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キアナの呪い
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「お待ちしておりました、ガウディル様」
「待たせて悪いね、キアナ」
ミリオン商会の商会長キアナ。
彼女もまた英雄ガウディルとともに《闇紅竜》と戦った配下の一人であった。
戦いの後、ガウディルが遺した魔物の素材とそして人脈を駆使して一代にして、この国――ミルファリス王国で一番の商会を創り上げ、いまや国王でも無碍にできないほどの財と権力を有している。
そんな彼女はラークの前に立つと、その場に跪いた。
そして媚びるようにラークを見上げる。
「シルバーウルフの毛皮は市場に流しました。当初予定していた200万ミルを大きく上回り、320万ミルで買い手が見つかりました」
「牙と骨は?」
「そちらはアルテラに。それと内臓はティアンに渡しました」
「そっか、ありがとう。助かるよ。いまのキアナには大した額じゃないけれど――」
とそこでラークは言葉を止め、彼女の希望を叶えるために頭を撫でることにした。
キアナが恍惚の表情を浮かべると、隠れていた猫耳と尻尾が出てくる。
彼女は――正確には彼女の母親は化け猫の呪いを受けた。
その呪いにより、生まれてきた子どもにその死んだ猫の耳と尻尾が現れるのだとか。
そのため、いまのキアナには人間の耳と猫の耳の両方がある。
子どもの頃は制御できなかったが、今では常に呪いを制御することで呪いを消すようになった。
ただ、完全に消えたわけではない。
興奮したり油断したりすると、いまのように耳や尻尾が出てくる。
しかし、デメリットばかりではない。
その身体能力は通常の人間を大きく上回るし、嗅覚もまた人の数百、数千倍のものになっている。
嗅覚は便利で、商品の鮮度や質などは実際に見なくてもわかるし、さらには嗅いだ相手の病気の有無なども診断できる。
それに、物の匂いがわかるというだけではない。
彼女は匂いで人を視る。
他人の善悪や感情、さらに言葉の真偽を嗅ぎ分けるのだ。
もっとも、並大抵の努力では会得できなかったが。
彼女の力があれば自分に掛かった呪いを即座に解くこともできるのだが、いまだにその呪いを解こうとしないのは、デメリットよりもメリットが勝ると判断してのことだ。
「それで、キアナ。僕に用事はなんだ? シルバーウルフの報告だけじゃないよな?」
ラークは頭を十分撫でたと判断するとキアナに尋ねた。
ミリオン商会からの手紙の配達依頼というのは、言うなればキアナがラークに用事があるときに使う方便だ。
あくまでラークの表側の姿はEランク冒険者である。
そんな彼が何度もキアナに会いに行くとなると周囲も不思議に思う。
怪しまれないためには、あくまで冒険者が手紙や荷物の配達をしているという体裁が必要なのだ。
なお、ラークがキアナに用事がある場合のためにも、ラークはキアナ宛ての手紙をいくつも持っている。
ミリオン商会の商会印の入った正式な手紙だ。
「ガウディル様に盗賊退治をお願いしたいのです」
「盗賊退治か。珍しいね。キアナがそんな依頼を回してくるなんて。いつもは勝手にやってるだろ? 冒険者ギルドに依頼を出してもいいし」
「依頼を受けた剣極が囮の馬車とともに消息不明です」
「剣極が?」
剣極とは、“剣を極める者”というBランク冒険者パーティの通称だ。
盗賊依頼を何度もこなしている。
ただ強いだけでなく、規模がわからない盗賊団についてはしっかりと調査をして討伐にあたる用意周到さも持ち合わせている。
もしも自分たちだけで退治できないと思ったら即座に引き返して報告する判断能力もあったはずだ。
その剣極が盗賊退治に向かって消息不明になったということは、タダ事ではない。
「詳しい場所を教えてもらってもいい?」
「こちらに」
軍が管理するくらい詳細に描かれた地図をキアナが手渡す。
馬車や死体などは見つからなかったが、血の跡が残っていたらしい。
「この場所――」
そこはかつてラークが違法な奴隷商を壊滅させ、レミリィやキアナと出会った谷であった。
そこが狩場になっているということに違和感を覚えた。
「もしかして“翼”の残党が関わっているのか?」
「その可能性もあるかと」
「わかった。調べておく」
ラークは地図を返し、これで用事は終わりかと思ったがキアナにはもう一つ用事があったようだ。
「ところで、ガウディル様。先ほど一緒に店に入って来られた女性はどなたですか? 妙に親しくされていたようですが」
「テネアのこと? あの子は冒険者の後輩だよ」
「それだけの関係ですか?」
「そうだね。将来有望な冒険者だと思ってるよ」
「他には?」
「他に……?」
ラークは考える素振りを見せる。
もしかしたら、彼女はその嗅覚で自分には見えない何かを感じ取ったのではないだろうかと。
だが、キアナは特に何も言わず、
「杞憂のようです。失礼しました」
と謝罪したので、ラークはそれを受け入れた。
「そうそう、カンテンってものを頼まれて探しているんだけど、この店に在庫ってある?」
「ございますよ。直ぐに用意させます。それとこちらもどうぞ」
キアナが出したのはミリオン商会で使える半額クーポン券だった。
「クーポン券?」
この店の商品に対してラークがお金を払ったことは一度もない。
無料で貰っているのではなく、たとえば今回のシルバーウルフのように、ガウディルが仕留めた魔物の買い取り額を預かってもらっているのでそこから引かれる形になっているからだ。
なので、割引券は必要ない。
しかも、この割引券の有効期間は今日までだった。
「はい、必要になると思いますので」
「そう。キアナがそう言うなら受け取るよ。ありがとう」
とラークが言うとキアナは少し物欲しそうな目で頭を下げたので、その頭を撫でてあげた。
彼女の耳がもう一度顔を出した。
店に戻ったら、既にカンテンが用意されていた。
白い糸のようなもので、これがどうやって使われるのかはわからない。
トムに聞いてみようと思う。
用事は終わったのだが、一緒に連れてきたテネアの様子を見る。
テネアは三階の冒険者用の道具を扱っているコーナーにいた。
「ラークさん、この魔物を解体するためのナイフとミリオン印の水袋、どっちがいいと思いますか?」
「両方買うっていうのは?」
「……予算が足りません」
二つの値段はどちらも同じくらい。
ミリオン印の入っている商品はミリオン屋がその品質を保証するという印であり、ブランド価値もあいまって値段が高い。
かといって、彼女が持っている解体用のナイフも中型までの魔物を解体する分には十分高性能だ
今使っているナイフがどの程度のものかはわからないが、しかしこれ以上の性能のナイフはないだろう。
どちらも駆け出し冒険者が簡単に出せる額ではない。
きっと、この街に来る以前からコツコツと貯めていたのだろう。
「これ、使う?」
ラークはさっきキアナから貰った半額クーポン券を渡す。
「え? 半額クーポン券? こんなのあったんですか」
「うん。でも今日までだし、捨てるのももったいないからね」
「ありがとうございます」
テネアはそれを受け取ると早速商品を購入する。
「ありがとうございます、ラークさん。なんだか、ラークさんにはお世話になってばかりですね」
「戦いでは役立たずな分、先輩としてこのくらいの世話をさせてよ」
「それだったら、今度ラークさんが危ない場所に行くときは是非護衛をさせてくださいね。護衛料はいりませんから」
テネアは冗談っぽくそう笑ってみせた。
ラークが危ない場所に行くことはないだろうと思って。
これから盗賊退治に行くことは最初から話すつもりはなかったけれど、絶対に知られないようにしないとなとラークは苦笑した。
「待たせて悪いね、キアナ」
ミリオン商会の商会長キアナ。
彼女もまた英雄ガウディルとともに《闇紅竜》と戦った配下の一人であった。
戦いの後、ガウディルが遺した魔物の素材とそして人脈を駆使して一代にして、この国――ミルファリス王国で一番の商会を創り上げ、いまや国王でも無碍にできないほどの財と権力を有している。
そんな彼女はラークの前に立つと、その場に跪いた。
そして媚びるようにラークを見上げる。
「シルバーウルフの毛皮は市場に流しました。当初予定していた200万ミルを大きく上回り、320万ミルで買い手が見つかりました」
「牙と骨は?」
「そちらはアルテラに。それと内臓はティアンに渡しました」
「そっか、ありがとう。助かるよ。いまのキアナには大した額じゃないけれど――」
とそこでラークは言葉を止め、彼女の希望を叶えるために頭を撫でることにした。
キアナが恍惚の表情を浮かべると、隠れていた猫耳と尻尾が出てくる。
彼女は――正確には彼女の母親は化け猫の呪いを受けた。
その呪いにより、生まれてきた子どもにその死んだ猫の耳と尻尾が現れるのだとか。
そのため、いまのキアナには人間の耳と猫の耳の両方がある。
子どもの頃は制御できなかったが、今では常に呪いを制御することで呪いを消すようになった。
ただ、完全に消えたわけではない。
興奮したり油断したりすると、いまのように耳や尻尾が出てくる。
しかし、デメリットばかりではない。
その身体能力は通常の人間を大きく上回るし、嗅覚もまた人の数百、数千倍のものになっている。
嗅覚は便利で、商品の鮮度や質などは実際に見なくてもわかるし、さらには嗅いだ相手の病気の有無なども診断できる。
それに、物の匂いがわかるというだけではない。
彼女は匂いで人を視る。
他人の善悪や感情、さらに言葉の真偽を嗅ぎ分けるのだ。
もっとも、並大抵の努力では会得できなかったが。
彼女の力があれば自分に掛かった呪いを即座に解くこともできるのだが、いまだにその呪いを解こうとしないのは、デメリットよりもメリットが勝ると判断してのことだ。
「それで、キアナ。僕に用事はなんだ? シルバーウルフの報告だけじゃないよな?」
ラークは頭を十分撫でたと判断するとキアナに尋ねた。
ミリオン商会からの手紙の配達依頼というのは、言うなればキアナがラークに用事があるときに使う方便だ。
あくまでラークの表側の姿はEランク冒険者である。
そんな彼が何度もキアナに会いに行くとなると周囲も不思議に思う。
怪しまれないためには、あくまで冒険者が手紙や荷物の配達をしているという体裁が必要なのだ。
なお、ラークがキアナに用事がある場合のためにも、ラークはキアナ宛ての手紙をいくつも持っている。
ミリオン商会の商会印の入った正式な手紙だ。
「ガウディル様に盗賊退治をお願いしたいのです」
「盗賊退治か。珍しいね。キアナがそんな依頼を回してくるなんて。いつもは勝手にやってるだろ? 冒険者ギルドに依頼を出してもいいし」
「依頼を受けた剣極が囮の馬車とともに消息不明です」
「剣極が?」
剣極とは、“剣を極める者”というBランク冒険者パーティの通称だ。
盗賊依頼を何度もこなしている。
ただ強いだけでなく、規模がわからない盗賊団についてはしっかりと調査をして討伐にあたる用意周到さも持ち合わせている。
もしも自分たちだけで退治できないと思ったら即座に引き返して報告する判断能力もあったはずだ。
その剣極が盗賊退治に向かって消息不明になったということは、タダ事ではない。
「詳しい場所を教えてもらってもいい?」
「こちらに」
軍が管理するくらい詳細に描かれた地図をキアナが手渡す。
馬車や死体などは見つからなかったが、血の跡が残っていたらしい。
「この場所――」
そこはかつてラークが違法な奴隷商を壊滅させ、レミリィやキアナと出会った谷であった。
そこが狩場になっているということに違和感を覚えた。
「もしかして“翼”の残党が関わっているのか?」
「その可能性もあるかと」
「わかった。調べておく」
ラークは地図を返し、これで用事は終わりかと思ったがキアナにはもう一つ用事があったようだ。
「ところで、ガウディル様。先ほど一緒に店に入って来られた女性はどなたですか? 妙に親しくされていたようですが」
「テネアのこと? あの子は冒険者の後輩だよ」
「それだけの関係ですか?」
「そうだね。将来有望な冒険者だと思ってるよ」
「他には?」
「他に……?」
ラークは考える素振りを見せる。
もしかしたら、彼女はその嗅覚で自分には見えない何かを感じ取ったのではないだろうかと。
だが、キアナは特に何も言わず、
「杞憂のようです。失礼しました」
と謝罪したので、ラークはそれを受け入れた。
「そうそう、カンテンってものを頼まれて探しているんだけど、この店に在庫ってある?」
「ございますよ。直ぐに用意させます。それとこちらもどうぞ」
キアナが出したのはミリオン商会で使える半額クーポン券だった。
「クーポン券?」
この店の商品に対してラークがお金を払ったことは一度もない。
無料で貰っているのではなく、たとえば今回のシルバーウルフのように、ガウディルが仕留めた魔物の買い取り額を預かってもらっているのでそこから引かれる形になっているからだ。
なので、割引券は必要ない。
しかも、この割引券の有効期間は今日までだった。
「はい、必要になると思いますので」
「そう。キアナがそう言うなら受け取るよ。ありがとう」
とラークが言うとキアナは少し物欲しそうな目で頭を下げたので、その頭を撫でてあげた。
彼女の耳がもう一度顔を出した。
店に戻ったら、既にカンテンが用意されていた。
白い糸のようなもので、これがどうやって使われるのかはわからない。
トムに聞いてみようと思う。
用事は終わったのだが、一緒に連れてきたテネアの様子を見る。
テネアは三階の冒険者用の道具を扱っているコーナーにいた。
「ラークさん、この魔物を解体するためのナイフとミリオン印の水袋、どっちがいいと思いますか?」
「両方買うっていうのは?」
「……予算が足りません」
二つの値段はどちらも同じくらい。
ミリオン印の入っている商品はミリオン屋がその品質を保証するという印であり、ブランド価値もあいまって値段が高い。
かといって、彼女が持っている解体用のナイフも中型までの魔物を解体する分には十分高性能だ
今使っているナイフがどの程度のものかはわからないが、しかしこれ以上の性能のナイフはないだろう。
どちらも駆け出し冒険者が簡単に出せる額ではない。
きっと、この街に来る以前からコツコツと貯めていたのだろう。
「これ、使う?」
ラークはさっきキアナから貰った半額クーポン券を渡す。
「え? 半額クーポン券? こんなのあったんですか」
「うん。でも今日までだし、捨てるのももったいないからね」
「ありがとうございます」
テネアはそれを受け取ると早速商品を購入する。
「ありがとうございます、ラークさん。なんだか、ラークさんにはお世話になってばかりですね」
「戦いでは役立たずな分、先輩としてこのくらいの世話をさせてよ」
「それだったら、今度ラークさんが危ない場所に行くときは是非護衛をさせてくださいね。護衛料はいりませんから」
テネアは冗談っぽくそう笑ってみせた。
ラークが危ない場所に行くことはないだろうと思って。
これから盗賊退治に行くことは最初から話すつもりはなかったけれど、絶対に知られないようにしないとなとラークは苦笑した。
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