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一
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一
坂道を駆け上る途中、藤川翔太は電信柱の陰に設置してある自動販売機を見つけると掌の中の小銭を握りしめ、スピードを緩めた。自販機の前で足にブレーキをかけ、小銭を投入口に入れてボタンを押す。表面に水滴の浮いた清涼飲料水が取り出し口に転がると同時にそれを取り出し、一気に飲み干した。体中の水分を交換したような清涼感が喉の奥から広がっていく。口元を拭いながら翔太は大きく息を吐き出した。
昼過ぎまで降っていた滝のような雨も上がり、代わりに白く眩しい日差しが照りつける。強い陽光は濡れた地面をあっという間に乾かし、空気まで金魚鉢の底のように歪ませる。
昼下がり、学校帰りの細長い坂道は逃げ場を失った水蒸気が吹き出していた。見上げると坂の頂点に立つポストがかすんで見える。坂は急勾配になっていて、登るときはつい前のめりになる。今は白い壁の立ち並ぶ住宅街だが、大昔は隣町とを繋ぐ街道になっていて、荷車を坂の下から頂上まで押していく商売があった、という話を小学校の頃、社会科の授業で聞いたことがある。気持ちは分かる、と翔太は思う。この坂を重い荷物を持って登る負担が軽減されるならば、一万円払っても安い。
焦げ付くような光が翔太に降り注ぐ。短く刈った髪は汗を止める防波堤とはならず、衣替えが終わったばかりの白いカッターシャツが細身で小柄な体にへばりつく。気持ち悪い。苛立ち、つり上がった目付きが更に悪くなる。
胸元を扇ぎながら、道の両端に並ぶ家々を見て翔太は舌打ちする。どこの家もクーラーの室外機が勢いよく回っていた。家の中を涼しくする代償に熱気が屋外へと吐き出され、道を歩く者へと容赦なく覆い被さる。
「今からクーラー付けるなよ」翔太は忌々しそうに呟く。「まだ六月だぞ」
相変わらず日差しは強い。室外機のモーター音がやけに耳障りだった。ふと、何処までも続く坂道の両端から翔太に向かって熱風を吹きかける室外機の群れを想像し、頬を汗が幾筋も流れた。ここで立っていても仕方ない。家に戻って押し入れから扇風機を引っ張り出すことに決め、空き缶をゴミ箱に捨てた。
「あの、ごめんなさい」
後ろから呼びかけられて翔太は振り向いた。いつの間に来たのだろう。細長い眼鏡をかけたお婆さんが立っていた。髪の先を紫色に染め、白い長袖のシャツに黒いスカート、白い日傘を差して翔太に向かって微笑んでいる。目尻や口元に皺が刻まれているが肌はまだまだ白く艶やかだ。若い頃は相当の美人だったのかも知れない。誰だろう。この辺では見かけない顔だが。
「ちょっと両替して欲しいの。いいかしら?」
お婆さんは綺麗な声で言った。ああ、そういうことか。自販機の存在を思いながら翔太は頷く。お婆さんは有り難う、と一万円札を出した。
「これで大丈夫かしら」
「それはちょっと」翔太は手を振った。財布の中身は千百三十七円しかない。
「この自販機は昔のやつですから、硬貨しか使えませんけど。もう少し坂を登ったところに千円札も使える奴が」
「今、大きいのしかないのよ」お婆さんは眉根を寄せた。
「ねえ、この辺りで両替出来そうなお店ないかしら」
「坂の上か下まで行けばありますけど」
二人の立っている場所はちょうど坂の真ん中で、道の両端には商店は一軒もない。所々横道が伸びているものの全て住宅地に繋がっている。しかもこの辺りは同じ作りの家が何棟も建っていて、慣れていないと同じ場所をぐるぐる回っている感覚に陥る。初めての人は必ずと言ってよいほど迷う。
「えーと、一番近いところだったら、坂の下まで降りて左に曲がって三件目にコンビニがあります。そこまでいけば」
「私もう疲れちゃって」お婆さんはその場にしゃがみ込んでしまった。その仕草が妙に幼く見えた。年を取ると子供に返るというのは本当なのかな、と翔太は思った。
「「あ、そうだ」お婆さんは急に立ち上がって翔太を見た。
「あなた、小銭は持ってるのよね。だったら交換しない? 私の持ち物とあなたのお金」
「持ち物、ですか?」翔太は矯めつ眇めつお婆さんを見る。持ち物といったら日傘くらいだが、フリルのついた日傘なんて貰っても、翔太が使うには恥ずかしい。
「ジュースって確か百三十円よね。そのくらいに見合う持ち物と言ったら、そうね、『嘘』なんてどうかしら」
「嘘?」
「そう嘘」お婆さんは頷いた。
「私ね。色々な力を持っているの。どんな重い物でも持ち上げるとか、一瞬で望む場所に辿り着くとかね。まあ魔法みたいなものだと思ってちょうだいな」
「………」
「その中の一つに『他人に好きな嘘をつかせる』力というのがあってね。その力をあなたにあげるわ。けど、この力には使える回数が決まってるの。残りは、確か五回。それくらいならちょうど良いわね」
「………」
話が急に胡散臭くなった。いきなり何を言い出すんだこのお婆さんは。魔法だって? 今時、幼稚園児だって騙されないぞ。いくら学年で一二を争うチビだからってそこまで舐められる筋合いはない。ふざけてるのか。怒るべきか、それともこれ以上深入りする前に走って逃げるべきか。いや、もしかして惚けてるのかも知れない。自分を魔女とでも思いこんでるのかも。電話番号聞き出すなりしてお家の人呼び出した方がいいのか。
「どう? 駄目かしら」
お婆さんが不安そうに訊いた。冗談を言っているような顔には見えない。
翔太は救いを求めるように目を泳がせる。どうしよう。お婆さんは気まずそうに翔太の返事を待っている。その頬を汗が流れた。汗は顎の先にたまって雫となり、アスファルトの上に滴り落ちた。皺だらけの喉が小さく動く。
「あ」翔太は声を上げる。惚けているのか、からかっているのか分からないが、確実なことが一つある。このお婆さんは喉が渇いている。
翔太は自販機に百三十円を入れるとお婆さんに言った。
「あの、ウーロン茶でいいですか」
この暑さだ。お年寄りには堪えるだろう。日傘は蒸し暑さまで防いではくれない。これも何かの縁だ。お金ならあることだし、見ず知らずのお婆さんにジュースの一本くらい奢ってあげるのもたまにはいいだろう。百三十円で『他人に嘘をつかせる能力』を買った、なんて話のネタにはなるだろうし。
「あら有り難う」お婆さんは笑顔で言った。「緑茶でお願い」
翔太が冷えた緑茶を手渡すとお婆さんは喉を鳴らし、凄い勢いで飲んでいく。
「美味しかったわ。ただのお茶がこんなに美味しかったのは何年ぶりかしら」ウーロン茶を飲み終えるとお婆さんはハンカチで口元を拭く。翔太は空き缶を受け取り、ゴミ箱に捨てた。
「ありがとう。あなた、優しいのね」
「そんなことありません」翔太はきっぱりと言った。
本当に優しかったらあれこれ悩まず、すぐにお茶を奢っていただろう。それどころか心の中で惚け老人扱いまでしていたのだから。ただの偽善だ。
「それじゃ、俺はこれで」
「ちょっと待って。まだ『嘘』を渡してないわ」
「いいですよ。その、たった百三十円ですし、奢ります」
「駄目よ。若い人に奢って貰うなんて。それに交換の約束ですもの、ちゃんと払うわ」
「いえ、結構です。俺急いでますから」
用は済んだし、あまり関わりにならない方が良さそうだ。このお婆さん、足腰はしっかりしているようだし、頭の方はちょっと問題ありそうだが家に戻るには充分だろう。
「ああ、あなた疑ってるのね。無理もないわね。なら、見せてあげましょうか」
お婆さんはそう言ってまっすぐ翔太を見つめる。黒目の大きな瞳が翔太の怯えた顔を映している。翔太は逃げ出したかった。けれども足は地面に貼り付いたように動かない。お婆さんは言った。
「ねえ、あなた、女の子?」
やっぱり惚けてたのか、このお婆さん。一体、今まで誰と喋っているつもりだったんだ。女に見られたことなんて、せいぜい幼稚園に入る前までだ。声だって変声期を過ぎて低い。目だけでなく耳も悪いのかもしれない。
翔太は答えた。
「そうですよ。胸も張ってお尻もおっきな、ぴっちぴちの女の子です」
翔太は慌てて自分の口を塞いだ。おかしい。今、俺は何を口走ったんだ。こんなこと全く言うつもりはなかったのに。なのに、口が舌が喉が、勝手に言葉を紡いでいた。
「あらあら、可愛らしいお嬢さんね」お婆さんは口に手を当てて笑った。
「使い方は簡単。嘘を言わせたい相手を見つめて、『嘘・嘘・嘘』と心の中で三回繰り返すの。そうすれば相手は必ず嘘をつくわ。あと、三回繰り返した後に念じれば、あなたの好きな嘘をつかせる事も出来るわよ。嘘を付かせることが出来るのは一人につき一回だけ。残りはあと五回。あ、今使っちゃったから四回ね。ごめんなさい」
全く悪びれた風もなくお婆さんは微笑する。
「何か、半端な数字ですね。五回とか四回とか」
「私が大分使っちゃったから。余り物の能力なのよ、これ」
テレホンカードじゃあるまいし。
お婆さんは日傘を折りたたみ、口を塞いだままの翔太の両手を強引に降ろすと、その両肩を掴んだ。
「口を開けて」
「はい」
翔太は言われるまま口を開けてしまう。お婆さんは翔太を引き寄せると耳元で動かないで、と囁いた。そして、左の人差し指を翔太の口の中に突っ込んだ。翔太は叫ぼうとしたが悲鳴どころか声すら出なかった。喉の奥が石にでもなってしまったかのように何の音も発しなくなっていた。動かないのは喉だけではなかった。全身が、舌先から足の指先にいたるまで微動だにしない。お婆さんの指先が翔太の舌に触れる。細い指先が舌の腹を撫で回す感覚に、気持ちの悪い汗が吹き出す。お婆さんが何事か呟いた。呪文のようだったが、よく聞き取れなかった。
「これでいいわ」
お婆さんは翔太から身を離し、指先をハンカチで丁寧に拭くと再び日傘を広げた。同時に翔太の硬直も解け、二三歩後ずさり自販機にぶつかる。
「それじゃあね」
お婆さんは坂を登るとすぐ横の路地に入っていった。翔太は茫然と見送った。言いたい事や訊きたい事は山ほどあったが追いかける気にはなれなかった。
坂道を駆け上る途中、藤川翔太は電信柱の陰に設置してある自動販売機を見つけると掌の中の小銭を握りしめ、スピードを緩めた。自販機の前で足にブレーキをかけ、小銭を投入口に入れてボタンを押す。表面に水滴の浮いた清涼飲料水が取り出し口に転がると同時にそれを取り出し、一気に飲み干した。体中の水分を交換したような清涼感が喉の奥から広がっていく。口元を拭いながら翔太は大きく息を吐き出した。
昼過ぎまで降っていた滝のような雨も上がり、代わりに白く眩しい日差しが照りつける。強い陽光は濡れた地面をあっという間に乾かし、空気まで金魚鉢の底のように歪ませる。
昼下がり、学校帰りの細長い坂道は逃げ場を失った水蒸気が吹き出していた。見上げると坂の頂点に立つポストがかすんで見える。坂は急勾配になっていて、登るときはつい前のめりになる。今は白い壁の立ち並ぶ住宅街だが、大昔は隣町とを繋ぐ街道になっていて、荷車を坂の下から頂上まで押していく商売があった、という話を小学校の頃、社会科の授業で聞いたことがある。気持ちは分かる、と翔太は思う。この坂を重い荷物を持って登る負担が軽減されるならば、一万円払っても安い。
焦げ付くような光が翔太に降り注ぐ。短く刈った髪は汗を止める防波堤とはならず、衣替えが終わったばかりの白いカッターシャツが細身で小柄な体にへばりつく。気持ち悪い。苛立ち、つり上がった目付きが更に悪くなる。
胸元を扇ぎながら、道の両端に並ぶ家々を見て翔太は舌打ちする。どこの家もクーラーの室外機が勢いよく回っていた。家の中を涼しくする代償に熱気が屋外へと吐き出され、道を歩く者へと容赦なく覆い被さる。
「今からクーラー付けるなよ」翔太は忌々しそうに呟く。「まだ六月だぞ」
相変わらず日差しは強い。室外機のモーター音がやけに耳障りだった。ふと、何処までも続く坂道の両端から翔太に向かって熱風を吹きかける室外機の群れを想像し、頬を汗が幾筋も流れた。ここで立っていても仕方ない。家に戻って押し入れから扇風機を引っ張り出すことに決め、空き缶をゴミ箱に捨てた。
「あの、ごめんなさい」
後ろから呼びかけられて翔太は振り向いた。いつの間に来たのだろう。細長い眼鏡をかけたお婆さんが立っていた。髪の先を紫色に染め、白い長袖のシャツに黒いスカート、白い日傘を差して翔太に向かって微笑んでいる。目尻や口元に皺が刻まれているが肌はまだまだ白く艶やかだ。若い頃は相当の美人だったのかも知れない。誰だろう。この辺では見かけない顔だが。
「ちょっと両替して欲しいの。いいかしら?」
お婆さんは綺麗な声で言った。ああ、そういうことか。自販機の存在を思いながら翔太は頷く。お婆さんは有り難う、と一万円札を出した。
「これで大丈夫かしら」
「それはちょっと」翔太は手を振った。財布の中身は千百三十七円しかない。
「この自販機は昔のやつですから、硬貨しか使えませんけど。もう少し坂を登ったところに千円札も使える奴が」
「今、大きいのしかないのよ」お婆さんは眉根を寄せた。
「ねえ、この辺りで両替出来そうなお店ないかしら」
「坂の上か下まで行けばありますけど」
二人の立っている場所はちょうど坂の真ん中で、道の両端には商店は一軒もない。所々横道が伸びているものの全て住宅地に繋がっている。しかもこの辺りは同じ作りの家が何棟も建っていて、慣れていないと同じ場所をぐるぐる回っている感覚に陥る。初めての人は必ずと言ってよいほど迷う。
「えーと、一番近いところだったら、坂の下まで降りて左に曲がって三件目にコンビニがあります。そこまでいけば」
「私もう疲れちゃって」お婆さんはその場にしゃがみ込んでしまった。その仕草が妙に幼く見えた。年を取ると子供に返るというのは本当なのかな、と翔太は思った。
「「あ、そうだ」お婆さんは急に立ち上がって翔太を見た。
「あなた、小銭は持ってるのよね。だったら交換しない? 私の持ち物とあなたのお金」
「持ち物、ですか?」翔太は矯めつ眇めつお婆さんを見る。持ち物といったら日傘くらいだが、フリルのついた日傘なんて貰っても、翔太が使うには恥ずかしい。
「ジュースって確か百三十円よね。そのくらいに見合う持ち物と言ったら、そうね、『嘘』なんてどうかしら」
「嘘?」
「そう嘘」お婆さんは頷いた。
「私ね。色々な力を持っているの。どんな重い物でも持ち上げるとか、一瞬で望む場所に辿り着くとかね。まあ魔法みたいなものだと思ってちょうだいな」
「………」
「その中の一つに『他人に好きな嘘をつかせる』力というのがあってね。その力をあなたにあげるわ。けど、この力には使える回数が決まってるの。残りは、確か五回。それくらいならちょうど良いわね」
「………」
話が急に胡散臭くなった。いきなり何を言い出すんだこのお婆さんは。魔法だって? 今時、幼稚園児だって騙されないぞ。いくら学年で一二を争うチビだからってそこまで舐められる筋合いはない。ふざけてるのか。怒るべきか、それともこれ以上深入りする前に走って逃げるべきか。いや、もしかして惚けてるのかも知れない。自分を魔女とでも思いこんでるのかも。電話番号聞き出すなりしてお家の人呼び出した方がいいのか。
「どう? 駄目かしら」
お婆さんが不安そうに訊いた。冗談を言っているような顔には見えない。
翔太は救いを求めるように目を泳がせる。どうしよう。お婆さんは気まずそうに翔太の返事を待っている。その頬を汗が流れた。汗は顎の先にたまって雫となり、アスファルトの上に滴り落ちた。皺だらけの喉が小さく動く。
「あ」翔太は声を上げる。惚けているのか、からかっているのか分からないが、確実なことが一つある。このお婆さんは喉が渇いている。
翔太は自販機に百三十円を入れるとお婆さんに言った。
「あの、ウーロン茶でいいですか」
この暑さだ。お年寄りには堪えるだろう。日傘は蒸し暑さまで防いではくれない。これも何かの縁だ。お金ならあることだし、見ず知らずのお婆さんにジュースの一本くらい奢ってあげるのもたまにはいいだろう。百三十円で『他人に嘘をつかせる能力』を買った、なんて話のネタにはなるだろうし。
「あら有り難う」お婆さんは笑顔で言った。「緑茶でお願い」
翔太が冷えた緑茶を手渡すとお婆さんは喉を鳴らし、凄い勢いで飲んでいく。
「美味しかったわ。ただのお茶がこんなに美味しかったのは何年ぶりかしら」ウーロン茶を飲み終えるとお婆さんはハンカチで口元を拭く。翔太は空き缶を受け取り、ゴミ箱に捨てた。
「ありがとう。あなた、優しいのね」
「そんなことありません」翔太はきっぱりと言った。
本当に優しかったらあれこれ悩まず、すぐにお茶を奢っていただろう。それどころか心の中で惚け老人扱いまでしていたのだから。ただの偽善だ。
「それじゃ、俺はこれで」
「ちょっと待って。まだ『嘘』を渡してないわ」
「いいですよ。その、たった百三十円ですし、奢ります」
「駄目よ。若い人に奢って貰うなんて。それに交換の約束ですもの、ちゃんと払うわ」
「いえ、結構です。俺急いでますから」
用は済んだし、あまり関わりにならない方が良さそうだ。このお婆さん、足腰はしっかりしているようだし、頭の方はちょっと問題ありそうだが家に戻るには充分だろう。
「ああ、あなた疑ってるのね。無理もないわね。なら、見せてあげましょうか」
お婆さんはそう言ってまっすぐ翔太を見つめる。黒目の大きな瞳が翔太の怯えた顔を映している。翔太は逃げ出したかった。けれども足は地面に貼り付いたように動かない。お婆さんは言った。
「ねえ、あなた、女の子?」
やっぱり惚けてたのか、このお婆さん。一体、今まで誰と喋っているつもりだったんだ。女に見られたことなんて、せいぜい幼稚園に入る前までだ。声だって変声期を過ぎて低い。目だけでなく耳も悪いのかもしれない。
翔太は答えた。
「そうですよ。胸も張ってお尻もおっきな、ぴっちぴちの女の子です」
翔太は慌てて自分の口を塞いだ。おかしい。今、俺は何を口走ったんだ。こんなこと全く言うつもりはなかったのに。なのに、口が舌が喉が、勝手に言葉を紡いでいた。
「あらあら、可愛らしいお嬢さんね」お婆さんは口に手を当てて笑った。
「使い方は簡単。嘘を言わせたい相手を見つめて、『嘘・嘘・嘘』と心の中で三回繰り返すの。そうすれば相手は必ず嘘をつくわ。あと、三回繰り返した後に念じれば、あなたの好きな嘘をつかせる事も出来るわよ。嘘を付かせることが出来るのは一人につき一回だけ。残りはあと五回。あ、今使っちゃったから四回ね。ごめんなさい」
全く悪びれた風もなくお婆さんは微笑する。
「何か、半端な数字ですね。五回とか四回とか」
「私が大分使っちゃったから。余り物の能力なのよ、これ」
テレホンカードじゃあるまいし。
お婆さんは日傘を折りたたみ、口を塞いだままの翔太の両手を強引に降ろすと、その両肩を掴んだ。
「口を開けて」
「はい」
翔太は言われるまま口を開けてしまう。お婆さんは翔太を引き寄せると耳元で動かないで、と囁いた。そして、左の人差し指を翔太の口の中に突っ込んだ。翔太は叫ぼうとしたが悲鳴どころか声すら出なかった。喉の奥が石にでもなってしまったかのように何の音も発しなくなっていた。動かないのは喉だけではなかった。全身が、舌先から足の指先にいたるまで微動だにしない。お婆さんの指先が翔太の舌に触れる。細い指先が舌の腹を撫で回す感覚に、気持ちの悪い汗が吹き出す。お婆さんが何事か呟いた。呪文のようだったが、よく聞き取れなかった。
「これでいいわ」
お婆さんは翔太から身を離し、指先をハンカチで丁寧に拭くと再び日傘を広げた。同時に翔太の硬直も解け、二三歩後ずさり自販機にぶつかる。
「それじゃあね」
お婆さんは坂を登るとすぐ横の路地に入っていった。翔太は茫然と見送った。言いたい事や訊きたい事は山ほどあったが追いかける気にはなれなかった。
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