勘違いの工房主~英雄パーティの元雑用係が、実は戦闘以外がSSSランクだったというよくある話~

時野洋輔

文字の大きさ
上 下
212 / 214
第九章

忍びの里の案内

しおりを挟む
 私、ユーリシアはどうやら、敵のど真ん中に来たらしい。
 地面の下から話を聞いていたが、三十五歳くらいの黒髪の目に大きな傷のある男がヒイラギ……忍びのトップで、その横にいる私より少し年上、ダンゾウと同じ位の年齢の黒髪の女性がカエデというダンゾウに指示を出したり私たちを捕縛しようとしていた女だろう。

「カエデ、この者たちが?」

 忍びたちが私たちの出現に驚く中、一人ヒイラギだけは冷静にカエデを見て尋ねるが、カエデは返事をしない。
 驚いているのだろうかとその顔を見たが、何故か頬を赤らめている。

「カエデ」
「は、はい! 彼女、いえ、彼がクルト・ロックハンスです。そして、ユーリシア・エレメンツ、元リーゼロッテ・ホムーロスです」

 リーゼが王家を捨てた情報も知っているか。
 私たちのことをいろいろと調べていたんだな。

「そうか。この里の中まで侵入を許すとはな。忍びの歴史約千二百二十年の歴史の中でも初めてのことだ。誰か、客人に茶を持ってまいれ」

 ヒイラギがそう命令を出す。
 冗談かと思ったが、先程ヒイラギに私たちの行方を報告していた忍びが頷いて部屋から出ていく。

「随分と余裕ですわね? 御茶に痺れ薬でも入れるのでしょうか?」
「どうやら其方たちは美鈴殿と段蔵を無理やり連れ戻そうとはしていないのであろう? だったら話し合いの余地があると思っただけだ。我々にとって、いや、ヤマトの国にとって其方たちと敵対するのはあまり得策ではないからな。特にユーリシア殿、其方とは」
「え? 私?」

 リーゼならわかる。
 リーゼはすでに身分を捨てたとはいえ、ホムーロス王国の第三王女だ。
 ヤマトの国は鎖国しているせいで交易している国は少ない。
 ホムーロス王国はその数少ない国の一つであり、友好関係を維持していたいというのならわかるが。

「ユーリシア殿は、諸島都市連盟コスキート、イシセマ島の島主、ローレッタ・エレメンツとは従姉妹であろう? そして、諸島都市連盟コスキートは新たな乗り物、飛空艇の開発に成功している。その存在により、世界の交易路は塗り替えられる。かの国を敵に回すということは、生まれ変わる世界から取り残されることになる」

 随分と物事を大局的に見ているのだな。
 そう言う考え方を持っている人は多くいる。
 ホムーロス王国やグルマク帝国ではこれまで以上に諸島連盟コスキートとの結びつきを強くしようとする意見が増えてきている。
 忍びというのは私が思っているよりもヤマトの国の中枢に入り込んでいるんじゃないだろうか?
 そう考えていたら、お茶が運ばれてきた。
 紅色の茶――紅茶か?

「西方諸国の其方たちにはその方が良いだろう? ミルクはないが砂糖ならば用意している」

 そう言って彼は黒砂糖の入った器を出す。
 週に一度、クルトが淹れた物以外の紅茶を飲む練習をしておいてよかったと心底思いながら、私が最初に出された紅茶を飲む。

「これは……うまいな」

 クルトに淹れた茶には遠く及ばないが、しかし、マズくはない。
 毒も入っていないようだ。
 まぁ、遅効性の毒が入っていても症状が出て直ぐに飲めばクルトの毒消しで治療できるが。

「あら、本当ですわね」
「美味しいです。どこか懐かしい感じがします」

 クルトとリーゼも茶を飲み、同じ感想を言う。

「忍びの里に古くから伝わる製法で淹れた茶だ。里の者の自慢でな」

 ヒイラギが小さく笑う。
 その雰囲気に気を許しそうになるが、しかし気を抜いたらダメだ。

「あの、ミレさんとダンゾウさんに会わせてもらえないでしょうか?」
「いまは儀式の準備の最中が故、それは叶わぬ。だが、準備が終わればその機会を用意しよう」
「儀式というのは?」
「大和の国の根幹に関わることだ。語ることはできぬ。元々段蔵が黙って美鈴様を連れ出したのも、事情を説明することができなかったからだ」

 ヒイラギが茶を飲んでそう説明をした。

「しかし、其方たちはそれでは納得しないだろう。ならば、今夜にでも段蔵には会わせよう。我々のことは信用できないかもしれないが、段蔵のことはいまでも信じているのだろう?」

 クルトが迷いなく頷いた。
 

「準備が終わるまで、数日はかかる。それまでの間は里に滞在していかれるといい」
「これまでと随分態度が違うな。無理やり追い出されるかと思ったが」

 とはいえ、これまでも私たちを殺そうとはしなかった。
 手配書だって、生け捕りのみ。しかも傷つけてはいけない旨が書かれていたし、屋敷で私をガスで眠らせようとしたときも、その薬の成分をクルトが調べたが、後遺症が残らない軽いものだった。
 私たちの安全に気を遣っていたことはわかる。
 信用していいかはわからないが、ここで事を荒げるよりはマシな気がする。
 さて、どうしたものかと思ったら、

「一つ気になることがありますがよろしいでしょうか?」

 リーゼが声を上げた。
 何か妙案でもあるのだろうか?
 と思ったら、彼女は立ち上がると指差して言った。
 ヒイラギえはなく、カエデを。

「あなた、さっきからクルト様をチラチラと見ている様子ですが、よからぬことを考えているのではありませんか?」
「そ、そんなことはありません!」
「正直に言いなさい!」

 そう言うと、クルミが押し黙り、そして腰から小さな封筒を取り出して――

「中の物を出さずに見てください。それでわかります」

 カエデが観念したように言ったが、中身を出さないでわかるのか?
 リーゼが怪訝な顔をして、封筒を受け取った。
 その瞬間、リーゼは何かに気付いたような顔を浮かべ、筒の中を覗く。
 すると――

「そういう理由でしたか。それならば問題ありません。でも、直接手を出すのは許しませんよ?」

 と封筒を返した。
 リーゼがこの一瞬で気を許すとは、一体中に何が入っていたのだろう?

「リーゼさん、中に何が入っていたのですか?」
「彼女がひとまず敵ではないという証ですよ」
「…………?」

 クルトにも言えないことなのだろうか。
 まぁ、リーゼがクルトの害となる可能性のあることで嘘を吐くとは思えないから、そこは信じよう。
 手配書については回収してくれるそうだし、変装する必要はもうないな。

「カエデ、皆様を客用の屋敷に案内して差し上げなさい」
「かしこまりました。皆様、こちらへどうぞ。あと、次からここに来るときは靴を脱いで上がってください」

 そういえば板の間に土足で上がり込んでいたことに今更気付いた。
 もう玄関まで来たので、今更脱ぐわけにもいかない。

「カエデさん、この里にはお客様用の屋敷があるのですか?」
「はい。侵入者はいませんが、中央の役人が年に何度か訪れますので。掃除も欠かしていません。皆様には暫くの間、そこで寛いでいただきます」

 屋敷ね。

「早く普段の服に戻りたいよ。どうもこの服だと周りからの目線がな」

 私はそう言って首輪を外し、普段の声に戻した。

「ユーキさんの姿はカッコイイですからね。女性も放っておきませんよ」
「実際、巡業中は何度も女性から誘われたからな……」
「いっそのこと、ずっとその姿でいたらどうです? モテますよ?」

 リーゼ、冗談でもそんなことを言うなよ。絶対イヤだぞ。

「僕は普段のユーリシアさんの方が好きですね。いつもの方がカワイイです」

 クルト、本心でもそんなことを言うな。恥ずかしいじゃないか。

「へぇ、穏やかな村だな。森もあるのか」

 周囲が崖に囲まれた土地だったから、てっきり洞窟のような日の光の届かない土地柄だと思っていたが、かなり広く森や川、さらに森の向こうに薄っすらと滝のようなものが見える。

「あちらの森には近付かないでください。人面樹という魔物が出ます。とても厄介な魔物です」
「里の中に魔物がいるのか?」

 狭くないっていっても広くはない土地だ。
 忍びってのは結構強いから、厄介な魔物相手とはいえ、殲滅しようと思ったら全部倒すことくらいできそうな気がするが。

「事情がありまして。縄張りに近付かなければ襲われることはありません」

 人面樹といえば、トレントの一種だな。
 ただし、トレントと違って、呪術のようなものを使う。
 だけれど、クルトの力があれば、一瞬で倒せそうだな
 クルトは戦闘能力については適性ランクGのよわよわだけど、ゴーレム相手には採掘適性SSSで、トレント相手には伐採適性SSSの力を使って無双できる。
 そう言えば、前にトレントと戦ったときも、今みたいにクルトが女装して、私が男装していたな。
「楓さま! こんにちは!」
「楓さま、その人たちはお客様?」
 里の小さな七歳くらいの男の子が二人、駆け寄ってきた。
 同じ顔をしているが、双子だろうか?
「ええ。暫くこの里にいらっしゃるお客様よ。風太と雷太はなにをしていたの?」
「風遁の練習!」
「雷遁の練習!」
 フウトン? ライトン?
「カエデさん。そのふうとんとらいとんってなんですか?」
 クルトが尋ねた。

「忍術の一種です。風遁は風を、雷遁は雷を起こす忍術ですね」
「忍術――噂には聞いていますが、魔法とは違うのですよね?」
「似ているが違いますね。魔力は一切使いません。一度使って見せましょう――風遁の術!」

 楓はそう言って、何本も髪に留めていた小さなヘアピンを投げナイフのように投げた。
 すると、そのヘアピンが刺さった場所に突然竜巻が現れる。

「これが風遁の術です」

 凄いな、これが忍術か。
 屋敷で私たちを襲った忍者たちが搦め手ではなく、忍術を使った正攻法で制圧に来ていたら勝負は違ったかもしれないな。

「魔力の流れを全然感じません。本当に魔法ではないのですね」

 リーゼが言う。
 うん、これは魔法というよりは――

「(ユーリシアさん、これ、もしかしてスキルじゃないでしょうか?)」

 クルトが私にだけ聞こえる声で言った。
 私もそう思った。
 アイナは槍に火の力を込めて放つ《炎の槍》というスキルを使っていた。
 この風遁の術も、ヘアピンに風の力を込めて放つスキルではないだろうか?
 だが、楓も風太や雷太って子どもたちも腕輪はつけていない。
 そもそも、スキルを使うために必要な魔石はこの世界には存在しないはずだ。

「その忍術っていうのは私にも使えるのか?」
「すみません、否定も肯定もできません。これは忍びの秘術でして、見せることはできても詳しく教えることはできないのです」

 子どもに聞くのも禁止された。
 もしも知られてしまったら、里から出せなくなってしまうらしい。
 ということは、スキルについて尋ねるのもダメだな。
 仮に忍術の正体がスキルだった場合、私たちがその正体に気付いたと知られたら里から追い出されるかもしれない。
 ここは大人しくしておいた方がいいだろう。
 と思ったら、
「お姉ちゃん、可愛いね! 俺の嫁にしてやってもいいよ!」
 ライタってガキがクルトを口説きやがった。
 ぶん殴ってやろうか。
「あなた、遺言書の準備はできていますか? 殺した後で破り捨てますよ」
「ナチュラルに殺人予告するな!」

 ガキの前にリーゼをぶん殴った。

「僕はね、こんな服を着てるけど男なんだよ」
「忍びの里だとそのくらい普通だぜ? 俺だってこれでも女だし」
「え?」

 ヤマトの国の名前は独特なのでわかりにくいが、ライタって男の名前だよな?
 戸成のフウタを見る。

「俺は男だよ。忍の里は諜報の訓練で、女装や男装はみんな訓練してるし、なんなら女装と男装で夫婦をやっている忍びもいるんだぜ?」
「つまり、あなたはクルト様が男だと見抜いたうえで誘惑したわけですか。一度殺しただけでは済みませんね」
「だから落ち着けって。一発殴る程度にしてやれ」
「雷太! クルミちゃんに手を出したらダメ!」

 私たちが手を出す前に、カエデがライタの頭を叩いた。

「いたっ、冗談だって」

 ライタが半分笑いながら舌を出す。
 ……? あれ、なんかいま違和感があったような。
 どこか疑問が残る中、私たちは客用の屋敷に案内してくれた。
しおりを挟む
感想 701

あなたにおすすめの小説

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。

重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。 あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。 よくある聖女追放ものです。

王家も我が家を馬鹿にしてますわよね

章槻雅希
ファンタジー
 よくある婚約者が護衛対象の王女を優先して婚約破棄になるパターンのお話。あの手の話を読んで、『なんで王家は王女の醜聞になりかねない噂を放置してるんだろう』『てか、これ、王家が婚約者の家蔑ろにしてるよね?』と思った結果できた話。ひそかなサブタイは『うちも王家を馬鹿にしてますけど』かもしれません。 『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。