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王都を崩壊させた張本人がやってきたので……今こそ断罪の時! 下

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「『悪魔払いエクソシスト』に用はないんだがな」
 ひそかに動揺しながらも意味がわからない、とアレンは首を傾げてみせる。

「首も真後ろに回らないし」
「とぼけなくってもいいよ。全部分かっているんだ」
 レナードはお見通しとばかりに目を細める。

「何百年も未完成だった『結界』をたった八歳の子供が完成させたんだ。天才なんて言葉で済ませられない」
「仮に俺がその『悪魔憑き』だとして、だからどうだというんだ? サインならお断りだぞ」

「ライランズ王家は元々、そういうのを呼びやすい家系らしくってね。数十年に一度、そういう子供が生まれるらしいんだ」

 『悪魔憑き』とは不可思議な知識と知恵を持つ、異能者。子供とは思えないほどの能力を発揮し、長ずるにつれてある者は善政を敷き、ある者は暴虐で諸国を戦乱へと巻き込む。生まれてすぐに自覚する者もいれば、ある日突然、別の人格に目覚める者もいる。

「僕はね、昔から『悪魔憑き』にあこがれていたんだ。生まれながらにして特別な存在なんだ。そして世界に大きな爪痕を残す。平凡な人間には一生掛かっても辿り着けない功績や災禍で、歴史に名を残す。素晴らしいじゃないか」

「一国の王太子以上に特別な人間なんてめったにいないと思うが?」
「それは立場が特別であって僕が、ではないよ」
 レナードはつまらなそうに鼻を鳴らす。

「五歳の頃、王妃母上に聞いたんだ。どうやったら『悪魔憑き』になれるかってね。そうしたらこう言われたよ。『勉強をがんばって、王太子としてふさわしい人間になれば、いつかなれるわ』ってね」

 きっと、たわいもない子供のあこがれだと思っていたのだろう。前世で言うところの、変身ヒーローごっこのように。

「言われたとおり、僕は何にでも頑張ったよ。学問も剣術も。おかげで父上も僕を王太子と認めてくれた。けれど、僕自身はちっとも変わらない。いつまでたっても『レナード』のままだった」

 家臣はみなは素晴らしい王子だ、いずれ優れた王になるだろうともてはやす。けれど、レナードの気持ちは晴れなかった。王太子なんて、歴史の中にいくらでもいる。ちょっと能力が優れているだけだ。『悪魔憑き』のように、世界を覆すような力も知恵もない。

 王妃母上など、自分が言ったことすら忘れている。賞賛とは裏腹に、レナードは鬱屈した気持ちを抱えていた。所詮、自分は平凡な人間なのだろうか?

 そして十五歳のある日、偶然父の部屋に入っていく弟のアレンを見つけた。何だろうとのぞき見をして、愕然とした。

 父上の目の前で得意そうに『結界』披露するアレンに、レナードは激しく嫉妬した。聖女以外に使えないとされていた『結界』を完成させたのだ。間違いない、こいつこそ『悪魔憑き』だ。

 昔から大人びた子だと思っていた。幼い顔をして、狡猾に本性を隠して騙していたのだ。あんなにレナードがなりたかった『悪魔憑き』に、弟がなっていた。

 殺してやろうかと思った。けれどそれを思いとどまった。弟殺しの汚名を避けたかったし、せっかく目の前に現れた見本・・を失うのも惜しかった。

 レナードは父に讒言し、北の塔へと幽閉させた。いずれ、折りを見てアレンの中から悪魔を追い出し、自分の中に取り込もうと考えた。

「けれど、父上をおどかし過ぎちゃってね。何重にも扉を付けて、見張り役の兵士たちも父上以外の誰も近づけないように厳命された。おかげでこの十年間、全く君に会いに行けなかった。下手に忍び込むと、名声にも傷が付くからね」

 アレンの件は衝撃ではあったが、同時に希望でもあった。伝説ではない。『悪魔憑き』は実在するのだ。どうすればなれるか、密かに伝承を漁った。

 伝承によれば、『悪魔憑き』には『善』と『悪』が存在する。どう考えてもアレンのは『善』の方だろう。ならば自分には『悪』の方を憑かせればいい。

「そのためには何でもやったよ。素行の悪い連中を集めて、暴行、窃盗、殺人、麻薬……。さっきの昔話・・もその一つかな」
 みしり、とプリシラを縛っている縄が軋みを上げる。

「おっと、動かないでくれよ。また斬りかかられたら困るからね。アレンも、その子には近付かないでくれ。わかるだろう?」
 アレンがプリシラの縄をほどくより、レナードが二人を切り裂く方がはるかに早い。しぶしぶ、浮かしかけた腰を下ろす。

 時には悪魔信仰の連中の儀式とやらにも参加してみた。が、出て来るのはつまらない低級霊ばかりで、やはり何も降りては来なかった。

「諦めかけた時、僕は一つの仮設を立てた。僕が『悪魔憑き』になれないのは、『結界』のせいじゃないかってね」

 事実、アレンが生まれたのは『結界』の外だ。魔物を払う『結界』が悪魔の降臨をはばんでいる可能性がある。

 思い立ったはいいが、王太子の身の上で、そうそう王都の外には出られない。出たとしても家臣たちの目もあるので、やれることは限られている。ならば王都の『結界』を止めよう。

「けれど、あの子は頭が硬くってね。いくら頼んでも『結界』を消してくれないんだ」
「それで、実力行使に出たわけか。ナタリアを抱き込んで」
「聖女一族の血も引いているからね。あの子がいなくなってもすぐに張り直せると思った」

 聖女クララを追放し、『結界』は消滅した。これで『悪魔憑き』に一歩近付く。そう考えたレナードを待っていたのは、魔物の大群だった。

「『結界』が消えて、あちこちの魔物が吸い寄せられてきたんだね。ナタリアは魔物が多すぎて『結界』が張れないと泣き言を言い出す始末。いや、あれは参ったよ」
「……」
「一応言い訳しておくとね、逃げるつもりはなかったんだ。本当は僕が、君を担ぎ出そうと思っていたんだ。『結界』を作った君ならあの事態を何とかしてくれると思ってね」

 ここでまたも計算外が起こった。ナタリアや家臣たちが危険だから船を乗るようにと、主張したのだ。レナードは民を見捨ててはおけない、と建前を言いながら断ったのだが、結局身を案じた家臣たちに強引に乗せられてしまった。

 港を出る船の上から見えたのは、逃げ遅れた民と、それを飲み込んでいく魔物の洪水だった。

「その後はさっき説明した通りだよ。船が嵐で難破して、戻って来ると君が王となってこの国を立て直していたってわけさ。さて、ここからが本題だ」
 レナードは机から飛び降りるとアレンに剣を向ける。

「君はどうやって『悪魔憑き』になったんだ? いや、君は何の悪魔なんだ?」
「悪魔はお前だ」
 アレンは怒りを込めて言った。

「そんなことのために、大勢の人間を犠牲にしたのか」
「必要な犠牲だよ。仕方がなかった」
 レナードは肩をすくめた。

「僕が『悪魔憑き』になれば、世界は変わる。いや、変えてみせる。そうなれば、彼らの犠牲も歴史書の一ページに残る。どうせ名前も残らない連中だ」
「寝ぼけるな!」
 アレンは雄叫びを上げて殴りかかった。レナードに余裕を持ってかわされ、勢い余って机の上に突っ伏す。書類や本が音を立てて床に散らばる。

「興奮するなよ。気の短い奴だな」

「何が世界だ。自分一人変えられない奴が、どうして世界なんて変えられる? お前は怠け者だ。『悪魔憑き』以外にも世界を変えた人間なんていくらでもいる。なのに、努力もせずに、夢みたいな方法を追い求めて、大勢の人たちの人生を踏みにじった。お前が残すとしたら、歴史上もっとも無能で愚かな王太子の名前だ。よかったな、今日からお前の名前はバカの代名詞だ! ざまあみろ! 後悔したって、今更もう遅い!」

「どうやら、少し頭を冷やす必要があるようだね」
 レナードがため息をつくと剣を抜いた。風を切る音とともに、アレンの鼻先に突きつける。

「腕の一本でも切り落とせば、のぼせた血も抜けるだろうね」

「だろうな」アレンはにやりと笑った。
やってやれ・・・・・!」
 地を蹴る音がした。黒ずくめの剣を拾うと同時に鞘から抜き放つ。

「レナードおおおおおおおおおおおっ!」

 孤月のような銀光が閃いた。プリシラの一撃が握った剣ごと、レナードの腕を切り落としていた。

「地獄に落ちろ!」
 続けて反対の腕も切り落とすと、足を振り上げ、レナードの腹を蹴り上げた。

 壁に衝撃が走る。悲鳴を上げてうずくまった。さしものレナードも顔を苦痛に歪めている。

「いつの間に……縄を切る余裕なんて」
 プリシラが静かに掲げたのは、小さな刃物だ。かつて木剣に傷を付けるのにも使った、アレンの護身用である。

「そうか、さっき机の上に倒れた時に……」
「書類に隠して、プリシラの方に放り投げた」

 あとはそれを受け取ったプリシラが縄を切る。レナードがアレンに気を取られた隙を見て斬りかかったのだ。

「やるね、さすがは『悪魔憑き』……」
 力なく笑う。額から汗がにじみ出している。

「プリシラ、警護の連中を呼んでこい。こいつの手当をさせる」
「陛下!」
「簡単に死なれても困る。色々問い質したいこともあるんでな」

 プリシラは一瞬悔しそうにうつむいたが、承知しました、と言って扉の方へ向かった。廊下に出て大声で呼びつける。
 その間にアレンはレナードの前にしゃがみこむ。

「そんなに『悪魔憑き』になりたかったのか?」
「ああ」
「残念だったな。お前は『悪魔憑き』になれない。今更もう遅い」
 レナードの目に疑問と興味の色が宿る。

「悪魔の正体はな、こことは違う世界に住む人間の魂だ。俺はそこから来た」
「違う世界……」
「その世界ではお前の言う『悪魔憑き』の研究も進んでいてな。覚醒するのは魂の安定していない赤子から幼少期までだ。お前くらい成長してしまえば、魂が安定してしまって、前世悪魔が甦ることはない。残念だったな」

 多分、と心の中で付け加える。生前に読んでいた異世界転生もののラノベはだいたいそんな感じだった。

 レナードはしばし呆然としていたが、突然笑い出した。

「いいことを聞いたよ。向こうから来たということは、こちらからも行けるんじゃないのかい? だったら、こんな世界に用はない。僕はそちらに行くよ。悪魔としてね」

 妄想逞しいな、とアレンは冷ややかに見下ろす。このまま処刑してもレナードは自分の妄想とともに無に返るだけだ。何の恐怖も後悔もない。

「悪いが、それもムリだな」
 アレンは適当な紙を拾うと、ペンで紙いっぱいに大書する。

「言っただろう。俺のいた世界では研究が進んでいると」
 そっと紙をレナードの頭に乗せると、短い呪文を繰り返し唱える。
「なんだ? 何をしているんだ?」

「これはな、『悪魔憑き』封じのまじないだよ。死んだ魂が二度とどこにも行かないようにする。これでお前が別の世界に行くことも、別の人間の中で覚醒することもない。お前は、愚かな王太子レナードとして死んでいく。その後は冥界でも別世界でもない。無だ。何もない」

 レナードは目をしばたたかせる。アレンの言葉を飲み込むのに時間が掛かっているようだ。

「おい、そんな、ウソだろ。僕をだまそうったって、そんな……」
「……」
「何とか言えよ、おい!」
 アレンは返事をしなかった。ただ哀れむようにレナードを見下ろす。

「陛下、ご無事ですか?」
 そこへハロルドたちが駆けつけた。
「こいつの手当を頼む」
 短い言葉で応じると、ハロルドの部下たちがレナードを立ち上がらせる。

「いやだあああっ!」
 レナードが号泣した。切り飛ばされた両腕を振り回し、端正な顔をくしゃくしゃにして泣き喚く。

「頼むよ、なあ、このまじないを解いてくれ! アレン! なあ、お願いだよ! 僕は、『悪魔憑き』になるんだ、なあ、アレン、助けてよ、アレン!」

 アレンは無言で運ばれていくレナードを見送った。ふと、足下に先程の紙が落ちているのが見えた。自分の書いた文字を見て、苦笑する。

 輪廻転生の輪から外れるという意味もあるから間違いではない。
 ナンマンダブナンマンダブ、とつぶやきながら机の上に紙を置いて、部屋の外に出る。
 紙には大きく『成仏』と書いてあった。
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