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番外編
クリスティーナの独白
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なんだおめえら。おらをこんな場所に連れてきてどうするつもりだ。とっとと縄ほどけ三下。
なに、話が聞きてえってか。聖女様の弱味? ばかこくでねえ! そんなもん、口が裂けたって言えるもんかい! あー、やめやめ。そんなサビだらけの刃物チラつかせたって怖くもなんともねえ。あのぼんくら騎士だって怖がらねえよ。
え、護衛の方でもいいから話せって? やんめとけえ。ぼんくらに何かあったら、聖女様が黙っちゃいねえぞ。おめえらなんぞ、あっちゅう間に墓の下だぞ。いっつもニコニコお優しい方だけんど、ぼんくらのことになるとそりゃあもう、おっかねえからよ。おら肝冷えちまって漏らすかと思っただよ。
お、なんだ? その調子で話せって? あー、イタタイタタ! こんなひやっこい地べたに座らされたせいで、すっかり腰が冷えちまっただ。イスにでも座らねえとうまくしゃべれそうにねえだよ。
お、気が利くだな。へへへ、催促したみてえで悪いな。こう見えても、村じゃ気が小さい方でよ。死んだアンジェリーナ婆ちゃんにもよく言われたでよ。
「これ、クリスティーナ。世間っちゅうのは生き馬の目を抜くくらい油断のならねえ人間であふれかえってるっちゅうのに、お前と来たら無欲というか、押しが弱いというか、とにかく、気が弱くていけねえだ。それじゃすぐに悪い奴に騙されて……」
え、それはいいから別の事? エクスの話聞かせろ? 仕方ねえだなあ。つっても話すことなんか、なあんにもありゃしねえよ。ところで、エクスって誰だ? ああ、そうそう。あの表六玉がそんな名前だったな。普段呼ばねえからすっかり忘れちまってただ。
あらもう一年以上も前になるかな。おら、そん時ウィンディ王国の王都で小さな金物屋やっていただよ。そこの店みてえなでっけえ店構えなんかじゃなくって、吹けば飛ぶような露天だよ。けんど、夏は暑いし冬は寒いし、雨は冷てえ風はホコリっぽいで、もう閉めようかと思ってな。
かといって金はねえし、今更バカ息子んところに転がり込むのも気が引けてよお。この歳で今更、嫁だ姑だってケンカすんのもアホらしいでよ。そんで口入れ屋に頼んでどっかの商売人か貴族にでも奉公に出ようかと思ったのよ。この年でも掃除洗濯くれえは何とかなるだでな。
けんど、おらみてえな年寄り雇おうって物好きはいなくて、どうしたもんかと思っていたら、あのぼんくらが口入れ屋にやってきただ。
今はもうちょい見られる顔になったけど、あの頃はとにかく貧相っちゅうか、うらぶれているっちゅうか、情けねえ顔つきしててなあ。金でも騙し取られたのかと思っただよ。
なんとはなしに話聞いていたらおら腰抜かしそうになっちまっただよ。なにせ聖女様のお世話係を雇いに来たってんだからよ。聖女様といえば長い間王都の周りに『結界』張ってお守り下さる尊いお方だ。聖女様がいなかったら、おらなんてとっくに魔物のエサになっちまっているところだ。
今度地方の慰問に出るらしくて、身の回りのお世話をする者を雇いに来たってんだからまあ、二度びっくりだで。最初は騙りかと思っただよ。
こう見えてもおらは昔っから信心深い方でよ。それが本当なら是非ともってところだ。本当ならおらみてえな婆様の出番なんぞねえだろって思ってたが、金が安いってんで、誰も名乗り出やしねえ。こんなありがたい話はねえってのに。末代までの誉れなのにもったいねえ。仕方がねえからおらが名乗り出ただ。
そしたらあのぼんくら、露骨にイヤそうな顔しやがって。腹立ったからスネ蹴っ飛ばしてやった。ところが鉄のすね当てなんて付けてやがるもんだからおらの方が足痛くなっちまって参っただよ。
あんまり痛いもんだから足押さえてうずくまっていたらぼんくらの方が声掛けて来やがった。「大丈夫か、婆さん」って。まあ、なんちゅうお人好しだろうと呆れちまった。てめえの足蹴られたのにおみ足は痛みませんかって、とんだ大たわけだ。
こんなのが騙りを働けるとは思えねえし、こんなのに聖女様の護衛を任せたらあっという間に山賊に身ぐるみ剥がされた上に山犬のクソになっちまう。こりゃあ、おらが粉骨砕身、気張るしかねえと腹くくった。
ところが出向いてみたらまた呆れちまった。さぞ豪華な馬車かと思ったら、年寄りの馬におんぼろの幌馬車が一台きり。おらが王都に来るときに使った荷馬車だってもうちょい上等だったでよ。
あとで話聞いたら、どこかのアホンダラが聖女様と婚約破棄した挙げ句に、地方慰問を命じたって、そりゃ追放みてえなもんだろうと。その顔も知らねえアホンダラをぶっ飛ばしてやろうかと思っただよ。
正直、騙されたって気持ちもあったな。うん。けれど、聖女様にお目に掛かったとたん、そんな怒りも吹き飛んじまった。ドロシー様ときたら今よりもふくよかで、動きものんびりしてて、まるで昼寝している海馬みてえだった。けんど、目はキレイだし、顔立ちも悪くねえ。のんびりしているのだって鷹揚な気質に違いねえ。
それに尊いお方を見た目で判断していたらバチが当たっちまう。
とりあえずおらと聖女様とぼんくらエクスの三人で西へ慰問の旅に出たんだ。聖女様はのんびり屋だし、ぼんくらエクスは馬車操っているからしゃべっているのはほとんどおらばっかりだったけどよ。
辺境に着いたら聖女様の独壇場だよ。山賊や海賊もおっかねえ魔物だって魔法で一発だし、ケガだって何百人もまとめて治しちまう。荒れた土地だって実らせたり日照りのところには雨を降らせる。地震も嵐も聖女様に掛かれば、そよ風みてえなもんだ。
辺境の貴族だって下にも置かないもてなしよ。中には聖女様に手を出そうってバチ当たりもいたけんど、そこはぼんくら騎士のエクスが一ひねりだでよ。見た目は貧相だけんど、腕前の方はそこそこだかんな。順風満帆ってやつだ。ところが、一向に進まねえのが二人の仲だ。
聖女様がぼんくらに気があるのはすぐにわかっただよ。なんでもアホンダラの婚約者になる前からちょくちょく声掛けたり優しくしてもらっていたんだと。おらには全くわかんねえけどな。
問題はぼんくらの方だ。端から見りゃあ聖女様に気のある素振りはしている。けど、一向に手を出す気配はねえ。何でも女房持ちらしい。色男なんか引く手数多の聖女様が、よりにもよって女房持ちのさえない中年男がいいだなんて、おらにはさっぱりわかんねえ。
そうこうしているうちにどえれらいことが起こっちまった。聖女様の代わりに作ったとかいう『新結界』が穴ぼこだらけで、魔物が入りたい放題。王都は鍋ひっくり返したみたいに大騒ぎになっちまっているらしい。
聖女様が言うには、元々欠点だらけだったんだと。まあ、バチが当たったんだな。けど、心優しい聖女様は王都の民をほっとけねえ。サーフィスなんてど田舎から王都までひとっ飛びだで。おら、たまげて目玉飛び出るかと思っちまっただ。
そんで聖女様のおかげで魔物は全滅、『新結界』も出来損ないを作った能無しを追い出して、新しく作り直した。万事めでたしめでたし……と思ったらとんでもねえ。そこからがまた騒動の始まりよ。
王様が王都を救った聖女様にって、侯爵の位と領地を下さることになった。奥ゆかしい聖女様にしては珍しいと思ったら夜におらを呼び出してこうおっしゃった。
「おばあさん、私はエクスのために侯爵になろうと思います」
生意気にも出世がしてえってぼんくらのために、お引き受けなさったんだ。
「へー、それじゃあのぼんくらと夫婦になりなさるんで」
って問い返したらそこで泣きの涙よ。
「あの方にはすでに奥様がいます。私の出る幕なんてありません」
おら、聖女様の頭抱えて泣いちまっただよ。
好いた男のために地位も名誉も全部差し出して、まあ、健気というかいたいけというか。ほんに、おらの若い頃そっくりだで。
ぼんくらにはナイショにしてくれってんで、ずーっと黙ってただ。おらの口は鉄よりも固えでよ。ところがそんな聖女様の気持ちも知らずに、あのぼんくらと来たら世界一忙しいって顔で、やれ家来を雇うだの土地の配分だのくだらねえことで頭悩ましてやがる。その半分でも聖女様のために使えばいいのによ。
とうとう叙勲式って日にも金勘定だ家来をどうするかだなんて話ばかり。ほんに肝心な時に限って役立たずだで。あんまり腹立ったんでおら言ってやっただよ。
「出世するんだから、とっとと嫁でも呼んできて、せいぜい尻でもなでるがいいだ」
そしたらあのぼんくら、事もあろうになんて言った?
「俺に嫁さんなんていないぞ」
おら聞き間違えたかと思っただよ。ようく聞いてみたら、女房はいたけれど、おらと会う前に別れたんだと。しかも聖女様にもなあんにも言わないで黙ったまんま。
おら、あんまり腹立ってぶっ殺してやろうかと杖でぶちのめしていたら、ぼんくらが逃げ出しやがって。追いかけようとしたらいきなりでっけえ音がしたんだ。手抜きの『新結界』なんぞ作って、聖女様に追い払われた連中が仕返しに乗り込んで来たんだ。
こりゃあ一大事ってんで馳せ参じようとしたけんど、通路は瓦礫で埋まっちまって、騎士や貴族は聖女様置いてとんずら。しかも相手は雲をつくような大男で、さすがの聖女様も苦戦してたところにぼんくらが駆けつけてなんとまあ八面六臂の大活躍。
「やあやあ遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ。我こそ王国の守護者エクスなるぞ」
ってんで、迫り来る悪漢どもをちぎっては投げちぎっては投げ、我が聖女様に近付く者は地獄を見せてやるってんで鎧から盾から何でも一刀両断、聖女様には指先も触らせねえ。最後にゃ大男を思い切りぶん投げて海の底へとザブンッ、と叩き込んじまった。
かくして戦いは一巻の終わり。聖女様とぼんくらの誤解とすれ違いも解けて、かくして二人は両思い。見つめ合いながらひっしと抱き合い、めでたしめでたしよ。
あ、そうそう。最後に悪党の生き残りが聖女様のお命を狙っただけどな。おらがこう、杖でパカン、とぶちのめしてやっただよ。年寄りだからってコケにするもんでねえかんな。
そうなりゃ叙勲式なんて用はねえ。地位も名誉も金も放り出して、おらたちはまた三人で世直しの旅に出た。……とまあ、ここまで語ったところでちょうど時間と相成りました。続きは次回の講釈にて……なんだって? そんな話はどうでもいい? そりゃねえだよ。ここまでおらに話させて、今更そりゃねえだ。
あん? 聖女様のお姿が変わった原因? あの奇跡はどこで手に入れた? 知るか、バカ。そんなもん、聖女様に直接聞きゃあええだろうが。は? ミレニアム皇国に行って王妃様の病を治したか? おら、なあんも知らねえなあ。なあんも見てねえだよ。
はははっ、何だそりゃ。麦刈りにしちゃへんてこな形だな。それでおらを切り刻もうってか。やめとけやめとけ。おらを誰だと思ってるだ? 聖女様の一の家来、クリスティーナだど。そんなもん使って、後悔するだぞ。笑うなら笑うがええ。すぐにあのぼんくらが乗り込んでくるだでな。年寄りを敬えないようなぼんくらだけんど、腕前だけは一人前だかんな。
……ほら、そんな感じでよ。
やーっと来ただか。どこで道草食ってただ、のろま。聖女様の胸ばっか見てっから大切なおらをさらわれるなんて大失敗をするんだぞ。反省しろ、このスカタン。とっとと、この縄ほどけ。
あ、聖女様もいらっしゃっただか。いえいえ、おらは無事だで。ちょうど、このとんまを叱りつけていたところだで。ええ、こんな不始末を二度としないようにと、そりゃあもう厳しく叱りつけていたで……。ええ、ええ、帰りましょう。いえいえ、そんな聖女様が謝る必要なんかねえだで。悪いのは全部、このぼんくらなんだからよ。
あ、新しい王様の手下? 聖女様に戻って来てもらうため? ははあ、それで。
ああ、心配なさらなくてもええ。おら、何一つ喋っちゃいねえんだから。そりゃあもう、今の今まで口を閉ざしてうんともすんとも……。
なに、話が聞きてえってか。聖女様の弱味? ばかこくでねえ! そんなもん、口が裂けたって言えるもんかい! あー、やめやめ。そんなサビだらけの刃物チラつかせたって怖くもなんともねえ。あのぼんくら騎士だって怖がらねえよ。
え、護衛の方でもいいから話せって? やんめとけえ。ぼんくらに何かあったら、聖女様が黙っちゃいねえぞ。おめえらなんぞ、あっちゅう間に墓の下だぞ。いっつもニコニコお優しい方だけんど、ぼんくらのことになるとそりゃあもう、おっかねえからよ。おら肝冷えちまって漏らすかと思っただよ。
お、なんだ? その調子で話せって? あー、イタタイタタ! こんなひやっこい地べたに座らされたせいで、すっかり腰が冷えちまっただ。イスにでも座らねえとうまくしゃべれそうにねえだよ。
お、気が利くだな。へへへ、催促したみてえで悪いな。こう見えても、村じゃ気が小さい方でよ。死んだアンジェリーナ婆ちゃんにもよく言われたでよ。
「これ、クリスティーナ。世間っちゅうのは生き馬の目を抜くくらい油断のならねえ人間であふれかえってるっちゅうのに、お前と来たら無欲というか、押しが弱いというか、とにかく、気が弱くていけねえだ。それじゃすぐに悪い奴に騙されて……」
え、それはいいから別の事? エクスの話聞かせろ? 仕方ねえだなあ。つっても話すことなんか、なあんにもありゃしねえよ。ところで、エクスって誰だ? ああ、そうそう。あの表六玉がそんな名前だったな。普段呼ばねえからすっかり忘れちまってただ。
あらもう一年以上も前になるかな。おら、そん時ウィンディ王国の王都で小さな金物屋やっていただよ。そこの店みてえなでっけえ店構えなんかじゃなくって、吹けば飛ぶような露天だよ。けんど、夏は暑いし冬は寒いし、雨は冷てえ風はホコリっぽいで、もう閉めようかと思ってな。
かといって金はねえし、今更バカ息子んところに転がり込むのも気が引けてよお。この歳で今更、嫁だ姑だってケンカすんのもアホらしいでよ。そんで口入れ屋に頼んでどっかの商売人か貴族にでも奉公に出ようかと思ったのよ。この年でも掃除洗濯くれえは何とかなるだでな。
けんど、おらみてえな年寄り雇おうって物好きはいなくて、どうしたもんかと思っていたら、あのぼんくらが口入れ屋にやってきただ。
今はもうちょい見られる顔になったけど、あの頃はとにかく貧相っちゅうか、うらぶれているっちゅうか、情けねえ顔つきしててなあ。金でも騙し取られたのかと思っただよ。
なんとはなしに話聞いていたらおら腰抜かしそうになっちまっただよ。なにせ聖女様のお世話係を雇いに来たってんだからよ。聖女様といえば長い間王都の周りに『結界』張ってお守り下さる尊いお方だ。聖女様がいなかったら、おらなんてとっくに魔物のエサになっちまっているところだ。
今度地方の慰問に出るらしくて、身の回りのお世話をする者を雇いに来たってんだからまあ、二度びっくりだで。最初は騙りかと思っただよ。
こう見えてもおらは昔っから信心深い方でよ。それが本当なら是非ともってところだ。本当ならおらみてえな婆様の出番なんぞねえだろって思ってたが、金が安いってんで、誰も名乗り出やしねえ。こんなありがたい話はねえってのに。末代までの誉れなのにもったいねえ。仕方がねえからおらが名乗り出ただ。
そしたらあのぼんくら、露骨にイヤそうな顔しやがって。腹立ったからスネ蹴っ飛ばしてやった。ところが鉄のすね当てなんて付けてやがるもんだからおらの方が足痛くなっちまって参っただよ。
あんまり痛いもんだから足押さえてうずくまっていたらぼんくらの方が声掛けて来やがった。「大丈夫か、婆さん」って。まあ、なんちゅうお人好しだろうと呆れちまった。てめえの足蹴られたのにおみ足は痛みませんかって、とんだ大たわけだ。
こんなのが騙りを働けるとは思えねえし、こんなのに聖女様の護衛を任せたらあっという間に山賊に身ぐるみ剥がされた上に山犬のクソになっちまう。こりゃあ、おらが粉骨砕身、気張るしかねえと腹くくった。
ところが出向いてみたらまた呆れちまった。さぞ豪華な馬車かと思ったら、年寄りの馬におんぼろの幌馬車が一台きり。おらが王都に来るときに使った荷馬車だってもうちょい上等だったでよ。
あとで話聞いたら、どこかのアホンダラが聖女様と婚約破棄した挙げ句に、地方慰問を命じたって、そりゃ追放みてえなもんだろうと。その顔も知らねえアホンダラをぶっ飛ばしてやろうかと思っただよ。
正直、騙されたって気持ちもあったな。うん。けれど、聖女様にお目に掛かったとたん、そんな怒りも吹き飛んじまった。ドロシー様ときたら今よりもふくよかで、動きものんびりしてて、まるで昼寝している海馬みてえだった。けんど、目はキレイだし、顔立ちも悪くねえ。のんびりしているのだって鷹揚な気質に違いねえ。
それに尊いお方を見た目で判断していたらバチが当たっちまう。
とりあえずおらと聖女様とぼんくらエクスの三人で西へ慰問の旅に出たんだ。聖女様はのんびり屋だし、ぼんくらエクスは馬車操っているからしゃべっているのはほとんどおらばっかりだったけどよ。
辺境に着いたら聖女様の独壇場だよ。山賊や海賊もおっかねえ魔物だって魔法で一発だし、ケガだって何百人もまとめて治しちまう。荒れた土地だって実らせたり日照りのところには雨を降らせる。地震も嵐も聖女様に掛かれば、そよ風みてえなもんだ。
辺境の貴族だって下にも置かないもてなしよ。中には聖女様に手を出そうってバチ当たりもいたけんど、そこはぼんくら騎士のエクスが一ひねりだでよ。見た目は貧相だけんど、腕前の方はそこそこだかんな。順風満帆ってやつだ。ところが、一向に進まねえのが二人の仲だ。
聖女様がぼんくらに気があるのはすぐにわかっただよ。なんでもアホンダラの婚約者になる前からちょくちょく声掛けたり優しくしてもらっていたんだと。おらには全くわかんねえけどな。
問題はぼんくらの方だ。端から見りゃあ聖女様に気のある素振りはしている。けど、一向に手を出す気配はねえ。何でも女房持ちらしい。色男なんか引く手数多の聖女様が、よりにもよって女房持ちのさえない中年男がいいだなんて、おらにはさっぱりわかんねえ。
そうこうしているうちにどえれらいことが起こっちまった。聖女様の代わりに作ったとかいう『新結界』が穴ぼこだらけで、魔物が入りたい放題。王都は鍋ひっくり返したみたいに大騒ぎになっちまっているらしい。
聖女様が言うには、元々欠点だらけだったんだと。まあ、バチが当たったんだな。けど、心優しい聖女様は王都の民をほっとけねえ。サーフィスなんてど田舎から王都までひとっ飛びだで。おら、たまげて目玉飛び出るかと思っちまっただ。
そんで聖女様のおかげで魔物は全滅、『新結界』も出来損ないを作った能無しを追い出して、新しく作り直した。万事めでたしめでたし……と思ったらとんでもねえ。そこからがまた騒動の始まりよ。
王様が王都を救った聖女様にって、侯爵の位と領地を下さることになった。奥ゆかしい聖女様にしては珍しいと思ったら夜におらを呼び出してこうおっしゃった。
「おばあさん、私はエクスのために侯爵になろうと思います」
生意気にも出世がしてえってぼんくらのために、お引き受けなさったんだ。
「へー、それじゃあのぼんくらと夫婦になりなさるんで」
って問い返したらそこで泣きの涙よ。
「あの方にはすでに奥様がいます。私の出る幕なんてありません」
おら、聖女様の頭抱えて泣いちまっただよ。
好いた男のために地位も名誉も全部差し出して、まあ、健気というかいたいけというか。ほんに、おらの若い頃そっくりだで。
ぼんくらにはナイショにしてくれってんで、ずーっと黙ってただ。おらの口は鉄よりも固えでよ。ところがそんな聖女様の気持ちも知らずに、あのぼんくらと来たら世界一忙しいって顔で、やれ家来を雇うだの土地の配分だのくだらねえことで頭悩ましてやがる。その半分でも聖女様のために使えばいいのによ。
とうとう叙勲式って日にも金勘定だ家来をどうするかだなんて話ばかり。ほんに肝心な時に限って役立たずだで。あんまり腹立ったんでおら言ってやっただよ。
「出世するんだから、とっとと嫁でも呼んできて、せいぜい尻でもなでるがいいだ」
そしたらあのぼんくら、事もあろうになんて言った?
「俺に嫁さんなんていないぞ」
おら聞き間違えたかと思っただよ。ようく聞いてみたら、女房はいたけれど、おらと会う前に別れたんだと。しかも聖女様にもなあんにも言わないで黙ったまんま。
おら、あんまり腹立ってぶっ殺してやろうかと杖でぶちのめしていたら、ぼんくらが逃げ出しやがって。追いかけようとしたらいきなりでっけえ音がしたんだ。手抜きの『新結界』なんぞ作って、聖女様に追い払われた連中が仕返しに乗り込んで来たんだ。
こりゃあ一大事ってんで馳せ参じようとしたけんど、通路は瓦礫で埋まっちまって、騎士や貴族は聖女様置いてとんずら。しかも相手は雲をつくような大男で、さすがの聖女様も苦戦してたところにぼんくらが駆けつけてなんとまあ八面六臂の大活躍。
「やあやあ遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ。我こそ王国の守護者エクスなるぞ」
ってんで、迫り来る悪漢どもをちぎっては投げちぎっては投げ、我が聖女様に近付く者は地獄を見せてやるってんで鎧から盾から何でも一刀両断、聖女様には指先も触らせねえ。最後にゃ大男を思い切りぶん投げて海の底へとザブンッ、と叩き込んじまった。
かくして戦いは一巻の終わり。聖女様とぼんくらの誤解とすれ違いも解けて、かくして二人は両思い。見つめ合いながらひっしと抱き合い、めでたしめでたしよ。
あ、そうそう。最後に悪党の生き残りが聖女様のお命を狙っただけどな。おらがこう、杖でパカン、とぶちのめしてやっただよ。年寄りだからってコケにするもんでねえかんな。
そうなりゃ叙勲式なんて用はねえ。地位も名誉も金も放り出して、おらたちはまた三人で世直しの旅に出た。……とまあ、ここまで語ったところでちょうど時間と相成りました。続きは次回の講釈にて……なんだって? そんな話はどうでもいい? そりゃねえだよ。ここまでおらに話させて、今更そりゃねえだ。
あん? 聖女様のお姿が変わった原因? あの奇跡はどこで手に入れた? 知るか、バカ。そんなもん、聖女様に直接聞きゃあええだろうが。は? ミレニアム皇国に行って王妃様の病を治したか? おら、なあんも知らねえなあ。なあんも見てねえだよ。
はははっ、何だそりゃ。麦刈りにしちゃへんてこな形だな。それでおらを切り刻もうってか。やめとけやめとけ。おらを誰だと思ってるだ? 聖女様の一の家来、クリスティーナだど。そんなもん使って、後悔するだぞ。笑うなら笑うがええ。すぐにあのぼんくらが乗り込んでくるだでな。年寄りを敬えないようなぼんくらだけんど、腕前だけは一人前だかんな。
……ほら、そんな感じでよ。
やーっと来ただか。どこで道草食ってただ、のろま。聖女様の胸ばっか見てっから大切なおらをさらわれるなんて大失敗をするんだぞ。反省しろ、このスカタン。とっとと、この縄ほどけ。
あ、聖女様もいらっしゃっただか。いえいえ、おらは無事だで。ちょうど、このとんまを叱りつけていたところだで。ええ、こんな不始末を二度としないようにと、そりゃあもう厳しく叱りつけていたで……。ええ、ええ、帰りましょう。いえいえ、そんな聖女様が謝る必要なんかねえだで。悪いのは全部、このぼんくらなんだからよ。
あ、新しい王様の手下? 聖女様に戻って来てもらうため? ははあ、それで。
ああ、心配なさらなくてもええ。おら、何一つ喋っちゃいねえんだから。そりゃあもう、今の今まで口を閉ざしてうんともすんとも……。
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