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第九章

ダンゾウの家

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 ダンゾウの家は川辺にあった。
 水車が併設された、脱穀のための作業小屋の隣にあった。
「立派な水車ですわね」
「この水車はダンゾウのお父さんとお母さんが作って管理をしていたの。小麦が豊作の年とかはここで脱穀した小麦でパンを焼いてお祭り騒ぎだったなぁ」
 シーナが懐かしそうに言う。
「私たちが村から出た後は、みんなで持ちまわって管理していたみたい――あ、ダンゾウの家はこっちよ」
 とシーナは鍵を外して中に入る。
 かなり埃がたまっている
 長い間誰も使っていないのだろう。
「結構本があるな」
 私は棚の本を一冊手に取った。
 ヤマトの国の冒険譚か。
 そう珍しい本ではないのだが、しかし、本は決して安いものではない。特にこういう田舎だと手に入りにくい。
「ダンゾウのお父さんが読書家だったんだって。それでダンゾウもその本を使って文字を覚えて。そして、村を出るまでは私と兄さんがその本を使って文字を教えてもらったの」
「この本は文字を覚えやすいように工夫されていますね。一冊の中に日常に必要な言葉がすべて入っています」
 クルトが本を横から見て言う。
 これってそういう本だったの?
 ただ――
「クルト、壁の向こうとか床の下に隠し部屋はないよな?」
「はい、どちらも何もありません」
 クルトが言うのなら隠し部屋はないのだろう。
 こりゃハズレかな。
 元々期待はしていなかったが。
「何も無さそうですわね。一応本だけは回収していきましょうか」
「そうですね。あとは屋根裏部屋を探しましょうか」
「「「え?」」」
 屋根裏部屋?
 天井を見上げるが不思議な場所は見つからないが――クルトが鞄の中からロープの尖端に鍵爪のようなものをつけ、くるくると廻して天井に投げた。
 鍵爪が天井の一部に引っかかると、天板が外れ、縄梯子が落ちて来る。
 全然気付かなかった。
 梯子を上がっていく。
 本当に部屋になっていた。
「クルト様、何故おわかりになられたのですか?」
「家の形状ですね。外からパっと見た感じだとわかりにくくしていますが、煙突のようなものがあるんです。でも、天井にはその穴がなかったので、きっと二階があるんだろうなって。それで、何回も外している感じの天板が見えたので、そこだろうって目星が付きました」
 屋根に煙突?
 そんなの見えたか? って目線を送ると、リーゼもシーナも首を横に振る。
 やっぱりクルトの観察力は凄いな。
 それで、なんで自分や村の違和感に気付かないのか……意識と記憶を失うので気付かれても困るが。
「何か燃やしたあとがありますわね」
「紙のようだな。もしかしたら重要な書類だったのかもしれないが――」
「だったら、元に戻してみましょう」
 クルトがそう言って灰を集めて何か薬液のようなものを垂らし、あれやこれやしていると灰が元の紙に戻っていく。
 このくらいだと動じなくなってきたな。
「クルト、これって再生できてるの? 全然読めないんだけど」
 細長い紙に斜めに文字が書かれているが、シーナの言う通り、紙には文字が書かれていたが文章になっていない。
 何かの暗号だろうか?
 たとえば、一文字ずらすとか、二つの文字で一つの意味になるとか。
「きっとこの棒を使うんだとおもいます」
 とクルトはどこからか棒を取り出した。
「って、本当にどこから取り出したんだ?」
「はい、薪に使われていた棒を元に戻しました」
「あ、うん、元にね」
 紙を元に戻せるんだから、薪くらい元に戻せるよな?
 元々は角材だったのか。
「この紙、ここに穴が開いていますよね? そしてこの角材にも。だから、この穴を合わせて、くるくると角材に紙を巻き付けていくと――はい、文章が浮かび上がりました」
 本当に文章になった。
 で、一体何が書かれているんだ?
「ニンムミカドノコウケイハッケンシスミヤカニトウゲンキョウヘ」
 ……なんだこれ?
 任務、帝の後継発見し、速やかにトウゲンキョウへ……だろうか?
「帝って、確かヤマトの国の皇帝みたいなものだよな? その後継を探したらトウゲンキョウに連れて行けってことか? ミレが帝の後継者? それでいて、トウゲンキョウと言う場所に連れていけ……ってことか? クルト、何かわかるか?」
「すみません。僕にわかるのは、この文字が書かれていたのは約三年前で、ダンゾウさんの書く文字とは違うこと。恐らくダンゾウさんと近い年齢の人が書いたものと思われることくらいですね」
 わかり過ぎだ。
 どんなプロファイリングだよ。
 しかし、これは明らかに誰かからの指示だ。
 ダンゾウは何者かの指示で動いていた。
 きっと、あいつはこの国で働くスパイだったのだろう。
 スパイの中には、何世代も同じ場所で過ごし、周囲に馴染んで暮らす者もいるという。
 そう思うと、水車小屋を作り、その隣に住んでいた理由もわかる。
 脱穀中は暇なので、複数人が集まったら雑談を始める。
 とりとめのない雑談であっても、その中に重要な情報が隠されていることだってあっただろう。
「ユーリさん、さっきの本に面白い記述がありました。なんでも、ヤマトの国には一年中桜や桃の花が咲いている桃源郷と呼ばれる場所があるそうです」
 リーゼがさっき読んでいた冒険譚の本を見て言った。
「桃源郷ってそこのことか……でもその本ってフィクションなんじゃないのか?」
「たとえフィクションであっても、伝承の元となった場所はあるはずです」
 リーゼの言うことももっともだな。
 と考えていたら、クルトがまた何かしている。
「クルト、何してるんだ?」
「ここに何か隠されているみたいなんです」
「壁の中に?」
 クルトが壁の板を一枚剥がす。
 そこにはまた紙が出て来た。
 こんなところに隠しておくなんて、重要な情報が――
「これも暗号か?」
 今度は文字にもなっていないミミズが這ったような文字が書かれていた。
 これは一体何が――
「わ、わぁぁぁっ!? なんで!? なんでこれがここにあるの!?」
「シーナ、知っているのか?」
「これ、私が初めてダンゾウのところで練習に書いた文字です。もう処分したって言ってたのに」
「じゃあこっちのは?」
「兄さんの文字です」
 シーナが恥ずかしそうに言った。
 初めて書いた文字ならこんなことになっても当然か。
「でも、なんでこんなところに隠してあったんだ?」
「たぶん、これが見つかったらシーナさんに捨てられちゃうからじゃないですかね? ダンゾウさんにとってこの紙はきっとシーナさんとカンスさんとの大切な思い出なんですよ」
 クルトが言った。
「……ダンゾウ」
 シーナが喜んでいるのか恥ずかしがっているのかわからない表情を浮かべた。いや、どちらも同時に感じているのだろう。
 ダンゾウだって同じだ。
 たとえスパイであったとしても、私たちと一緒に工房で過ごし、見せてきたあの姿が全て偽物だったわけではない。
「ユーリシアさん、リーゼさん、クルト…‥ダンゾウをお願いします」
「任せてくれ」
「はい、必ず連れ戻しますわ」
「もちろんです。僕たちは仲間ですから」
 集められる情報は集まった。
 次はヤマトの国に行こう。
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