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冒険者はいい人? 怖い人?

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 なんでこんなところに、子供がいるんだ?
 そんな異物を見るような目で、冒険者たちはルシアナを見下ろしていた。

 一方、ルシアナは何故冒険者たちに見られているかわからない。
 ただ、自分より遥かに体の大きな男たちが怖い顔でこちらを見ているものだから、恐怖で竦んでしまった。
 思っていた冒険者像と百八十度違う。
 本当にここは冒険者ギルドなのだろうか?
 むしろ、犯罪者の流刑地と言われたほうが納得できるとルシアナは思った。

「うっ」

 じわりと涙が浮かぶ。
 前世の記憶を持っていると言っても、恐怖が無くなったわけではない。
 むしろ、死という絶対的な恐怖を知っているため、それが僅かに蘇ったのだ。

 涙目になるルシアナを見て、困っていたのは冒険者たちも同じだ。
 自分たちの顔の怖さは誰よりも自分たちがわかっていた。
 子供に怯えられることも理解している。
 だから、極力子供に関わらないようにしていたのだが、こうして改めて怯えられると、どうしたらいいかわからなくなる。

「あぁ……悪い、嬢ちゃん。脅かすつもりはなかったんだ。泣かないでくれ」
「ほら、蜜飴だ。食べるか?」

 冒険者たちが困ったようにルシアナに声を掛けて、蜂蜜を固めた飴玉を差し出す。
 突然の冒険者の言葉に、ルシアナの涙がピタリと止まる。

 そして、冒険者の男の大きな手から蜜飴を受け取って口に入れる。

「……甘い」
「そうか、それはよかった」

 冒険者の男たちはそう言ってぎこちない笑みを浮かべた。
 コロコロと蜜飴を口の中で転がしながら、ルシアナは思った。

(あれ? みんないい人なのかも?)

 修道女時代ずっと甘い物に飢えていたため、蜜飴を貰ったことで甘い物をくれた冒険者への恐怖が一気に消え失せた。

「それで、嬢ちゃんは何しにきたんだい? そこのおじさんの付き添いかい?」
「あ、そうでした。私、冒険者を探しているんです」

 周囲を見回し、誰に聞いたらいいのか考えているところ、カウンターの向こう側で笑顔で手を振っている十六歳くらいのお姉さんを見つけた。
 青みがかった銀髪の可愛いお姉さんだった。

「こんにちは。この子、トマさんの知り合いかしら? まさか娘さん?」
「トマさん?」

 蜜飴を頬に寄せ、まるで餌を頬袋に溜め込んでいる子ネズミみたいな口にして、ルシアナはトーマスに尋ねた。

「私の昔の仇名のようなものです。久しぶりだね、エリーちゃん」

 今でもアーノルの遣いで冒険者ギルドを訪れることがあるトーマスは微笑を浮かべて首を振った。

「この子はシア。私の遠い親戚で、修行の旅に出た修道女なんだ」
「へぇ、っていうことは、修道院の出身? どこの?」
「えっと、それは――」

 一体、なんて答えたらいいかトーマスは考えた。
 彼は教会は何カ所か知っているが、修道院に関する知識はまるでなかった。

「ファインロード修道院です」
「ファインロードっ!? 随分と遠いところから来たのね。えっと、確かグーラン伯爵領の修道院だったかしら?」
「はい。正確には昨年、グーラン伯爵の弟にスピカ男爵に割譲された土地にあります」
「あぁ、そうだったわね。じゃあ、いろいろと大変だったんじゃない?」
「いいえ。男爵領の中でも僻地にあるので、領主が変わったところで変化はないと修道長は笑っていらっしゃいましたが」

 ルシアナはスラスラと質問に笑顔で答えた。
 あまりに滑らかな口調で喋るので、まるでルシアナが本当にその修道院の修道長に会ったことがあるのではないかと、トーマスが錯覚したほどだ。 
 実際は錯覚ではないのだが。

「それで、その修道女のシアちゃんが、何で冒険者ギルドに?」
「人を探しているんです!」
「どんな人?」
「金の貴公子様です!」
「え?」
「あ、すみません。えっと、金色の髪で、剣がものすごい速くて、それで年齢は私と同じくらいから二十歳までで、とにかくカッコいいんです」

 と覚えている限りの情報を伝えた。
 すると、エリーさんは指を頬に当て、天井を見上げるようにして復唱する。

「うーん、髪が金色で、剣士で、年齢がシアちゃんと同じくらいから二十歳くらい? となると――」
「それはきっと俺様のことだな」

「えっ!?」とルシアナは振り返る。
 そこにいたのは、金色の髪の剣を持った――顎が割れた小太りの男だった。
 鎧のサイズを間違えているのか、留め具が壊れそうになり、鎧の隙間から肉が溢れている。
 ルシアナの目が点になった。
 そして――

「エリーさん、心当たりはありませんか?」

 見なかったことにした。

「うーん、うちの冒険者にはいないわね。剣士は多いけれど、金色の髪の冒険者って少ないのよ」
「そうですか」
 
 そう簡単に見つかるとは思っていなかった(ちょっとは思っていたけれど)が、まったくの成果がなかったことで、ルシアナはため息をついた。

「おや、どうしたんだい、エリーさん。小さな子供を泣かせて」
「あ、ギルド長。泣かせていませんよ。シアちゃんが捜していた冒険者が見つからなかっただけで」
「その子が? 随分と小さな修道女だね」
「シアです、はじめまして」

 そう言って頭を下げて、改めてルシアナはそのギルド長と呼ばれた男の人を見て驚いた。
 何故なら、そのギルド長が、とてもカッコよかったから。

「ふぇ?」
「ん? どうしたんだい?」
「いえ、なんでもありません」

 実は、ルシアナは男性に関する免疫がほとんどない。
 前世で公爵令嬢と敬われていたときは、七歳の時からシャルド殿下の婚約者になった。そのため、婚約者がいるのだから、無闇に男に会うのはよくないと、極力男性を避け、そして当のシャルド殿下には、避けられていたのだろう、一度も会うことができずに婚約破棄された。
 そして、修道院での生活が始まるわけだが、修道院は基本女人以外立ち入ることができない。小さな子供が併設されている孤児院で育てられることはあるが、八歳の洗礼式を終えると、近くの農家に貰われていくか、別の教会に移される。そして、近くの村に行くことがあっても、小さな村で診療するのは、腰を痛めたお年寄りばかり。孫のようにかわいがってはくれるが、当然、恋愛対象とは程遠い。
 結果、精神年齢二十歳でありながら、恋愛年齢は実年齢相応の女の子になっていた。

「あ……えっと、シアです、はじめまして」

 動揺して、ルシアナはさっきと同じ言葉を繰り返した。
 本来なら恥ずかしい失敗だが、本名を名乗らなかったことを褒めたいくらいだ。
 ギルド長は笑うことなく、ルシアナに挨拶をした。

「僕はルーク。このギルドの長をしている」
「ところで、シアちゃんは旅の修道女ってことは、回復魔法を使えるのかい?」
「はい、中級回復魔法まででしたら」

 本当は上級回復魔法も使えるのだが、司祭や助司教クラスの神官でも滅多に使えない上級回復魔法を自分のような小さな子供が使えると知られたらパニックになると、ルシアナはあえてそう言った。
 でも、本当は彼女のような小さな子供が中級回復魔法を使えるというだけでも常識外の話なのだが。
 現に、それを聞いていた冒険者たちが驚いて何やら言っている。
 トーマスは、「お嬢様に口止めをしておくんだった」と心の中で呟いて後悔していた。

「そうか、なら、ポーション作りはできるかい? 君に力を貸してほしいんだけど」
「ポーション? はい、出来ます」

 ポーションとは、回復魔法を込めた魔法薬の事で、服用することで回復魔法と同程度の治癒効果が期待できる薬のことで、教会での内職の一つとしてよく作っていた。

「でも、ポーション作りは、薬師ギルドの許可がないと調合できないんですよね? 私がいた修道院でも、月に五十本までしか販売してはいけない規則になっていました」
「それは販売する場合だね。自分たちで使う分には問題ないんだよ」
「回復魔法が使える修道女がいる修道院では、自分たちでポーションを使うことはないから、わからなかったのね」

 そう言って、エリーは頷いた。

「でも、私が手伝うことで、王都の教会の邪魔になりませんか? 冒険者の治療費が入らないとか」
「ははは、その心配はないよ。王都の人口は八万五千人。それに比べて、冒険者の数は三百人にも満たないんだ。治療代も大した額にはならない。薬師ギルドには、まぁいろいろと言われるだろうけれど、奴らには足下を見られてポーションの値段を釣り上げられていてね。できることなら、自分たちでポーションを入手する手段が欲しかったんだよ」
「そうなんですか……でも……」

 せっかく自由に出歩ける時間をポーションづくりに費やすのはどうかと思った。
 それより、金の貴公子探しをしたいと。
 ただ、ここで冒険者のためのポーションを作るのは、結果的に金の貴公子を助ける結果になるのではないか? とも思った。
 悩んでいるシアに、ルークはさらに続けた。

「もちろん、無料とは言わない。ポーションの質を見てから最終的に決めることになるけれど、品質に問題のないポーションだったら一本につき大銅貨一枚支払うし、それに冒険者ギルドの名を使って、君の捜しているという冒険者についても責任をもって調査をしよう」
「本当ですかっ!? それなら頑張ります」

 冒険者ギルドにトーマス以外伝手のないルシアナにとって、非常にありがたい話だった。
 そういうことで、今日一日、ポーション作りをする約束をした。

 それを聞いていたトーマスは、とりあえず外で待機しているであろう護衛に、今日のお嬢様の一日は、この冒険者ギルドの雑用で潰れることになると伝えることにしたのだった。

「じゃあ、早速何を――」
「口の中にいれた飴玉を舐めるだけの時間は十分にあるから焦らないでね」
「あっ――」

 そう言って、ルシアナは頬に入れていた蜜飴を転がした。
 口の中の片方に甘味が集中していて、綺麗に歯磨きをしないと虫歯になっちゃうかもしれないと警戒するのだった。
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