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第九章
忍びの里の案内
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私、ユーリシアはどうやら、敵のど真ん中に来たらしい。
地面の下から話を聞いていたが、三十五歳くらいの黒髪の目に大きな傷のある男がヒイラギ……忍びのトップで、その横にいる私より少し年上、ダンゾウと同じ位の年齢の黒髪の女性がカエデというダンゾウに指示を出したり私たちを捕縛しようとしていた女だろう。
「カエデ、この者たちが?」
忍びたちが私たちの出現に驚く中、一人ヒイラギだけは冷静にカエデを見て尋ねるが、カエデは返事をしない。
驚いているのだろうかとその顔を見たが、何故か頬を赤らめている。
「カエデ」
「は、はい! 彼女、いえ、彼がクルト・ロックハンスです。そして、ユーリシア・エレメンツ、元リーゼロッテ・ホムーロスです」
リーゼが王家を捨てた情報も知っているか。
私たちのことをいろいろと調べていたんだな。
「そうか。この里の中まで侵入を許すとはな。忍びの歴史約千二百二十年の歴史の中でも初めてのことだ。誰か、客人に茶を持ってまいれ」
ヒイラギがそう命令を出す。
冗談かと思ったが、先程ヒイラギに私たちの行方を報告していた忍びが頷いて部屋から出ていく。
「随分と余裕ですわね? 御茶に痺れ薬でも入れるのでしょうか?」
「どうやら其方たちは美鈴殿と段蔵を無理やり連れ戻そうとはしていないのであろう? だったら話し合いの余地があると思っただけだ。我々にとって、いや、ヤマトの国にとって其方たちと敵対するのはあまり得策ではないからな。特にユーリシア殿、其方とは」
「え? 私?」
リーゼならわかる。
リーゼはすでに身分を捨てたとはいえ、ホムーロス王国の第三王女だ。
ヤマトの国は鎖国しているせいで交易している国は少ない。
ホムーロス王国はその数少ない国の一つであり、友好関係を維持していたいというのならわかるが。
「ユーリシア殿は、諸島都市連盟コスキート、イシセマ島の島主、ローレッタ・エレメンツとは従姉妹であろう? そして、諸島都市連盟コスキートは新たな乗り物、飛空艇の開発に成功している。その存在により、世界の交易路は塗り替えられる。かの国を敵に回すということは、生まれ変わる世界から取り残されることになる」
随分と物事を大局的に見ているのだな。
そう言う考え方を持っている人は多くいる。
ホムーロス王国やグルマク帝国ではこれまで以上に諸島連盟コスキートとの結びつきを強くしようとする意見が増えてきている。
忍びというのは私が思っているよりもヤマトの国の中枢に入り込んでいるんじゃないだろうか?
そう考えていたら、お茶が運ばれてきた。
紅色の茶――紅茶か?
「西方諸国の其方たちにはその方が良いだろう? ミルクはないが砂糖ならば用意している」
そう言って彼は黒砂糖の入った器を出す。
週に一度、クルトが淹れた物以外の紅茶を飲む練習をしておいてよかったと心底思いながら、私が最初に出された紅茶を飲む。
「これは……うまいな」
クルトに淹れた茶には遠く及ばないが、しかし、マズくはない。
毒も入っていないようだ。
まぁ、遅効性の毒が入っていても症状が出て直ぐに飲めばクルトの毒消しで治療できるが。
「あら、本当ですわね」
「美味しいです。どこか懐かしい感じがします」
クルトとリーゼも茶を飲み、同じ感想を言う。
「忍びの里に古くから伝わる製法で淹れた茶だ。里の者の自慢でな」
ヒイラギが小さく笑う。
その雰囲気に気を許しそうになるが、しかし気を抜いたらダメだ。
「あの、ミレさんとダンゾウさんに会わせてもらえないでしょうか?」
「いまは儀式の準備の最中が故、それは叶わぬ。だが、準備が終わればその機会を用意しよう」
「儀式というのは?」
「大和の国の根幹に関わることだ。語ることはできぬ。元々段蔵が黙って美鈴様を連れ出したのも、事情を説明することができなかったからだ」
ヒイラギが茶を飲んでそう説明をした。
「しかし、其方たちはそれでは納得しないだろう。ならば、今夜にでも段蔵には会わせよう。我々のことは信用できないかもしれないが、段蔵のことはいまでも信じているのだろう?」
クルトが迷いなく頷いた。
「準備が終わるまで、数日はかかる。それまでの間は里に滞在していかれるといい」
「これまでと随分態度が違うな。無理やり追い出されるかと思ったが」
とはいえ、これまでも私たちを殺そうとはしなかった。
手配書だって、生け捕りのみ。しかも傷つけてはいけない旨が書かれていたし、屋敷で私をガスで眠らせようとしたときも、その薬の成分をクルトが調べたが、後遺症が残らない軽いものだった。
私たちの安全に気を遣っていたことはわかる。
信用していいかはわからないが、ここで事を荒げるよりはマシな気がする。
さて、どうしたものかと思ったら、
「一つ気になることがありますがよろしいでしょうか?」
リーゼが声を上げた。
何か妙案でもあるのだろうか?
と思ったら、彼女は立ち上がると指差して言った。
ヒイラギえはなく、カエデを。
「あなた、さっきからクルト様をチラチラと見ている様子ですが、よからぬことを考えているのではありませんか?」
「そ、そんなことはありません!」
「正直に言いなさい!」
そう言うと、クルミが押し黙り、そして腰から小さな封筒を取り出して――
「中の物を出さずに見てください。それでわかります」
カエデが観念したように言ったが、中身を出さないでわかるのか?
リーゼが怪訝な顔をして、封筒を受け取った。
その瞬間、リーゼは何かに気付いたような顔を浮かべ、筒の中を覗く。
すると――
「そういう理由でしたか。それならば問題ありません。でも、直接手を出すのは許しませんよ?」
と封筒を返した。
リーゼがこの一瞬で気を許すとは、一体中に何が入っていたのだろう?
「リーゼさん、中に何が入っていたのですか?」
「彼女がひとまず敵ではないという証ですよ」
「…………?」
クルトにも言えないことなのだろうか。
まぁ、リーゼがクルトの害となる可能性のあることで嘘を吐くとは思えないから、そこは信じよう。
手配書については回収してくれるそうだし、変装する必要はもうないな。
「カエデ、皆様を客用の屋敷に案内して差し上げなさい」
「かしこまりました。皆様、こちらへどうぞ。あと、次からここに来るときは靴を脱いで上がってください」
そういえば板の間に土足で上がり込んでいたことに今更気付いた。
もう玄関まで来たので、今更脱ぐわけにもいかない。
「カエデさん、この里にはお客様用の屋敷があるのですか?」
「はい。侵入者はいませんが、中央の役人が年に何度か訪れますので。掃除も欠かしていません。皆様には暫くの間、そこで寛いでいただきます」
屋敷ね。
「早く普段の服に戻りたいよ。どうもこの服だと周りからの目線がな」
私はそう言って首輪を外し、普段の声に戻した。
「ユーキさんの姿はカッコイイですからね。女性も放っておきませんよ」
「実際、巡業中は何度も女性から誘われたからな……」
「いっそのこと、ずっとその姿でいたらどうです? モテますよ?」
リーゼ、冗談でもそんなことを言うなよ。絶対イヤだぞ。
「僕は普段のユーリシアさんの方が好きですね。いつもの方がカワイイです」
クルト、本心でもそんなことを言うな。恥ずかしいじゃないか。
「へぇ、穏やかな村だな。森もあるのか」
周囲が崖に囲まれた土地だったから、てっきり洞窟のような日の光の届かない土地柄だと思っていたが、かなり広く森や川、さらに森の向こうに薄っすらと滝のようなものが見える。
「あちらの森には近付かないでください。人面樹という魔物が出ます。とても厄介な魔物です」
「里の中に魔物がいるのか?」
狭くないっていっても広くはない土地だ。
忍びってのは結構強いから、厄介な魔物相手とはいえ、殲滅しようと思ったら全部倒すことくらいできそうな気がするが。
「事情がありまして。縄張りに近付かなければ襲われることはありません」
人面樹といえば、トレントの一種だな。
ただし、トレントと違って、呪術のようなものを使う。
だけれど、クルトの力があれば、一瞬で倒せそうだな
クルトは戦闘能力については適性ランクGのよわよわだけど、ゴーレム相手には採掘適性SSSで、トレント相手には伐採適性SSSの力を使って無双できる。
そう言えば、前にトレントと戦ったときも、今みたいにクルトが女装して、私が男装していたな。
「楓さま! こんにちは!」
「楓さま、その人たちはお客様?」
里の小さな七歳くらいの男の子が二人、駆け寄ってきた。
同じ顔をしているが、双子だろうか?
「ええ。暫くこの里にいらっしゃるお客様よ。風太と雷太はなにをしていたの?」
「風遁の練習!」
「雷遁の練習!」
フウトン? ライトン?
「カエデさん。そのふうとんとらいとんってなんですか?」
クルトが尋ねた。
「忍術の一種です。風遁は風を、雷遁は雷を起こす忍術ですね」
「忍術――噂には聞いていますが、魔法とは違うのですよね?」
「似ているが違いますね。魔力は一切使いません。一度使って見せましょう――風遁の術!」
楓はそう言って、何本も髪に留めていた小さなヘアピンを投げナイフのように投げた。
すると、そのヘアピンが刺さった場所に突然竜巻が現れる。
「これが風遁の術です」
凄いな、これが忍術か。
屋敷で私たちを襲った忍者たちが搦め手ではなく、忍術を使った正攻法で制圧に来ていたら勝負は違ったかもしれないな。
「魔力の流れを全然感じません。本当に魔法ではないのですね」
リーゼが言う。
うん、これは魔法というよりは――
「(ユーリシアさん、これ、もしかしてスキルじゃないでしょうか?)」
クルトが私にだけ聞こえる声で言った。
私もそう思った。
アイナは槍に火の力を込めて放つ《炎の槍》というスキルを使っていた。
この風遁の術も、ヘアピンに風の力を込めて放つスキルではないだろうか?
だが、楓も風太や雷太って子どもたちも腕輪はつけていない。
そもそも、スキルを使うために必要な魔石はこの世界には存在しないはずだ。
「その忍術っていうのは私にも使えるのか?」
「すみません、否定も肯定もできません。これは忍びの秘術でして、見せることはできても詳しく教えることはできないのです」
子どもに聞くのも禁止された。
もしも知られてしまったら、里から出せなくなってしまうらしい。
ということは、スキルについて尋ねるのもダメだな。
仮に忍術の正体がスキルだった場合、私たちがその正体に気付いたと知られたら里から追い出されるかもしれない。
ここは大人しくしておいた方がいいだろう。
と思ったら、
「お姉ちゃん、可愛いね! 俺の嫁にしてやってもいいよ!」
ライタってガキがクルトを口説きやがった。
ぶん殴ってやろうか。
「あなた、遺言書の準備はできていますか? 殺した後で破り捨てますよ」
「ナチュラルに殺人予告するな!」
ガキの前にリーゼをぶん殴った。
「僕はね、こんな服を着てるけど男なんだよ」
「忍びの里だとそのくらい普通だぜ? 俺だってこれでも女だし」
「え?」
ヤマトの国の名前は独特なのでわかりにくいが、ライタって男の名前だよな?
戸成のフウタを見る。
「俺は男だよ。忍の里は諜報の訓練で、女装や男装はみんな訓練してるし、なんなら女装と男装で夫婦をやっている忍びもいるんだぜ?」
「つまり、あなたはクルト様が男だと見抜いたうえで誘惑したわけですか。一度殺しただけでは済みませんね」
「だから落ち着けって。一発殴る程度にしてやれ」
「雷太! クルミちゃんに手を出したらダメ!」
私たちが手を出す前に、カエデがライタの頭を叩いた。
「いたっ、冗談だって」
ライタが半分笑いながら舌を出す。
……? あれ、なんかいま違和感があったような。
どこか疑問が残る中、私たちは客用の屋敷に案内してくれた。
地面の下から話を聞いていたが、三十五歳くらいの黒髪の目に大きな傷のある男がヒイラギ……忍びのトップで、その横にいる私より少し年上、ダンゾウと同じ位の年齢の黒髪の女性がカエデというダンゾウに指示を出したり私たちを捕縛しようとしていた女だろう。
「カエデ、この者たちが?」
忍びたちが私たちの出現に驚く中、一人ヒイラギだけは冷静にカエデを見て尋ねるが、カエデは返事をしない。
驚いているのだろうかとその顔を見たが、何故か頬を赤らめている。
「カエデ」
「は、はい! 彼女、いえ、彼がクルト・ロックハンスです。そして、ユーリシア・エレメンツ、元リーゼロッテ・ホムーロスです」
リーゼが王家を捨てた情報も知っているか。
私たちのことをいろいろと調べていたんだな。
「そうか。この里の中まで侵入を許すとはな。忍びの歴史約千二百二十年の歴史の中でも初めてのことだ。誰か、客人に茶を持ってまいれ」
ヒイラギがそう命令を出す。
冗談かと思ったが、先程ヒイラギに私たちの行方を報告していた忍びが頷いて部屋から出ていく。
「随分と余裕ですわね? 御茶に痺れ薬でも入れるのでしょうか?」
「どうやら其方たちは美鈴殿と段蔵を無理やり連れ戻そうとはしていないのであろう? だったら話し合いの余地があると思っただけだ。我々にとって、いや、ヤマトの国にとって其方たちと敵対するのはあまり得策ではないからな。特にユーリシア殿、其方とは」
「え? 私?」
リーゼならわかる。
リーゼはすでに身分を捨てたとはいえ、ホムーロス王国の第三王女だ。
ヤマトの国は鎖国しているせいで交易している国は少ない。
ホムーロス王国はその数少ない国の一つであり、友好関係を維持していたいというのならわかるが。
「ユーリシア殿は、諸島都市連盟コスキート、イシセマ島の島主、ローレッタ・エレメンツとは従姉妹であろう? そして、諸島都市連盟コスキートは新たな乗り物、飛空艇の開発に成功している。その存在により、世界の交易路は塗り替えられる。かの国を敵に回すということは、生まれ変わる世界から取り残されることになる」
随分と物事を大局的に見ているのだな。
そう言う考え方を持っている人は多くいる。
ホムーロス王国やグルマク帝国ではこれまで以上に諸島連盟コスキートとの結びつきを強くしようとする意見が増えてきている。
忍びというのは私が思っているよりもヤマトの国の中枢に入り込んでいるんじゃないだろうか?
そう考えていたら、お茶が運ばれてきた。
紅色の茶――紅茶か?
「西方諸国の其方たちにはその方が良いだろう? ミルクはないが砂糖ならば用意している」
そう言って彼は黒砂糖の入った器を出す。
週に一度、クルトが淹れた物以外の紅茶を飲む練習をしておいてよかったと心底思いながら、私が最初に出された紅茶を飲む。
「これは……うまいな」
クルトに淹れた茶には遠く及ばないが、しかし、マズくはない。
毒も入っていないようだ。
まぁ、遅効性の毒が入っていても症状が出て直ぐに飲めばクルトの毒消しで治療できるが。
「あら、本当ですわね」
「美味しいです。どこか懐かしい感じがします」
クルトとリーゼも茶を飲み、同じ感想を言う。
「忍びの里に古くから伝わる製法で淹れた茶だ。里の者の自慢でな」
ヒイラギが小さく笑う。
その雰囲気に気を許しそうになるが、しかし気を抜いたらダメだ。
「あの、ミレさんとダンゾウさんに会わせてもらえないでしょうか?」
「いまは儀式の準備の最中が故、それは叶わぬ。だが、準備が終わればその機会を用意しよう」
「儀式というのは?」
「大和の国の根幹に関わることだ。語ることはできぬ。元々段蔵が黙って美鈴様を連れ出したのも、事情を説明することができなかったからだ」
ヒイラギが茶を飲んでそう説明をした。
「しかし、其方たちはそれでは納得しないだろう。ならば、今夜にでも段蔵には会わせよう。我々のことは信用できないかもしれないが、段蔵のことはいまでも信じているのだろう?」
クルトが迷いなく頷いた。
「準備が終わるまで、数日はかかる。それまでの間は里に滞在していかれるといい」
「これまでと随分態度が違うな。無理やり追い出されるかと思ったが」
とはいえ、これまでも私たちを殺そうとはしなかった。
手配書だって、生け捕りのみ。しかも傷つけてはいけない旨が書かれていたし、屋敷で私をガスで眠らせようとしたときも、その薬の成分をクルトが調べたが、後遺症が残らない軽いものだった。
私たちの安全に気を遣っていたことはわかる。
信用していいかはわからないが、ここで事を荒げるよりはマシな気がする。
さて、どうしたものかと思ったら、
「一つ気になることがありますがよろしいでしょうか?」
リーゼが声を上げた。
何か妙案でもあるのだろうか?
と思ったら、彼女は立ち上がると指差して言った。
ヒイラギえはなく、カエデを。
「あなた、さっきからクルト様をチラチラと見ている様子ですが、よからぬことを考えているのではありませんか?」
「そ、そんなことはありません!」
「正直に言いなさい!」
そう言うと、クルミが押し黙り、そして腰から小さな封筒を取り出して――
「中の物を出さずに見てください。それでわかります」
カエデが観念したように言ったが、中身を出さないでわかるのか?
リーゼが怪訝な顔をして、封筒を受け取った。
その瞬間、リーゼは何かに気付いたような顔を浮かべ、筒の中を覗く。
すると――
「そういう理由でしたか。それならば問題ありません。でも、直接手を出すのは許しませんよ?」
と封筒を返した。
リーゼがこの一瞬で気を許すとは、一体中に何が入っていたのだろう?
「リーゼさん、中に何が入っていたのですか?」
「彼女がひとまず敵ではないという証ですよ」
「…………?」
クルトにも言えないことなのだろうか。
まぁ、リーゼがクルトの害となる可能性のあることで嘘を吐くとは思えないから、そこは信じよう。
手配書については回収してくれるそうだし、変装する必要はもうないな。
「カエデ、皆様を客用の屋敷に案内して差し上げなさい」
「かしこまりました。皆様、こちらへどうぞ。あと、次からここに来るときは靴を脱いで上がってください」
そういえば板の間に土足で上がり込んでいたことに今更気付いた。
もう玄関まで来たので、今更脱ぐわけにもいかない。
「カエデさん、この里にはお客様用の屋敷があるのですか?」
「はい。侵入者はいませんが、中央の役人が年に何度か訪れますので。掃除も欠かしていません。皆様には暫くの間、そこで寛いでいただきます」
屋敷ね。
「早く普段の服に戻りたいよ。どうもこの服だと周りからの目線がな」
私はそう言って首輪を外し、普段の声に戻した。
「ユーキさんの姿はカッコイイですからね。女性も放っておきませんよ」
「実際、巡業中は何度も女性から誘われたからな……」
「いっそのこと、ずっとその姿でいたらどうです? モテますよ?」
リーゼ、冗談でもそんなことを言うなよ。絶対イヤだぞ。
「僕は普段のユーリシアさんの方が好きですね。いつもの方がカワイイです」
クルト、本心でもそんなことを言うな。恥ずかしいじゃないか。
「へぇ、穏やかな村だな。森もあるのか」
周囲が崖に囲まれた土地だったから、てっきり洞窟のような日の光の届かない土地柄だと思っていたが、かなり広く森や川、さらに森の向こうに薄っすらと滝のようなものが見える。
「あちらの森には近付かないでください。人面樹という魔物が出ます。とても厄介な魔物です」
「里の中に魔物がいるのか?」
狭くないっていっても広くはない土地だ。
忍びってのは結構強いから、厄介な魔物相手とはいえ、殲滅しようと思ったら全部倒すことくらいできそうな気がするが。
「事情がありまして。縄張りに近付かなければ襲われることはありません」
人面樹といえば、トレントの一種だな。
ただし、トレントと違って、呪術のようなものを使う。
だけれど、クルトの力があれば、一瞬で倒せそうだな
クルトは戦闘能力については適性ランクGのよわよわだけど、ゴーレム相手には採掘適性SSSで、トレント相手には伐採適性SSSの力を使って無双できる。
そう言えば、前にトレントと戦ったときも、今みたいにクルトが女装して、私が男装していたな。
「楓さま! こんにちは!」
「楓さま、その人たちはお客様?」
里の小さな七歳くらいの男の子が二人、駆け寄ってきた。
同じ顔をしているが、双子だろうか?
「ええ。暫くこの里にいらっしゃるお客様よ。風太と雷太はなにをしていたの?」
「風遁の練習!」
「雷遁の練習!」
フウトン? ライトン?
「カエデさん。そのふうとんとらいとんってなんですか?」
クルトが尋ねた。
「忍術の一種です。風遁は風を、雷遁は雷を起こす忍術ですね」
「忍術――噂には聞いていますが、魔法とは違うのですよね?」
「似ているが違いますね。魔力は一切使いません。一度使って見せましょう――風遁の術!」
楓はそう言って、何本も髪に留めていた小さなヘアピンを投げナイフのように投げた。
すると、そのヘアピンが刺さった場所に突然竜巻が現れる。
「これが風遁の術です」
凄いな、これが忍術か。
屋敷で私たちを襲った忍者たちが搦め手ではなく、忍術を使った正攻法で制圧に来ていたら勝負は違ったかもしれないな。
「魔力の流れを全然感じません。本当に魔法ではないのですね」
リーゼが言う。
うん、これは魔法というよりは――
「(ユーリシアさん、これ、もしかしてスキルじゃないでしょうか?)」
クルトが私にだけ聞こえる声で言った。
私もそう思った。
アイナは槍に火の力を込めて放つ《炎の槍》というスキルを使っていた。
この風遁の術も、ヘアピンに風の力を込めて放つスキルではないだろうか?
だが、楓も風太や雷太って子どもたちも腕輪はつけていない。
そもそも、スキルを使うために必要な魔石はこの世界には存在しないはずだ。
「その忍術っていうのは私にも使えるのか?」
「すみません、否定も肯定もできません。これは忍びの秘術でして、見せることはできても詳しく教えることはできないのです」
子どもに聞くのも禁止された。
もしも知られてしまったら、里から出せなくなってしまうらしい。
ということは、スキルについて尋ねるのもダメだな。
仮に忍術の正体がスキルだった場合、私たちがその正体に気付いたと知られたら里から追い出されるかもしれない。
ここは大人しくしておいた方がいいだろう。
と思ったら、
「お姉ちゃん、可愛いね! 俺の嫁にしてやってもいいよ!」
ライタってガキがクルトを口説きやがった。
ぶん殴ってやろうか。
「あなた、遺言書の準備はできていますか? 殺した後で破り捨てますよ」
「ナチュラルに殺人予告するな!」
ガキの前にリーゼをぶん殴った。
「僕はね、こんな服を着てるけど男なんだよ」
「忍びの里だとそのくらい普通だぜ? 俺だってこれでも女だし」
「え?」
ヤマトの国の名前は独特なのでわかりにくいが、ライタって男の名前だよな?
戸成のフウタを見る。
「俺は男だよ。忍の里は諜報の訓練で、女装や男装はみんな訓練してるし、なんなら女装と男装で夫婦をやっている忍びもいるんだぜ?」
「つまり、あなたはクルト様が男だと見抜いたうえで誘惑したわけですか。一度殺しただけでは済みませんね」
「だから落ち着けって。一発殴る程度にしてやれ」
「雷太! クルミちゃんに手を出したらダメ!」
私たちが手を出す前に、カエデがライタの頭を叩いた。
「いたっ、冗談だって」
ライタが半分笑いながら舌を出す。
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