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第二章 異世界人にも衣装
第10話 潜入は裸城のように 上
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第10話 潜入は裸城のように 上
「仰っている意味がわかりかねます」
諭吉はためらいがちに言った。
「仮にも教育機関の校長が窃盗の斡旋ですか? 話になりませんね。失礼します」
「まあ、最後まで聞いてくれ」
この反応は予想していたのだろう。校長からは余裕すら感じられた。
「この町の歴史を知っているかね」
諭吉は首を振った。
「イースティルムは元々、『リターナー』との戦場だったのだ」
今から三百年前、ホレスカール王国に突如現れた怪物、それが『リターナー』だ。
人間をはるかに超える身体能力、何よりその『特殊能力』により、たった百体程度の怪物は王国を壊滅させようとしていた。
そこで時の国王は国中の『リターナー』をイースティルムに集め、残らず亜空間に封印した。
多くの犠牲を払いながら。
「封印には成功したが、倒したわけではない。伝承が本当ならばやつらはまだ亜空間の中で生き続けている」
もし封印が解かれれば、今度こそホレスカール王国は壊滅する。そのため封印に使った『鍵』と、亜空間につながる『扉』の場所は極秘扱いになった。
時の国王は選ばれた忠臣の一族にのみ伝え、自身の子孫にも伝えようとはしなかった。忠臣の一族は国王の誓いを固く守り、代々当主のみに口伝で引き継いでいったという。
歴代の王の中には『リターナー』の封印を解いて他国との戦いに利用しようとした者もいたが、『鍵』も『扉』もわからずじまいだった。
「そういった事情から『鍵』も『扉』も長年行方知れずだった。ところがだ。つい三ヶ月ほど前、この町の領主であるクリフトン・クィントン伯爵が『鍵』を持っているとわかった」
しまった、と諭吉は自信の迂闊さを呪った。ここまで聞いてしまっては後に引けないではないか。
「クィントン伯爵は、政治的な駆け引きから封印の在処を探している。封印を盾に交渉を有利に進めようとしているのだよ」
イースティルムは三百年以上前は教会領であり、『リターナー』との戦いのどさくさで王国領になった。そのため、三百年経った今でもイースティルムは教会領だと教会は主張している。過去には、教会所属の騎士団が攻め込んできたこともある。近年では、武力こそ用いないものの、信仰を背景にした政治的圧力は後を絶たない。
「王国内にも返還に賛同する勢力もある。それ故、歴代の国王陛下も表立って動けなかったのだが、我慢の限界に来たのだろう」
諭吉は領主様の声が聞こえるようだった。
イースティルムを返せだって? いいぜ、取りに来いよ。『リターナー』のいる土地を支配できるのなら、な。
「下らない政治のために、大事な封印を危険にさらすわけにはいかない。当然、何度も引き渡すように求めたが、いつも結果は同じだ。そんな『鍵』など見た事も聞いたこともない、だ。私だけではない。国王陛下が求めても駄目だった」
「でしょうね」
今頃、犯人捜しのため、あちこちに手配書を配りまくっているだろう。それとも失ったアレを取り戻すべく、蓬莱山にでも徐福を派遣しているだろうか。
「『鍵』って、領主様の家に伝わっていたのでは?」
「『鍵』を管理していたのは、さる侯爵家だ。ところが、五十年ほど前に盗難にあってな。それ以来行方不明になっていたのだが」
それをクィントン伯爵が手に入れたために良からぬ企みを企てたのだろう。それで知らぬ存ぜぬを決め込んでいるのか、と諭吉は察した。元が盗品ならば、返還を求められるからだ。
「いっそのこと騎士団でも派遣して力ずくで奪い取るというのは?」
「クィントン伯爵家にも騎士団はいる。内乱になるぞ」
いっそ暗殺……と言いかけて口をつぐむ。いくら何でも軽々しく口にしていい話ではない。
正攻法で譲るように頼んでも武力で脅しつけても駄目、となればあとは盗み出すしかない。理屈はわかる。
「何故俺に? 俺は盗賊ではありませんよ」
「私は立場上動けない。屋敷には魔法封じの結界もある。侵入しようにも警備は厳重。かといって攻略できるような武力を派遣すればやはり、騒乱の引き金になる。可能性があるとすれば、魔法とは違う『スキル』だけだ」
だからといって『早着替え』の『スキルユーザー』に頼るとは無茶振りにも程がある。正気を疑う。
「私にはわかる。君はまだまだ力を隠している。決闘で見せた力が、全てではあるまい」
図星だった。諭吉が磨き上げた『早着替え』はあの程度ではない。まだまだ応用が利く。それを使えば『鍵』を盗み出せるだろう。
「何故、校長のあなたがこんなマネを?」
「校長である前に私はこの国の貴族だ。騒動の芽は早いうちに潰しておかねばならない」
「いくら『スキルユーザー』だからって、いち学生の俺にそんな大役……」
「タダとは言わない。もし、成功した暁には王宮へ推薦すると約束しよう」
「つまり、無試験で官僚にになれるということですか?」
「校長だからな。色々便宜も図れる」
要するにコネ枠か。
「一筆書いてくれますか?」
仮に盗み出すのに成功しても、反故にされたらたまらない。
「それはできない。事情が事情だからな。だが、信じて欲しい」
「話になりませんね」諭吉は首をすくめた。
「あれでしょ。もし俺が失敗して捕まっても『当局は一切関知しない』ってやつでしょ。そして俺は牢屋の中。盗みの刑罰ってどれくらいですか。鉱山送り? それともしばり首? 分が悪すぎる」
「ホレスカール王国のためだ」
「俺はこの国の民ではありません」
それどころか、この世界の人間でもない。
「失礼しますよ。お話は聞かなかったことに」
諭吉は立ち上がった。
「大人しく帰れるとでも」
「止めておいた方がいい」
諭吉は中指と親指を引っ付けたまま右手を突き出す。
「校長が学院内でストリーキングなんて、教育委員会やPTAに吊し上げくらいますよ」
「その『すとりーきんぐ』だの『ぴーてぃーえー』だのというのは、君の地方の言葉か? 初耳だが、なんとなく意味はわかった」
ローズマリー校長が眉をしかめる。
「女性を裸にひん向くのが君の趣味か」
「武装を解除していただくだけですよ」
既にお持ちのものは対象外ですが、と心の中で付け加える。おごそかな司教服の下からでも主張する膨らみに諭吉は目を逸らす。
「そうだな」
ローズマリー校長は降参と言わんばかりに両腕を挙げた。
「私も生徒の手前、肌を晒すのは避けたい」
ずり落ちた袖の中から小さな杖が現れる。
「まずは君が脱いで貰うとしよう」
素早く取り出すと、先端を諭吉に向ける。またたく間に白い閃光がほとばしる。まばゆい光が視界を覆う。
雷鳴のような音とともに校長の魔術が諭吉の胸にぶち当たった。折れ曲がった体勢で吹き飛び、扉に背中を打ち付ける。
「ヤバイ……」
「まだまだ。こんなものではないぞ」
杖の先端から金色の雷光が不規則な動きをしながら音を立てる。
「ああ、いや、そっちじゃなくってですね」
ローズマリー校長の目が見開かれる。諭吉の胴体を銀色のプレートメイルが覆っていた。
「それは、ドナルドの……」
「いや、別にパクるつもりはなかったんですよ」
諭吉は言い訳がましい口調で言った。
「ほら、返す前にあの先生、どっか行っちゃったから返しそびれちゃって。この焦げ痕、どうしようかな、って。それでつい、ね。もし良かったら校長先生、証言してくれますか。この焦げ痕付けたの自分だって」
ローズマリー校長が歯を食いしばりながら再び杖を振り上げる。呪文を発しながら勢いよく振り下ろすものの、その手に杖はなかった。
「ムダですよ」
既に諭吉の手の中で指揮棒のように振られていた。
「今度こそストリーキングデビュー、いっておきますか?」
諭吉が再び指を鳴らす体勢に入ったのを見て、ローズマリー校長は再び両腕を挙げた。
「観念するよ。ああ、今度は本当だ。もう杖は持っていない」
「武器はどうです?」
ローズマリー校長はしれっとした顔で短剣を机の上に置いた。
「これだけだ。本当に。武器の類は何もない」
「そういえばドナルド先生で思い出したんですが」
諭吉は銀色の鎧を『クローゼット』に戻しながら立ち上がると、手で杖を弄びながら聞いた。
「あの人に俺の『スキル』のことを教えたのは校長先生ですよね」
「なぜ、そう思ったのかな」
「ドナルド先生は、決闘の前日まで俺の『スキル』を知らなかった。調べる時間も無かった。誰かが教えたと考えるのが自然でしょう。あの先生の身近にいて、教えるだけの情報力持っていそうな人といったら限られています」
「それで私と断定するのは性急に過ぎるな」
「違うんですか」
「いや、私だ」
悪びれもせずに言った。
「あの御仁の肝いりだからな。調べて当然だろう」
「ええ、まったく」
諭吉が校長の立場でもそうする。
「君は以前、王宮にいたな」
なるほど、情報の出所はそこか。
召還されて約三ヶ月の間、諭吉は王宮の中に居た。軟禁といってもいい。その間に何度も『早着替え』も使っている。諭吉の存在や、『スキル』を目撃していたであろう人たちは、もうほとんどこの世にいないと思っていたが、どこかに生存者がいたのだろう。
「『あの事件』の生き残りが、生徒としてこの学院に編入してきた。しかも身分を偽ってだ。気になるじゃないか」
「偶然ですよ」
諭吉はさらりと言った。
「俺がここに来たのも、学生として勉強しているのもたまたまそうなってってだけです。大げさに言えば運命ってやつです」
「それを信じろと?」
「なんでしたら、えーと『偽りの指輪』でしたっけ? あれ使っていただいてもいいですよ」
ドナルドが持っていたのだ。ローズマリー校長が持っていても何ら不思議ではない。
「その必要はない」
ローズマリー校長は手首を返し、左の小指に嵌まった指輪を見せつける。
「君は正直者だ。揚げ足を取られたりすぐにバレるような嘘はつかないだろう。尋問し続ければどこかでボロを出すかも知れないが、その前に私の衣服が消え失せる」
諦めたかのような言葉と裏腹に、声には自信と余裕が感じられた。諭吉は嫌な予感がした。
それに、と意味ありげに続ける。
「もう今日の分は使ってしまっているのだよ」
ローズマリー校長は机の引き出しから小さな鈴を取り出し、左右に振った。涼やかな音が鳴り響いた後、扉がゆっくりと開いた。
諭吉は敗北を悟った。
「ゴメン……」
泣きそうな顔で校長室に入ってきたのはトムだった。
「君と違って彼は嘘つきでね。お陰で色々なことがわかった。君たちが試験の解答を盗み出したこともね」
その途端のトムが涙をこぼしながらその場にしゃがみ込んだ。頼むからアヒル座りで泣かないでくれ。
「校長として一つアドバイスだ。君はもう少し周りに注意を払った方がいい」
「ええ、まったく」
この校長室に入った時から、更に言えば呼ばれる前から既に負けていたのだ。
トムはまだ泣いている。責めるつもりは更々なかった。海千山千の女傑が相手では分が悪すぎる。
「伯爵の動きが活発になっている。ここ数日以内に教会への交渉に動き出すはずだ。その前によろしく頼むよ、フクザワ先生」
「仰っている意味がわかりかねます」
諭吉はためらいがちに言った。
「仮にも教育機関の校長が窃盗の斡旋ですか? 話になりませんね。失礼します」
「まあ、最後まで聞いてくれ」
この反応は予想していたのだろう。校長からは余裕すら感じられた。
「この町の歴史を知っているかね」
諭吉は首を振った。
「イースティルムは元々、『リターナー』との戦場だったのだ」
今から三百年前、ホレスカール王国に突如現れた怪物、それが『リターナー』だ。
人間をはるかに超える身体能力、何よりその『特殊能力』により、たった百体程度の怪物は王国を壊滅させようとしていた。
そこで時の国王は国中の『リターナー』をイースティルムに集め、残らず亜空間に封印した。
多くの犠牲を払いながら。
「封印には成功したが、倒したわけではない。伝承が本当ならばやつらはまだ亜空間の中で生き続けている」
もし封印が解かれれば、今度こそホレスカール王国は壊滅する。そのため封印に使った『鍵』と、亜空間につながる『扉』の場所は極秘扱いになった。
時の国王は選ばれた忠臣の一族にのみ伝え、自身の子孫にも伝えようとはしなかった。忠臣の一族は国王の誓いを固く守り、代々当主のみに口伝で引き継いでいったという。
歴代の王の中には『リターナー』の封印を解いて他国との戦いに利用しようとした者もいたが、『鍵』も『扉』もわからずじまいだった。
「そういった事情から『鍵』も『扉』も長年行方知れずだった。ところがだ。つい三ヶ月ほど前、この町の領主であるクリフトン・クィントン伯爵が『鍵』を持っているとわかった」
しまった、と諭吉は自信の迂闊さを呪った。ここまで聞いてしまっては後に引けないではないか。
「クィントン伯爵は、政治的な駆け引きから封印の在処を探している。封印を盾に交渉を有利に進めようとしているのだよ」
イースティルムは三百年以上前は教会領であり、『リターナー』との戦いのどさくさで王国領になった。そのため、三百年経った今でもイースティルムは教会領だと教会は主張している。過去には、教会所属の騎士団が攻め込んできたこともある。近年では、武力こそ用いないものの、信仰を背景にした政治的圧力は後を絶たない。
「王国内にも返還に賛同する勢力もある。それ故、歴代の国王陛下も表立って動けなかったのだが、我慢の限界に来たのだろう」
諭吉は領主様の声が聞こえるようだった。
イースティルムを返せだって? いいぜ、取りに来いよ。『リターナー』のいる土地を支配できるのなら、な。
「下らない政治のために、大事な封印を危険にさらすわけにはいかない。当然、何度も引き渡すように求めたが、いつも結果は同じだ。そんな『鍵』など見た事も聞いたこともない、だ。私だけではない。国王陛下が求めても駄目だった」
「でしょうね」
今頃、犯人捜しのため、あちこちに手配書を配りまくっているだろう。それとも失ったアレを取り戻すべく、蓬莱山にでも徐福を派遣しているだろうか。
「『鍵』って、領主様の家に伝わっていたのでは?」
「『鍵』を管理していたのは、さる侯爵家だ。ところが、五十年ほど前に盗難にあってな。それ以来行方不明になっていたのだが」
それをクィントン伯爵が手に入れたために良からぬ企みを企てたのだろう。それで知らぬ存ぜぬを決め込んでいるのか、と諭吉は察した。元が盗品ならば、返還を求められるからだ。
「いっそのこと騎士団でも派遣して力ずくで奪い取るというのは?」
「クィントン伯爵家にも騎士団はいる。内乱になるぞ」
いっそ暗殺……と言いかけて口をつぐむ。いくら何でも軽々しく口にしていい話ではない。
正攻法で譲るように頼んでも武力で脅しつけても駄目、となればあとは盗み出すしかない。理屈はわかる。
「何故俺に? 俺は盗賊ではありませんよ」
「私は立場上動けない。屋敷には魔法封じの結界もある。侵入しようにも警備は厳重。かといって攻略できるような武力を派遣すればやはり、騒乱の引き金になる。可能性があるとすれば、魔法とは違う『スキル』だけだ」
だからといって『早着替え』の『スキルユーザー』に頼るとは無茶振りにも程がある。正気を疑う。
「私にはわかる。君はまだまだ力を隠している。決闘で見せた力が、全てではあるまい」
図星だった。諭吉が磨き上げた『早着替え』はあの程度ではない。まだまだ応用が利く。それを使えば『鍵』を盗み出せるだろう。
「何故、校長のあなたがこんなマネを?」
「校長である前に私はこの国の貴族だ。騒動の芽は早いうちに潰しておかねばならない」
「いくら『スキルユーザー』だからって、いち学生の俺にそんな大役……」
「タダとは言わない。もし、成功した暁には王宮へ推薦すると約束しよう」
「つまり、無試験で官僚にになれるということですか?」
「校長だからな。色々便宜も図れる」
要するにコネ枠か。
「一筆書いてくれますか?」
仮に盗み出すのに成功しても、反故にされたらたまらない。
「それはできない。事情が事情だからな。だが、信じて欲しい」
「話になりませんね」諭吉は首をすくめた。
「あれでしょ。もし俺が失敗して捕まっても『当局は一切関知しない』ってやつでしょ。そして俺は牢屋の中。盗みの刑罰ってどれくらいですか。鉱山送り? それともしばり首? 分が悪すぎる」
「ホレスカール王国のためだ」
「俺はこの国の民ではありません」
それどころか、この世界の人間でもない。
「失礼しますよ。お話は聞かなかったことに」
諭吉は立ち上がった。
「大人しく帰れるとでも」
「止めておいた方がいい」
諭吉は中指と親指を引っ付けたまま右手を突き出す。
「校長が学院内でストリーキングなんて、教育委員会やPTAに吊し上げくらいますよ」
「その『すとりーきんぐ』だの『ぴーてぃーえー』だのというのは、君の地方の言葉か? 初耳だが、なんとなく意味はわかった」
ローズマリー校長が眉をしかめる。
「女性を裸にひん向くのが君の趣味か」
「武装を解除していただくだけですよ」
既にお持ちのものは対象外ですが、と心の中で付け加える。おごそかな司教服の下からでも主張する膨らみに諭吉は目を逸らす。
「そうだな」
ローズマリー校長は降参と言わんばかりに両腕を挙げた。
「私も生徒の手前、肌を晒すのは避けたい」
ずり落ちた袖の中から小さな杖が現れる。
「まずは君が脱いで貰うとしよう」
素早く取り出すと、先端を諭吉に向ける。またたく間に白い閃光がほとばしる。まばゆい光が視界を覆う。
雷鳴のような音とともに校長の魔術が諭吉の胸にぶち当たった。折れ曲がった体勢で吹き飛び、扉に背中を打ち付ける。
「ヤバイ……」
「まだまだ。こんなものではないぞ」
杖の先端から金色の雷光が不規則な動きをしながら音を立てる。
「ああ、いや、そっちじゃなくってですね」
ローズマリー校長の目が見開かれる。諭吉の胴体を銀色のプレートメイルが覆っていた。
「それは、ドナルドの……」
「いや、別にパクるつもりはなかったんですよ」
諭吉は言い訳がましい口調で言った。
「ほら、返す前にあの先生、どっか行っちゃったから返しそびれちゃって。この焦げ痕、どうしようかな、って。それでつい、ね。もし良かったら校長先生、証言してくれますか。この焦げ痕付けたの自分だって」
ローズマリー校長が歯を食いしばりながら再び杖を振り上げる。呪文を発しながら勢いよく振り下ろすものの、その手に杖はなかった。
「ムダですよ」
既に諭吉の手の中で指揮棒のように振られていた。
「今度こそストリーキングデビュー、いっておきますか?」
諭吉が再び指を鳴らす体勢に入ったのを見て、ローズマリー校長は再び両腕を挙げた。
「観念するよ。ああ、今度は本当だ。もう杖は持っていない」
「武器はどうです?」
ローズマリー校長はしれっとした顔で短剣を机の上に置いた。
「これだけだ。本当に。武器の類は何もない」
「そういえばドナルド先生で思い出したんですが」
諭吉は銀色の鎧を『クローゼット』に戻しながら立ち上がると、手で杖を弄びながら聞いた。
「あの人に俺の『スキル』のことを教えたのは校長先生ですよね」
「なぜ、そう思ったのかな」
「ドナルド先生は、決闘の前日まで俺の『スキル』を知らなかった。調べる時間も無かった。誰かが教えたと考えるのが自然でしょう。あの先生の身近にいて、教えるだけの情報力持っていそうな人といったら限られています」
「それで私と断定するのは性急に過ぎるな」
「違うんですか」
「いや、私だ」
悪びれもせずに言った。
「あの御仁の肝いりだからな。調べて当然だろう」
「ええ、まったく」
諭吉が校長の立場でもそうする。
「君は以前、王宮にいたな」
なるほど、情報の出所はそこか。
召還されて約三ヶ月の間、諭吉は王宮の中に居た。軟禁といってもいい。その間に何度も『早着替え』も使っている。諭吉の存在や、『スキル』を目撃していたであろう人たちは、もうほとんどこの世にいないと思っていたが、どこかに生存者がいたのだろう。
「『あの事件』の生き残りが、生徒としてこの学院に編入してきた。しかも身分を偽ってだ。気になるじゃないか」
「偶然ですよ」
諭吉はさらりと言った。
「俺がここに来たのも、学生として勉強しているのもたまたまそうなってってだけです。大げさに言えば運命ってやつです」
「それを信じろと?」
「なんでしたら、えーと『偽りの指輪』でしたっけ? あれ使っていただいてもいいですよ」
ドナルドが持っていたのだ。ローズマリー校長が持っていても何ら不思議ではない。
「その必要はない」
ローズマリー校長は手首を返し、左の小指に嵌まった指輪を見せつける。
「君は正直者だ。揚げ足を取られたりすぐにバレるような嘘はつかないだろう。尋問し続ければどこかでボロを出すかも知れないが、その前に私の衣服が消え失せる」
諦めたかのような言葉と裏腹に、声には自信と余裕が感じられた。諭吉は嫌な予感がした。
それに、と意味ありげに続ける。
「もう今日の分は使ってしまっているのだよ」
ローズマリー校長は机の引き出しから小さな鈴を取り出し、左右に振った。涼やかな音が鳴り響いた後、扉がゆっくりと開いた。
諭吉は敗北を悟った。
「ゴメン……」
泣きそうな顔で校長室に入ってきたのはトムだった。
「君と違って彼は嘘つきでね。お陰で色々なことがわかった。君たちが試験の解答を盗み出したこともね」
その途端のトムが涙をこぼしながらその場にしゃがみ込んだ。頼むからアヒル座りで泣かないでくれ。
「校長として一つアドバイスだ。君はもう少し周りに注意を払った方がいい」
「ええ、まったく」
この校長室に入った時から、更に言えば呼ばれる前から既に負けていたのだ。
トムはまだ泣いている。責めるつもりは更々なかった。海千山千の女傑が相手では分が悪すぎる。
「伯爵の動きが活発になっている。ここ数日以内に教会への交渉に動き出すはずだ。その前によろしく頼むよ、フクザワ先生」
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