。

「とっさにしてはうまく撮れたな。お前の馬鹿さ加減がよくわかる」
 その男は折れた神聖樹の根元に佇んでいた。

「『巨大モグラとゴリラの決闘』か。まるで怪獣映画か探検隊だな」
 光源たる怪しげな小道具……『かめら』を覗き込みながらフミトは言った。


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※すみません、次回更新は都合によりいつもより遅れます。

 朝の9時頃には更新できると思いますのでヨロシクお願い致します。
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