【完結】ざまぁされた王国の再建計画 ~聖女を追放したせいで崩壊寸前だけれど、今更もう遅い? いやいや、絶望するのはまだ早い!

戸部家尊

文字の大きさ
1 / 12

聖女様がいなくなったせいで『結界』が消えちゃったけれど、逃げ出すのはまだ早い

しおりを挟む

 食料が届かなくなって、はや二日。安楽椅子に座りながらそろそろ外へ訴えようかと考えていた頃、部屋の扉が開いた。

「お初にお目にかかります、アレン殿下」
 やって来たのは六十に手が届こうかという白髪の老人であった。現代日本ならまだまだ元気な年だけれど、この世界ではお迎え間近というところだ。

「わたくしは、伯爵家のジェイコブ・ヘイスティングスと申します。先だって宰相の任を預かりましたのでそのご挨拶に」

 アレンは怪訝に思った。宰相となれば爵位は侯爵か公爵だ。伯爵位で宰相など、聞いたことがない。あるとすれば、ほかに適任がいない場合だ。たとえば伯爵より上位の貴族がいなくなったとか。

「何があった?」
 実父である国王陛下の不興を買ったために北の塔に幽閉されて早十年。定期的によこすよう手配した書物のおかげで退屈はしなかったが、世情には疎くなってしまっている。

「あの声が聞こえますでしょうか」
 窓の方を見れば、煙が上がっている。怒号とも悲鳴ともつかない声に混じって剣戟の音も聞こえる。

「反乱か?」
 本に夢中で気がつかなかった。

「あとは魔物の大群が攻め入っております」
「『結界』はどうした?」

 王都の周囲には魔物を排除する『結界』が張られている。初代国王の頃から代々、聖女と呼ばれる女の一族が張り続けている。それがある限り入ってこられないはずだ。

「消滅しました」
「聖女殿はどうしたのだ」
「追放されました」

 ジェイコブの話を要約するとこうなる。

 当代の聖女クララは王都に『結界』を張るだけでなく、癒やしの力で傷ついた者を癒やし、貧しい者たちに施しをしていた。その力によって王太子とも婚約をしていた。ところが、人気の高いクララに嫉妬した侯爵家の娘が王太子に「あれは偽聖女だ」と讒言をし、娼婦のように媚びを売った。

 聖女クララは無実の罪で王都から追放された。その結果『結界』は消滅し、魔物がはびこるようになった。その事態に怒り狂った民衆も蜂起し、現在王宮の近くまで攻め入っているという。その結果が窓の外の光景である。ライランズ王国は崩壊の危機にあり、四百年続いた王朝は風前の灯火だ。

「ざまあ、されちまったか」
「は?」
「いや、こっちの話」

 二十一世紀の日本で生まれ育った前世の話など、したところで戯言と流されるだけだろう。

「普通、聖女殿を追放したら『結界』が危ないって気づくだろう?」
「その侯爵家の娘も聖女一族の血を引いていました。遠縁ですが。クララ様に成り代わり、自身が聖女になろうとしていたようですが、いかんせん魔力量が少なくて、維持出来なかったようです」
「だろうな」

 魔物の大量発生にともない、『結界』に必要な魔力量は年々増加傾向にある。大昔ならいざ知らず、今現在必要な魔力量に侯爵令嬢殿は耐えきれなかったのだろう。

「聖女殿の一族は代理を出さなかったのか?」
「おととしの流行病で代理を務められる者が軒並み倒れてしまい、クララ様以外は老人か子供ばかりです」

「聖女殿の足取りは」
「不明です。隣国の王宮でそれらしい女を見かけたとのウワサもございますが、どこまで信じてよいか」
 そこでジェイコブは疲れたのか、ため息を吐いた。

「陛下は後を頼むと言い残されて王冠を捨てて隣国へ。王太子殿下を始め、王家の方々や主立った貴族は船に乗って国外へ逃亡しました。今、王宮に残っている王族はアレン殿下お一人です」
「お留守番とは聞いていないな」
 アレンは苦笑した。

「お土産は買ってきてくれるよう頼んであるのだろうな」
「殿下にお願いがございます」
 ジェイコブはアレンの軽口を無視した。

「是非、殿下にはライランズ王国第十八代国王として即位していただきたいのです」
「ひどいな、お前」

 外では国王の首を獲らんと群衆が喚き立てている。誰かの血を見なければ収まらない勢いだ。要するに、最後の国王として処刑されろというのだ。さすがのアレンとて文句の一つも言いたくなる。

「殿下お一人で死なせるつもりはございません。この老骨もお供を」
「一人で死のうと、百人一緒に死のうと同じ事だ」
 道連れが多くても死ぬとき誰もが一人だ。殉死など無意味だとアレンは思っている。

「こちらの兵は?」
「わたくしの手の者と、義勇兵でおよそ二百人ほど」
「戦にもならぬな」

 王都の人口は約四十万。そのうち十分の一でも四万だ。いかに素人の寄せ集めといえど、数の暴力ですり潰される。

 ライランズ王国は今、四面楚歌だ。魔物に襲われ、群衆には攻められ、親兄弟はアレンを置き去りにして逃げ出した。ジェイコブが宰相に就いたのも後始末のためだろう。ヘイスティングス伯爵家は忠臣として知られている。国に殉ずる覚悟を決めてここにいるようだ。

「まあ、話はわかった」
 アレンは安楽椅子から立ち上がった。

「乗りかかった船だ。いいぞ、即位しようじゃないか」
「殿下、申し訳ございませぬ」
 ジェイコブは泣きながら深々と頭を下げた。アレンは顔を上げさせる。

「言っておくが、俺はみすみす処刑されるために国王になるわけじゃない。この国を立て直すためだ」
 しわに埋もれた目が浮かび出る。驚いているのだろう。
「まあ見ていろ。絶望するのはまだ早い」

 簡潔にではあるが戴冠式も終え、アレンはライランズ王国十八代国王に即位した。即位して最初に向かったのは、王宮の地下だ。聖女クララが『結界』を張っていた『儀式の間』に入ると、用意させていた巨大な布を広げさせた。魔法陣が書いてある。

「これは?」
「『結界』用の魔法陣だ」
 ジェイコブは目を剥いた。

「こんなものをいつの間に?」
「十年前からだ」

 アレンが幽閉された理由こそ、聖女の張る『結界』に異を唱えたからだ。たった一人の女に国防を預けるなど、愚の骨頂。おまけに魔物の増加に伴い、必要な魔力量も増大している。新たな『結界』を開発し、大勢の人間で魔力を供給させる仕組みに変えるべきだ。万が一聖女が倒れたら国そのものが滅びてしまう。

 そう主張したら翌日には前国王や前王太子の手により塔に押し込められた。前国王は従来のやり方を踏襲していればいいと頑迷になり、前王太子はアレンの才能を恐れての所業であった。

「塔の中でコツコツ開発を続けていた甲斐があった。聖女殿ほど強力ではないが、王都くらいなら充分魔物を払える」
「おお」
 ジェイコブは膝を突いて感涙にむせび泣く。

「とはいえ、魔力がいる。今すぐ王宮内から魔力の持つ者をかき集めてこい」
「でしたらワタクシが」

 階段を降りてきたのは、白銀の鎧に身を包んだ赤毛の娘である。戦時のためか、無造作に後ろで縛っているだけで飾りっ気もない。緑色の瞳がエメラルドのように輝いている。

「末の娘のプリシラです」
 ジェイコブに紹介されて淑女の礼を取る。

「魔力持ちでしたら十人は集められます」
 魔力持ちは百人に一人と言われている。この混乱の中で十人なら上等の部類だ。聞けば、プリシラは魔法使いによる魔法部隊を率いているのだという。

「いつ集められる?」
「もう上に来ています」
 話が早くて助かる。
「すぐに始めるぞ」

 集まった魔力持ちが一斉に魔法陣に魔力を注ぎ込む。魔法陣から光の柱が上がり、天井を照らす。
 アレンは地上に出た。光の柱は地下から突き抜けて空高くまで登り、薄い膜を広げていく。

「あの様子ならばあと半時(一時間)もすれば王都を包むか。これで外から魔物は入り込まない。あとは……」
「王都内に残った魔物を殲滅して参ります」
「まあ待て」
 今にも飛び出しそうなプリシラの袖をつかむ。

「下手に外に出れば殺気だった民衆に袋叩きだ」
「ですが、このまま見捨ててもおけません」

 プリシラの指摘はもっともだ。王都にはまだ魔物が大量に入り込んでいる。放置すれば、それこそ民衆の反感を買うだろう。安全地帯を求めて群衆が王宮になだれ込む。

「蜂起した理由は魔物だけじゃない。不平不満が溜まりに溜まった結果だ」
「なれば、どうなさるおつもりですか?」
 ふむ、とアレンはあごに手を当てて考える。

「とりあえず、民衆のリーダーに会おうじゃないか」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜

Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。

【完結】悪役令嬢ですが、元官僚スキルで断罪も陰謀も処理します。

かおり
ファンタジー
異世界で悪役令嬢に転生した元官僚。婚約破棄? 断罪? 全部ルールと書類で処理します。 謝罪してないのに謝ったことになる“限定謝罪”で、婚約者も貴族も黙らせる――バリキャリ令嬢の逆転劇! ※読んでいただき、ありがとうございます。ささやかな物語ですが、どこか少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

魔力ゼロで出来損ないと追放された俺、前世の物理学知識を魔法代わりに使ったら、天才ドワーフや魔王に懐かれて最強になっていた

黒崎隼人
ファンタジー
「お前は我が家の恥だ」――。 名門貴族の三男アレンは、魔力を持たずに生まれたというだけで家族に虐げられ、18歳の誕生日にすべてを奪われ追放された。 絶望の中、彼が死の淵で思い出したのは、物理学者として生きた前世の記憶。そして覚醒したのは、魔法とは全く異なる、世界の理そのものを操る力――【概念置換(コンセプト・シフト)】。 運動エネルギーの法則【E = 1/2mv²】で、小石は音速の弾丸と化す。 熱力学第二法則で、敵軍は絶対零度の世界に沈む。 そして、相対性理論【E = mc²】は、神をも打ち砕く一撃となる。 これは、魔力ゼロの少年が、科学という名の「本当の魔法」で理不尽な運命を覆し、心優しき仲間たちと共に、偽りの正義に支配された世界の真実を解き明かす物語。 「君の信じる常識は、本当に正しいのか?」 知的好奇心が、あなたの胸を熱くする。新時代のサイエンス・ファンタジーが、今、幕を開ける。

「お前は用済みだ」役立たずの【地図製作者】と追放されたので、覚醒したチートスキルで最高の仲間と伝説のパーティーを結成することにした

黒崎隼人
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――役立たずの【地図製作者(マッパー)】として所属パーティーから無一文で追放された青年、レイン。死を覚悟した未開の地で、彼のスキルは【絶対領域把握(ワールド・マッピング)】へと覚醒する。 地形、魔物、隠された宝、そのすべてを瞬時に地図化し好きな場所へ転移する。それは世界そのものを掌に収めるに等しいチートスキルだった。 魔力制御が苦手な銀髪のエルフ美少女、誇りを失った獣人の凄腕鍛冶師。才能を活かせずにいた仲間たちと出会った時、レインの地図は彼らの未来を照らし出す最強のコンパスとなる。 これは、役立たずと罵られた一人の青年が最高の仲間と共に自らの居場所を見つけ、やがて伝説へと成り上がっていく冒険譚。 「さて、どこへ行こうか。俺たちの地図は、まだ真っ白だ」

婚約破棄された上に国外追放された聖女はチート級冒険者として生きていきます~私を追放した王国が大変なことになっている?へぇ、そうですか~

夏芽空
ファンタジー
無茶な仕事量を押し付けられる日々に、聖女マリアはすっかり嫌気が指していた。 「聖女なんてやってられないわよ!」 勢いで聖女の杖を叩きつけるが、跳ね返ってきた杖の先端がマリアの顎にクリーンヒット。 そのまま意識を失う。 意識を失ったマリアは、暗闇の中で前世の記憶を思い出した。 そのことがきっかけで、マリアは強い相手との戦いを望むようになる。 そしてさらには、チート級の力を手に入れる。 目を覚ましたマリアは、婚約者である第一王子から婚約破棄&国外追放を命じられた。 その言葉に、マリアは大歓喜。 (国外追放されれば、聖女という辛いだけの役目から解放されるわ!) そんな訳で、大はしゃぎで国を出ていくのだった。 外の世界で冒険者という存在を知ったマリアは、『強い相手と戦いたい』という前世の自分の願いを叶えるべく自らも冒険者となり、チート級の力を使って、順調にのし上がっていく。 一方、マリアを追放した王国は、その軽率な行いのせいで異常事態が発生していた……。

平民令嬢、異世界で追放されたけど、妖精契約で元貴族を見返します

タマ マコト
ファンタジー
平民令嬢セリア・アルノートは、聖女召喚の儀式に巻き込まれ異世界へと呼ばれる。 しかし魔力ゼロと判定された彼女は、元婚約者にも見捨てられ、理由も告げられぬまま夜の森へ追放された。 行き場を失った境界の森で、セリアは妖精ルゥシェと出会い、「生きたいか」という問いに答えた瞬間、対等な妖精契約を結ぶ。 人間に捨てられた少女は、妖精に選ばれたことで、世界の均衡を揺るがす存在となっていく。

追放された無能鑑定士、実は世界最強の万物解析スキル持ち。パーティーと国が泣きついてももう遅い。辺境で美少女とスローライフ(?)を送る

夏見ナイ
ファンタジー
貴族の三男に転生したカイトは、【鑑定】スキルしか持てず家からも勇者パーティーからも無能扱いされ、ついには追放されてしまう。全てを失い辺境に流れ着いた彼だが、そこで自身のスキルが万物の情報を読み解く最強スキル【万物解析】だと覚醒する! 隠された才能を見抜いて助けた美少女エルフや獣人と共に、カイトは辺境の村を豊かにし、古代遺跡の謎を解き明かし、強力な魔物を従え、着実に力をつけていく。一方、カイトを切り捨てた元パーティーと王国は凋落の一途を辿り、彼の築いた豊かさに気づくが……もう遅い! 不遇から成り上がる、痛快な逆転劇と辺境スローライフ(?)が今、始まる!

処理中です...