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柳生十兵衛の娘
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柳生十兵衛の娘
一
「そこの小僧、柳生の門弟だな」
竹が朝の稽古を終えて外に出ると、不意に声を掛けられた。振り返ると、門の向こう側に見慣れぬ武士が立っていた。浪人者かとも思ったが、派手な絣の着物を無造作に着崩している姿にうらぶれた雰囲気はなかった。
旗本奴の類かと竹は推察した。豊臣家が滅び、徳川の世となって、はや三十余年。戦にも出られず、活躍の場を持て余した旗本や御家人、およびその家来どもが徒党を組み、侠客を気取って、江戸府内で狼藉を繰り返しているという。そのような輩がこの屋敷に何の用か。
何より二重に間違えている、と心の中で毒づいた。まず竹は門弟ではないし、なにより男でもない。れっきとした柳生家一万二千五百石の姫である。
とはいえ武士が間違えたのは無理もない。白の小袖に紺袴、道場の稽古着で、髪も妨げにならぬように首の後ろで束ねている。傍目には元服前の少年とのようだという。父親に似て目付きも鋭くて骨太のせいか余計にそう見えるのだろう。少なくとも当主の孫娘が家来に混じって稽古など、他家ではしていないようだ。
「そうですが、どちら様でしょうか」
一瞬迷ったが、誤解を解かずにおいた。名乗りもしない相手に、正直に答えてやる義務はない。小娘だてらに剣術か、と軽侮の目で見られるのも業腹である。なにより武士の口調からして質問ではなく、確認である。
「大鳥平次郎だ。見知りおけ」
横柄な口調に鼻白む。竹も名乗ろうかどうか迷ったが、大鳥は気にした風もなく、文箱から手紙を取り出すと、ずかずかと屋敷に入り込んできた。門番が制しようとしたが、竹が手で止めた。
「これを」
大鳥が取り出したのは、手紙である。左封じ。果たし状だ。
「確かに渡したぞ」
「返事はいかが致しましょうか」
察するところ、この男は使者だろう。こんな無頼漢を使者に立てるあたり、申し込んだ者の程度が知れる。叩き返そうかとも思ったが、それこそ目の前の輩と同じ穴の狢になってしまう。受け取った以上は相応の対応を取るべきかとも思う。根は律儀なのだ。
「なあに、今度は断るまいて」
にたりと笑った。酒でも入っているのか赤ら顔だ。
「また糞の上を歩きたくはあるまい」
その瞬間、竹の目が白く眩んだ。どこぞの肥溜めから取り出したのだろう。屋敷の周囲に糞尿がぶちまけられたのは、七日前の話である。悪質な嫌がらせに家臣総出で犯人を探しているが、まだ捕まっていない。反射的に刀に手を掛けようとして迂闊《うかつ》さに気づいた。
今の竹は、刀どころか竹刀すら持っていない。大鳥は呵々大笑しながら去って行く。
「待て!」
怒気を含ませて呼び止めたものの、門を出た時には大鳥の姿は消えていた。逃げ足の速い。追いかけようかとも思ったが、刀を取りに戻っていては間に合うまい。舌打ちをして、竹は改めて果たし状を見て、どうしたものかとため息をついた。
果たし合いを申し込まれたのは、柳生十兵衛三厳。
柳生但馬守宗矩の嫡男にして新陰流の達人。そして竹の父である。
二
柳生十兵衛といえば世間では隻眼の剣豪と知られている。子供の頃に右目を失い、十三歳の時に将軍・徳川家光の小姓として仕えるが、二十一歳の時に勘気を被り、蟄居を命じられる。その後十年以上にわたり、江戸を離れていた。故郷の大和国柳生庄をはじめ諸国を放浪していたという。武者修行の旅とも宗矩の名を受けて隠密働きをしていたとも噂されているが真偽の程は定かではない。かなり派手に動き回ったのか、父の剣名は諸国に知れ渡っているようだ。
江戸城御書院番として再出仕したのは三十一歳の時、大和の豪族・秋篠和泉守の娘と結婚したのはその後である。大名家の結婚には将軍の認可がいる。勘気を被っていたために、縁談も進められなかったのだろう。
そうして生まれたのが女が二人、つまり姉の松であり妹の竹である。縁起のいい名前ではあるし、竹自身嫌いでもないのだが、もし妹が生まれていたら梅と名付けられていただろうとは、簡単に想像が付いてしまう。
現当主の宗矩が身罷れば、当然十兵衛が跡を継ぐ。問題はその後だ。
柳生家の跡継ぎとは、大名家の次期当主であり柳生新陰流の後継者でもある。流派と大名家、二つの跡継ぎを求められるというのに、父には急いた様子はない。優れた弟子を婿にして姉と娶らせるのか、側室だか妾だかを作って、男子が生まれるまで孕ませるのか。あるいは叔父の宗冬に家督を譲るのか。はっきりとした方針が父の口から出たことはない。放置している、というより興味がないようだった。腹の内は定かではないが、あれで柳生家の跡継ぎが勤まるのかと不安になる。
娘の竹にとって柳生十兵衛とは、酔っ払いのおおぼら吹きだった。
酒好きのあまり、酩酊しながら道場を訪れたかと思えば、稽古をするでもなく大の字になって寝てしまう。たまに松や竹にも昔話を聞かせてくれるが、どれもこれも子供騙しのシロモノだった。
有名な剣豪との決闘や、旅の途中で数十人の山賊と戦った、などというのはまだ真に迫った方だ。徳川家転覆をたくらむ邪教集団を刀一本で壊滅させただの、鹿児島に行って生きていた真田幸村率いる十勇士と戦っただの、島原の一揆では切支丹の妖術使いや南蛮の剣術使いと戦っただのと、自分を源頼光か俵藤太とでも思い込んでいるのだろうか。
何より実際に剣を持って仕合っているところなど一度も見た事がない。高位の門弟たちは、若い頃はそれはそれは凄まじい腕前だとほめたたえるが、どうも話半分だと思っている。多少なりと分別があれば、娘に向かって「そなたの父は、実は大したことがない」とは言わないだろう。
剣豪というのも怪しいと思っている。並の剣士よりは上だと思うが、世間が思うほど強くもない。それが竹の評価だった。剣豪だなんだともてはやされるのは、父のおおぼらを真に受けたのと、祖父の剣名のおかげだろう。
祖父の宗矩は七十をこえてなお矍鑠としている。小さい頃から何度も稽古を付けてもらったが、一本も取れなかった。普段は子供の竹よりずっと弱々しいのに木刀を持ったとたん背筋がぴんと伸びて、老猿のようなたたずまいから孫悟空に早変わりする。掛け声も魂を砕かれるかと思うほどけたたましく、背筋を震わされる。おかげで換えの袴を用意しなくてはならなかった。しわだらけの目からのぞく眼光は心臓が止まるかと思うほど鋭い。大坂の陣では敵の兵士七人を一瞬で切り捨てたという話もさもありなん、と思う。
さてどうしたものか、と果たし状に目を落とす。祖父ならば万が一にも負けるとは思えないが、挑まれたのは父である。それに祖父は今、故郷の柳生庄に戻っている。
何より肝心の父も江戸にいないのだ。若い頃の放浪癖でも出たのか、一ヶ月ほど前に「小田原の方に行ってくる」と言い残して屋敷を出て以来、音沙汰なしである。いつ戻って来るかも定かではない。このままでは果たし合いをすっぽかす羽目になりそうだ。
別に大鳥某が待ちぼうけを食って腹を立てようと、風邪を引こうと知った事ではない。むしろ流行病にでもかかってくたばればいいと思うが、まるで己が取り次がなかったせいだ、と思われるのも癪に障る。何より大鳥は「今度は」と言った。つまり前にも果たし合いを挑み、無視されたのだ。糞尿はその報復だろう。
悩んだ末に竹は屋敷に戻ると、手近な部屋に入り、後ろ手に障子を閉める。
他人宛の手紙を勝手に見るのは無作法だろうが、不測の事態だ。やむを得まいと、己に言い聞かせて手紙を開ける。金釘流の字に顔をしかめながら読む。申し込みの相手は、山中惣左ヱ門という浪人者だという。どうやら遺恨含みのようだ。かつて父・十兵衛が放浪中、惣左ヱ門の兄を果たし合いの末に切り捨てたという。兄の無念を晴らすべく、今度は弟の自分と立ち会え、という意味の事が書いてある。品川にある北福寺の境内で、明後日の暮れ六つ(午後六時頃)とある。立会人は一名のみ。もし来ない場合は柳生十兵衛は天下の臆病者であり、柳生家は立ち会いも出来ぬ腰抜けだと江戸中に触れて回ってやる、と脅し文句まで並べている。
読み終えると、竹の手は果たし状を握りつぶしていた。
「性根の腐り果てた男だ」
果たし合いに遺恨を残さないのが、武家の作法である。それを勝手に蒸し返した挙げ句、日時まで勝手に決めて立ち会えとは、片腹痛い。本気で決闘を挑むつもりならそんな真似をするものか。どうせ尋常の果たし合いではあるまい。相手にせねば逃げたと誹り、応じれば多人数で囲み、袋だたきにするつもりだろう。あるいは、将軍家指南役の地位を柳生家から奪い取りたい者の策略だろうか。
いずれにせよ放っておくのが最善なのだろう。逃げただの何だのと、しょせんは勝手な言い草だ。そもそも決闘相手の在不在すら確かめぬ阿呆など、相手にするまでもない。祖父ならばそう言うはずである。ほかの門弟に相談しても放っておくが定石と言うだろう。旗本奴相手の果たし合いなど、すっぽかしたところで、将軍家指南役の地位は小揺るぎもするまい。理屈ではわかっている。
父が逃げただの臆病者だのと噂されたとしてもしょせんは旗本奴の勝手な言い分である。柳生の名に傷など付かないだろう。だが泥は被る。事実、糞尿までぶちまける相手である。今度は屋敷の門や看板まで汚しかねない。
竹は柳生家と、柳生新陰流を愛していた。三歳の頃より竹刀を握り、家臣や門弟に混じって剣を振るってきた。女の身では家名も流派も継げぬとは百も承知である。それでも、いや、だからこそ柳生家を不当におとしめる輩に我慢がならない。
あの大鳥とかいう旗本奴も山中惣左ヱ門とかいう浪人も柳生家に喧嘩を売ったのだ。買ってやろうではないか。
「しかし問題は、立会人か」
道場には柳生新陰流の高弟が何人もいるが、竹が代理で決闘に応じる、などといえば間違いなく止められる。叔父の宗冬は役儀のために江戸城に詰めている。何より常識人だ。やはり竹を止めるだろう。独りで行く、という選択も考えたが、不測の事態を考えれば誰かしら連れて行きたい。
「と、なるとこれしかないか」
巻き込むのは本意ではないが、これも柳生家に生まれた宿命と諦めていただくしかあるまい。
何より竹の難儀を見捨てはしないだろう。実の姉妹なのだから。
三
「本当に行くのですか? 止めるなら今のうちですよ」
「もう決めた事です」
果たし合いに向かう途中でまた同じやり取りを繰り返す。これでもう何度目だろうか。
二日後、竹は姉の松とともに指定された北福寺に二人で向かっていた。大名家の姫が屋敷を抜け出した上に、供も付けずに出歩くなど常識で考えればあり得ないのだが、竹にとっては手慣れたものである。第一、今から果たし合いに向かいます、と言って家中の者が駕籠を出してくれる訳がない。他家の者が聞けば、不心得者と正気を疑われるか、指さして笑うだろう。
「姉上は立会人として見届けて下さればいいのです」
「しかしですね」
何度言い聞かせても道すがら同じ話をするのだからたまらない。これから果たし合いだというのに気力が萎えてしまうではないか。
姉の松はどちらかといえば母に似たのだろう。温和な気質で、容姿も美人ではないが、小さな目とふっくらとした頬で微笑むのが竹は好きだった。見た目には剣術とは無縁そうだが、これでも腕前は竹より上である。特に守りが上手い。道場で立ち会っても、堅実で正確な太刀筋を崩せず、隙を付かれて一本を取られてしまう。
動きやすいように、松も竹と同じく稽古着に着替えている。袴は同じだが、竹が白地で、松は藍色である。腰には両刀を差している。無名ではあるが、それなりの業物だ。
「真剣勝負は道場の稽古とは違いますよ」
「百も承知の上です」
まったく姉上は心配しすぎなのだ。いかに竹とて果たし合いを侮るほど愚かではない。たとえ相手の方が格下であろうとも、一つ間違えば命を落とす。真剣勝負は命懸けに決まっている。
「姉上は手出し無用。これでも柳生の剣士です。必ずや討ち取って参ります」
「本当に、言いだしたら聞きませんね、あなたは」
恨みがましい目でにらむと、盛大にため息を吐いた。
「まあいいでしょう。わたしはわたしで動くだけです」
「やはり、姉上にも出番が来ると?」
当然でしょう、と松はうなずいた。
「話を聞く限り、尋常の果たし合いで済むとは到底思えませんからね。わたしの方でも策は用意しました」
「それはどのような?」
「あなたには内緒です」
敵をあざむくにはまず味方から、と松はいたずらっぽく笑った。
四
北福寺の境内に耳障りな笑い声が響いた。
「よりにもよって女と子供、二人だけでよこすとは、柳生家にはよほど人がいない見える」
露骨に嘲りを浮かべるのは、豪傑風の大男である。これが山中惣左ヱ門のようだ。なるほど竹より頭一つ分は大きい。文字通り、大人と子供だ。浪人者と聞いていたが、尾羽うち枯らした様子はない。総髪に結った髷も整っている。既にたすき掛けをして、額に鉢金も巻いている。肩に掛けた羽織は、黒地に白の髑髏を染め抜いている。
隣には、先日の大鳥もいる。ほかに人影はないようだが、松を見れば油断なく周囲に気を配っているようだ。伏兵を用心しているのだろう。
竹たちがいるのは、本堂の裏手にある雑木林の前である。背の低い雑草は生えているが、歩くのに支障はなさそうだ。
見たところ、鐘は盗まれていないし茅葺き屋根も手入れもされていて、廃寺ではなさそうだ。今から命のやり取りが行われるというのに、寺から人の出て来る気配がない。住職の留守を狙ったのか、鼻薬でも嗅がせたのだろう。
娘とは名乗らず、十兵衛が不在のため、己が代理で果たし合いに来たとだけ言った。それで今し方の大笑いである。
竹はまだ小僧扱いのようだ。ただ、男装をしていても松を男と見紛うのは難しい。まだ未熟とはいえ、体つきは女のそれに近付いている。
「てっきり柳生家総出で殴り込んでくるかと思ったが、当てが外れたな」
大鳥はつまらなそうに天を仰いだ。
「もし来ていたら、どうするつもりだったのですか?」
「その時は、同輩が手薄になった屋敷に攻め入ってやっただろうな」
武家屋敷は城も同然である。みすみす破落戸に奪われたとなれば、よくて改易、最悪お家断絶である。
「何故、そこまで柳生家に? あなたも何か遺恨がおありですか」
「そんなものはありはせぬ」
大鳥はさらりと言った。
「そこの男が十兵衛に恨みがあるというから、力を貸してやったまでよ。剣術指南役とやらの鼻を明かすのも面白いと思うてな。誰が来るかと思ったが、まあ子供とは思わなんだな」
話を聞きながら竹はしきりに手の指を動かしていた。憤怒を紛らわすためだった。大鳥どもは最初から父が来ないとわかっていたのだ。大人数を動かせば、その隙に屋敷へ攻め入り、約束どおり二人で来れば、仲間ともどもで袋だたきにする。
安全な場所から柳生家に泥を投げつけ、せせら笑う。腐りきった性根に目が眩みそうになった。
「それとも、女の尻で見逃してくれと命乞いでも頼まれたかな」
「貴殿とは違います」
竹はさらりと受け流す。腹立たしい相手だが、感情を制御するのもまた修行である。呼吸を整え、頭にのぼった血を静める。言葉にした分、心の方も余裕が生まれる。
「命乞いならそちらの方でしょう。此度の無礼を詫びて、腹を切るというのなら介錯くらいはつとめてさしあげますよ」
相手を怒らせるのも兵法である。心が乱れれば剣も乱れる。怒りに任せてふるった剣は、力はあっても精妙さに欠ける。
「ぬかしたな、小僧」
惣左ヱ門が羽織を投げ捨てると、刀を抜いた。厚みのある刀を青眼に構える。ほう、と竹は感心した。濁った目をしているが、構えは様になっている。
「小僧の一人や二人、相手にするのも馬鹿馬鹿しいと思ったが気が変わった。貴様の首を柳生家の屋敷に投げ込んでくれる」
「貴殿の家作はどちらですか?」
夕陽をきらめかせる切っ先に怯えもせず、竹は続ける。
「場所がわからなくては、その首を投げ込めませんから」
「ほざくな!」
耳をつんざくような怒号が境内をうち振るわせた。竹はわずかに仰け反った。ほんの一瞬、頬に風の塊を投げつけられた気がした。
面白い、と歓喜に湧き上がりかけた心を深呼吸して静める。怒りはもちろん、愉悦もまた行き過ぎれば油断に繋がる。
とはいえ、期待していなかった分、喜びが大きいのも事実だった。
松に手伝ってもらい、たすき掛けをして汗止めの鉢巻を締める。
惣左ヱ門の目が細められる。竹の実力を侮れないと悟ったのかも知れない。
「名は何と申す?」
「父からは竹と呼ばれています」
嘘は言っていない。女だとばれればまたややこしくなると思ったので、勘違いをそのままにしておいたまでだ。これも兵法である。
「竹之進だか、竹次郎だかは知らぬが、小僧。覚悟はいいか」
「無論」
竹はうなずいた。
「では、はじめましょうか」
草履を抜き、足袋で地面を踏むと竹も刀を抜いた。右手で刀を持ち、だらりと切っ先を垂らす。
「無形の位か」
柳生新陰流の基本姿勢である。あえて構えを取らずにおくことで様々な状況に素早く対応出来る。
「ご存じでしたか」
「柳生新陰流とは何度も戦っている」
惣左ヱ門がふてぶてしい笑みを浮かべた。
「全員、たたっ切ってやったがな」
「未熟だったのでしょうね」
竹は摺り足で歩みを進める。
「あなた程度にやられるようでは」
返事の代わりに大音声が浴びせられる。
まず気合いのこもった大声で相手の意気を奪うのは、決闘の定石である。竹も丹田を引き締め、腹の底から練り上げた声で応じる。
竹は心の中でにやりと笑う。その程度の声で気力は奪えない。惣左ヱ門も意気を失した様子はなかった。まずは互角のようだ。
青眼の構えのまま、距離を詰めて来た。一直線ではなく、右に左にと地を這う蛇のような動きでにじり寄る。
互いの距離がおよそ二間(約三・六メートル)まで詰まった時、惣左ヱ門の構えが八相に変化する。
高々と構えた刀の腹には、群青色の空と黄白色の陽光が照らされていた。
あえて無形の位のまま足を止める。夕暮れの風が冷たい。日差しを失い、熱を欲したかのように二人の間を駆け抜けていった。惣左ヱ門の目が竹の一挙手一投足に注がれているのを感じた。今更ながら、竹の実力に気づいたのだろう。鉢金の隙間から透明な汗がこぼれ落ちるのが見えた。
惣左ヱ門が前に出た。子供相手に苦戦している己に焦ったのか、強引にねじ伏せるつもりのようだ。あっという間に距離を詰めると、袈裟懸けに振り下ろしてきた。竹は体を半身にして刃を避ける。反撃に転じる間もなく、惣左ヱ門の攻撃は続いた。風を切りながら切り上げに横薙ぎ、片手面撃ちと嵐のようにおそってきた。思いのほか鋭い太刀であったが、見切れぬほどではなかった。体を捻り、かわし、ずらし、後ずさって避ける。
「逃げてばかりか」
惣左ヱ門の挑発が飛んだ。実際、竹には惣左ヱ門の刀は受け止められない。さすがに膂力が違いすぎる。刀で受け止めれば、力負けして刀を弾き飛ばされるか、額や肩を切られてしまうだろう。つばぜり合いなどもってのほかだ。せっかくの刀が刃こぼれしてしまうではないか。
「あなたこそ、そろそろ当ててはどうですか?」
足を狙った薙ぎ払いが来た。竹はわずかに後ずさった。袴の一寸先を切っ先が駆け抜けていった。惣左ヱ門の舌打ちを聞きながら再び距離を開ける。
惣左ヱ門から流れ出る汗が多くなった。呼吸も乱れている。真剣勝負で刀を振り回すのは、想像以上に体力を消耗する。竹も最初はそうだった。苛立ちと焦りからか、追い詰められた獣のように目を血走らせている。
頃合いか、と竹が進み出た時、惣左ヱ門が刃を返した。磨き上げられた刀身が鏡のように夕陽を反射し、竹の目を刺した。とっさに目を閉じた刹那、前方から獣のような殺意とともに地を蹴る音がした。
目眩ましとはやってくれる、と感嘆しながらも体を半身にしていた。すれ違いに顔前を鋭い風が駆け抜けていく。
目を閉じたまま飛び下がると同時に、刀を思い切り振り上げる。肉を切る手応えがした。
着地と同時に目を上げると、惣左ヱ門の刀は右手首ごと宙を舞っていた。
勢いよく回転を続け、弧を描いて地に突き刺さる。その途端、柄から手首がぽろりと落ちた。
「勝負ありましたね」
勝ちを宣言しながらも竹の目は油断なく、うずくまった惣左ヱ門に注がれている。むせかえるような鉄錆の臭いがした。傷口からは、赤黒い血が溢れ出ていた。苦痛と出血のためだろう。顔は蒼白になっている。残った左の手のひらで押さえているが、指の隙間からとめどなく血がこぼれ落ちている。
「……参った」
苦しげな降参の意を聞くと、竹は鉢巻を外して惣左ヱ門に放り投げた。
「血止めをすればまだ助かりますよ」
「……かたじけない」
左腕と歯を使って肘の辺りを縛り上げると、切り落とされた右手首を拾い、ゆらゆらと幽鬼のような足取りで去って行った。
五
「なかなか面白い見世物だったな」
大鳥が冷やかすように言った。
「まるで五条大橋の弁慶と牛若丸のようだったぞ」
「まさか」
あの男では、安宅の関どころか、九九九本の太刀も集められまい。
「ご覧の通り、果たし合いは私が勝ちました。あなたはどうされます?」
切っ先を大鳥へと向ける。
「俺が? まさか? 俺はただの立会人に過ぎんよ。仇討ちのつもりなど毛頭無い」
とんでもない、と言いたげに大げさに手を振った。冗談めかしてはいるが、嘘を付いている様子もなかった。
「しかし、あやつも口ほどにも無い。せっかくお膳立てしてやったというのに、十兵衛どころか門弟にすら勝てぬとは」
「私は門弟ではありません」
父から剣術など一度も教わっていない。
「細かい事はどうでもいい」
大鳥が不意に凶暴な笑みを浮かべる。
「天下の柳生家に喧嘩を売ったのだ。どうせなら、行くところまで行かぬとなあ」
懐から取り出した笛を鳴らした。境内に鳥の声のような音が鳴り響いた。
「後ろです」
松の声がした。声と同時に、竹は転がるようにしてその場を飛び退いた。轟音が聞こえた。とっさに耳を押さえながら振り返ると、竹の居たあたりの土が無残にえぐれている。
火縄銃か。
戦慄する間もなく、続けて扉の開く音がした。本堂から男たちが次々と現れ、竹と松を取り囲む。いずれも奇異で頓狂《とんきょう》な格好だった。
出るわ出るわで、旗本奴は全部で二十四人。しかも、いずれも鎖帷子を着込んでいるようだ。中には弓矢や槍、投網《とあみ》まで用意している者もいる。ここまで来れば果たし合いどころではない。戦である。
「最初から生きて帰すつもりはない、というわけですか」
「もしかして、気づいていなかったのですか」
松が咎めるような視線を向ける。
「不心得ですよ」
「まさか、気づいていましたとも。この寺に来てからずっと」
あのような殺意丸出しの気配など、気づいてくれと言っているようなものだ。だからこそ、後ろからの不意打ちにも気を配らねばならず、思わぬ苦戦を強いられた。
「まあ、そういうことにしておきましょう」
松は涼しい顔で言った。
「気を付けろ、そこな小僧はなかなかやるぞ。貴殿らも腕を落とされぬようにな」
「なあに、たかが浪人者と同じにしてもらっては困る」
威勢良く応じたのは、顔に傷のある大男である。腰には三尺近い大刀を刺している。おまけにご丁寧にも銀色の鎧兜で身を包んでいる。南蛮製のようだ。竹が見たところ、惣左ヱ門よりは出来るようだ。
さて、どうしたものか、と竹は頭を悩ませる。さすがに二十四対二では、苦戦は免れない。おまけに敵は鉄砲まで用意している。これはさすがにまずいのではないだろうか。
状況は不利だというのに、松は相変わらず平然としている。
「策がお有りなのですか」
松はにっこりとうなずいた。
「ええ、とっておきのが」
「何を企んでいようと無駄なことだ」
大鳥がせせら笑った。
「仲間はこれだけではない。たとえ柳生の連中がここに駆けつけたとしてもすぐには来られまい」
足止めのための伏兵も潜ませているようだ。つくづく閑な連中だ、と竹は呆れ果てた。その労力を己の修行か、天下万民のために使えばこの世の中も少しは良くなるだろうに。
「どうする小僧? そこの娘ともども身を差し出すというのなら考えぬでもないな」
粘り着くような嫌らしい笑みに、竹は総毛だった。どうやら大鳥は衆道好みでもあるようだ。
「ふざけるな、私は……」
反論しかけた時、境内の空気が変わった。風か吹いたわけでもないのに、そうとしか形容できないほど、異質な気配が近付いている。石段を登り、こちらにまっすぐ近付いている。何者だ、と竹は反射的に剣をそちらに向ける。竹の知っているどの剣士とも違う。祖父の宗矩ですらこれほどの剣気は出せない。少なくとも出しているのを見た事はない。何者か、と息を呑む。やがて本堂の陰からそれは姿を現した。
伸ばし放題の月代に茶筅髷、黒の羽織に鼠色の袴、草鞋脚絆を付けた壮年の男である。顔にまばらに生えた髭に骨太の顔、何より右目を覆う刀の鍔は、男が隻眼であると雄弁に物語っている。
柳生十兵衛三厳、竹と松の父である。
六
「すまん、道に迷った」
十兵衛は竹と松を見つけると頬を掻いた。
「寺の名前を忘れてな。この辺りをうろつき回っていたところで、腕から血を流している男を見つけてな。そいつから聞き出して、ようやくたどり着いた」
「まあ、それは難儀でしたね」
当然のように受け答えをする松と比べ、竹は当惑していた。何故父上がここに?
「もしや、姉上の策というのは……」
「必勝の策でしょう?」
松は笑顔で言った。
「これはこれは、柳生のご嫡男殿であらせられるか」
大鳥が小馬鹿にした口調で前に進み出てきた。
「ここでお目にかかれて光栄ですな」
「来るつもりはなかったのだがな。娘の一大事と聞かされては、駆けつけるしかあるまい」
十兵衛はうんざり、と言いたげに顔をしかめる。
「こいつらに何かあったら、アレがうるさい。引っぱたかれでもしたらかなわん」
母上のことだろう。何たる言い草かと、竹こそ引っぱたいてやりたくなった。
「街道には兵を潜ませておいたはずだが」
「さあ、誰とも会わなかったが」
十兵衛は首をひねった。
「草むらで糞でもひり出していたのだろう。近頃は冷えるからな」
「ならば、貴公もここでしていくといい」
大鳥が手を上げる。
「腸ごとな」
旗本奴たちが一斉に剣を抜いた。
輪の外にいる者たちも銃口を向け、矢をつがえる。
「隠れていろ」
十兵衛はそれだけ言って背を向ける。呆気にとられる竹の袖を、松が引いた。
「言われたとおりにしましょう」
「ですが」
囲まれているのにどうやって、と言う間もなく旗本奴が三人、血しぶきを上げて崩れ落ちた。
竹は目を瞠った。目を逸らしてすらいなかった。ほんのわずか、意識を外しただけなのに、父の姿はすでにそこにはなく、旗本奴どもの間をすり抜け、次々と切り伏せていく。電光石火の早業、と言うわけでもない。むしろ散歩でもするかのようにゆったりとしているのに、次の瞬間には、父の姿を見失う。
使う剣も奇妙だった。技自体は柳生新陰流そのものなのに、竹の知る流儀とは全く別物のようにしか思えなかった。力を込めた風でもなく、ひょいと刀を振っただけなのに敵は腕を、胸を、頭を切られて倒れていく。むしろ剣を振るったところに相手が無防備な場所を差し出しているかのようにも見えた。
「よく見ておきなさい」
我を忘れて見入っていた竹の横で、松が叱りつけるように言った。
「あれが、私たちの父。柳生十兵衛三厳です」
既に旗本奴の数は半数以下に減っていた。境内には、腕を切られて悶え苦しむ呻きや、血の海にのたうち回る怨嗟の声で溢れていた。生き残った者も妖魔に出くわしたかのように顔面蒼白になっている。
「何をしている、やれ!」
大鳥の指示で、火縄銃を構えた男が樹の上から銃口を十兵衛に向ける。引き金を引いた。雷鳴のような音に耳朶を叩かれる。
それだけだった。男は顔を押さえながら、火縄ごと樹の上から転げ落ちた。今のはかろうじて竹にもわかった。
「印地か」
いつの間にか拾い上げた石ころを放り投げたのだ。戦国の世では投石も立派な兵法である。達人にかかれば、弓矢にも負けない武器になる。
続けて本堂に潜んでいた弓使いも同様に頭から血を流して崩れ落ちる。
「あとは何人かな」
十兵衛が指差し数えた途端、旗本奴どもは這々の体で逃げ出した。残ったのは、大鳥と鎧兜の大男である。
「聞きしに勝る腕前だな」
鎧兜の男は腰の大刀を抜くと、鞘を高々と放り投げた。茜色の鞘が音を立てて、地面に転がる。十兵衛の左目がわずかにそちらに向いた。
「だが、このワシは切れまい」
「新陰流に武者相手の兵法がないとでも?」
鎧には構造上、無防備な場所がある。脇や首回り、太股などの急所を狙った技は各流派に存在する。
「通用するかどうか、試してみるがいい」
喚くなり男が突っ込んできた。刀を抱くように持ち、体を低く構え、体格と鎧の重量を生かした突進である。
衝突する寸前、十兵衛は体を半身にしてかわすと、すれ違いざまに剣を振るった。ほんの一瞬、金属のこすれる音がした。
男の突進は止まらず、本堂を支える柱にぶつかった。みしり、と本堂がわずかに揺れる。見れば柱にヒビが入っている。
すさまじい体当たりだった。まともにぶつかれば、竹など轢《ひ》き潰れてしまうだろう。
「なるほど」
十兵衛が心得たとばかりにうなずいた。
「極力、急所を隠し、鎧の下にも工夫があるようだな」
「その通りだ」
応じたのは大鳥である。
「いかに貴公が達人だろうと、五郎左の鎧は切れぬ。さあ、やれ!」
五郎左と呼ばれた男は返事をしなかった。柱にもたれかかった体勢で、十兵衛や大鳥らに背を向けて立ち尽くしている。
「どうした、やれ!」
「ああ、この御仁は五郎左というのか」
十兵衛は気まずそうに頬を掻いた。
「いや、長い鞘など敵につかまれたり引っかかったりして邪魔だからな。外すのは百も承知なのだが、あまりにもこれ見よがしに捨てるものだからな。巌流島の故事に倣って『敗れたり』とでも言ってやろうかと思ったのだが、その暇もなかったな」
金属音がした。見れば、五郎左の鎧が頭から背中にかけて蝉の抜け殻ようにぱっくりと割れていた。割れ目から血しぶきが上がる。
「五郎左、敗れたり」
十兵衛の言葉と同時に膝から崩れ落ち、額を柱にこすりつけたまま動かなくなった。刀傷は頭部にまで達し、脳が見えていた。
「ば、バカな……」
竹も信じられなかった。鉄の鎧をどうやったら刀で切れるというのか。
「さて、残るは貴殿のみだな」
十兵衛が刀を一振りする。これだけ斬っておきながら、刃こぼれどころか、血の一滴も付いていない。
「新陰流の技、存分に味わってみるかな?」
大鳥が悲鳴を上げて背を向けた。刀を捨て、森の方へと消えていった。恥も外聞もない、いっさ清々しいほどの逃げっぷりだった。
「追わなくてよろしいのですか?」
「放っておけ」
十兵衛はあっさりと言い捨て、刀を鞘に戻した。
「松が親父殿にも伝えたそうだ。あれだけ脅せば、二度と柳生に手出しはするまい」
大目付の祖父にも連絡済みだったとは、姉の手回しの良さにはつくづく感心させられる。
「この者らはどうします?」
周りを見れば、血塗れの旗本奴だらけだ。すでに死体となっている者もいれば、いまだ血を流して悶え苦しんでいる者もいる。
「そちらも家の者に伝えてあるそうだ。あとは主膳がうまくやってくれるだろう」
主膳とは叔父・宗冬の幼名である。貧乏くじを引かされた叔父こそ災難である。厄介事を弟(叔父)に押しつけて憚らない辺り、親娘だな、と竹は呆れ返る。今まで、己が松を巻き込んだと思っていたが、どうも竹こそが姉の手のひらの上で踊らされていた気がした。
ちらりと松の方を見ると、素知らぬ顔でまだ修行が足りませんね、と言った。
七
竹は駕籠の中で目を覚ました。北福寺を出ると、柳生家の駕籠が待っていた。どうやら宗冬が気を利かせてくれたらしい。竹は駕籠に乗せられ、屋敷への帰路についた。横には松と十兵衛が付いている。松は断り、十兵衛はどうせ乗らないだろうと思われたらしく、用意されていなかった。
果たし合いの疲れが出たのか、いつの間にか眠っていたようだ。
「それで、小田原の方はどうだったのですか?」
駕籠の外で松の声がする。
「まあ、何とかなった。本当は箱根の湯で養生したかったんだがな」
今度は父がため息交じりに苦笑する気配がした。
「風魔の忍びは骨が折れた。伊賀や甲賀とはまた違う術を使う」
「ですが、あくまで忍びなのでしょう? 切支丹の妖術使いに比べれば」
「そうは言うがな。妖術使いはあくまで一人だが、忍びは百人以上はいた。そやつら一人一人が虫を操り、鋼のように硬くなったり、雷を操ったり……これはもう死ぬかと思ったぞ」
「ですが切ることは出来るのでしょう? でしたら、まだマシなのでは? あちらは首を落とされない限り、真っ二つにされようと心臓を貫かれようと死なぬと仰ったではありませんか」
「妖怪変化の方がまだ楽だ。南蛮の剣士は凄まじく速い剣を使う。あれは肝が冷えた」
「大陸の拳法使いとどちらが強かったですか?」
「どちらも強いと言えば強かったが、やはり真田の……」
父と姉がまた戯れ事を言い合っている。いつもそうだ。父のほらに合わせて適当なことを言うのが松は得意なのだ。
己にはとうてい真似出来ない。
「……で、竹はどうなのだ?」
いつの間にか、話題が竹の話になっている。どうやら惣左ヱ門との果たし合いのようだ。
「あれは、天賦の才でしょうね」
松の声がいつになく神妙になっていた。
「目を閉じながら振り上げたあの剣、父上にそっくりです。もし男の子であれば、父上の跡を継げたやも知れませぬ」
修行をおろそかにするといけませんから竹には内緒ですよ、と付け加える。
「そうか」
「やはり、男の子の方が良かったですか」
それを聞いた途端、竹の心臓が跳ね上がった。どれだけ剣術を極めようと女子の身では柳生家も新陰流も継げない。そう考えた時、いつも己の修行が無駄ではないか、父もまた家中の者のように「女だてらに生意気な」と煩わしく思っているのではないかと、鍋に付いた焦げ目のように頭から離れなくなる。
「どちらでも構わぬさ」
十兵衛の声は相変わらず投げやりで、興味なさげではあったが、ほんのわずかな温かみがあった。
「家の跡継ぎなら養子でも宗冬でもいい。剣術なら、それこそ跡継ぎなどどうでもいい。俺の剣など、誰に継がせるものでもない」
だから、と十兵衛が続けた。
「剣術をやりたいのなら女だろうとやればいいのだ」
竹はぎゅっと己の胸をつかんだ。歯を食いしばり、叫び出したくなるのを懸命にこらえていた。剣士たる者、感情に突き動かされてはいけないのだ。だからこそ、湧き上がるこの気持ちも己の中で抱え、誰も告げず、ひっそりと暖めていこうと思った。
屋敷に戻れば、きっと叔父や家老たちの説教が待っている。きっと今回が初めての果たし合いではないことも、以前にも辻斬りや夜盗相手に真剣勝負を挑んだのも白状させられるだろう。今度は何日、謹慎させられるかと思うとうんざりだが、それも耐えられる気がした。
明日こそ十兵衛を稽古に付き合わせようかと思いながらもう一度目をつぶり、波間のような駕籠の揺れに身を任せた。
一
「そこの小僧、柳生の門弟だな」
竹が朝の稽古を終えて外に出ると、不意に声を掛けられた。振り返ると、門の向こう側に見慣れぬ武士が立っていた。浪人者かとも思ったが、派手な絣の着物を無造作に着崩している姿にうらぶれた雰囲気はなかった。
旗本奴の類かと竹は推察した。豊臣家が滅び、徳川の世となって、はや三十余年。戦にも出られず、活躍の場を持て余した旗本や御家人、およびその家来どもが徒党を組み、侠客を気取って、江戸府内で狼藉を繰り返しているという。そのような輩がこの屋敷に何の用か。
何より二重に間違えている、と心の中で毒づいた。まず竹は門弟ではないし、なにより男でもない。れっきとした柳生家一万二千五百石の姫である。
とはいえ武士が間違えたのは無理もない。白の小袖に紺袴、道場の稽古着で、髪も妨げにならぬように首の後ろで束ねている。傍目には元服前の少年とのようだという。父親に似て目付きも鋭くて骨太のせいか余計にそう見えるのだろう。少なくとも当主の孫娘が家来に混じって稽古など、他家ではしていないようだ。
「そうですが、どちら様でしょうか」
一瞬迷ったが、誤解を解かずにおいた。名乗りもしない相手に、正直に答えてやる義務はない。小娘だてらに剣術か、と軽侮の目で見られるのも業腹である。なにより武士の口調からして質問ではなく、確認である。
「大鳥平次郎だ。見知りおけ」
横柄な口調に鼻白む。竹も名乗ろうかどうか迷ったが、大鳥は気にした風もなく、文箱から手紙を取り出すと、ずかずかと屋敷に入り込んできた。門番が制しようとしたが、竹が手で止めた。
「これを」
大鳥が取り出したのは、手紙である。左封じ。果たし状だ。
「確かに渡したぞ」
「返事はいかが致しましょうか」
察するところ、この男は使者だろう。こんな無頼漢を使者に立てるあたり、申し込んだ者の程度が知れる。叩き返そうかとも思ったが、それこそ目の前の輩と同じ穴の狢になってしまう。受け取った以上は相応の対応を取るべきかとも思う。根は律儀なのだ。
「なあに、今度は断るまいて」
にたりと笑った。酒でも入っているのか赤ら顔だ。
「また糞の上を歩きたくはあるまい」
その瞬間、竹の目が白く眩んだ。どこぞの肥溜めから取り出したのだろう。屋敷の周囲に糞尿がぶちまけられたのは、七日前の話である。悪質な嫌がらせに家臣総出で犯人を探しているが、まだ捕まっていない。反射的に刀に手を掛けようとして迂闊《うかつ》さに気づいた。
今の竹は、刀どころか竹刀すら持っていない。大鳥は呵々大笑しながら去って行く。
「待て!」
怒気を含ませて呼び止めたものの、門を出た時には大鳥の姿は消えていた。逃げ足の速い。追いかけようかとも思ったが、刀を取りに戻っていては間に合うまい。舌打ちをして、竹は改めて果たし状を見て、どうしたものかとため息をついた。
果たし合いを申し込まれたのは、柳生十兵衛三厳。
柳生但馬守宗矩の嫡男にして新陰流の達人。そして竹の父である。
二
柳生十兵衛といえば世間では隻眼の剣豪と知られている。子供の頃に右目を失い、十三歳の時に将軍・徳川家光の小姓として仕えるが、二十一歳の時に勘気を被り、蟄居を命じられる。その後十年以上にわたり、江戸を離れていた。故郷の大和国柳生庄をはじめ諸国を放浪していたという。武者修行の旅とも宗矩の名を受けて隠密働きをしていたとも噂されているが真偽の程は定かではない。かなり派手に動き回ったのか、父の剣名は諸国に知れ渡っているようだ。
江戸城御書院番として再出仕したのは三十一歳の時、大和の豪族・秋篠和泉守の娘と結婚したのはその後である。大名家の結婚には将軍の認可がいる。勘気を被っていたために、縁談も進められなかったのだろう。
そうして生まれたのが女が二人、つまり姉の松であり妹の竹である。縁起のいい名前ではあるし、竹自身嫌いでもないのだが、もし妹が生まれていたら梅と名付けられていただろうとは、簡単に想像が付いてしまう。
現当主の宗矩が身罷れば、当然十兵衛が跡を継ぐ。問題はその後だ。
柳生家の跡継ぎとは、大名家の次期当主であり柳生新陰流の後継者でもある。流派と大名家、二つの跡継ぎを求められるというのに、父には急いた様子はない。優れた弟子を婿にして姉と娶らせるのか、側室だか妾だかを作って、男子が生まれるまで孕ませるのか。あるいは叔父の宗冬に家督を譲るのか。はっきりとした方針が父の口から出たことはない。放置している、というより興味がないようだった。腹の内は定かではないが、あれで柳生家の跡継ぎが勤まるのかと不安になる。
娘の竹にとって柳生十兵衛とは、酔っ払いのおおぼら吹きだった。
酒好きのあまり、酩酊しながら道場を訪れたかと思えば、稽古をするでもなく大の字になって寝てしまう。たまに松や竹にも昔話を聞かせてくれるが、どれもこれも子供騙しのシロモノだった。
有名な剣豪との決闘や、旅の途中で数十人の山賊と戦った、などというのはまだ真に迫った方だ。徳川家転覆をたくらむ邪教集団を刀一本で壊滅させただの、鹿児島に行って生きていた真田幸村率いる十勇士と戦っただの、島原の一揆では切支丹の妖術使いや南蛮の剣術使いと戦っただのと、自分を源頼光か俵藤太とでも思い込んでいるのだろうか。
何より実際に剣を持って仕合っているところなど一度も見た事がない。高位の門弟たちは、若い頃はそれはそれは凄まじい腕前だとほめたたえるが、どうも話半分だと思っている。多少なりと分別があれば、娘に向かって「そなたの父は、実は大したことがない」とは言わないだろう。
剣豪というのも怪しいと思っている。並の剣士よりは上だと思うが、世間が思うほど強くもない。それが竹の評価だった。剣豪だなんだともてはやされるのは、父のおおぼらを真に受けたのと、祖父の剣名のおかげだろう。
祖父の宗矩は七十をこえてなお矍鑠としている。小さい頃から何度も稽古を付けてもらったが、一本も取れなかった。普段は子供の竹よりずっと弱々しいのに木刀を持ったとたん背筋がぴんと伸びて、老猿のようなたたずまいから孫悟空に早変わりする。掛け声も魂を砕かれるかと思うほどけたたましく、背筋を震わされる。おかげで換えの袴を用意しなくてはならなかった。しわだらけの目からのぞく眼光は心臓が止まるかと思うほど鋭い。大坂の陣では敵の兵士七人を一瞬で切り捨てたという話もさもありなん、と思う。
さてどうしたものか、と果たし状に目を落とす。祖父ならば万が一にも負けるとは思えないが、挑まれたのは父である。それに祖父は今、故郷の柳生庄に戻っている。
何より肝心の父も江戸にいないのだ。若い頃の放浪癖でも出たのか、一ヶ月ほど前に「小田原の方に行ってくる」と言い残して屋敷を出て以来、音沙汰なしである。いつ戻って来るかも定かではない。このままでは果たし合いをすっぽかす羽目になりそうだ。
別に大鳥某が待ちぼうけを食って腹を立てようと、風邪を引こうと知った事ではない。むしろ流行病にでもかかってくたばればいいと思うが、まるで己が取り次がなかったせいだ、と思われるのも癪に障る。何より大鳥は「今度は」と言った。つまり前にも果たし合いを挑み、無視されたのだ。糞尿はその報復だろう。
悩んだ末に竹は屋敷に戻ると、手近な部屋に入り、後ろ手に障子を閉める。
他人宛の手紙を勝手に見るのは無作法だろうが、不測の事態だ。やむを得まいと、己に言い聞かせて手紙を開ける。金釘流の字に顔をしかめながら読む。申し込みの相手は、山中惣左ヱ門という浪人者だという。どうやら遺恨含みのようだ。かつて父・十兵衛が放浪中、惣左ヱ門の兄を果たし合いの末に切り捨てたという。兄の無念を晴らすべく、今度は弟の自分と立ち会え、という意味の事が書いてある。品川にある北福寺の境内で、明後日の暮れ六つ(午後六時頃)とある。立会人は一名のみ。もし来ない場合は柳生十兵衛は天下の臆病者であり、柳生家は立ち会いも出来ぬ腰抜けだと江戸中に触れて回ってやる、と脅し文句まで並べている。
読み終えると、竹の手は果たし状を握りつぶしていた。
「性根の腐り果てた男だ」
果たし合いに遺恨を残さないのが、武家の作法である。それを勝手に蒸し返した挙げ句、日時まで勝手に決めて立ち会えとは、片腹痛い。本気で決闘を挑むつもりならそんな真似をするものか。どうせ尋常の果たし合いではあるまい。相手にせねば逃げたと誹り、応じれば多人数で囲み、袋だたきにするつもりだろう。あるいは、将軍家指南役の地位を柳生家から奪い取りたい者の策略だろうか。
いずれにせよ放っておくのが最善なのだろう。逃げただの何だのと、しょせんは勝手な言い草だ。そもそも決闘相手の在不在すら確かめぬ阿呆など、相手にするまでもない。祖父ならばそう言うはずである。ほかの門弟に相談しても放っておくが定石と言うだろう。旗本奴相手の果たし合いなど、すっぽかしたところで、将軍家指南役の地位は小揺るぎもするまい。理屈ではわかっている。
父が逃げただの臆病者だのと噂されたとしてもしょせんは旗本奴の勝手な言い分である。柳生の名に傷など付かないだろう。だが泥は被る。事実、糞尿までぶちまける相手である。今度は屋敷の門や看板まで汚しかねない。
竹は柳生家と、柳生新陰流を愛していた。三歳の頃より竹刀を握り、家臣や門弟に混じって剣を振るってきた。女の身では家名も流派も継げぬとは百も承知である。それでも、いや、だからこそ柳生家を不当におとしめる輩に我慢がならない。
あの大鳥とかいう旗本奴も山中惣左ヱ門とかいう浪人も柳生家に喧嘩を売ったのだ。買ってやろうではないか。
「しかし問題は、立会人か」
道場には柳生新陰流の高弟が何人もいるが、竹が代理で決闘に応じる、などといえば間違いなく止められる。叔父の宗冬は役儀のために江戸城に詰めている。何より常識人だ。やはり竹を止めるだろう。独りで行く、という選択も考えたが、不測の事態を考えれば誰かしら連れて行きたい。
「と、なるとこれしかないか」
巻き込むのは本意ではないが、これも柳生家に生まれた宿命と諦めていただくしかあるまい。
何より竹の難儀を見捨てはしないだろう。実の姉妹なのだから。
三
「本当に行くのですか? 止めるなら今のうちですよ」
「もう決めた事です」
果たし合いに向かう途中でまた同じやり取りを繰り返す。これでもう何度目だろうか。
二日後、竹は姉の松とともに指定された北福寺に二人で向かっていた。大名家の姫が屋敷を抜け出した上に、供も付けずに出歩くなど常識で考えればあり得ないのだが、竹にとっては手慣れたものである。第一、今から果たし合いに向かいます、と言って家中の者が駕籠を出してくれる訳がない。他家の者が聞けば、不心得者と正気を疑われるか、指さして笑うだろう。
「姉上は立会人として見届けて下さればいいのです」
「しかしですね」
何度言い聞かせても道すがら同じ話をするのだからたまらない。これから果たし合いだというのに気力が萎えてしまうではないか。
姉の松はどちらかといえば母に似たのだろう。温和な気質で、容姿も美人ではないが、小さな目とふっくらとした頬で微笑むのが竹は好きだった。見た目には剣術とは無縁そうだが、これでも腕前は竹より上である。特に守りが上手い。道場で立ち会っても、堅実で正確な太刀筋を崩せず、隙を付かれて一本を取られてしまう。
動きやすいように、松も竹と同じく稽古着に着替えている。袴は同じだが、竹が白地で、松は藍色である。腰には両刀を差している。無名ではあるが、それなりの業物だ。
「真剣勝負は道場の稽古とは違いますよ」
「百も承知の上です」
まったく姉上は心配しすぎなのだ。いかに竹とて果たし合いを侮るほど愚かではない。たとえ相手の方が格下であろうとも、一つ間違えば命を落とす。真剣勝負は命懸けに決まっている。
「姉上は手出し無用。これでも柳生の剣士です。必ずや討ち取って参ります」
「本当に、言いだしたら聞きませんね、あなたは」
恨みがましい目でにらむと、盛大にため息を吐いた。
「まあいいでしょう。わたしはわたしで動くだけです」
「やはり、姉上にも出番が来ると?」
当然でしょう、と松はうなずいた。
「話を聞く限り、尋常の果たし合いで済むとは到底思えませんからね。わたしの方でも策は用意しました」
「それはどのような?」
「あなたには内緒です」
敵をあざむくにはまず味方から、と松はいたずらっぽく笑った。
四
北福寺の境内に耳障りな笑い声が響いた。
「よりにもよって女と子供、二人だけでよこすとは、柳生家にはよほど人がいない見える」
露骨に嘲りを浮かべるのは、豪傑風の大男である。これが山中惣左ヱ門のようだ。なるほど竹より頭一つ分は大きい。文字通り、大人と子供だ。浪人者と聞いていたが、尾羽うち枯らした様子はない。総髪に結った髷も整っている。既にたすき掛けをして、額に鉢金も巻いている。肩に掛けた羽織は、黒地に白の髑髏を染め抜いている。
隣には、先日の大鳥もいる。ほかに人影はないようだが、松を見れば油断なく周囲に気を配っているようだ。伏兵を用心しているのだろう。
竹たちがいるのは、本堂の裏手にある雑木林の前である。背の低い雑草は生えているが、歩くのに支障はなさそうだ。
見たところ、鐘は盗まれていないし茅葺き屋根も手入れもされていて、廃寺ではなさそうだ。今から命のやり取りが行われるというのに、寺から人の出て来る気配がない。住職の留守を狙ったのか、鼻薬でも嗅がせたのだろう。
娘とは名乗らず、十兵衛が不在のため、己が代理で果たし合いに来たとだけ言った。それで今し方の大笑いである。
竹はまだ小僧扱いのようだ。ただ、男装をしていても松を男と見紛うのは難しい。まだ未熟とはいえ、体つきは女のそれに近付いている。
「てっきり柳生家総出で殴り込んでくるかと思ったが、当てが外れたな」
大鳥はつまらなそうに天を仰いだ。
「もし来ていたら、どうするつもりだったのですか?」
「その時は、同輩が手薄になった屋敷に攻め入ってやっただろうな」
武家屋敷は城も同然である。みすみす破落戸に奪われたとなれば、よくて改易、最悪お家断絶である。
「何故、そこまで柳生家に? あなたも何か遺恨がおありですか」
「そんなものはありはせぬ」
大鳥はさらりと言った。
「そこの男が十兵衛に恨みがあるというから、力を貸してやったまでよ。剣術指南役とやらの鼻を明かすのも面白いと思うてな。誰が来るかと思ったが、まあ子供とは思わなんだな」
話を聞きながら竹はしきりに手の指を動かしていた。憤怒を紛らわすためだった。大鳥どもは最初から父が来ないとわかっていたのだ。大人数を動かせば、その隙に屋敷へ攻め入り、約束どおり二人で来れば、仲間ともどもで袋だたきにする。
安全な場所から柳生家に泥を投げつけ、せせら笑う。腐りきった性根に目が眩みそうになった。
「それとも、女の尻で見逃してくれと命乞いでも頼まれたかな」
「貴殿とは違います」
竹はさらりと受け流す。腹立たしい相手だが、感情を制御するのもまた修行である。呼吸を整え、頭にのぼった血を静める。言葉にした分、心の方も余裕が生まれる。
「命乞いならそちらの方でしょう。此度の無礼を詫びて、腹を切るというのなら介錯くらいはつとめてさしあげますよ」
相手を怒らせるのも兵法である。心が乱れれば剣も乱れる。怒りに任せてふるった剣は、力はあっても精妙さに欠ける。
「ぬかしたな、小僧」
惣左ヱ門が羽織を投げ捨てると、刀を抜いた。厚みのある刀を青眼に構える。ほう、と竹は感心した。濁った目をしているが、構えは様になっている。
「小僧の一人や二人、相手にするのも馬鹿馬鹿しいと思ったが気が変わった。貴様の首を柳生家の屋敷に投げ込んでくれる」
「貴殿の家作はどちらですか?」
夕陽をきらめかせる切っ先に怯えもせず、竹は続ける。
「場所がわからなくては、その首を投げ込めませんから」
「ほざくな!」
耳をつんざくような怒号が境内をうち振るわせた。竹はわずかに仰け反った。ほんの一瞬、頬に風の塊を投げつけられた気がした。
面白い、と歓喜に湧き上がりかけた心を深呼吸して静める。怒りはもちろん、愉悦もまた行き過ぎれば油断に繋がる。
とはいえ、期待していなかった分、喜びが大きいのも事実だった。
松に手伝ってもらい、たすき掛けをして汗止めの鉢巻を締める。
惣左ヱ門の目が細められる。竹の実力を侮れないと悟ったのかも知れない。
「名は何と申す?」
「父からは竹と呼ばれています」
嘘は言っていない。女だとばれればまたややこしくなると思ったので、勘違いをそのままにしておいたまでだ。これも兵法である。
「竹之進だか、竹次郎だかは知らぬが、小僧。覚悟はいいか」
「無論」
竹はうなずいた。
「では、はじめましょうか」
草履を抜き、足袋で地面を踏むと竹も刀を抜いた。右手で刀を持ち、だらりと切っ先を垂らす。
「無形の位か」
柳生新陰流の基本姿勢である。あえて構えを取らずにおくことで様々な状況に素早く対応出来る。
「ご存じでしたか」
「柳生新陰流とは何度も戦っている」
惣左ヱ門がふてぶてしい笑みを浮かべた。
「全員、たたっ切ってやったがな」
「未熟だったのでしょうね」
竹は摺り足で歩みを進める。
「あなた程度にやられるようでは」
返事の代わりに大音声が浴びせられる。
まず気合いのこもった大声で相手の意気を奪うのは、決闘の定石である。竹も丹田を引き締め、腹の底から練り上げた声で応じる。
竹は心の中でにやりと笑う。その程度の声で気力は奪えない。惣左ヱ門も意気を失した様子はなかった。まずは互角のようだ。
青眼の構えのまま、距離を詰めて来た。一直線ではなく、右に左にと地を這う蛇のような動きでにじり寄る。
互いの距離がおよそ二間(約三・六メートル)まで詰まった時、惣左ヱ門の構えが八相に変化する。
高々と構えた刀の腹には、群青色の空と黄白色の陽光が照らされていた。
あえて無形の位のまま足を止める。夕暮れの風が冷たい。日差しを失い、熱を欲したかのように二人の間を駆け抜けていった。惣左ヱ門の目が竹の一挙手一投足に注がれているのを感じた。今更ながら、竹の実力に気づいたのだろう。鉢金の隙間から透明な汗がこぼれ落ちるのが見えた。
惣左ヱ門が前に出た。子供相手に苦戦している己に焦ったのか、強引にねじ伏せるつもりのようだ。あっという間に距離を詰めると、袈裟懸けに振り下ろしてきた。竹は体を半身にして刃を避ける。反撃に転じる間もなく、惣左ヱ門の攻撃は続いた。風を切りながら切り上げに横薙ぎ、片手面撃ちと嵐のようにおそってきた。思いのほか鋭い太刀であったが、見切れぬほどではなかった。体を捻り、かわし、ずらし、後ずさって避ける。
「逃げてばかりか」
惣左ヱ門の挑発が飛んだ。実際、竹には惣左ヱ門の刀は受け止められない。さすがに膂力が違いすぎる。刀で受け止めれば、力負けして刀を弾き飛ばされるか、額や肩を切られてしまうだろう。つばぜり合いなどもってのほかだ。せっかくの刀が刃こぼれしてしまうではないか。
「あなたこそ、そろそろ当ててはどうですか?」
足を狙った薙ぎ払いが来た。竹はわずかに後ずさった。袴の一寸先を切っ先が駆け抜けていった。惣左ヱ門の舌打ちを聞きながら再び距離を開ける。
惣左ヱ門から流れ出る汗が多くなった。呼吸も乱れている。真剣勝負で刀を振り回すのは、想像以上に体力を消耗する。竹も最初はそうだった。苛立ちと焦りからか、追い詰められた獣のように目を血走らせている。
頃合いか、と竹が進み出た時、惣左ヱ門が刃を返した。磨き上げられた刀身が鏡のように夕陽を反射し、竹の目を刺した。とっさに目を閉じた刹那、前方から獣のような殺意とともに地を蹴る音がした。
目眩ましとはやってくれる、と感嘆しながらも体を半身にしていた。すれ違いに顔前を鋭い風が駆け抜けていく。
目を閉じたまま飛び下がると同時に、刀を思い切り振り上げる。肉を切る手応えがした。
着地と同時に目を上げると、惣左ヱ門の刀は右手首ごと宙を舞っていた。
勢いよく回転を続け、弧を描いて地に突き刺さる。その途端、柄から手首がぽろりと落ちた。
「勝負ありましたね」
勝ちを宣言しながらも竹の目は油断なく、うずくまった惣左ヱ門に注がれている。むせかえるような鉄錆の臭いがした。傷口からは、赤黒い血が溢れ出ていた。苦痛と出血のためだろう。顔は蒼白になっている。残った左の手のひらで押さえているが、指の隙間からとめどなく血がこぼれ落ちている。
「……参った」
苦しげな降参の意を聞くと、竹は鉢巻を外して惣左ヱ門に放り投げた。
「血止めをすればまだ助かりますよ」
「……かたじけない」
左腕と歯を使って肘の辺りを縛り上げると、切り落とされた右手首を拾い、ゆらゆらと幽鬼のような足取りで去って行った。
五
「なかなか面白い見世物だったな」
大鳥が冷やかすように言った。
「まるで五条大橋の弁慶と牛若丸のようだったぞ」
「まさか」
あの男では、安宅の関どころか、九九九本の太刀も集められまい。
「ご覧の通り、果たし合いは私が勝ちました。あなたはどうされます?」
切っ先を大鳥へと向ける。
「俺が? まさか? 俺はただの立会人に過ぎんよ。仇討ちのつもりなど毛頭無い」
とんでもない、と言いたげに大げさに手を振った。冗談めかしてはいるが、嘘を付いている様子もなかった。
「しかし、あやつも口ほどにも無い。せっかくお膳立てしてやったというのに、十兵衛どころか門弟にすら勝てぬとは」
「私は門弟ではありません」
父から剣術など一度も教わっていない。
「細かい事はどうでもいい」
大鳥が不意に凶暴な笑みを浮かべる。
「天下の柳生家に喧嘩を売ったのだ。どうせなら、行くところまで行かぬとなあ」
懐から取り出した笛を鳴らした。境内に鳥の声のような音が鳴り響いた。
「後ろです」
松の声がした。声と同時に、竹は転がるようにしてその場を飛び退いた。轟音が聞こえた。とっさに耳を押さえながら振り返ると、竹の居たあたりの土が無残にえぐれている。
火縄銃か。
戦慄する間もなく、続けて扉の開く音がした。本堂から男たちが次々と現れ、竹と松を取り囲む。いずれも奇異で頓狂《とんきょう》な格好だった。
出るわ出るわで、旗本奴は全部で二十四人。しかも、いずれも鎖帷子を着込んでいるようだ。中には弓矢や槍、投網《とあみ》まで用意している者もいる。ここまで来れば果たし合いどころではない。戦である。
「最初から生きて帰すつもりはない、というわけですか」
「もしかして、気づいていなかったのですか」
松が咎めるような視線を向ける。
「不心得ですよ」
「まさか、気づいていましたとも。この寺に来てからずっと」
あのような殺意丸出しの気配など、気づいてくれと言っているようなものだ。だからこそ、後ろからの不意打ちにも気を配らねばならず、思わぬ苦戦を強いられた。
「まあ、そういうことにしておきましょう」
松は涼しい顔で言った。
「気を付けろ、そこな小僧はなかなかやるぞ。貴殿らも腕を落とされぬようにな」
「なあに、たかが浪人者と同じにしてもらっては困る」
威勢良く応じたのは、顔に傷のある大男である。腰には三尺近い大刀を刺している。おまけにご丁寧にも銀色の鎧兜で身を包んでいる。南蛮製のようだ。竹が見たところ、惣左ヱ門よりは出来るようだ。
さて、どうしたものか、と竹は頭を悩ませる。さすがに二十四対二では、苦戦は免れない。おまけに敵は鉄砲まで用意している。これはさすがにまずいのではないだろうか。
状況は不利だというのに、松は相変わらず平然としている。
「策がお有りなのですか」
松はにっこりとうなずいた。
「ええ、とっておきのが」
「何を企んでいようと無駄なことだ」
大鳥がせせら笑った。
「仲間はこれだけではない。たとえ柳生の連中がここに駆けつけたとしてもすぐには来られまい」
足止めのための伏兵も潜ませているようだ。つくづく閑な連中だ、と竹は呆れ果てた。その労力を己の修行か、天下万民のために使えばこの世の中も少しは良くなるだろうに。
「どうする小僧? そこの娘ともども身を差し出すというのなら考えぬでもないな」
粘り着くような嫌らしい笑みに、竹は総毛だった。どうやら大鳥は衆道好みでもあるようだ。
「ふざけるな、私は……」
反論しかけた時、境内の空気が変わった。風か吹いたわけでもないのに、そうとしか形容できないほど、異質な気配が近付いている。石段を登り、こちらにまっすぐ近付いている。何者だ、と竹は反射的に剣をそちらに向ける。竹の知っているどの剣士とも違う。祖父の宗矩ですらこれほどの剣気は出せない。少なくとも出しているのを見た事はない。何者か、と息を呑む。やがて本堂の陰からそれは姿を現した。
伸ばし放題の月代に茶筅髷、黒の羽織に鼠色の袴、草鞋脚絆を付けた壮年の男である。顔にまばらに生えた髭に骨太の顔、何より右目を覆う刀の鍔は、男が隻眼であると雄弁に物語っている。
柳生十兵衛三厳、竹と松の父である。
六
「すまん、道に迷った」
十兵衛は竹と松を見つけると頬を掻いた。
「寺の名前を忘れてな。この辺りをうろつき回っていたところで、腕から血を流している男を見つけてな。そいつから聞き出して、ようやくたどり着いた」
「まあ、それは難儀でしたね」
当然のように受け答えをする松と比べ、竹は当惑していた。何故父上がここに?
「もしや、姉上の策というのは……」
「必勝の策でしょう?」
松は笑顔で言った。
「これはこれは、柳生のご嫡男殿であらせられるか」
大鳥が小馬鹿にした口調で前に進み出てきた。
「ここでお目にかかれて光栄ですな」
「来るつもりはなかったのだがな。娘の一大事と聞かされては、駆けつけるしかあるまい」
十兵衛はうんざり、と言いたげに顔をしかめる。
「こいつらに何かあったら、アレがうるさい。引っぱたかれでもしたらかなわん」
母上のことだろう。何たる言い草かと、竹こそ引っぱたいてやりたくなった。
「街道には兵を潜ませておいたはずだが」
「さあ、誰とも会わなかったが」
十兵衛は首をひねった。
「草むらで糞でもひり出していたのだろう。近頃は冷えるからな」
「ならば、貴公もここでしていくといい」
大鳥が手を上げる。
「腸ごとな」
旗本奴たちが一斉に剣を抜いた。
輪の外にいる者たちも銃口を向け、矢をつがえる。
「隠れていろ」
十兵衛はそれだけ言って背を向ける。呆気にとられる竹の袖を、松が引いた。
「言われたとおりにしましょう」
「ですが」
囲まれているのにどうやって、と言う間もなく旗本奴が三人、血しぶきを上げて崩れ落ちた。
竹は目を瞠った。目を逸らしてすらいなかった。ほんのわずか、意識を外しただけなのに、父の姿はすでにそこにはなく、旗本奴どもの間をすり抜け、次々と切り伏せていく。電光石火の早業、と言うわけでもない。むしろ散歩でもするかのようにゆったりとしているのに、次の瞬間には、父の姿を見失う。
使う剣も奇妙だった。技自体は柳生新陰流そのものなのに、竹の知る流儀とは全く別物のようにしか思えなかった。力を込めた風でもなく、ひょいと刀を振っただけなのに敵は腕を、胸を、頭を切られて倒れていく。むしろ剣を振るったところに相手が無防備な場所を差し出しているかのようにも見えた。
「よく見ておきなさい」
我を忘れて見入っていた竹の横で、松が叱りつけるように言った。
「あれが、私たちの父。柳生十兵衛三厳です」
既に旗本奴の数は半数以下に減っていた。境内には、腕を切られて悶え苦しむ呻きや、血の海にのたうち回る怨嗟の声で溢れていた。生き残った者も妖魔に出くわしたかのように顔面蒼白になっている。
「何をしている、やれ!」
大鳥の指示で、火縄銃を構えた男が樹の上から銃口を十兵衛に向ける。引き金を引いた。雷鳴のような音に耳朶を叩かれる。
それだけだった。男は顔を押さえながら、火縄ごと樹の上から転げ落ちた。今のはかろうじて竹にもわかった。
「印地か」
いつの間にか拾い上げた石ころを放り投げたのだ。戦国の世では投石も立派な兵法である。達人にかかれば、弓矢にも負けない武器になる。
続けて本堂に潜んでいた弓使いも同様に頭から血を流して崩れ落ちる。
「あとは何人かな」
十兵衛が指差し数えた途端、旗本奴どもは這々の体で逃げ出した。残ったのは、大鳥と鎧兜の大男である。
「聞きしに勝る腕前だな」
鎧兜の男は腰の大刀を抜くと、鞘を高々と放り投げた。茜色の鞘が音を立てて、地面に転がる。十兵衛の左目がわずかにそちらに向いた。
「だが、このワシは切れまい」
「新陰流に武者相手の兵法がないとでも?」
鎧には構造上、無防備な場所がある。脇や首回り、太股などの急所を狙った技は各流派に存在する。
「通用するかどうか、試してみるがいい」
喚くなり男が突っ込んできた。刀を抱くように持ち、体を低く構え、体格と鎧の重量を生かした突進である。
衝突する寸前、十兵衛は体を半身にしてかわすと、すれ違いざまに剣を振るった。ほんの一瞬、金属のこすれる音がした。
男の突進は止まらず、本堂を支える柱にぶつかった。みしり、と本堂がわずかに揺れる。見れば柱にヒビが入っている。
すさまじい体当たりだった。まともにぶつかれば、竹など轢《ひ》き潰れてしまうだろう。
「なるほど」
十兵衛が心得たとばかりにうなずいた。
「極力、急所を隠し、鎧の下にも工夫があるようだな」
「その通りだ」
応じたのは大鳥である。
「いかに貴公が達人だろうと、五郎左の鎧は切れぬ。さあ、やれ!」
五郎左と呼ばれた男は返事をしなかった。柱にもたれかかった体勢で、十兵衛や大鳥らに背を向けて立ち尽くしている。
「どうした、やれ!」
「ああ、この御仁は五郎左というのか」
十兵衛は気まずそうに頬を掻いた。
「いや、長い鞘など敵につかまれたり引っかかったりして邪魔だからな。外すのは百も承知なのだが、あまりにもこれ見よがしに捨てるものだからな。巌流島の故事に倣って『敗れたり』とでも言ってやろうかと思ったのだが、その暇もなかったな」
金属音がした。見れば、五郎左の鎧が頭から背中にかけて蝉の抜け殻ようにぱっくりと割れていた。割れ目から血しぶきが上がる。
「五郎左、敗れたり」
十兵衛の言葉と同時に膝から崩れ落ち、額を柱にこすりつけたまま動かなくなった。刀傷は頭部にまで達し、脳が見えていた。
「ば、バカな……」
竹も信じられなかった。鉄の鎧をどうやったら刀で切れるというのか。
「さて、残るは貴殿のみだな」
十兵衛が刀を一振りする。これだけ斬っておきながら、刃こぼれどころか、血の一滴も付いていない。
「新陰流の技、存分に味わってみるかな?」
大鳥が悲鳴を上げて背を向けた。刀を捨て、森の方へと消えていった。恥も外聞もない、いっさ清々しいほどの逃げっぷりだった。
「追わなくてよろしいのですか?」
「放っておけ」
十兵衛はあっさりと言い捨て、刀を鞘に戻した。
「松が親父殿にも伝えたそうだ。あれだけ脅せば、二度と柳生に手出しはするまい」
大目付の祖父にも連絡済みだったとは、姉の手回しの良さにはつくづく感心させられる。
「この者らはどうします?」
周りを見れば、血塗れの旗本奴だらけだ。すでに死体となっている者もいれば、いまだ血を流して悶え苦しんでいる者もいる。
「そちらも家の者に伝えてあるそうだ。あとは主膳がうまくやってくれるだろう」
主膳とは叔父・宗冬の幼名である。貧乏くじを引かされた叔父こそ災難である。厄介事を弟(叔父)に押しつけて憚らない辺り、親娘だな、と竹は呆れ返る。今まで、己が松を巻き込んだと思っていたが、どうも竹こそが姉の手のひらの上で踊らされていた気がした。
ちらりと松の方を見ると、素知らぬ顔でまだ修行が足りませんね、と言った。
七
竹は駕籠の中で目を覚ました。北福寺を出ると、柳生家の駕籠が待っていた。どうやら宗冬が気を利かせてくれたらしい。竹は駕籠に乗せられ、屋敷への帰路についた。横には松と十兵衛が付いている。松は断り、十兵衛はどうせ乗らないだろうと思われたらしく、用意されていなかった。
果たし合いの疲れが出たのか、いつの間にか眠っていたようだ。
「それで、小田原の方はどうだったのですか?」
駕籠の外で松の声がする。
「まあ、何とかなった。本当は箱根の湯で養生したかったんだがな」
今度は父がため息交じりに苦笑する気配がした。
「風魔の忍びは骨が折れた。伊賀や甲賀とはまた違う術を使う」
「ですが、あくまで忍びなのでしょう? 切支丹の妖術使いに比べれば」
「そうは言うがな。妖術使いはあくまで一人だが、忍びは百人以上はいた。そやつら一人一人が虫を操り、鋼のように硬くなったり、雷を操ったり……これはもう死ぬかと思ったぞ」
「ですが切ることは出来るのでしょう? でしたら、まだマシなのでは? あちらは首を落とされない限り、真っ二つにされようと心臓を貫かれようと死なぬと仰ったではありませんか」
「妖怪変化の方がまだ楽だ。南蛮の剣士は凄まじく速い剣を使う。あれは肝が冷えた」
「大陸の拳法使いとどちらが強かったですか?」
「どちらも強いと言えば強かったが、やはり真田の……」
父と姉がまた戯れ事を言い合っている。いつもそうだ。父のほらに合わせて適当なことを言うのが松は得意なのだ。
己にはとうてい真似出来ない。
「……で、竹はどうなのだ?」
いつの間にか、話題が竹の話になっている。どうやら惣左ヱ門との果たし合いのようだ。
「あれは、天賦の才でしょうね」
松の声がいつになく神妙になっていた。
「目を閉じながら振り上げたあの剣、父上にそっくりです。もし男の子であれば、父上の跡を継げたやも知れませぬ」
修行をおろそかにするといけませんから竹には内緒ですよ、と付け加える。
「そうか」
「やはり、男の子の方が良かったですか」
それを聞いた途端、竹の心臓が跳ね上がった。どれだけ剣術を極めようと女子の身では柳生家も新陰流も継げない。そう考えた時、いつも己の修行が無駄ではないか、父もまた家中の者のように「女だてらに生意気な」と煩わしく思っているのではないかと、鍋に付いた焦げ目のように頭から離れなくなる。
「どちらでも構わぬさ」
十兵衛の声は相変わらず投げやりで、興味なさげではあったが、ほんのわずかな温かみがあった。
「家の跡継ぎなら養子でも宗冬でもいい。剣術なら、それこそ跡継ぎなどどうでもいい。俺の剣など、誰に継がせるものでもない」
だから、と十兵衛が続けた。
「剣術をやりたいのなら女だろうとやればいいのだ」
竹はぎゅっと己の胸をつかんだ。歯を食いしばり、叫び出したくなるのを懸命にこらえていた。剣士たる者、感情に突き動かされてはいけないのだ。だからこそ、湧き上がるこの気持ちも己の中で抱え、誰も告げず、ひっそりと暖めていこうと思った。
屋敷に戻れば、きっと叔父や家老たちの説教が待っている。きっと今回が初めての果たし合いではないことも、以前にも辻斬りや夜盗相手に真剣勝負を挑んだのも白状させられるだろう。今度は何日、謹慎させられるかと思うとうんざりだが、それも耐えられる気がした。
明日こそ十兵衛を稽古に付き合わせようかと思いながらもう一度目をつぶり、波間のような駕籠の揺れに身を任せた。
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