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インシデント対応(メレディス視点)
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「そんな、まさか……」
手紙を読んで愕然とする。あののろまで能無しが、今回の事態を予期していたというのか。確かにドロシーからの手紙はこの半年の間、何通も届いていたが、ただの一通も読んでいない。全て破り捨てるか処分するように申し伝えただけだ。
当然だ。あのドロシーが、挨拶だけで日が暮れそうなのろまのドロシーがこんな警告をしていたなんて、誰も思わない。予想できるものか。仕方がないではないか。なのに心臓がバクバクと高鳴る。
「デタラメよ」
ヴィストリアがメレディスから奪い取った手紙に目を通し、腹立たしそうに投げ捨てる。
「後付けですわ、陛下。事態が起こった後でならいくらでも書けますもの。王都に戻りたい一心でこのような奸計を用いたのです」
「手紙が届いたのは、『新結界』に穴が空く前日だ」
ヴィストリアの反論は国王によってあっさりと覆される。
「聖女の忠告に耳を傾けていれば、このような事態も防げたであろうな」
後悔混じりのため息が罪状の宣告にも聞こえた。メレディスは耳をふさいでしまいたかった。いや、だって。私は悪くない。
「お前だけを責めるつもりはない。余も警告を受けておきながら、積極的に動こうとはせなんだ。責は余にもある」
その言葉でメレディスは救われる。そうだ、悪いのは自分だけではない。責任があるのはヴィストリアであり、ロングホーン侯爵家であり、魔術師や賢者どもだ。なるほど、『新結界』にはほとんど関わってこなかった。裏返せば、メレディスに失敗の責任はなきに等しい。
「そうだ。全て貴様らのせいだ。『新結界』を修理したところで、すでに大勢の犠牲者が出ている。この責任をどうするつもりだ」
居丈高に責めるメレディスだったが、ヴィストリアは面倒臭そうに目を細める。
「陛下が来た途端、随分元気になられましたわね。ですが、お忘れですの? ここは、我がロングホーン侯爵家の者ばかりだということを」
国王の登場に面食らったものの、魔術師たちは既に戦意を取り戻したようだ。魔術の杖が再びメレディスを取り囲む。
その杖は国王にまで向いている。頭上では地下への扉が閉まる音がした。
「て、手向かうつもりか。は、反逆だぞ」
「本当におめでたい方ですわね。殿下」
ヴィストリアがせせら笑った。
「最初からそのつもりだと申し上げていますのに」
メレディスの額から汗がしたたり落ちる。命の危機を感じていた。そんな馬鹿な。せっかく助かったばかりなのに。私は王子なのに。
「『新結界』の欠陥に気づいていたのか」
両腕を縛られながらも国王が尋ねる。
「まさか、ここまでとは思いませんでしたが」
ヴィストリアの返事は肯定だった。
「……待てなかったのか?」
どういうことだろう、とメレディスは悩んだ。頭が痛くなりそうなところで幸いにも、国王が説明してくれた。
「『新結界』を盾にこの国を乗っ取るのであれば、完全なものでなければ意味はあるまい。穴だらけの堤防で洪水は防げないからな。不完全な『新結界』を強行した理由は、そなたであろう。ヴィストリア」
「……私ももう二十三歳です」
悔しそうな目でメレディスを見下ろす。ひっ、と恐怖に喉が詰まった。
「ほかの貴族の娘であれば、もう結婚して子供の二三人はいてもおかしくないのですよ。それを……あの忌まわしい聖女もどきを追い出せなかったばかりにずるずると時間ばかりが過ぎていって。それもこれも……全部あなたのせいですよ、殿下」
恐ろしげな目でにらまれて、メレディスは魂の震える思いがした。つい昨日まで宝石とも星明かりともたとえた瞳が、今は月蝕のように何も見えず、不安にさせられる。
「ま、魔物はどうするつもりだ。もうじきここにも攻めてくるぞ」
「ご安心を。この地下には『新結界』とは別に、独自の結界を作っていますの。範囲は狭い分、ここにいる魔術師だけでも充分持ちこたえられますわ。いざという時に備えて、水も食料も備蓄しています。あとは時間をかけて『新結界』を修復すれば、問題はありませんわ。……まあ、その時には上の連中がどれだけ生き残っているかはわかりませんが」
メレディスはぞっとした。もしここを放り出されたら、命はない。
「な、なあ。ヴィストリア。私が悪かった。助けてくれ。この通りだ」
膝をつき、神前のように許しを請い願う。死にたくなかった。国王が眉をひそめるのも軽蔑の視線を向けられてもどうでも良かった。死ぬよりはるかにマシだ。
「頭が高いですわよ、殿下」
「わ、わかった」
最早恥も外聞もなく頭を伏せ、額を石の床にこすりつけるようにして命乞いをする。これで助かるなら安いものだ。早く助けると言ってくれ。喉の渇きを覚えながら待っていると後頭部に硬いものが当たり、顔を石の床に押しつけられる。
「まあ、殿下。素敵な格好ですわね。とーってもお似合いですわ」
その声で、ヴィストリアに頭を踏みつけられているのだとわかった。悦に入った高笑いにも、屈辱とは思わず反抗する気力もなかった。とにかく早く終わって欲しい。助けてくれ。
その時、ずん、と地響きが起こった。天井から砂埃が舞い落ちる。
「地震?」
ヴィストリアの困惑をよそに地上へ上がる扉が開く音がした。
同時に白い球が階段を転がり落ちてくる。紙で固められたそれが一番下まで降りて来ると、勢いよく白い煙を吹き上げる。あっという間に地下室に充満し、視界がふさがれる。同時に、魔術師や賢者たちが次々と苦しげに咳き込み始める。
「な、何。何が起こったの?」
何者かが階段を駆け下りてくる音がした。真っ白に染まった地下室で次々と呻き声を上げて倒れていく音がした。時折、魔術師も反撃のために魔法を放とうとしているようだが、火の玉も氷の矢も電撃も放つ前に倒されているらしい。
何が起こっているのだ、とメレディスが咳をしながら目を白黒させる中、ヴィストリアが短く呻いて真横に倒れた。気を失っているようだ。
「何者だ? 騎士か? どこの兵だ?」
陛下の呼びかけにも返事はなかった。味方ではないのか? もしや、隣国の暗殺者か? メレディスの淡い期待が急速に凍り付いていく。
やがて静まりかえった地下室に足音が響く。近付いてくる。メレディスは体を亀のように縮こまらせる。気絶した振りをしてやり過ごす作戦だ。
足音の主はメレディスの横を通り過ぎ、国王の方に向かっている。もしかして狙いは父上か、とわずかにほっとする。だんだんと煙が晴れてきた。
こっそり覗き見ると、煙を吸い込まないためか顔の下半分を布で覆っている。誰だろう。ロングブーツを履いている。使い込んで汚れてはいるが、あれは騎士のものだ。
「ご無事ですか、陛下」
男は顔を覆っていた布を剥ぎ取る。
煙の晴れる中、国王を助け起こしたのは聖女ともども追放したはずのエクスだった。
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